[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

分子運動を世界最高速ムービーで捉える!

[スポンサーリンク]

第275回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程・清水俊樹 さんにお願いしました。

清水さんの所属する中村研究室では、分子の姿や化学反応の様子を電子顕微鏡で捉えるという、世界に類例のない研究をかねてより推進しています(関連するスポットライトリサーチはこちら)。今回はこれをさらに発展させ、世界最高速の動画で捉える事に成功しました(下記動画)。Bull. Chem. Soc. Jpn.誌 原著論文・プレスリリースとして公開されています。また視覚的インパクトの大きな成果でもあるため、NewsweekのTech & Science欄東京大学ビデオニュースレターの創刊号(はやぶさ2と並んで)に掲載されています。

”Real-Time Video Imaging of Mechanical Motions of a Single Molecular Shuttle with Sub-Millisecond Sub-Angstrom Precision”
Shimizu, T.; Lungerich, D.; Stuckner, J.; Murayama, M.; Harano, K.; Nakamura, E. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2020, 93, 1079. doi:10.1246/bcsj.20200134

研究室を主宰されている中村栄一教授から、清水さんについて以下の人物評を頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

 清水君は学部では物理学専攻でした.彼が大学院を受験,かつ合格したときは学位取得が可能かどうか,こちらはかなり心配しました.果敢に取り組んだ原料合成が進まないので,仕事が進まない.でも,石の上にも三年.博士に入ると,外部から加えた機械的エネルギーによって分子が動く,という分子の物理学の世界を切り拓きました.たゆまぬ努力が道を拓く,これを身をもって実証したのが清水君です。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

分子の動きを原子分解能電子顕微鏡でその場撮影し、1つの分子があたかも古典的物体のように往復運動をする様子(分子シャトル運動)を1600枚/秒という世界最速のビデオ映像として記録することに成功しました。ただ速く撮るだけでは分子がノイズに埋もれて見えませんでしたが, ウェブ動画などの圧縮に用いられる技術の一種であるChambolle total variationノイズ除去法を駆使することで, 解析可能にしました.多数のフレームに収められた分子像について統計解析することにより、分子の位置についても0.01ナノメートル、1万分の9秒という極めて高い位置および時間精度で決定し, 中の分子の動きがその入れ物であるカーボンナノチューブの機械的振動により引き起こされていることを明らかにしました.

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

当初超高速カメラでフラーレン分子が二量化する過程を研究していました.電顕でフラーレン分子の反応過程を見ていると, フラーレン分子が徐々に反応して互いに距離が縮まっていきます.[追記2022/8/24:こちらも論文が公開されました] すると, フラーレン分子が密に詰まっていたカーボンナノチューブの一部にスペースができはじめ, その隙間をフラーレン分子がピョンピョンと往復運動することに気付きました.学部時代物理学を専攻していたということもあり, この現象に非常に興味を持ち, どうにかしてこの現象の原因を解明したいと思い本研究をはじめました.最初, 往復する分子の動画を見せたところ,「面白いけどフラーレン分子二量体の中間反応体の方が見たい」と言われ, あまり相手にされませんでした. それでも諦めきれず, カーボンナノチューブの振動に注目し解析した結果, カーボンナノチューブと中の分子の動きには関係性があるということを発見し, 論文にこぎつけました.

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

フラーレン分子が動く決定的瞬間を超高速カメラで捉えることが大変でした.フラーレン分子が動くタイミングは完全に確率論的なので, 根気強く何度も撮影実験を繰り返しました.ただ撮れたとしても, 得られる画像はノイズで見えないため, 画像処理を駆使する必要があります. しかも一秒撮るだけで1600枚の画像が得られるため,画像を解析可能な状態にするために膨大な時間がかかりました.それでも撮れていることを信じて地道にコツコツと研究を続けてきました.

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

本研究は物理学を専攻し, 化学の研究室に来た私だからこそ生み出された研究テーマです.ターゲット分子は化学, 分子の動的挙動の現象自体は物理, 解析にはデノイジングのような情報数学の知識を使います.最先端の面白い研究テーマはこのような融合領域に隠れていると考えているので,将来的には異なる分野を橋渡しできるような研究テーマを見つけ, 開拓していきたいです.特にナノレベルの世界で分子に働く力などに興味があります.それらを研究していく上で化学は必要不可欠な知識なので,今回の研究で得られたものも武器として使えていけたらいいなと考えています.

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私の好きな故事成語の一つに「粒々辛苦」という言葉があります.米の一粒一粒が農民の苦労の結晶であるという意味から転じて, コツコツと苦労や我慢を重ね, 努力することを表しています.研究も同じで, 毎日地道な努力を重ねていくことで, 今回のような成果を生み出すことができるようになります.研究をしていて, 辛かったり, 苦しかったりする時もあるかもしれません. それでも一歩ずつ前に進んで行けば, 必ず実りがあると信じています.

研究者の略歴

名前: 清水俊樹
所属: 東京大学理学系研究科化学専攻 中村研究室 博士課程三年
研究テーマ: ミリ秒イメージングによる電子顕微鏡単分子解析
略歴:1993年福井県永平寺町生まれ.2016年3月東京農工大学工学部物理システム工学科卒業.2018年3月東京大学理学系研究科化学専攻修士課程修了.同4月に同博士課程に進学し現在に至る.

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 5分でできる!Excelでグラフを綺麗に書くコツ
  2. ポンコツ博士の海外奮闘録⑩ 〜博士,中和する〜
  3. rhodomolleins XX と XXIIの全合成
  4. 「ソーシャルメディアを活用したスタートアップの価値向上」 Blo…
  5. ルドルフ・クラウジウスのこと① エントロピー150周年を祝って
  6. 並外れた光可逆的粘弾性変化を示すシリコーンエラストマーの開発~市…
  7. アカデミアからバイオベンチャーへ 40代の挑戦を成功させた「ビジ…
  8. 青いセレンディピティー

注目情報

ピックアップ記事

  1. マテリアルズ・インフォマティクスの推進成功事例セミナー
  2. シアヌル酸クロリド:2,4,6-Trichloro-1,3,5-triazine
  3. ニホニウム: 超重元素・超重核の物理 (基本法則から読み解く物理学最前線 24)
  4. Process Mass Intensity, PMI(プロセス質量強度)
  5. かぶれたTシャツ、原因は塩化ジデシルジメチルアンモニウム
  6. シュテルン-フォルマー式 Stern-Volmer equation
  7. 合成手法に焦点を当てて全合成研究を見る「テトロドトキシン~その1~」
  8. 【テーマ別ショートウェビナー】今こそ変革の時!マイクロ波が拓く脱炭素時代のプロセス革新
  9. メビウス芳香族性 Mobius aromacity
  10. 有機合成のための触媒反応103

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年9月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  

注目情報

最新記事

7th Compound Challengeが開催されます!【エントリー〆切:2026年03月02日】 集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!

メルク株式会社より全世界の合成化学者と競い合うイベント、7th Compound Challenge…

乙卯研究所【急募】 有機合成化学分野(研究テーマは自由)の研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

大森 建 Ken OHMORI

大森 建(おおもり けん, 1969年 02月 12日–)は、日本の有機合成化学者。東京科学大学(I…

西川俊夫 Toshio NISHIKAWA

西川俊夫(にしかわ としお、1962年6月1日-)は、日本の有機化学者である。名古屋大学大学院生命農…

市川聡 Satoshi ICHIKAWA

市川 聡(Satoshi Ichikawa, 1971年9月28日-)は、日本の有機化学者・創薬化学…

非侵襲で使えるpH計で水溶液中のpHを測ってみた!

今回は、知っているようで知らない、なんとなく分かっているようで実は測定が難しい pH計(pHセンサー…

有馬温泉で鉄イオン水溶液について学んできた【化学者が行く温泉巡りの旅】

有馬温泉の金泉は、塩化物濃度と鉄濃度が日本の温泉の中で最も高い温泉で、黄褐色を呈する温泉です。この記…

HPLCをPATツールに変換!オンラインHPLCシステム:DirectInject-LC

これまでの自動サンプリング技術多くの製薬・化学メーカーはその生産性向上のため、有…

MEDCHEM NEWS 34-4 号「新しいモダリティとして注目を浴びる分解創薬」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

圧力に依存して還元反応が進行!~シクロファン構造を活用した新機能~

第686回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機化学第一研究室(鈴木孝…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP