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5歳児の唾液でイグ・ノーベル化学賞=日本人、13年連続

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人を笑わせ、考えさせる独創的な研究を表彰する「イグ・ノーベル賞」の授賞式が米東部マサチューセッツ州のハーバード大学で12日行われ、自らの子供3人も含む5歳児の1日当たりの総唾液分泌量を数年がかりの研究で突き止めた明海大学保健医療学部の渡部茂教授らの研究グループが化学賞を受賞した。  (引用:時事通信社9月13日)

イグノーベル化学賞を受賞した渡部教授は口腔小児科学がご専門で、口腔内環境が歯に与える影響についての研究を行っているようです。イグノーベル化学賞のきっかけとなった論文は、Estimation of the Total Saliva Volume Produced Per Day in Five-Year-Old Childrenで、五歳児が一日に作り出す唾液量を調べた結果です。

そもそも唾液は、耳下や顎下、舌下などにある唾液腺から作り出される分泌液で、ナトリウムやカリウムなどの無機イオンのほか、殺菌・抗菌・消化作用のある酵素などが含まれています。唾液には常に分泌されている安静時唾液と食事の時に分泌されるは刺激時唾液があり、食物が口に入って舌や口腔粘膜に触れると、その刺激が唾液分泌中枢に伝わり唾液が分泌されます。大脳皮質に残っている記憶が引き起こす条件反射で唾液中枢を刺激され唾液が分泌されることもあり、梅干を見ただけでもじわっと唾液ができるのはこのためです。一日に分泌される唾液の量は1 Lから1.5 Lと言われていますが、当時小児については研究例がなかったため、小児の刺激時唾液の量を本研究で実験的に推定しました。では実際に唾液の量をどのように推定したかですが、Chewing spit法と呼ばれる重量を測定しておいた食物を口の中に入れて、飲み込む寸前に吐き出して重量変化を測定する方法を行いました。この方法は、渡部先生らが開発した方法で、先行研究において成人の唾液量を算出する際に使われたようです。

具体的には、五歳児の男女15人ずつ(先生の息子さん3人を含む)にクッキー、たくあん、ソーセージ、マッシュポテト、リンゴ、ご飯を食べてもらい、飲み込む直前に吐き出して重量増加を測定しました。分泌された唾液の量を推定に際して考慮しなければいけないのが口腔内に残った食品の量とうっかり飲み込んでしまった量で、これは先行研究にて考案した下記の式に基づいて算出されました。乾燥重量は、別途食べ物と唾液を凍結乾燥して算出しました。

記録された咀嚼時間も踏まえて唾液の分泌量を比較すると、下記のようになり食べ物の平均で3.6 ml/minの唾液が分泌されていることが分かりました。小児の平均食事時間は朝、昼、晩合計で80分であり一日の刺激時唾液は288 mlと算出されます。一日の安静時唾液は、208 mlと算出されているため、5歳児の体からは一日に500 mlほどの唾液が分泌されていると分かりました。成人と比べて睡眠時間が長くかつ安静時唾液の単位時間当たりの量も少ないものの、食事にかける時間が長いため、唾液の総量は成人と変わらないと主張しています。

食べ物別の唾液の分泌量の違い

別の観点として食物別の唾液量の違いを考察すると、水分量が少ない食べ物ほど多くの唾液が分泌されています。一般的に硬い食べ物のほうが多く唾液が分泌されると考えられていますが、この実験からは、柔らかくても咀嚼時間が長いか、水分量が少ないと唾液が多く分泌されていることが示唆されています。またF値に関して成人では、6%ほどだったのに対して五歳児では、どの食べ物でも10%以上と高い値を示したそうです。このF値について、唾液の分泌量の誤差と読み替えることができるとしていますが、クッキーを割った時に粉となって口の中に入らない量などもあるため実際の誤差は10%以下だと結論づけています。この方法に関して、食物を袋に入れて咀嚼する方法や吐き出した後、水で口をゆすいて回収率を高める方法なども考えられますが、この実験では目的にそぐわないため単純な飲み込む直前に吐き出す方法にしたそうです。

被験者の唾液量を2日間記録する必要があり、途中で嫌になって逃げる子供もいたそうです。自らの息子さんも嫌がることもありましたが、ご褒美をあげて実験に協力してもらったなど実験の苦労を振り返っています。別の論文では、クエン酸をポンプで口の中に入れて刺激し、最大唾液の量を調べる実験を行っていますが、実験時に研究室に香ばしい臭いが漂っていたため他の研究例よりも高い値が出てしまったと報告しています。このようにこの唾液量を測定する実験は、誤差を少なくするのが難しい実験であることが想像できます。

イグノーベル賞の授賞式では、当時実験に協力した息子さんも登場し、実験のデモを行い会場を盛り上げていました(化学賞の発表は50:07ぐらいからスタート)。

また受賞式後のレクチャーでは、唾液の重要性を訴えるためにNHKのドキュメンタリーが紹介されました(渡部先生の発表は、58:05ぐらいからスタート)。ドキュメンタリーでは、歯にpH電極を装着しオレンジジュースを飲みpH変化を測定しています。オレンジジュースを飲む前に口を動かして唾液を出しておくと、pHの低下が少なくなり歯が酸に侵されにくくなることが分かります。渡部先生は、この論文を発表後も唾液と口腔内のpHに関する発表を数多く行っています。

ケミストリーの要素はあまり感じられなく、先生自身も「自分としては、まじめな生理学的な研究と思ってやっていたが…」と語っていますが、唾液に関する研究はドキュメンタリーから分かるように歯を守る観点から重要性が高いと思います。化学の研究でも普通は絶対にやらない実験を行うことがありますが、それは他の人と異なる結果を得ようとするからであると思います。もちろん成果になる奇抜な実験はなかなかできませんが、成功すると結果的に人を笑わせ、考えさせる独創的な研究となります。今回のイグノーベル化学賞はまさにそのよう研究が選ばれたのだと思います。イグ・ノーベル化学賞受賞おめでとうございます!

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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