[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

カルボカチオンの華麗なリレー:ブラシラン類の新たな生合成経路

[スポンサーリンク]

反応経路の自動探索によりセスキテルペンのトリコブラシレノールの新たな全生合成経路が提唱された。

トリコブラシレノールの生合成経路

多彩で複雑なテルペン骨格は、テルペン環化酵素内で起こるカルボカチオンの連続的な移動により一挙に構築される。その過程はカルボカチオンの安定性に関する知見を与えるため、古来より研究されてきた。近年、計算化学の発展に伴い、様々なテルペン類の生合成経路が提唱されている[1]
ブラシラン類は天然に広く存在する、5/6員環骨格をもつセスキテルペンである(図1A)。特に骨格上のメチル基の数が、生合成前駆体のファネシル二リン酸(FPP)と異なる点で、他のセスキテルペン類には見られない稀有な構造をもつ[2]。その生合成はFPPから誘導される11員環のフムリルカチオン(IM2)を経由することが知られるが、その後の経路は未解明であった。2019年に東京大学の葛山らは、同位体標識実験によってブラシラン類の一種であるトリコブラシレノール(1)の生合成経路を推定した(図1B)[3]。彼らはIM2から生成した5/7/3員環骨格をもつIM6に対する水和反応が進行すると予想した。しかし、本生合成仮説は熱的に禁制なスプラ面型1,3-水素移動を伴う、高度に歪んだ遷移状態Aを経由しており、その妥当性の検証が待たれていた。
今回、千葉大学の佐藤と東京大学の内山らは人工力誘起反応法(AFIR)[4]を用いて反応経路を網羅的に探索することにより、1の生合成経路を新たに提唱した(図1C)。IM6からカルボカチオンが次々と移動する骨格転位により5/6員環骨格をもつIM7へ至る経路を発見した。

図1. (A) ブラシラン類の基本骨格 (B) 葛山らが提唱した1の生合成経路 (C) 今回の生合成経路

 

“DFT Study of a Missing Piece in Brasilane-Type Structure Biosynthesis: An Unusual Skeletal Rearrangement”
Sato, H.; Hashishin, T.; Kanazawa, J.; Miyamoto, K.; Uchiyama, M. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 19830–19834. DOI: 10.1021/jacs.0c09616

論文著者の紹介


研究者: 佐藤玄
研究者の経歴:
2013–2016 東京大学 大学院薬学系研究科 博士課程修了 (内山真伸教授)
2016–2018 千葉大学 大学院薬学研究員 特任研究員
2018–2020 千葉大学 大学院薬学研究員 特任助教
2020–           千葉大学 大学院薬学研究員 学術振興会 特別研究員(PD)
2021- 山梨大学 工学部 応用化学科 特任助教(PI)(JSPS 卓越研究員)
研究内容: 計算化学を用いたテルペンの生合成経路の探索

研究者: 内山真伸
研究者の経歴(一部抜粋):
1995–2001 東北大学 大学院薬学系研究科 助手 (坂本尚夫教授)
1998 東京大学 大学院薬学系研究科 博士課程修了 (首藤紘一教授)
2001–2003 東京大学 大学院薬学系研究科 助手
2003–2006 東京大学 大学院薬学系研究科 講師
2006–2010理化学研究所 中央研究所 准主任研究員
2010–           東京大学 大学院薬学系研究科 教授(本務)
2010–           理化学研究所 チームリーダー(兼務)
2013–           理化学研究所 開拓研究本部 内山元素化学研究室 主任研究員(兼務)
2019–           信州大学 先鋭材料研究所(RISM) 教授(クロスアポイントメント)
研究内容: 機能性アート錯体の創製とその応用、理論計算による反応設計、物質創製、機能創発など

論文の概要

筆者らはDFT計算とAFIR法を併用して、1の生合成における全反応経路を探索した。その結果、1は(i) 5/7/3員環の構築(IM2~IM5)、(ii) IM6bの骨格転位に伴う5/6員環の構築(IM6b~IM7a)、(iii) 生じたアリルカチオンIM8へのSN2’型の水和、の三段階で形成されることが分かった(図2A)。各構造のエネルギー計算により、これら全ての反応は室温下で容易に進行しうることが示唆された。
さらに固有反応座標(IRC)計算により(ii)の詳細な機構が提唱された(図2B)。IM6bのシクロプロピルカチオンの環拡大によるシクロブチルカチオンの形成(shoulder_6b–7a)、C8–C9結合の開裂(TS_6b–7a)、イソプロペニル基の1,2-転位(shoulder2_6b–7a)が一挙に起こり、IM7aを与える。これらの構造におけるC6,7,8,9炭素間の結合長と各炭素原子上のNPA電荷の分布も本機構を支持している。また、shoulder_6b–7aのC3位エピマー、IM7/IM8のC2位エピマーはそれぞれ同じブラシラン類のトレホランA, コノセファレノールの生合成における中間体となることが示唆された(図2C)。

図2. (A) 1の生合成経路 (B) (ii)のIRC計算 (C) 他のブラシレン類の推定生合成経路

以上、長らく不明であったトリコブラシレノールの生合成経路が計算化学を用いて提唱された。本研究により、天然物の生合成におけるカルボカチオンの新たな反応性が解明されることに期待したい。

用語説明

人工力誘起反応法(Artificial Force Induced Reaction; AFIR)
量子化学計算において、効率的に反応経路を探索する手法の一つ[4]。仮想的な力を加えて分子同士を接近させ両者が反応する過程を探索する。その際に得られた反応経路を元に本来の反応過程を予測する方法。
NPA (Natural Population Analysis)
Weihholdらが開発した、原子の電荷密度を見積もる手法[5]
固有反応座標(Intrinsic Reaction Coordinate; IRC)計算
ポテンシャルエネルギー曲面(Potential Energy Surface; PES)における鞍点である遷移状態から、エネルギーが最も減少する方向に構造を連続的に変化させることで、その遷移状態を経由する反応の原系と生成系を導く手法。

参考文献

  1. (a) Isegawa, M.; Maeda, S.; Tantillo, D. J.; Morokuma, K. Predicting Pathways for Terpene Formation from First Principles–Routes to Known and New Sesquiterpenes. Chem. Sci. 2014, 5, 1555–1560. DOI: 10.1039/c3sc53293c (b) Sato, H.; Teramoto, K.; Masumoto, Y.; Tezuka, N.; Sakai, K.; Ueda, S.; Totsuka, Y.; Shinada, T.; Nishiyama, M.; Wang, C.; Kuzuyama, T.; Uchiyama, M. “Cation-Stitching Cascade”: Exquisite Control of Terpene Cyclization in Cyclooctatin Biosynthesis. Sci. Rep. 2015, 5, 18471. DOI: 10.1038/srep18471 (c) Sato, H.; Narita, K.; Minami, A.; Yamazaki, M.; Wang, C.; Suemune, H.; Nagano, S.; Tomita, T.; Oikawa, H.; Uchiyama, M. Theoretical Study of Sesterfisherol Biosynthesis: Computational Prediction of Key Amino Acid Residue in Terpene Synthase. Sci. Rep. 2018, 8, 2473. DOI: 10.1038/s41598-018-20916-x (d) Sato, H.; Yamazaki, M.; Uchiyama, M. DFT Study on the Biosynthesis of Preasperterpenoid A: Role of Secondary Carbocations in the Carbocation Cascade. Chem. Pharm. Bull. 2020, 68, 487–490. DOI: 10.1248/cpb.c20-00037
  2. (a) Wu, Z.; Li, D.; Zeng, F.; Tong, Q.; Zheng, Y.; Liu, J.; Zhou, Q.; Li, X.-N.; Chen, C.; Lai, Y.; Zhu, H.; Zhang, Y. Brasilane Sesquiterpenoids and Dihydrobenzofuran Derivatives from Aspergillus Terreus [CFCC 81836]. Phytochemistry 2018156, 159–166. DOI: 1016/j.phytochem.2018.10.006(b) 他に5つのメチル基を有するセスキテルペンとしてpicrotoxane, marasmaneがあるが、数は限られている[3]
  3. Murai, K.; Lauterbach, L.; Teramoto, K.; Quan, Z.; Barra, L.; Yamamoto, T.; Nonaka, K.; Shiomi, K.; Nishiyama, M.; Kuzuyama, T.; Dickschat, J. S. An Unusual Skeletal Rearrangement in the Biosynthesis of the Sesquiterpene Trichobrasilenol from Trichoderma. Angew. Chem., Int. Ed. 2019, 58, 15046–15050. DOI: 10.1002/anie.201907964
  4. Maeda, S.; Ohno, K.; Morokuma, K. Systematic Exploration of the Mechanism of Chemical Reactions: the Global Reaction Route Mapping (GRRM) Strategy Using the ADDF and AFIR Methods. Chem. Chem. Phys. 2013, 15, 3683–3701. DOI: 10.1039/C3CP44063J
  5. Reed, A. E.; Weinstock, R. B.; Weinhold, F. Natural Population Analysis. Chem. Phys. 1985, 83, 735–746. DOI: 10.1063/1.449486
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. アミロイド線維を触媒に応用する
  2. (+)-sieboldineの全合成
  3. パーソナライズド・エナジー構想
  4. 香料:香りの化学3
  5. 宇宙に漂うエキゾチックな星間分子
  6. 化学研究ライフハック:情報収集の機会損失を減らす「Read It…
  7. テクノシグマのミニオイルバス MOB-200 を試してみた
  8. (−)-Salinosporamide Aの全合成

注目情報

ピックアップ記事

  1. プロワイプ:実験室を安価できれいに!
  2. 相間移動触媒 Phase-Transfer Catalyst (PTC)
  3. 化学素人の化学読本
  4. 工業生産モデルとなるフロー光オン・デマンド合成システムの開発に成功!:クロロホルムを”C1原料”として化学品を連続合成
  5. 米国版・歯痛の応急薬
  6. 君はPHOZONを知っているか?
  7. 宮田完ニ郎 Miyata Kanjiro
  8. 不安定炭化水素化合物[5]ラジアレンの合成と性質
  9. ラジカル重合の弱点を克服!精密重合とポリマーの高機能化を叶えるRAFT重合
  10. 学部生にオススメ:「CSJ カレントレビュー」で最新研究をチェック!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年2月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728

注目情報

最新記事

ダイヤモンド半導体について調査結果を発表

この程、TPCマーケティングリサーチ株式会社(本社=大阪市西区、代表取締役社長=松本竜馬)は、究極の…

有機合成化学協会誌2025年6月号:カルボラン触媒・水中有機反応・芳香族カルボン酸の位置選択的変換・C(sp2)-H官能基化・カルビン錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年6月号がオンラインで公開されています。…

【日産化学 27卒】 【7/10(木)開催】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 Chem-Talks オンライン大座談会

現役研究者18名・内定者(26卒)9名が参加!日産化学について・就職活動の進め方・研究職のキャリアに…

データ駆動型生成AIの限界に迫る!生成AIで信頼性の高い分子設計へ

第663回のスポットライトリサーチは、横浜市立大学大学院 生命医科学研究科(生命情報科学研究室)博士…

MDSのはなし 骨髄異形成症候群とそのお薬の開発状況 その2

Tshozoです。前回はMDSについての簡易な情報と歴史と原因を述べるだけで終わってしまったので…

水-有機溶媒の二液相間電子伝達により進行する人工光合成反応

第662回のスポットライトリサーチは、京都大学 大学院工学研究科 物質エネルギー化学専攻 阿部竜研究…

ケムステイブニングミキサー 2025 報告

3月26日から29日の日本化学会第105春季年会に参加されたみなさま、おつかれさまでした!運営に…

【テーマ別ショートウェビナー】今こそ変革の時!マイクロ波が拓く脱炭素時代のプロセス革新

■ウェビナー概要プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーである”マイクロ波…

予期せぬパラジウム移動を経る環化反応でベンゾヘテロールを作る

1,2-Pd移動を含む予期せぬ連続反応として進行することがわかり、高収率で生成物が得られた。 合…

【27卒】太陽HD研究開発 1day仕事体験

太陽HDでの研究開発職を体感してみませんか?私たちの研究活動についてより近くで体験していただく場…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP