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化学者のつぶやき

高難度分子変換、光学活性α-アミノカルボニル化合物の直接合成法

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みなさん、今年創刊されたばかりの化学論文誌『Chem』をご存知でしょうか?

まだ聞いたことのない方も多いと思いますが、あの有名なCellを発行しているCell pressから新たに出版された化学系ジャーナルです(関連記事:Cell Pressが化学のジャーナルを出版)。Cell pressのジャーナルですので、バイオよりの内容が多いのかと思っていたのですが、有機化学系の報告もされていようです。化学分野の方にとって今後要チェックな論文誌であることは間違いないでしょう。今回はそのChemに最近報告された不斉触媒反応を取り上げます。

機能の宝庫!光学活性α-アミノカルボニル化合物

光学活性α-アミノカルボニル化合物は、自然界に最も多く存在する有機化合物の一つです。DNAやたんぱく質を構成するアミノ酸は言うに及ばず、天然物や医薬品などを見てみても、α-アミノカルボニル骨格が頻繁に見られることから、この骨格が生物活性の発現に重要であることが伺えます。
さて、生物活性の発現という観点から言うと、アミノカルボニル化合物の構造と機能の相関に注目するとカルボニル基周辺の構造だけではなく、アミノ窒素上の置換基が分子の機能に大きな影響を与えること明らかとなっています[1]。そのため、より生物活性の高いα-アミノカルボニル化合物の探索指向研究において、多彩な置換基をもつα-アミノカルボニル化合物の迅速合成法の開発が求められます。
では多種多様なα-アミノカルボニル化合物を迅速に得るために、わかりやすく、理想的な方法はなにか?

それはカルボニル化合物に対し直接的にアミンを無保護で導入する手法です。しかしながら、窒素は元来電気陰性な元素であるため、同じく電気陰性なカルボニル化合物のα位上でのC-N結合形成法は困難であることが知られていました。

カルボニル化合物のα位直接的な不斉アミノ化反応

ごく最近、名古屋大学の大井グループは、独自の不斉トリアゾリウム塩触媒を用い、高活性な求電子的アミノ化剤を利用することで、カルボニル化合物のα位直接的な不斉アミノ化反応を達成し、Chem誌に報告しました。本記事では今回の研究の概要を説明し、最後に著者による研究の経緯やコメントもいただきましたので併せてご紹介させていただきます。

A Modular Strategy for the Direct Catalytic Asymmetric a-Amination of Carbonyl Compounds

Ohmatsu, K.; Ando, Y.; Nakashima, T.; Ooi, T. Chem 2016, 1, 802.

DOI:10.1016/j.chempr.2016.10.012

カルボニルのα位に窒素を導入する方法

さて、立体選択的なカルボニル化合物のα位直接的アミノ化反応は困難と述べましたが、過去に例は知られています。例えば、(1)アゾジカルボキシラートを用いるジアミノ化[2]、(2)ニトロソ化合物を用いるヒドロキシアミノ化[3]、(3)アジド化剤を用いるアジド化です[4](図1)。つまり、アミンを電子求引性の化合物に置き換えた求電子剤を用いることによって進行させています。

しかしながら、これら既存の方法では目的のα-アミノカルボニル化合物を手にするためにもう一段階、N-N結合あるいはN-O結合の還元的切断が必要であること、また導入可能なアミノ基に構造的な制限があるといった問題点があります。

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図1カルボニル化合物のα位直接的不斉アミノ化反応

今回、大井らは巧みな反応設計と分子デザインでこれらの問題点を解決しています。
一つ目はアミノ化剤の選択です。「求電子的なアミノ化剤を用いる」という点ではこれまでと同様ですが、反応後最終的にその官能基が残らない”アミン”を選択しています。着目したのはヒドロキシルアミンでした。酸素上に電子求引基を有するヒドロキシルアミンは求電子的な窒素化剤として働き、ヒドロキシ基が脱離することでアミンしか残りません。ヒドロキシルアミン誘導体を求電子剤に利用した反応は知られているものの、多くが求核種の活性化に強塩基条件を必要とすることや、求電子剤としての反応性向上のために酸素上に強力な電子求引基を置換することでヒドロキシルアミン誘導体が不安定になり容易に分解してしまうという問題点がありました。彼らはより扱いやすい求電子剤とするために、ヒドロキシルアミンを直接用い、系内でトリクロロアセトニトリルを作用させて生じるイミド酸誘導体を調製しています(図2)。イミデート部位は良い脱離基ですので、求電子的窒素化剤として高活性だと考えられます。

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図2 求電子的アミノ化剤

では実際に反応はどうかというと、さすがにそう簡単にはうまくいかなかったようです。カルボニル化合物にオキシインドールを用い、触媒量の第四級アンモニウム塩存在下でヒドロキシルアミン/トリクロロニトリルのアミノ化剤を作用させても、不斉反応どころか、反応が進行しない。

一方で、トリアゾリウム塩を触媒に用いたところ反応が進行し、僅かながらアミノ化された目的物が得られることがわかりました。触媒のトリアリール環のC5位にメチル基を導入すると、再び生成物が得られなかったことから、触媒の水素結合供与能が反応促進に必須であることが示唆されます。おそらくその後、幾多数多のトリアゾリウム塩触媒を試していることが容易に想像できますが、最終的に触媒の立体、電子的なチューニングの最適化の結果、触媒3aにたどり着きました。(論文の触媒検討では4種のトリアゾリウム塩触媒が記載されていますが、この3aに至るまで一体どれほどの触媒を試したのだろう…)実際にモデル基質を用いた場合では収率80%、99% eeという高収率かつ完璧な立体選択性で目的のアミノ化体を得ることに成功しています(図3)。

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図3 触媒の検討

冒頭で既存の手法では、用いる窒素源の都合上、導入できるアミノ基に制限があると述べました。詳細は論文をみていただければ良いと思いますが、本手法を用いるとN上に様々な置換様式、官能基をもち、かつN上に保護基をもたないアミノ基が直接的に導入可能です。いずれの場合でも、高収率、高エナンチオ選択的な反応を達成しており、実用性の面から見ても優れた反応です。
またカルボニル化合物はオキシインドールだけでなく、インダノン誘導体や、αシアノエステルも用いることができます。アミノ化されたαシアノエステルはその後抗HIV薬としての薬効が期待される光学活性なテトラヒドロキノキサリン骨格へと誘導可能です。さらに、分子内にヒドロキシルアミンをもつオキシドールを用いると、ほぼ完璧に立体が制御されたスピロオキシインドール体が得られます(図4)。

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図4

 

以上、Chem紙に報告されたカルボニルα位へのアミノ基の直接的不斉導入法についてご紹介しました。本論文に限らず大井グループの報告は拝見するたびにその精密な触媒設計に驚かされます。最近は光反応も利用しているようで、常に新しいことを取り入れる姿勢は素晴らしいと思います。今後はどんな報告をしてくれるのでしょうか、今から楽しみで仕方ありません。

それでは最後に著者の一人である大井研D3の安藤祐一郎さんからコメントをいただきましたので紹介したいと思います。

この研究のきっかけは、当時、研究室の先輩が反応活性種として利用していた過酸化水素とトリクロロアセトニトリルから発生するイミデート中間体です(JACS, 2013, 135, 8161)。このイミデート中間体の特異な発生法と反応性に魅了された私は、

「こんな中間体を使った新しい反応を開発したい」

と大松先生に相談しに行き、二人で色々アイデアを出し合いました。その中で、大松先生が、

「単純なヒドロキシルアミンを使って同じような化学種を発生させて、それでアミノ化が行ったらアツくない?」

と、ぽろっと提案されました。その反応スキームが誰にでもわかる、まさにシンプル イズ ベストな反応であったため、

「それ、やります!」

と即答し、実験を開始したことを今でも覚えています。手元にあったオキシインドールを求核剤として選び、市販あるいは合成が簡単なヒドロキシルアミンを用意して条件検討を行いました。しかし、なかなか絵に描いたようには上手くいかず、目的のアミノ化反応は全く進行しませんでした。

反応が全然行かないなら、やめてもいいよと言われましたが、どこかまだ検討の余地があるのではという考えが捨てきれず、反応が進みそうな基質を考えて合成し、試行錯誤を繰り返したところ、今までほとんど使われたことのない窒素上が一置換のヒドロキシルアミンを使用することでアミノ化反応が進行することを見出しました。目的生成物のNMRとMSのデータを確認した時の興奮は忘れられません。研究では、自分の感性を信じて粘り続けることも大事。そんな当たり前なことを改めて実感した瞬間でもありました。そこからは触媒と反応条件の検討を行い、オキシインドールを基質として、高い収率とエナンチオ選択性でアミノ化が進行する反応条件を見出すことができました。

続いて、別の炭素求核剤を基質として用いた際に、二つ目の壁にぶつかりました。

α-シアノエステルを基質とした時に、最低合格ラインである90%eeをどうしても超えることができませんでした。触媒の構造や反応条件など思いつくことは全て試しましたが、それでも満足のいく結果は得られませんでした。良いアイデアが思いつかなくなった末に、気まぐれに後輩に

「何したらいいかな?」

と聞いたところ、

「溶媒にトルエンを使っているなら、エチルベンゼンも試してみては」

と返されました。そんなマニアックな溶媒を?と思いましたが、せっかくなので試してみるとなんと92%eeをたたき出し、二人で大歓喜しました。ささいなディスカッションから思いもよらぬセレンディピティを得ることができるのだな、と痛感しました。自分の研究内容をネタにラボメンバーと話をすると、自分では考えもしないアイデアをもらえることがあるかもしれません。

読者の皆様には、本論文をご笑覧いただくとともに、目いっぱいの努力と少しの偶然の跡を感じていただければ幸いに思います。

最後に、本研究は、大井貴史先生、大松亨介先生のご指導のもと遂行され、チームメンバーである中島くんと力を合わせて達成したものです。また、大井研メンバーからたくさんの助言・協力をいただきました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

安藤祐一郎

参考文献

  1. Randolph, J. T. et al., J. Med. Chem. 2009, 52, 3174. DOI: 10.1021/jm801485z
  2. Evans, D. A.; Nelson, S. G. J. Am. Chem. Soc, 1997, 119, 6452. DOI: 10.1021/ja971367f
  3. Momiyama, N.; Yamamoto, H. J. Am. Chem. Soc, 2004126, 5360. DOI: 10.1021/ja039103i
  4. Deng, Q.-H.; Bleith, T.; Wadepohl. H.; Gade, L. H. J. Am. Chem. Soc2013135, 5356. DOI: 10.1021/ja402082p

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有機化学専攻の博士課程の学生。ものづくりの匠になりたい。

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