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化学者のつぶやき

転位のアスレチック!(–)-Retigeranic acid Aの全合成

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(–)-Retigeranic acid Aの不斉全合成が達成された。ODI-[5+2]カスケード反応と還元的骨格転位を組み合わせることで、ジアステレオ選択的にangular型トリキナン骨格を構築した。

 (–)-Retigeranic acid Aの全合成

(–)-Retigeranic acid A (1)は1965年に西ヒマラヤの地衣類であるLobaria retigeraから単離されたセスタテルペンである(図1A)[1]Lobaria属は湿疹や肺疾患の治療薬として用いられてきたが、1の生物活性は知られていない。構造的特徴として、1trans-ヒドリンダンとangular型トリキナンが縮環した炭素骨格に、8つの不斉中心をもつ。なかでも、連続する5つの不斉中心をもつangular型トリキナン骨格を如何に構築するかが合成化学的な課題となる。その複雑な構造は多くの合成化学者の興味を集め、これまでにCorey、Paquette、Hudlicky、Wenderによって全合成が達成された[2]

一方で、浙江大学のDingらは以前Oxidative dearomatization-induced (ODI-) [5+2]カスケード反応を開発した(図1B)[3]。末端アルケニル基をもつフェノールに酸化剤を作用させると、[5+2]環化付加とピナコール転位が連続的に進行し、ジアステレオ選択的に架橋縮環構造を構築できる。今回著者らはODI-[5+2]カスケード反応と還元的骨格転位により1を合成できると考えた(図1C)。すなわち、2をODI-[5+2]カスケード反応により3へ変換する。続いて、後述する還元的骨格転位により3をジキナン骨格をもつ4へ導く。最後に4の脱酸素化とC環の縮小によりトリキナン骨格を構築し1が合成できると考えた。なお、同時期にChenとWangらのグループも1の全合成を達成した[4]

図1. (A) (–)-Retigeranic acid A (1) (B) ODI-[5+2]カスケード反応 (C) 今回の研究

“Total Synthesis of (–)-Retigeranic Acid A: A Reductive Skeletal Rearrangement Strategy”

Sun, D.; Chen, R.; Tang, D.; Xia, Q.; Zhao, Y.; Liu, C.-H.; Ding, H. J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 11927–11932.

DOI: 10.1021/jacs.3c03178 

論文著者の紹介

研究者:Hanfeng Ding (丁 寒锋)

研究者の経歴:

1999–2003 B.Sc., Zhejiang University, China

2003–2008 Ph.D., Zhejiang University, China (Prof. Cheng Ma)

2008–2011 Postdoc, Agency for Science Technology and Research, Singapore (Prof. K. C. Nicolaou & Prof. D. Y.-K. Chen)

2011 Scientist I, Agency for Science Technology and Research, Singapore

2011–2016 Assistant Professor, Zhejiang University, China

2017–                             Professor, Zhejiang University, China

研究内容:天然物合成、天然物合成を指向した新奇反応の開発

論文の概要

市販のキラルなアルデヒド5を出発物質とし、7工程でアルデヒド6へ導いた。次にnBuLiを用いてブロモフェノール76に付加させ2を調製した。得られた2にK2CO3存在下PIFAを作用させることでODI-[5+2]環化付加とピナコール転位が進行し、ケトン3を収率53%で単一のジアステレオマーとして得た。続いて、3をヨウ化サマリウム/tBuOH, H2O条件に付すことで、もう一つの鍵反応である還元的骨格転位が進行し9が収率70%で得られた。本反応では、まずヨウ化サマリウムによって生じたケチルラジカルの付加によりシクロプロポキシラジカル8が生成する。次に8がβ-開裂(Dowd–Beckwith転位)して9となり、9のアシロイン転位を経て10が得られる。過剰量のヨウ化サマリウムの使用により、アシロイン転位後C6位の脱酸素化とC5位ケトンの還元も進行した。その後2工程で導いた11をTrisN3を用いてジアゾ化–Wolff転位することでトリキナン骨格を構築した。最後にアルケンの異性化とエステルの加水分解を経て1の全合成を達成した。

図2. (–)-Retigeranic acid A (1)の全合成

以上、ODI-[5+2]カスケード反応と還元的骨格転位を駆使した(–)-retigeranic acid Aの不斉全合成が報告された。連続したダイナミックな転位反応に目が回りそうである。

参考文献

  1. Rao, P. S.; Sarma, K. G.; Seshadri, T. R. Chemical Components of the Lobaria Lichens from the Western Himalayas.  Curr. Sci. 1965, 34, 9–11.
  2. (a) Corey, E. J.; Desai, M. C.; Engler, T. A. Total Synthesis of (±)-Retigeranic Acid. Am. Chem. Soc. 1985, 107, 4339–4341. DOI: 10.1021/ja00300a049(b) Paquette, L. A.; Wright, J.; Drtina, G. J.; Roberts, R. A. Enantiospecific Total Synthesis of Natural (–)-Retigeranic Acid A and Two (–)-Retigeranic Acid B Candidates. J. Org. Chem. 1987, 52, 2960–2962. DOI: 10.1021/jo00389a070 (c) Wright, J.; Drtina, G. J.; Roberts, R. A.; Paquette, L. A. A Convergent Synthesis of Triquinane Sesterterpenes. Enantioselective Synthesis of (–)-Retigeranic Acid A. J. Am. Chem. Soc. 1988, 110, 5806–5817. DOI: 10.1021/ja00225a036 (d) Hudlicky, T.; Fleming, A.; Radesca, L. The [2 + 3] and [3 + 4] Annulation of Enones. Enantiocontrolled Total Synthesis of (–)-Retigeranic Acid. J. Am. Chem. Soc. 1989, 111, 6691–6707. DOI: 10.1021/ja00199a032 (e) Wender, P. A.; Singh, S. K. Synthetic Studies on Arene-Olefin Cycloadditions. 11. Total Synthesis of (–)-Retigeranic Acid. Tetrahedron Lett. 1990, 31, 2517–2520. DOI: 10.1016/0040-4039(90)80114-2
  3. Gao, K.; Hu, J.; Ding, H. Tetracyclic Diterpenoid Synthesis Facilitated by ODI-Cascade Approaches to Bicyclo[3.2.1]octane Skeletons. Acc. Chem. Res.2021, 54, 875–889. DOI: 10.1021/acs.accounts.0c00798
  4. Chen, X.; Yao, W.; Zheng, H.; Wang, H.; Zhou, P.-P.; Zhu, D.-Y.; Wang, S.-H. Enantiocontrolled Total Synthesis of (–)-Retigeranic Acid A. J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 13549–13555. DOI: 10.1021/jacs.3c04850

山口 研究室

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