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スポットライトリサーチ

有機フッ素化合物の新しいビルドアップ構築法 ~硫黄官能基が導く逐次的分子変換~

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第239回のスポットライトリサーチは、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所・南保 正和 特任講師にお願いしました。

フッ素を含む化合物は、分子のサイズを大きく変えることなく、電子特性・物性を大幅に調節できるため、医薬・材料双方の分野から重要とされています。統一的合成戦略にて多様なビルディングブロックへとアプローチできれば、その研究発展が加速されることになります。今回は特にスルホン基の特性を利用し、含フッ素ジアリールメタンの合成へとアプローチしたという成果に成ります。Nature Communications誌原著論文として報告され、プレスリリースとしても公開されています。

“Modular synthesis of α-fluorinated arylmethanes via desulfonylative cross-coupling”
Nambo, M.; Yim, J. C.-H.; Freitas, L. B. O.; Tahara, Y.; Ariki, Z. T.; Maekawa, Y.; Yokogawa, D.; Crudden, C. M. Nat. Commun. 2019, 10, 4528. doi:10.1038/s41467-019-11758-w

PIとして研究室を主宰されているCathleen M. Crudden教授から、人物評を下記のとおり頂いています。国際ラボのCo-PIとして欠かせないリーダーシップを発揮されておられ、貴重な経験と実績を着実に積まれていることがうかがえます。

After I was first hired at ITbM, finding an Assistant Professor for the lab was my first task. Since I am only in Japan 2 months of the year, having someone to run the lab was absolutely critical. When Dr. Nambo agreed, I was delighted. I knew him from his time as one of the first grad students in the Itami lab and had met and worked with him while I was on sabbatical in the Noyori/Itami lab in 2006. This was definitely a good choice and Dr. Nambo has been the key person responsible for the successes in our Nagoya lab. He has the right mix of risk taking (for example signing up to work with a crazy foreigner like me in an untested institute), a high level of intelligence and creativity, and he is an outstanding mentor to the group in Japan.

Nambo san has been the driver behind our sulfone chemistry, which has now expanded to include the preparation of triarylmethanes, diaryl methanes, amines, and fluorinated molecules including others. I find it interesting that cross coupling chemistry has been dominated by the preparation of alternative nucleophiles with very little work on electrophiles. Sulfones provide an interesting alternative to other electrophiles, not just because they are new, but also because they enable the pre-functionalization of the substrate prior to cross coupling. This is a really powerful strategy and was one of the first ideas that Dr. Nambo had in our lab.

I should add that in addition to driving the sulfone chemistry, Dr. Nambo has been extremely important in our work on NHC-functionalized nanomaterials. For a small lab, we’ve accomplished a great deal at ITbM, and done it while having lots of fun as well!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回私たちはスルホニル基の特性を利用することでα位がフッ素化されたジアリールメタン類の選択的な合成を達成しました。
私たちの研究グループでは有機硫黄化合物の1つであるスルホンをテンプレートとした逐次的な分子変換反応の開発を行っています。例えば、ベンジルスルホンのα位官能基化と炭素–スルホニル結合の切断を伴うクロスカップリングによって多様なアリールメタン類の最短工程合成を達成しています。成功の鍵は電子求引性と脱離基としての性質を併せ持つスルホニル基であり、これによって基質の活性化を必要とせず、逐次的に分子変換を行うことが可能となります。今回私たちはα位フッ素化反応と組み合わせることで、α-フルオロジアリールメタン類の選択的合成に挑戦しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

スルホンの分子設計です。これまでの研究でスルホニル基上に電子求引基を導入すると炭素–スルホニル結合がより活性化されることを見出していました。このコンセプトを基にα位がフッ素化されたスルホン誘導体をいろいろ作り、さらに触媒も様々検討しましたが目的物はほとんど得られませんでした。ここで諦めずにより電子求引性が強いトリフロン(RSO2CF3)誘導体をなんとか合成し、反応物のGCMSで目的物のピークがはっきり見えたときは手が震えました。また横川大輔先生(元名大ITbM、現在東大)から教わりながら反応経路の計算を自分で行い、スルホニル基の置換基効果をサポートする結果が得られた時は非常にテンションが上がったのを覚えています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

原料、生成物の取扱いです。私自身フッ素化合物の取り扱いの経験が乏しいことに加え、今回のフッ素化されたスルホン誘導体や生成物はほぼすべて新規化合物であったため化合物の性質(フッ素化合物特有の揮発性や精製法、化合物の安定性など)を調べるところから始まりました。手探りでかなり時間が取られましたが、扱い方が理解できた後は研究が一気に進みました。
あと皆様も経験があるかもしれませんが、似たような論文が先に出されてしまった点です。実はちょうど反応の最適化が終わって基質検討を始めたくらい(たしか2017年12月ごろ)にBaran教授のグループから似たコンセプトの論文がChemRxivに出てしまいました(のちにScience)。思わぬ伏兵に正直かなりショックを受けましたが、生成物は私たちの方法でしか合成できないものであったため、そこをアピールしつつ計算のサポートを入れて投稿するに至りました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

有機合成をより直感的かつシンプルにするための反応・触媒の開発を通じて科学の進展に貢献したいと思っています。私の所属する研究所では動植物の研究者と一緒に共同研究をする機会が多くあります。生物学の研究者は活性を有する新規分子・誘導体が欲しいと思ってはいるものの、複雑な工程は合成する際の高いハードルとなってしまいます。直感的に分かりやすい合成法は必ずしも有機合成を専門としない研究者にとって挑戦するハードルを下げることにつながり、互いの研究分野の進展だけでなく新しい研究領域を拓くきっかけにもなると思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

今回これまで自分に馴染みのなかったフッ素化学や計算化学が加わることで新しい形式の反応を開拓することができました。自身の感性や経験で研究を突き詰めていくのも研究の醍醐味ですが、自分の研究がもっと面白くなるアイディアや技術が他の研究分野からもたらさせる場合もあると思います。そのために背景の違う研究者とつながりを持つのはとても重要なことだと感じます。
最後になりましたが助教着任時から自由な研究環境と熱心な指導をいただいているCrudden教授、そしてグループメンバー、共同研究者の皆様に深く感謝いたします。また今回の研究紹介の機会をいただいたケムステスタッフの方々にお礼申し上げます。

研究者の略歴

名前: 南保 正和
所属: 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 Cruddenグループ 特任講師、Co-PI (準主任研究者) (PI: Cathleen M. Crudden教授、クイーンズ大学)
専門: 有機合成化学、分子触媒化学
略歴:
2011年3月 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻(化学系) 博士課程修了 (指導教官:伊丹健一郎教授)
2011年4月〜2013年1月 旭化成株式会社勤務
2013年2月〜2018年3月 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 特任助教、Co-PI (準主任研究者) (PI: Cathleen M. Crudden、クイーンズ大学)
2018年4月〜 現職

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cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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