⏱ 30秒サマリー
- 何か — 青カビから見つかった、血中コレステロールを下げる「スタチン」系化合物の第1号。別名コンパクチン。それ自体は医薬品にならなかった。
- 中核 — コレステロール合成の律速酵素 HMG-CoA 還元酵素を阻害する。1970年代に旧三共の遠藤章らが発見した。
- 使う — 構造を少し変えたロバスタチン、プラバスタチンが医薬品となり、研究用試薬としても現役である。
- いま — 生合成酵素の立体構造解明が進み、2024年の紅麹事案ではスタチン類縁体の品質管理が改めて問われた。
1. メバスタチンとは
メバスタチン(mevastatin)は、Penicillium 属の糸状菌が産生するポリケチド系の天然物で、HMG-CoA 還元酵素の競合阻害剤である[1]。今日のスタチン系薬剤すべての原型にあたる。
よくある誤解は「メバスタチン=市販のスタチン薬」というものである。メバスタチン自体は臨床開発の途中で中止され、承認薬にはなっていない[4]。医薬品となったのは、その近縁体である。
2. 背景
遠藤章は、コレステロール合成を抑える物質が微生物の生存競争の武器になりうると考え、約6,000株の微生物を探索した[4]。京都の米から分離された青カビ P. citrinum が産生した物質が ML-236B である[1][4]。ほぼ同時期に英国 Beecham 社のグループも、別の青カビから同じ化合物を抗真菌物質として単離し、X線結晶構造を報告している[2]。
評価は順調ではなかった。最初に用いたラットでは血中コレステロールが下がらず、肝臓の HMG-CoA 還元酵素が逆に誘導されることが原因であった[4]。その後ニワトリで2週間投与により血中コレステロールが34%低下し、イヌとサルでも大きな効果が確かめられたことで、臨床へ進む道が開けた[4]。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1971 | 遠藤らが旧三共で探索を開始[4] |
| 1976 | ML-236A/B/C の報告[1]、Beecham 社による compactin の構造報告[2]、HMG-CoA 還元酵素の競合阻害を報告[1] |
| 1978 | 家族性高コレステロール血症(familial hypercholesterolemia, FH)の患者に初投与[4] |
| 1980 | イヌ長期毒性試験の結果を受け、三共が開発を中止[4] |
| 1980 | メルク社がメビノリン(ロバスタチン)を報告[3] |
| 1987 | ロバスタチンが米国で承認[4] |
| 1989 | プラバスタチン発売[4] |
3. 作用の仕組み
メバスタチンはラクトン環をもつ形で単離される。体内でラクトンが開環してジヒドロキシ酸になると、HMG-CoA 還元酵素の基質 HMG-CoA に似た部分構造が現れ、酵素の活性部位に結合する[1][5]。この結合様式は承認スタチン各種にも共通し、薬剤間の違いは主に疎水性部分の構造に由来する[5]。ヒト酵素との複合体の結晶構造(PDB 1HW8)では、開環型が基質の HMG 部位を占め、デカリン部分が酵素表面の疎水性のくぼみに収まることが示された[5]。
| 部位 | 構造上の役割 | 何が分かるか |
|---|---|---|
| ラクトン(開環後ジヒドロキシ酸) | HMG-CoA の HMG 部分に似る | 競合阻害の根拠 |
| ヘキサヒドロナフタレン(デカリン骨格) | 疎水性ポケットに結合 | 強い結合力の源 |
| 2-メチルブチリルエステル側鎖 | 疎水性相互作用を補強 | 誘導体設計の改変点 |
4. 構造・合成・生産
| 項目 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 分子式・分子量 | C23H34O5、390.51 | [6] |
| CAS 登録番号 | 73573-88-3 | [6] |
| 生産菌 | P. citrinum、P. brevicompactum | [1][2] |
| 生合成 | ポリケチド合成酵素による(ロバスタチンと同系統) | [7] |
| 全合成 | Sih らによる(+)体の全合成(1981年)など | [8] |
全合成は1980年代初頭から報告され、デカリン骨格の立体制御とラクトン部の2つの不斉中心の構築が鍵となった[8]。
実用面で重要なのは、メバスタチンが医薬品原料として生き残った点である。プラバスタチンは、発酵で得たメバスタチンを別工程で位置選択的に水酸化して製造されてきた。2015年には、マンチェスター大学と DSM 社が P. chrysogenum の遺伝子を組み換え、水酸化を担うシトクロム P450 を進化させることで、プラバスタチンを1段階の発酵で生産する手法を報告した[9]。
5. 具体例
古典事例:最初の臨床投与(1978年) 血清コレステロールが約1,000 mg/dL のホモ接合体 FH 患者にメバスタチンが投与され、一時的に約700 mg/dL まで低下した[4]。動物で効果が見られなかったラットとは異なり、ヒトで効くことを示した最初の例である。
国内事例:プラバスタチン メバスタチンに水酸基を1個加えたプラバスタチンは、三共によって1989年に発売された[4]。開発中止から約10年を経て、同じ骨格が医薬品として結実した。スタチン類は2008年時点で世界の推定3,000万人が毎日服用する薬になっており[4]、その出発点が国内の発酵研究にあったことになる。
現代事例:微生物による1段階生産 前節で述べた2015年の発酵法は、天然物の骨格を合成生物学的に改変して医薬品を直接つくる例として引用される[9]。
6. 最新動向(2026年11月時点)
生合成酵素の立体構造(2021年) ロバスタチンの骨格をつくる巨大酵素 LovB と、還元を担う LovC の複合体がクライオ電子顕微鏡で解かれ、LovB 本体は 2.91 Å 分解能で決定された[7]。両者の接触面が前駆体の生産に不可欠であることが示され、新しいスタチン類を酵素工学でつくる設計図になると期待されている。
紅麹関連製品の事案(2024年) 機能性表示食品の紅麹サプリメントで腎障害が多発した。厚生労働省は、有効成分をモナコリンK(=ロバスタチン)を主とする米紅麹ポリケチドと整理したうえで、原因物質として青カビ由来のプベルル酸を挙げた[10]。モナコリンKが青カビによって修飾されたと推定される化合物の寄与は、検証が続いている[10]。
遠藤章の逝去(2024年) 発見者の遠藤章は2024年6月に90歳で亡くなった。日本国際賞(2006年)、ラスカー賞(2008年)などを受けている。
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外部リンク
- A historical perspective on the discovery of statins(日本学士院紀要 B, J-STAGE)
- A gift from nature: the birth of the statins(Lasker Foundation 掲載 PDF)
- PDB 1HW8:ヒト HMG-CoA 還元酵素–コンパクチン複合体(RCSB PDB)
- 紅麹関連製品に係る事案を受けた機能性表示食品制度等に関する今後の対応について(厚生労働省)
関連書籍
参考文献
- A. Endo, M. Kuroda, Y. Tsujita, “ML-236A, ML-236B, and ML-236C, new inhibitors of cholesterogenesis produced by Penicillium citrinum“, J. Antibiot. 1976, 29, 1346–1348. DOI: 10.7164/antibiotics.29.1346/A. Endo, M. Kuroda, K. Tanzawa, FEBS Lett. 1976, 72, 323–326(HMG-CoA 還元酵素の競合阻害). DOI: 10.1016/0014-5793(76)80996-9
- A. G. Brown, T. C. Smale, T. J. King, R. Hasenkamp, R. H. Thompson, “Crystal and molecular structure of compactin, a new antifungal metabolite from Penicillium brevicompactum“, J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1 1976, 1165–1170. DOI: 10.1039/P19760001165
- A. W. Alberts et al., “Mevinolin: a highly potent competitive inhibitor of hydroxymethylglutaryl-coenzyme A reductase and a cholesterol-lowering agent”, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 1980, 77, 3957–3961. DOI: 10.1073/pnas.77.7.3957
- A. Endo, “A gift from nature: the birth of the statins”, Nat. Med. 2008, 14 (10)(ラスカー賞受賞記念コメンタリー). 併せて A. Endo, “A historical perspective on the discovery of statins”, Proc. Jpn. Acad., Ser. B 2010, 86, 484–493. DOI: 10.2183/pjab.86.484
- E. S. Istvan, J. Deisenhofer, “Structural mechanism for statin inhibition of HMG-CoA reductase”, Science 2001, 292, 1160–1164. DOI: 10.1126/science.1059344
- Sigma-Aldrich 製品情報「Mevastatin(M2537)」
- J. Wang, J. Liang, L. Chen, W. Zhang, L. Kong, C. Peng, C. Su, Y. Tang, Z. Deng, Z. Wang, “Structural basis for the biosynthesis of lovastatin”, Nat. Commun. 2021, 12. DOI: 10.1038/s41467-021-21174-8
- N.-Y. Wang, C.-T. Hsu, C. J. Sih, “Total synthesis of (+)-compactin (ML-236B)”, J. Am. Chem. Soc. 1981, 103, 6538–6539. DOI: 10.1021/ja00411a063
- “Single-step fermentative production of the cholesterol-lowering drug pravastatin via reprogramming of Penicillium chrysogenum“, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2015(マンチェスター大学・DSM 社). DOI: 10.1073/pnas.1419028112
- 厚生労働省「紅麹関連製品に係る事案を受けた機能性表示食品制度等に関する今後の対応について」(2024年)
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