Chem-Station (ケムステ)

|Sponsored Advert|

化学者のつぶやき

「引っ張って」光学分割

「引っ張って」光学分割
10月 10
10:20 2012
LINEで送る
Pocket

「引っ張って」光学分割

(冒頭図は論文を参考に作成)

A Mechanochemical Approach to Deracemization
Wiggins, K. M.;  W. Bielawski, C. W.
Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 1640 –1643. DOI: 10.1002/anie.201107937

光学異性体の分離は、1849年のパスツールによる酒石酸塩の光学分割から始まり、結晶化・不斉触媒・キラルカラムなど、様々な手法が提案されてきました。2001年に野依良治先生が不斉触媒の開発によりノーベル賞を受賞されているように、光学異性体の分離は現代有機化学における重要課題の1つといえます。

 

今回は、近年注目を集めるメカノケミストリーを用いて、BINOL(1,1′-ビ-2-ナフトール)のラセミ体を「引っ張る」ことによりS体のみを収率90%、光学純度98%と効率的な光学分割を達成したBielawskiらの報告をご紹介します。

—–

2014年12月23日 追記

本論文の著者、WigginsとBielawskiが発表した論文3報に対して、論文捏造の疑義がかけられています。この論文に対しては、捏造の疑いが公式に発表されたわけではありませんが、疑惑をかけられている研究者2名での類似の研究であることからも、捏造の可能性があります。研究・引用の際にはご注意ください。詳細はChem-Stationで紹介していますので、以下をご参照ください。

テキサス大教授Science論文捏造か?」2014年12月17日 Chem-Station

追記終わり

—–

これまで、ケムステではメカノケミストリー、すなわち力学的エネルギーによる分子の活性化をいくつかご紹介してきました。これらの先行研究では、高分子を引っ張ることで、高分子主鎖中央の分子にエネルギーを伝えて分子変換を行っており、例えばベンゾシクロブテンの開環”逆”クリック反応が達成されてきました。一方、せっかく分子を変換しても高分子鎖が残ったままであるため、実際の反応に適用することが容易ではないなどの問題もありました。

 

今回の報告においてもこれまでと同様に、ラセミ体BINOLに高分子を取り付け、超音波でBINOLを「引っ張る」ことでR体⇔S体へと変換しています。しかし、これでは一度S体を得ても超音波をかけ続けている間はS体⇔R体への変換が常に続いているため、反応系内をS体だけにすることはできません。しかし、最終的にはS体が収率90%、光学純度98%で回収されています。どうやってS体だけを取り出したのでしょうか…?

 

 

Binol2

図1. 超音波と酵素を用いたBINOLの光学分割(図は論文を参考に作成)

—–

2014年12月23日 追記

本論文の著者、WigginsとBielawskiが発表した論文3報に対して、論文捏造の疑義がかけられています。この論文に対しては、捏造の疑いが公式に発表されたわけではありませんが、疑惑をかけられている研究者2名での類似の研究であることからも、捏造の可能性があります。研究・引用の際にはご注意ください。詳細はChem-Stationで紹介していますので、以下をご参照ください。

テキサス大教授Science論文捏造か?」2014年12月17日 Chem-Station

 

Bielawskiらは、S体BINOLのエステルを選択的に切断する酵素を用いることでこの問題を解決しています(図1)。S体に変換されたBINOLからエステルでつながっている高分子鎖を切り離すと、高分子鎖を通じて引っ張られることがないため、S体BINOLはこれ以上変換されることはありません。さらに、残りのR体BINOLも、S体に変換されると酵素がエステルを切断していくため、系内のBINOLはどんどんS体へ、つまり酵素を用いることでR体⇔S体の反応がR体⇒S体の反応になります。しかも、S体への変換後には高分子鎖が除去されているため、次の反応へ適用することが可能となります。

 

 

Binol3

図2. a) SEC測定結果. 超音波照射前(青), 超音波照射後(赤), 酵素処理のみ(緑). b) CD測定結果. 48時間超音波処理でS体BINOLに近いスペクトルに (図は論文より引用)

 

 

上の図2aから、超音波照射後には高分子のサイズがちょうど半分になっていることがわかります(青→赤の変化)。また、超音波処理せず酵素処理だけするとラセミ体なのでS体BINOLを有する高分子は切断されるものの、R体BINOLを有する高分子は切断されずそのままの分子量を保持していることが分かります。また、図2bでは48時間の超音波照射で純粋なS体BINOLに近い光学純度のBINOLが得られることが示されています。

 

 

この手法は、S体BINOLだけに作用する酵素を用いているため、他の様々なラセミ分子にすぐ適用できるわけではありません。今回はこの酵素を見つけてきたBielawskiグループの着眼点の勝利といったところでしょうか。しかし、メカノケミストリーに酵素・触媒など他の手法を組み合わせることで、光学分割など、様々な反応に適用できることが示されたといえます。熱に弱い分子の変換など、メカノケミストリーならではの利点もあります。実際、BINOLの異性化には高いエネルギーが必要で、BINOLを250℃で72時間処理しても異性化はほとんど起こりませんが、今回は9℃で48時間超音波処理を行い「引っ張る」ことで光学分割に成功しています。

 

光学分割に留まらず、最近も様々なメカノケミストリーの応用が報告されており、まだまだ「引っ張る」研究が盛んなようです。未来の研究室では、「よーし、次はS体の合成だから頑張って引っ張るかー」なんていう光景が見られるかもしれません。

 

関連記事:以下の記事も読んでみてください

  • タミフルの新規合成法タミフルの新規合成法 An iron carbonyl approach to the influenza neuraminidase inhibitor oseltamivir. Bromfield, K. M.; Graden, H.; Hagberg, D. P.; Olsson, […]
  • インドの化学ってどうよインドの化学ってどうよ   ナマステ chem-station 日本人にとってインドとはどんなイメージでしょうか。日本イコール、寿司、アニメ、侍と同じようにインドイコール、カレー、ガンジス川、仏教でしょうか。数年前から言われるいわゆるBRICsの一角であり、成長著しいインドの化学は世界で […]
  • (+)-ゴニオトキシンの全合成(+)-ゴニオトキシンの全合成 A Stereoselective Synthesis of (+)-Gonyautoxin 3 Mulcahy, J. V.; Du Bois, J. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, ASAP […]
  • 同位体効果の解釈にはご注意を!同位体効果の解釈にはご注意を! 化学反応の機構解析に威力を発揮する一つが速度論的同位体効果(KIE)の測定。ざっくり述べると、「重い同位体を含む結合を切る化学反応は、軽い同位体のに比べて速度が遅くなる現象」です。 KIEを適切に測定すると、どの結合がどの段階で切れているかに加え、遷移状態・律速段階などに […]
  • 化学エネルギーを使って自律歩行するゲル化学エネルギーを使って自律歩行するゲル (動画はNewScientistより) このほど早稲田大学の研究グループから、化学エネルギーを利用して自律歩行するゲル材料が発表されました[2]。 百聞は一見にしかず。ムービーをまずはご覧ください。 オレンジ色をした高分子ゲルが、まるで尺取り虫のように […]
  • プラナーボラン - 有機エレクトロニクス界に期待の新化合物プラナーボラン - 有機エレクトロニクス界に期待の新化合物   ホウ素の化学に関する記事はケムステでもよく投稿されており、求核性のあるホウ素化合物の記事(その1)、(その2)やフラストレイテッドルイスペア(FLP)(その1)、(その2)、あるいはユニークな反応性のあるトリスペンタフルオロボラン(FLPでよく使われています […]
  • ハプロフィチンの全合成ハプロフィチンの全合成 Total Synthesis of (+)-Haplophytine Ueda, H.; Satoh, H.; Matsumoto, K.; Sugimoto, K.; Fukuyama, T.; Tokuyama, H. Angew. Chem. Int. Ed. […]
  • 目指せ!フェロモンでリア充生活目指せ!フェロモンでリア充生活     フェロモンと聞くと真っ先に思いつくのはどんなイメージでしょうか?なんとなくいかがわしい感じとか、お色気とか一般的には少しアングラな感じで捉えられているかと思います。フェロモン(pheromone)とは、ギリシア語で運ぶという意味の […]
  • 祝5周年!-Nature Chemistryの5年間-祝5周年!-Nature Chemistryの5年間- 早いものでNature Chemistry誌が創刊されて5年が経ちました。あのNatureの化学を専門に扱う姉妹誌として満を持して登場したNature […]
  • 含ケイ素三重結合化合物(Si≡Mo、Si≡C)含ケイ素三重結合化合物(Si≡Mo、Si≡C) 炭素化合物中で見られる「常識」は、高周期元素では通用しないことが多々あります。 例えば「炭素アセチレン」は、皆さんご存知のとおり直線構造をしています。 ところが炭素を同族高周期のケイ素に置き換えた「ジシリン」は、トランスに折れ曲がった構造をしています[1]。 […]
LINEで送る
Pocket

About Author

suiga

suiga

高分子合成と高分子合成の話題を中心にご紹介します。基礎研究・応用研究・商品開発それぞれの面白さをお伝えしていきたいです。

キャンペーン

PR