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スポットライトリサーチ

最新の電子顕微鏡法によりポリエチレン分子鎖の向きを可視化することに成功

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第583回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 陣内研究室の狩野見 秀輔(かのみ しゅうすけ)さんにお願いしました。

陣内研では最新の透過型電子顕微鏡技術を開発し、それらを駆使することで、単一高分子鎖の原子分解能観察・高分子が自己組織的に形成する高次構造の3次元構造観察・ナノ粒子複合材料の変形ダイナミクス観察などに取り組み、高分子材料内部の微細構造やダイナミクスと巨視的な物性・機能との関係を解明することで、高機能ソフトマテリアルの開発ための基礎学理を構築することを目指しています。

本プレスリリースの研究内容は、ポリエチレンの構造解析についてです。本研究グループでは、透過電子顕微鏡法(TEM)を用いた最先端の観察技術により、ポリエチレンのラメラ晶の形態および内部の分子鎖配向を可視化する手法を開発しました。この研究成果は、「Nature Communications」誌に掲載され、またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Reassessing chain tilt in the lamellar crystals of polyethylene

Shusuke Kanomi, Hironori Marubayashi, Tomohiro Miyata, and Hiroshi Jinnai*

Nat Commun 14, 5531 (2023)

DOI:doi.org/10.1038/s41467-023-41138-4

研究室を主宰されている陣内浩司教授より狩野見さんについてコメントを頂戴いたしました!

高分子結晶中はラメラ晶という基本単位からできていますが、この内部で高分子がどのような形態を取っているかという基本的な問題は、60年以上もの長きにわたり未解決のままでした。狩野見くんはこの難問に果敢に取り組み、まず最先端の透過電子顕微鏡法の開発に始まり、丁寧な実験と根気強い解析によって、高分子鎖がラメラ晶の表面に対して傾いていることを初めて実証しました。高分子結晶学の基礎を創った偉大な先人たちが、想像はしたもののついに実証できなかった課題を見事に解いてくれて感動しましたね。狩野見くんは、本研究を通して、自分の力で考えながら研究を進める力を着実に身につけてきたと感じています。今後も、様々な事象に興味をもち、じっくり考えながら、でも、スピーディに未解決問題に挑んでくれたらと思っています。期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

ポリエチレンは最も多く生産されている高分子で、食品容器やレジ袋から自動車部品に至るまで幅広く利用されています。皆さんの身の回りのプラスチック製品にもPE(ポリエチレン)と表記されているものが多くあると思います。ポリエチレン材料の内部には、規則的に配列するひも状の高分子鎖からなるナノ結晶が存在します。材料の強度や耐熱性などの物性は、ナノ結晶の量や形態、向きなどの構造分布と密接な関係があるため構造観察は非常に重要です。従来の電子顕微鏡法ではナノ結晶の概形観察は可能ですが、結晶内部の分子鎖の向き(分子鎖配向)を可視化できないため、ポリエチレンの物性の起源を分子論的に解き明かすことができませんでした。本研究では、最新の電子顕微鏡法による構造解析手法(ナノ回折イメージング、図1)を用いてポリエチレンナノ結晶を可視化し、その内部の分子鎖配向を直接解析することに世界で初めて成功しました。分子鎖傾斜は、ポリエチレン結晶の構造解析が始まった当初から指摘されていたにも関わらず、現在ではあまり注目されていない問題でした。このような曖昧なまま残されていた問題に対して、本研究では新規手法による再検討の必要性を提案しました。本成果により、分子論に基づくナノ結晶の直接的な構造解析やナノ結晶の構造と材料物性との相関関係の解明などへの道筋が拓かれ、高機能材料の開発と材料の長寿命化によって今後の循環型社会の実現に貢献することが期待されます。

図1 ナノ回折イメージングの模式図。ナノメートル径の電子線を試料上で走査し、各点からの電子回折図形を取得する。電子回折図形を解析し、ポリエチレンナノ結晶の可視化と分子鎖配向のマッピングが可能となる。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

一般に、ポリエチレン(図2)などの結晶性高分子を透過電子顕微鏡法(TEM)で観察するのは困難と言われています。それは100 kV以上の高エネルギーの電子線が高分子に当たると、化学結合の切断などの様々な分子構造変化が生じ(電子線ダメージ)、結晶などの大きなスケールの構造が破壊されてしまうためです。本研究テーマで利用したナノ回折イメージングでは、電子線をナノメートル径に収束させることから電子線ダメージが大きくなりやすいという問題がありました。そこで私は、ナノ回折イメージングの利用を始める前に、ポリエチレンの電子線ダメージを詳細に評価しました。当時学部4年生だった私は、この研究でTEMの原理や操作方法を学ぶとともに、電子線ダメージについて文献では得られない経験を得ることが出来ました。本研究テーマを進める土台となってる電子線ダメージの評価は、非常に思い入れのある研究です。

図2 ポリエチレンナノ結晶の模式図。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

ナノ回折イメージングは、私が修士1年のときに研究室に新しい装置(図3)が導入されたことではじめて可能になりました。そのため、研究室の誰も使ったことのない装置で誰も使ったことのない手法をはじめるという手探りの状態でのスタートでした。ナノ回折イメージングで質の良いデータを取得するためには、一般的な操作方法では不十分であり緻密な条件設定が必要です。また、試料への電子線ダメージを低減しなければならないという私の研究対象特有の課題もありました。これらの課題を解決するためにはTEMの原理を深く理解する必要がありました。TEMは多段の電磁レンズを組合わせることで電子線のサイズや像倍率の変更、さらには拡大像観察と電子回折の切り替えを可能にしています。また、電子線の強度や照射時間、走査間隔に加え、検出器の設定などの多数の測定パラメータを考慮する必要があります。このように複雑なTEMの原理を教科書だけから学ぶのは難しく、先生方や装置メーカーの方々にご助言いただき、ときには実験に立ち会っていただくことで、理解を深めていきました。そして、非常に長い時間を費やして試行錯誤することによって、ポリエチレン観察に適した電子線サイズなどの条件を決定することができました。

図3 本研究で利用した透過電子顕微鏡。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は現在博士課程2年の学生であるとともに企業の研究員でもあります。学位取得後は会社に戻り、これまでの経験を活かしたTEM観察により製品開発に貢献していきたいと考えています。単に結晶の分布などの内部構造を観察するだけではなく、その構造が形成されるメカニズムや構造と物性の関係などを考察することで、開発指針を提案できる研究者で在りたいと考えています。また、学会活動をはじめとする社外との交流を積極的に行い、自分でも毎年口頭発表をできるような研究を続けていきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

これまでの研究を通して私の武器の1つが顕微鏡になりました。これまで見えていなかったものが見えるようになると、画像から非常に多くのことを考えることが出来ます。本研究テーマ(ナノ結晶内部の分子鎖の傾斜)も事前に想定されていたものではなく、実際に見ることではじめて疑問に思ったものでした。古くから研究されすでにわかりきったように思われているものでも、実際に「見る」ことで新しい発見があるのかもしれません。ぜひ顕微鏡やイメージングを研究に利用してみてください。

最後に、これまでご指導いただきました陣内先生をはじめとする先生方、様々な質問に快くお答えいただいた装置メーカーの皆様、会社員としての学位取得を認めていただいた関係者の皆様に感謝申し上げます。そして今回、研究を紹介する貴重な機会を下さいましたChem-Stationスタッフの皆様に深く御礼申し上げます。

研究者の略歴

名前: 狩野見 秀輔

所属:

  • 東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 陣内研究室
  • 三菱ケミカル株式会社

研究テーマ: 透過電子顕微鏡法による結晶性高分子の高次構造解析

略歴:

2020年3月  東北大学工学部化学・バイオ工学科 卒業

2022年3月  東北大学大学院工学研究科応用化学専攻 博士前期課程 修了

2022年4月–現在   東北大学大学院工学研究科応用化学専攻 博士後期課程 進学

2022年4月–現在   三菱ケミカル株式会社 入社

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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