[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ChemDrawの開発秘話〜SciFinder連携機能レビュー

[スポンサーリンク]

 

ChemDrawは世界で最も使われている化学構造描画ソフトです。

筆者も毎日とはいかないけれど毎週一度は立ち上げる機会があります。化学者、特に有機化学者には無くてはならない存在のChemDrawですが、その開発の経緯は意外と知られていないのではないでしょうか。

ChemDrawの開発に大きな貢献をしたのは、不斉アルドール反応でもお馴染みのDavid Evans教授でした。そのEvans教授による回顧録がAngew. Chem. Int. Ed.誌に掲載されましたので紹介したいと思います。

また、最後には最新版のChemBioDraw Ultra 14のレビューもありますので少し長いですが最後までお読み下さい。

 

ChemDrawの開発経緯とは

正直に申しまして筆者はChemDrawの開発にEvans教授が関わっていた事を知りませんでした。普段から当たり前のように使っているソフトですが、その開発に化学者が携わっていたなんてのは考えてみれば当たり前です。ではなぜそれがEvans教授なのでしょうか?

History of the Harvard ChemDraw Project

Evans, D. A.

Angew. Chem. Int. Ed. Early View doi: 10.1002/anie.201405820

時はEvans教授がカリフォルニア工科大からハーバード大に移籍した1983年夏に遡ります。

ChemDraw以前はどうやって構造式を描いていたのか不思議じゃありませんか?当然フリーハンドで書くというのもありですが、環構造とか長い炭素鎖とか結合の長さを揃えて書くのは難儀するでしょう。そこで登場するのがLuis Fieser教授が開発した構造式用三角定規です。

ChemDrawisrory_1.jpg 画像は関連文献[1]より引用

これを使えば結合長を揃えて書くこともできます。しかし、これを使って構造式を描いていく作業がどれだけ骨が折れるものかは想像に難くありませんよね。コピペもできませんし、少し反応が進むたびに同じような構造式をいくつも描く必要が出てきます。

さてEvans教授の話しに戻りますが、Evans教授にはSelena (Sally)という奥さんがおり、一緒に移住することになりました。彼女は20年以上学校の教師を勤めておりましたが、転居が中途半端なシーズンになってしまったこともあり、新天地で教師のポジションを求めるのは難しいタイミングでした。そこでEvans教授のラボで雇うことになりました。仕事は秘書のような感じで、講義、講演に使うスライドや論文に使う原稿の作成もお手伝いすることになります。すると、あのFieserの三角定規を使って膨大な量のうんざりする構造式描きをする日々が彼女の仕事になるわけです。バンコマイシンなんて書かされた日には・・・

さあここで歴史が動き始めます(BGMは地上の星でおおくりします)。

日々ストレスがたまる作業をさせられるSallyはE. J. Corey教授の元で大学院生だったStewart Rubensteinと出会っています。丁度1984年に初代MacintoshがAppleコンピュータから発売され、Evans夫妻、StewartはMacintoshの購入者だったこともあり、しばしばStewartがEvans研究室を訪れたりして交流がありました。

 ChemDrawHistry_2.jpg初代Macintosh (画像はWikipediaより)

StewartはCorey教授の下でLogic & Heuristics Applied to Synthetic Analysis (LHASA)プロジェクトに携わっていたので、コンピュータは専門でありました。そんなStewartにある日会ったSallyはこう言いました、”私たちの結婚生活をどうにか救ってくれない?

うんざりするような日々でストレスが相当たまっていたんでしょうね。

さて、期せずしてハーバード大に集まったEvans夫妻Stewart Rubenstein、そしてMacintosh。役者は揃いました。

StewartはMacを使って化学構造式を描くソフトウェアの開発に取り掛かります。もともと当時のMacには革新的なMacDrawというお絵描きソフトがありました。これを使えばマウスで簡単に直線を引いたりできたのです。技術的には完成されていたわけで、あとは構造式に特化した機能を次々に実装していくことになります。

例えば当たり前のように使っているFixed Lengthの機能ですが、Stewartのデモに対してSallyが提案した機能のようです。

ChemDrawが世に出る前のエピソードも実にドラマチックです。

1985年にEvans教授はGordon会議に呼ばれます。そこで会場にMacを持ち込みChemDrawのデモをすることを計画しました。都合のよいことに外は荒れ模様の天気でとても会場の外に出れるような状態ではありません。必然的に参加者はこぞって彼らのMacの前に集まり、絶賛の嵐だったそうです。

 ChemDrawHistory_3.pngアカデミック価格は当時$295 ちなみにこの価格にはちゃんと意味があります。理由は下の方で

開発は順調に進み、Evans研究室の学生もβテストをしながら学位論文を書いたりと苦労もあったと思いますが、Stewartは1986年Cambridge Scientific Computing社を設立し、ChemDrawをリリースしました。ちなみに最初の購入者は当時Yaleの助教だったあのStuwart  L. Schreiberだそうです。

こうして世に出たChemDrawは化学者から圧倒的な支持を集め、Macのキラーアプリとなり、現在でも化学者になぜかMacユーザーが多い大きな要因となっているのです。その後、社名の変更、Chem3Dの開発、Windows版のリリース、そして会社の売却などの歴史を経て現在に至ります。現在約100万ユーザーがいるそうです

 

ChemBioDraw Ultra 14レビュー

こちらでもお伝えした通り、最新版のバージョンは14となり、久しぶりの大きな機能の追加がありました。そうあのSciFinderとの連携です。SciFinderは皆さんよくご存知だと思いますが、webブラウザを用いる大きな文献データベースで特に化学分野で非常に有用です。

ある化合物について調べようと思ったらSciFinderで構造式を入力すれば検索してくれます。以前はJava環境のみでしたが最近は非Javaも用意されていて、PCの環境を問わなくなっています。非Javaの構造式描画ツールも最初はアホでしたが、最近のはJavaのツールと遜色ありません。ということでこれで決定版かなあと思っていたら、なんとChemDrawで構造式を書いたら数クリックで直接SciFinder検索できるという機能がChemBioDraw Ultraに搭載されました。

ということで少し遅ればせながら、その機能について人柱になる、レビューしたいと思います。以前ChemDraw for iPad酷評したことのある筆者ですので、少し辛口です。当方PCの環境が古いMac(OS10.6)で、デフォルトブラウザはFireFoxです。違う環境で試したことがないのですがご了承下さい。

さて最近のChemDrawはライセンスを買って、インストーラはダウンロードです。楽になったんだか微妙ですが、無事ダウンロードはサクッと終わり、インストールも難なくできました。

使い勝手としては特に旧バージョンとは差がありません。キーボードショートカットが効かなくなるwindowが前にでてこなくなることがある不具合がたまに出る気がするのですが、これは当方の環境が悪いのかもしれません。

因みにこちらで紹介したホットキーに関するtipsですが、該当ファイルが見当たりませんでした。仕方ないので古いxmlファイルを(ユーザ)→書類→ChemBioDrawフォルダに入れてみたらちゃんと機能することを確認しています。

 ChemDrawHistory_5.pnghotkeys.xmlファイルはここに入れよう

さてではさっそく新機能を試してみましょう。

試しにTaxolを描いて構造を選択し、図にあるSciFinderアイコンをクリックします。するとブラウザが起動し、SciFinderのページが開かれます。ログインしていない場合はログインする必要がありますが、既にログインしている場合は検索が始まります。あとはSciFinderの操作をすればよいです。ChemBioDrawにSciFinderのアカウント情報を記憶して自動ログインする機能なんかがあると便利だと思いました。

ChemDrawHistory_9.pngSciFinderアイコンをクリックするのだ!

ここまでシームレスにできるのであれば、かなり便利です。特に先にSciFinderにログインしておいて、ChemBioDrawで構造式を描いて検索という流れはかなり作業を早くしてくれます。便利になったとはいえ、まだまだSciFinderの描画ツールは手間がかかりますからね。

また、上の画像ではわかりにくいと思いますが、構造式検索だけでなく、反応検索もできます。

 ChemDrawHistrory_8.pngあっさり出ます

問題は、構造式検索をする時によくある、微妙に構造を変えて再検索するというケースです。これをChemBioDrawでやろうとすると、一旦ブラウザからChemBioDrawに戻り、構造式をいじる必要があります。その構造を再度選択→SciFinderで検索とやると、新規の検索となってしまいます。これは少しイラっとしますね。

ChemDrawHistory_7.pngSciFinderが複数タブを受け付けてくれないので・・・

当たり前と言えばそりゃそうなんですが、SciFinderでの検索をしている時は、新規の検索をしない限り過去の検索結果が履歴として残っているので、戻って結果を参照することができます。これが使えないとなると、最初の検索のための構造式描画にしかChemBioDrawは使えないです。ただこれはSciFinderの方で複数のウィンドウによる別々の検索を受け付けてくれないことが問題ですので、どうにかしてくれませんでしょうか?今のところこのての操作を行うには、SciFinderの描画機能で修正するしかありません。まあ少し変更するくらいなら我慢できますけども。

また、当方の環境に依存している可能性もありますが、エラーメッセージが出て検索が失敗する現象が起こることがありました。これが出始めると何度やっても失敗しますが、ブラウザのwebキャッシュを消去したら直ったので、webキャッシュがたまっていると何か問題が起こることがあるのかもしれません。遭遇したらお試しください。

インタラクティブな使い勝手はあと一歩の感があり、かゆいところがかゆいままではありますが、いずれにしてもChemDraw形式で保存された構造式から一気にSciFinderで検索できるのはかなり便利な機能だと思います。複雑な構造式の化合物だとSciFinderで書くのは骨が折れるので、特にメリットは大きいでしょう。SciFinderを頻繁に使っている方には導入のメリットは大いにあると断言します。

ただし、これだけは言っておきたいのですが、現在のところChemBioDraw Ultraしかこの機能が無いというのはいただけませんね。はっきり言って高いです。 Bio要らんでしょうよ。SciFinderユーザーは化学者の方が多いと思うので、せめてChemDraw Proくらいにしてほしかったです。

少しずつ進化を続けて行くChemDrawですが、果たしてChemDrawの牙城を崩すようなソフトは登場するのでしょうか。なんとなく難しいのかなという気がしますが、切磋琢磨してユーザーに便利な機能がまた登場することを期待しています。

 

関連文献

[1] Reflections On ChemDraw. Halford, B. C&EN 92, 26-27, (2014). Link

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4759810684″ locale=”JP” title=”人名反応に学ぶ有機合成戦略”][amazonjs asin=”4865150234″ locale=”JP” title=”日本の医薬品構造式集〈2014〉”][amazonjs asin=”4567462602″ locale=”JP” title=”薬がわかる構造式集”][amazonjs asin=”4840745943″ locale=”JP” title=”図解 よくわかるTDM 第3版 基礎から実践まで学べるLesson160″]
Avatar photo

ペリプラノン

投稿者の記事一覧

有機合成化学が専門。主に天然物化学、ケミカルバイオロジーについて書いていきたいと思います。

関連記事

  1. 「もしかして転職した方がいい?」と思ったらまずやるべき3つのこと…
  2. 死刑囚によるVXガスに関する論文が掲載される
  3. 留学せずに英語をマスターできるかやってみた(6年目)(留学後編)…
  4. Chemical Science誌 創刊!
  5. 二重芳香族性を示す化合物の合成に成功!
  6. 光刺激に応答して形状を変化させる高分子の合成
  7. 学術変革領域(B)「糖化学ノックイン」発足!
  8. 第464回生存圏シンポジウム バイオナノマテリアルシンポジウム2…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 分子の対称性が高いってどういうこと ?【化学者だって数学するっつーの!: 対称操作】
  2. 含フッ素カルボアニオン構造の導入による有機色素の溶解性・分配特性の制御
  3. Pallambins A-Dの不斉全合成
  4. 創薬に求められる構造~sp3炭素の重要性~
  5. 第60回「挑戦と興奮のワイワイ・ワクワク研究センターで社会の未来を切り開く!」畠 賢治 研究センター長
  6. マテリアルズ・インフォマティクスに欠かせないデータ整理の進め方とは?
  7. ゲームを研究に応用? タンパク質の構造計算ゲーム「Foldit」
  8. 世界の技術進歩を支える四国化成の「独創力」
  9. 「自分の意見を言える人」がしている3つのこと
  10. ピロティ・ロビンソン ピロール合成 Piloty-Robinson Pyrrole Synthesis

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2014年9月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP