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Carl Boschの人生 その10

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Tshozoです。このシリーズも10回を迎えましたが筆者の人生は進んでいません。

先日気づいたのですが、九州にあるオランダをモチーフにしたテーマパークのハウステンボス、Huis den Bosch=「森の家」です。カタロニア地方の言葉で森を示す”Bosc”という単語が語源、と1回目で書いたのですがその言葉がオランダに渡ったことも推定され、地理的にBoschの祖先が現スペイン付近から広がってきた可能性が濃厚になってまいりました。また、16世紀オランダにはヒエロニムス・ボス “Hieronymus Bosch“という怪奇な絵描きを生業としていた著名な画家がいまして、もしかしたらドイツBosch家とつながっているかもしれません。こういうことに気づくので家にこもっているのも悪くないなと思った次第です。もしハウステンボスに行かれた場合はBoschのことを考えながら歩いて頂けるとまた喜びもひとしおと思われます。なお現在のRobert Bosch社も日本語で「森 輝 有限会社(GmbH)」ですので強い感じがします。日本でも中川政七商店さんとかありますから似てますね。

さて、前回の続きで今回からマネジメント層に昇進したBoschを描きましょう、と申し上げましたがあれは嘘だ。・・・嘘というか、マネジメントと技術者との狭間にいるあたりのことを書きたくなったためで。ということでお付き合いください。

BASFの新産業:火薬と農業

実はBoschにとってはアンモニア合成すらも一つのステップに過ぎず、更に大きな野望がありました。それは窒素を中心とした化学品の巨大な陳列棚を作り上げBASFを他と違う強みを持つ企業にしていくというもの。一つは軍事産業に直結する火薬・爆薬材料で、これは一般に死の商人と呼ばれる分野。もう一つは、農業に直結する肥料・農薬材料。このベクトルが真逆のものをどうやって巨大化していくかが次の彼のターゲットになったのです。

前者については要点のみ。HaberがWWIでイギリス戦に塩素ガスを使ったため後に戦争犯罪人として訴えられたのは有名な話ですが、Boschも似たことをやってしまっています。つまり当時主流だったプロイセン気質に流され「愛国心から」軍隊に火薬を大量に供給するディールを完成させたという案件。この影響は、間接的・直接的なものを合わせた規模を考えるとHaberよりも歴史的・結果的・実質的に酷いわけです。アメリカのどっかの銃所持暴力過激集団ならば「銃に罪はない、使うのは人間だ」と言ってくるでしょうが実際には「銃に罪はないが、使わせてるのはおまえらだ」であり、やはりここを触れないわけにはまいりません。Boschに関する嫌な話は書きたくないのが個人的感情ですがそれは捨てます。

もちろんBosch本人はこの商売を「薄汚いビジネス」と認識しており、ヤケ酒に走っていたのは例の本でも書かれている有名な話です。しかしこの時点で彼はBASFというヤク・・・もとい看板を背負った組長である以上、ビジネスを諦め構成員を路頭に迷わせるわけにはいかず、人道を踏みにじる行為をしていかざるを得なくなっていました。こうしたBASF(だけでなくI.G.Farben含めたドイツ全体の問題でしたが)の動きについては機会を変えて集中的に取り上げようと思っていますが、筆者レベルではまとめ切れるか少し怪しいボリュームでもあります(実はBoschは自らの人生を振り返ってこの行動について重要な一つの結論を出していましたが、ここで出すにはまだ早いのでまずはお話を進めます)。

ということで今回は後者の「農業科学」の礎をどう作っていったかについて基本的な項目に絞って書きます。

まず、アンモニア合成後すぐ肥料が出来るわけではありません。だだっ広い某国では直接畑にアンモニアをぶちまける行為をしていますが(下図)、周りに住宅とかあったら安全上無理なので一般的には固体化しなくてはならない。となると以前少し述べたようにBASF内で大量生産技術が確立している硫酸と合わせて硫安にするか、硝酸と合わせて硝安にするか、二酸化炭素と合わせ尿素にするか、が手っ取り速い。つまりこれらをバカスカ作ればいいのです・・・

液体アンモニアタンクから畑にアンモニアをぶちまけるアメリカンな某国
土を起こしながら注入しているそうだが、たぶん大部分漏れてる

・・・というわけではありません。Boschは更に先を見据え「各々の植物に最適な配合肥料は一体何か」という命題に取り組むことになります。そのためには何をすればいいか。Boschの答えは明確で、実際に植物に使って調べればいい、というものです。Liebigの時代から農業に対しどう取り組むべきかというのは学術的には色々言われてきていましたが、化学会社として明確に農業を科学すると示したのはBASFが初めてではないでしょうか。これは必須元素である窒素・リン・カリウムのうち、当時世界で唯一窒素を大量に固定化・使用できるようになったBASFだけが持つ強みであったためです。他の企業が産業スパイ的行為や類似法(クロード法など)で同規模のキャッチアップを行うのに少なくとも10年はかかっていたようですから、いかに高度な技術といえど追いつかれることを想定してこの農業試験場を作ったのかもしれません。特にBoschは師であったBrunckが染料事業においてイギリス等競合メーカの低価格攻勢に遭っていた経験をよく理解していたでしょうから、師匠の二の轍を踏まないよう先の先を読んでいた可能性が高いとみています。

Boschが作った”Landwirtschaftversuchen(農業試験場)” 初期のイメージ(建物と屋外試験場)
Limburgerhofという、BASFの社宅が近くにあり
BASF本社のLudwichshafenからも近い好立地につくられた[文献1] 温室の写真とか、現代と遜色ないレベル

BASFの農業部門がアップしてる50周年(1960年代)の動画
筆者のイメージと一番あうので紹介
現在のBASF農業試験場 かっけぇ[文献2] この農業部門は同社の大きな事業の柱で、2020年付近で総額売り上げが8000億円を見込む

なおこの肥料プロジェクトの初期リーダはDr. Hans Freseという方で、農学Dr.でした(文献が少なすぎて歴を追えませんでしたが)。同社は以前から石炭付随のアンモニアで商売していた経緯はありますので化学部門以外の人材も確保していたのでしょう。例の本の冒頭にも書かれているようにBoschは冷静沈着、広く心を構え、様々な意見に傾注ししかし決して対抗せず、という人間でしたが、アンモニアプロジェクトの場合は後がないと理解していたのかやや強引に進行のためなら適材適所、有能な人員であれば社内からどんどん引っ張ってきて登用していました。このため社内のあちこちと軋轢を引き起こし、バックに会長のBrunckがいたとは言え人員をアンモニアプロジェクトに引っこ抜いた時は相当モメたような記述が同書に描かれています。

特に当時のBASF中央研究所の所長Dr. Paul JuliusはBoschの数少ない友人でアンモニアプロジェクト以前も以後もBosch本人と強い信頼関係があった人物ですが、説明を受けても納得せずBoschのやり方に露骨に不快感を示すなど(Ebensowenig …wollte sich auch… mit dieser neuen Art des Arbeitens, die Bosch einführte, einverstanden erklären und ließ seinen Unmut ganz offen merken)していました。そりゃそうですよね、親分の頼みとは言えエース級の連中を次々と引っこ抜かれては業務が進みません。結果的にBoschが実績を出しまくったので誰も文句は言わなかったのですが、1902年の時点から6年間、Boschが率いていた窒素固定プロジェクトがあまりうまくいってなかったということも尾を引いていたと思われます。とにかく組織の中で自分の意志を通して巨大プロジェクトを回すには人事権を持っている親分とリンクをとり、豪快に動き、何より実績を出すのが不可欠なのでしょう。

BASF中央研究所所長 Dr. Paul Julius 以前の記事から再掲
Boschの数少ない友人のひとりと書かれていました

なおBASFコソコソ噂話としてはこのJulius氏は冗談がお好きな方だったらしく、研究所内のある女性がBoschのアンモニアプロジェクトへ配置転換したい意向を示したとき、その女性に向かって「生命保険、満額で入っとけよ!」的なことを冗談めかして言ったそうです。同プロジェクトの苛烈さを知っていたからこその軽口だったのでしょうがこれを耳にしたBoschが激怒、昼飯時にBoschが「ワシのシノギに何口出ししてくれてんねん(意訳)」と言い出す口論になって周りの人間が止めに入るほどの大喧嘩となったとか。ただその後は遺恨もなくフツーの交友関係が続いていたとのことで、こういう爽やかさは日本には無ぇなあと少し羨ましいです。

ともあれめでたくBoschによるLimburgerhofに試験場開設の提案が役員会でも承認され(1913年)、結論を先に申し上げますと1929年まで以後16年に渡ってBoschはこの農業試験場を統括することになるのですが、実にアンモニアプロジェクトの4倍の時間をかけたことになります。もちろんアンモニア合成後も食糧問題は喫緊の社会的・国家的問題でありましたし商売として極めて大きな柱になる前提で取り組んだのでしょうが、IGファルベンの社長という極めて重い責務を担って(1925年)から更に4年間も直接統括するのはよほど思い入れが無いと出来るものではないでしょう。

混合肥料の成立に向けて

戦争用に火薬を大至急作る、ということに引っ張られたこともありますが、上記の混合肥料を作ろうと思うと窒素比率を上げなければならない。となると上記に述べた硫安はあまりよろしうない。加えて硫安単独では当時から土壌が酸性化するなどの問題点が明らかになっていたため、硝安が出来ないと窒素混合比上も土壌への影響上も困る。

ではその最初期に具体的に何をしたのか、ですが、まずMittaschの尻を蹴っ飛ばすところからです。本当です。硝酸をガンガン作ってアンモニアと混ぜればいいのですが、実は軍部に「わが社は大量の爆薬原料を供給できます」とBoschが言った時点では時点ではラボスケールでしか合成に成功しておらず、MittaschにしてみればBoschに追い立てられて2階に上がった状態で梯子を外されたうえ知らないうちに1階に火をつけられた状態でした。

この硝酸合成プロセスは別の記事の冒頭でプロセス概要を書きましたので省略しますが、MittaschはLappeと協力して結局開発開始からアッという間にで鉄-ビスマス-マンガン混合酸化物触媒を見つけ出し、廉価に硝酸を合成することに成功するのです。当時オストワルドにより既にアンモニアを硝酸まで酸化する触媒は白金がよいと明らかにされていましたが、白金は目ン玉が飛び出る価格でしたので使いたくない。そこで上記の3種混合触媒に至ったのですが、いくらアンモニア関係で触媒スクリーニングシステムが出来上がっていたとはいえ、この短期間で仕上げるのはやはり尋常ではない…Mittaschは後にBASF研究部長になり、この他にも様々な触媒の開発に貢献されており、真に固体触媒に愛された眼力を持っていたと言えます。彼についてはまた機会を変えて詳細に取り上げる予定です。

更にMittasch以外にもう一つ蹴っ飛ばした相手がいまして、それは尿素合成に関わっていた研究者のほうです。ヴェーラーの功績により尿素という分子の存在とその構成、窒素を多く含むことによる肥料としての有効性はわかっていたのであとはどう大量製造するかがわかればいい。ということでBoschはアンモニア合成が軌道に乗り出した1910年前後にライプチヒ出身のDr. Wilhelm Meiserという若い研究者と一緒に開発に取り組み、これをあっさり成功させます。基本的には高圧でアンモニアに二酸化炭素を送り込むだけで触媒も不要なまますぐ合成できるので、難なく開発が完了してしまいました。

1922年に発表された尿素合成の特許の冒頭
開発成功のタイミングをこの年にしている教科書もあるが
実際には1913年(!)に基本構成は完成していたとのこと

嘘です。本文を見ると、尿素が炭素鋼と相性が悪く、そのままでは腐食物の澱が出来て配管が詰まってしまうため、色々知恵を働かせてアンモニア合成で色々検討したニッケル・クロム系合金を使って解決するところに本件のミソがありました。ちなみにこのニッケル・クロム系合金、要は今世界中で使われているステンレスの原型なのです!

Boschがクルップ社などにはたらきかけてアンモニアリアクター用に様々な合金を開発していたことは以前にも書きましたが、鉄鋼の歴史を紐解いてみるとこの時期に鉄系合金、特にアンモニアや硝酸などの含窒素有機物に対する耐腐食合金がドイツの鉄鋼会社中心にバラバラッと出てきていることがわかります(ほぼ同時期に英米からも似たような合金が出てきていますが、工業化はドイツが世界初とみています)。化学プラントの実現という領域で、冶金が専門のBoschからの強い要望と、それに応えることのできたドイツ鉄鋼会社(クルップ)の実力とによって合金の歴史が拓かれたと言っても過言ではないかと(注:現在でも尿素はかなり腐食性の高い材料で、ちょっと変なものが混じるとすぐ腐食速度が上がるようで、今なお気は抜けない課題のようですが)。

こうして出来上がった硝酸塩、尿素を応用した混合肥料が”Nitrophoska“。NPK全部入ってる。しかも思いがけないことにそれぞれをバラバラに撒くよりこの混合粉で撒いたほうがより均一に土に投入され、全体的な育ちも非常によくなるというおまけつき(BASF社から一部事業を引継ぎ、今も同品を扱うEurochem社説明ページ→リンク)。これらの結果、Nitrophoskaを中心に海外も含めて1930年あたりまで大きな売り上げを継続的に伸ばす、ひいては20世紀の後半まで世界で売り上げるようになるお化け事業となりました。つまりはBASFひいては肥料ビジネスの扉を拓いた歴史的な商品となったのです。

[文献2]より引用 右側は広告用ポストカードのイラストらしいが趣味悪くないすかねぇ…
当初は農家からの感情的反感もあったため宣伝は慎重だったらしいですが
この絵を見るとその信憑性が怪しくなってきたですぞ

なお現在ではBASFは農業部門は抱えてはいますがコモディティ化した肥料や農薬部門は社外に切り離す形をとっており、どこに自分らの将来の飯のタネがあるか戦略を作りながら研究を進めている感があります。対するBayerはモンサントを買収し、シンジェンタは中国のケムチャイナに買収され、デュポンはダウと合併してコルテバを設立するなど、各社巨大化と合従連衡の荒波の中を突き進んでいまして、BASFはどこまで一本独鈷でやっていくつもりなのか、またその流れに掉さすことが出来るのか、個人的に非常に注目しているところです。

おわりに

この回のシメについては同書から下記の原文を引っ張りましょう。

“Die seiner Leitung unterstellten Werke sieht er zwar immer Totalbild. Wenn man aber, muehsam mit ihm Schritt haltend, durch ein Werk wandert, erkennt man stauend, dass ihm jede Einzelheit gegenwaertig ist und jeder Prozess bildhaft vor ihm steht. Wenn ein Mangel auch noch so ueberraschend auftritt, ist er nie um eine sofortige Aushilfe verlegen, auch wenn es die Kaufleute sind, die Rat begehren.”

大意:「Boschは自らが率いる仕事を、常に全体像の中で考えていた。もし一緒に仕事をしていたら、ようやっと追っかけていく中で彼がいかに細部まで見通していたかを知ることができよう。たとえ困難があったとしても商人からだろうが何からだろうが援助を受けることを躊躇わず、とにかく解決に向けて全力を尽くしたのだ」

こうした文章を読んでいて最近考えるのは、アンモニア合成もBoschにとってはパズルピースの一つにしかすぎず、農業・肥料産業をどう成長させていけばいいのか、ひいては総合化学会社 経営者としてどういう何をなすべきかという視点が常にあったのではないかということです。

事業に取り組むにあたっては常に全体像を俯瞰し、必要となる構成要素は何か、何の化学技術を開発しなければならないのか、商売はどう稼ぐかの全体構想(Totalbild)を常に頭に置き活動していたというのが上記の要旨ですが、驚くべきはその全体構想のほとんど、しかも細部に至るまでをおそらくBoschがたった一人で考えていたであろうということ。もともとBoschは会社関係以外にあまり友人がおらず、社外・海外との折衝やIG.Farbenでの取り決めなど特殊な場合以外は人前で自分の意見を明確に示すようなことはなかった、との記載が例の書物のそこかしこに見て取れます。このことから複数人で議論を詰めて出来あがった案によるのではなく自分の信念に基づいた事業デザインがあり、自分がリーダシップを握ったエリアでその実現に向けて存分に腕を振るった結果、かなりの高確率で成功に次ぐ成功を生み出した、というのが実態であったという推定ができます。

こうした形態は官僚的な成熟企業の中ではオペレーションという流れに飲まれ絵を描いても実現出来ないケースがほとんどなのですが、Boschは本人の下地をつくった家庭環境のほか、ボス・同僚・関係者に恵まれていたことが幸いしましたね。Carl Boschの人生 その4の図でも描いたようにHaber, Nernst, Ostwald, Brucnk, Kniesch, Sapper, Mittasch, Kranz, Lappe, Gmelin, Wild, Krauch, Julius, Meiser,,,, この時代に誰か一人欠けていたらこの絵が完成しえなかったであろうことは明白で、感傷的な書き方になってしまいますが奇跡の産物であったと改めて実感しました。


おそらく世界で初めてBoschらが植物の成長記録を映像化した”Blumenwunder[草花の不思議]” の概要
全体は40分くらいあるらしいが一般公開されていないのが残念
おそらくどこかの企業か博物館のArchivにはあるはず

加えて思うのが、Boschは豪快な開発手法とは逆に実は相当繊細な人間であったのでは、ということ。

肥料開発と同時に農家への細かい使用方法・土壌との相性・各種植物に対する特性情報を提供する営業サービス部門の立上げとか、その中でガーデニングという、おそらく当時は誰も目に留めないであろう少ない市場向けにも窒素配合比を変えた”Hakaphos”という肥料をわざわざ開発したりとか(結局花卉市場で大いに発展した 今でもブランドとしてはある模様→リンク)、上記の動画を自らの秘書であるErnst Schwarz氏(後にヒトラーと反目するような状態になっても雇用し続けたユダヤ人)と一緒に嬉々として撮影したりとか、天体望遠鏡を見て金星がめちゃくちゃ綺麗に見えると奥さんを自室に呼び寄せて一緒に喜んだり、ハイデルベルクに作った自分の家でも金属加工が出来るよう旋盤工作所を作ったり、昆虫採集で野山を駆け回ったり、一般の経営者がやるようなこととはだいぶ一線を画していてそこには自然や科学、友人、親族に対する細やかな愛情を備え持つ人間であった印象を受けます。

ただ技術に思い入れがありすぎるのも固執・執着のタネになり、足場を今持っている技術やテクニックのみに自らを縛ってしまうことで冷静な判断が出来なかったりつい全体像を見失ったりすることがあります。そう、Boschは人生の後半に向け、経営者という立場であるためか、後世から見ると明らかに冷静さを欠いたり客観的な立場から見ると舵取りを誤ったという印象を受けるインシデントを複数回発生させてしまいます。後出しジャンケンのような形では描きたくないのですが、やっぱり書かないとだめですよね。

それでは今回はこんなところで。次回こそ取締役になったBoschのことを書きます。

参考文献

  1. “DIE STICKSTOFFWERKE DER BADISCHEN ANILIN&SODA-FABRIK UND DIE DAMIT ZUSAMMEHÄNGENDEN GRÜNDUNGEN”, Scan eines Buches der BASF über ihre Werke in Oppau-Ludwigshafen, Leuna-Merseburg und ihre Braunkohlengruben, Gipswerke und landwirtschaftliche Unternehmungen, Selbstverlag, Ludwigshafen o. J. [ca. 1922] , リンク
  2. “Zusammen gewachsen – 100 Jahre Agrarzentrum Limburgerhof”, 2014, BASF SE, リンク
Tshozo

Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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