[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ハプロフィチンの全合成

[スポンサーリンク]

Total Synthesis of (+)-Haplophytine
Ueda, H.; Satoh, H.; Matsumoto, K.; Sugimoto, K.; Fukuyama, T.; Tokuyama, H. Angew. Chem. Int. Ed. 2009, Early View. doi: 10.1002/anie.200902192

 

(+)-ハプロフィチンはメキシコ産の植物Haplophyton cimicidumの葉っぱに含まれる、駆虫効果を示すアルカロイドです。 このたび東京大学・福山教授および東北大・徳山教授らによって、世界初の全合成が報告されました。

この化合物自体は1952年に単離されていますが、全合成が達成されたのは57年経っての本報告が初めてです。

事実、高度な窒素官能基化・多数の不斉点(うち3つは四級炭素)をもつCrazy Compoundであり、最近の全合成例の中でも、相当な高難度化合物の一つだと思われます。

 

ハプロフィチンの部分構造でもある天然物アスピドフィチンは、福山グループによって2003年に全合成が達成されています[1]。大まかには、以下のようなフラグメントに分けて取り組む逆合成戦略を取っています。彼らが開発したインドール合成法、および大環状アミン合成法を効果的に用いた収束的合成となっています。
haplophytine_2.gif
彼らは、この研究成果をベースに、以下の様に大まかに3つのパーツをアセンブルさせる逆合成ルートに従って、ハプロフィチンの全合成を達成しています。

 
haplophytine_3.gif
左パートはインドールを基本母核とする四環性化合物の酸化的転位で合成できると考えられます。が、紙の上ほど実際にはスムーズに行かず、下の例[2]のようにちょっとした保護基の違いで転位生成物が変わってきたりなど、この部分を作るだけでも相応の苦労があったようです。
haplophytine_4.gif

 

また、上記逆合成を眺めれば、中央インドール部の切り方が、アスピドフィチン全合成の場合と全く異なっていることが分かります。2,3-ジメトキシアニリン置換化合物を酸化的転位のモデル化合物に用いているのですが、それを引き続き使用して、合成を完了しているようです。
haplophytine_6.gif

CoreyNicolaouといった大物との競争のまっただ中にあった化合物ということですので、おそらく迅速に作るべく、モデル発の化合物を使う選択を取ったのでしょう。しかしそれはそれで、右フラグメントの合成法を再び確立しなくてはなりません。アスピドフィチンのインドール左フラグメントをくっつけて進める戦略は、やはり難易度が高すぎたのでしょうか。
トレードオフの絡むこの辺りの選択が、競争に勝つクリティカルポイントになってくるかも知れないわけですから、この意志決定こそは敬服すべきものなのでしょう。

これ以外の合成スキームと検討の詳細を逐一記すと膨大な量になってしまうので、詳細はここでは述べません。原論文(ACIE)と、TotallySynthetic.comでの紹介記事などを参照していただければ幸いです。いずれそのうちFull Paperにまとめられることでしょう。

長年の研究を結実させての達成、本当にお疲れ様でした!

 

関連文献

[1] (a) Sumi, S.; Matsumoto, K.; Tokuyama, H.; Fukuyama, T. Org. Lett. 2003, 5, 1891. doi:10.1021/ol034445e (b) Sumi, S.; Matsumoto, K.; Tokuyama, H.; Fukuyama, T. Tetrahedron 2003, 59, 8571. doi:10.1016/j.tet.2003.09.005 (c) Tokuyama, H. YAKUGAKU ZASSI 2003, 123, 1007. doi:10.1248/yakushi.123.1007

[2] (a) Matsumoto, K.; Tokuyama, H.; Fukuyama, T. Synlett 2007, 3137. doi:10.1055/s-2007-990911??

 

関連リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. プラスチック類の選別のはなし
  2. House-Meinwald転位で立体を操る
  3. 有機合成化学協会誌2024年1月号:マイクロリアクター・官能基選…
  4. 矢沢科学よりロゴがついて販売復活!ガス用バルーン
  5. 狙いを定めて、炭素-フッ素結合の変換!~光触媒とスズの協働作用~…
  6. 第二回ケムステVシンポジウム「光化学へようこそ!~ 分子と光が織…
  7. pH応答性硫化水素ドナー分子の開発
  8. 究極のエネルギーキャリアきたる?!

注目情報

ピックアップ記事

  1. 炭素-炭素結合を組み替えて多環式芳香族化合物を不斉合成する
  2. ポリ乳酸 Polylactic Acid
  3. 論文がリジェクトされる10の理由
  4. 蓄電池 Rechargeable Battery
  5. XPhos
  6. 触媒的芳香族求核置換反応
  7. 稀少な金属種を使わない高効率金属錯体CO2還元光触媒
  8. 徹底比較 特許と論文の違い ~明細書、審査編~
  9. 電気化学インピーダンス法 第3版: 原理・測定・解析
  10. ビス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(II)ジクロリド:Bis(triphenylphosphine)palladium(II) Dichloride

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年7月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

解毒薬のはなし その1 イントロダクション

Tshozoです。最近、配偶者に対し市販されている自動車用化学品を長期に飲ませて半死半生の目に合…

ビル・モランディ Bill Morandi

ビル・モランディ (Bill Morandi、1983年XX月XX日–)はスイスの有機化学者である。…

《マイナビ主催》第2弾!研究者向け研究シーズの事業化を学べるプログラムの応募を受付中 ★交通費・宿泊費補助あり

2025年10月にマイナビ主催で、研究シーズの事業化を学べるプログラムを開催いたします!将来…

化粧品用マイクロプラスチックビーズ代替素材の市場について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、化粧品…

分子の形がもたらす”柔軟性”を利用した分子配列制御

第666回のスポットライトリサーチは、東北大学多元物質科学研究所(芥川研究室)笠原遥太郎 助教にお願…

柔粘性結晶相の特異な分子運動が、多段階の電気応答を実現する!

第665回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院工学研究科(芥川研究室)修士2年の小野寺 希望 …

マーク・レビン Mark D. Levin

マーク D. レビン (Mark D. Levin、–年10月14日)は米国の有機化学者である。米国…

もう一歩先へ進みたい人の化学でつかえる線形代数

概要化学分野の諸問題に潜む線形代数の要素を,化学専攻の目線から解体・解説する。(引用:コロナ…

ノーベル賞受賞者と語り合う5日間!「第17回HOPEミーティング」参加者募集!

今年もHOPEミーティングの参加者募集の時期がやって来ました。HOPEミーティングは、博士課…

熱前駆体法を利用した水素結合性有機薄膜の作製とトランジスタへの応用

第664回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(化学研究所・山田研究室)博士後期課程…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP