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| タミフルをどう作る?〜インフルエンザ治療薬の合成〜 Synthesis of Tamiflu |
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日本ではすでに終息に向かっているインフルエンザ。ただ、いまだ鳥インフルエンザは世界中で感染が確認されており、 そこから変異した新型インフルエンザが人に感染することによりいつ蔓延するかいまだにわかりません。
さて、昨年度おそらく一般的な人にも認知されたインフルエンザ治療薬タミフル 。タミフルはすべて化学合成によって生産されています。その製造法は、非常に効率的なものですが、欠点もいくつかあり、新たな画期的な合成法の開発が求められているのも事実です。一方、最近になって、アメリカ化学会の速報誌J. Am. Chem. Soc.で著名な有機化学者によって二つの全合成が 同時に報告されました。今回はその合成を簡単に紹介したいと思います。その前に、まずタミフルとは?というところから。
▼ タミフルとは??
タミフル(tamiflu:リン酸オセルタミビル)は スイスロシュ社によって製造されている抗インフルエンザウイルス剤 です。作用機序は、ノイラミニダーゼ(Neuraminidase)活性阻害です。簡単にいうとインフルエンザウイルスはウイルスの表面にその増殖に欠かせないタンパク質である赤血球凝集素とノイラミニダーゼを有しており、そのためウイルスが増殖するわけですが、ノイラミニダーゼを阻害することにより、増殖を防ぐわけです。話はそれますが、よくHXNX型というHとNが赤血球凝集素(H)、ノイラミニダーゼ(N)にあたります。
最近発生した鳥インフルエンザが変化して発生する新型インフルエンザに対して、有効な薬であることが報告され、各国でタミフルの備蓄がはじまりました。特に昨年は、大量のタミフルが生産され、そのためロシュは大きな利益を上げました。
▼ 他のインフルエンザ治療薬
日本で認可されているタミフル以外のインフルエンザの薬としては、ノバルティス ファーマのシンメトレル(塩酸アマンタジン)やグラクソ・スミスクライン社によって開発されたリレンザ(ザナミビル)があります。リレンザはタミフルと同じくノイラミニダーゼ阻害剤ですが、タミフルが飲み薬であるのに対して、専用の吸引器を使い経口吸引しなければなりません。
▼ ロシュの合成法
ロシュは中国料理に使われる植物トウシキミの果実「八角」から、得られるシキミ酸(Shikimic acid)を原料として合成しています。シキミ酸の独占により、値段の高騰や、爆発性のあるアジドを用いなければならないなどの問題点があります。(アジドを用いない合成法も報告されています。)
その合成法を以下に示し、簡単に説明します。シキミ酸のカルボン酸をエチルエステル化、ジオールをジエチルケトンでケタール保護しエチルエステル1としました。1の水酸基をメシル化し、続く、ケタールの還元、生じた水酸基のSN2反応により、エポキシド2を合成しました。ここで、ケタールの還元の位置選択性は10:1ほどの分離困難な生成物ですが、望みの化合物をエポキシ化することで分離が可能でした。2に今までアジドを作用させていましたが、その代わりにルイ酸存在下アリルアミンを作用させることで、位置選択的なエポキシドの開環反応を行いアミノアルコール3を得ました。アリル基を除去した後、生じた1級アミンをベンズアルデヒドとイミンを形成させることで保護しました。水酸基のメシル化、さらにもう一度アリルアミンを作用させることで、イミンの交換が起こり、生じた1級アミンのSN2反応で、アジリジンを形成します。そこにさらに1当量のアリルアミンが攻撃することで5へと誘導しました。最後にアリルアミンの除去とリン酸塩とすることで、タミフルの大量合成に成功しています。
Scheme 1. ロシュの合成法
この合成法に対して、今回報告されたタミフルの全合成はどのようなものなのでしょうか。
▼ 柴崎らの合成法
東京大学の柴崎らは以下に示すシキミ酸を使わない、自身らで開発した触媒的な不斉反応を利用した不斉合成によりタミフルを合成しました(Scheme 2)[1]。不斉触媒の配位子としては6を用いています。
柴崎らは1,4シクロヘキサンジエンから誘導できるアジリジン7から触媒的不斉非対称化反応[2]により、8のアジドを91%eeで得ました。再結晶により光学的に純粋に下の地にアミドの保護、ジニトロベンゾイル基の除去、アジドの還元、再びアミンをBocで保護することでジアミン9を合成しました。続いて、SeO2を作用させることでアリル酸化、Dess-Martin酸化によりケトンとし、シアニドの付加を経て、エノン10へと誘導しました。LiAl(OtBu)3Hを用いた立体選択的還元、光延反応でアジリジン環を形成させ、3-ペンタノールの位置選択的付加反応により11を得ました。得られた11のBoc基の除去、選択的なBoc基の保護、アセチル化、シアノ基の加溶媒分解、最後にリン酸を作用させることで、タミフルの全合成を達成しています。
[訂正] X=6 Scheme2. 柴崎らのタミフルの全合成
▼ コーリーらの合成法
ハーバード大のコーリーらも同様にして、自身で開発した不斉反応を鍵反応としてタミフルの合成に成功しています(Scheme 3)[3]。不斉触媒は以下の12のものを用いています。
1,4-ジエンと活性エステルとの触媒的不斉Diels-Alder反応により、シクロヘキセン誘導体13を97%以上のエナンチオ過剰率で合成しました。続いて、アミド化、ヨードラクタム化、アミドのBoc保護により14を得ました。14にDBUを作用させ脱ヨウ素化、アリル位のブロモ化、CsCO3により、脱ブロモ化とラクタムの加溶媒分解を同時に進行させエチルエステル15へと誘導しました。SnBr4を触媒としたブロモアセトアミド化、続くアジリジン化によりアジリジン16を得ました。このブロモアセトアミド化は一挙にアミノアセチル基と脱離基となるブロミドを導入できるため非常に有用な手法だと思います。最後に触媒量のCuOTfを用いて、3-ペンタノール の導入、リン酸塩にすることでタミフルの全合成を達成しました。
Scheme 3. コーリーらのタミフルの全合成
それぞれの合成法に関しては、非常に有名で尊敬している先生方であるため、名言はさけさせていただきます。 これらの合成法が使われるかはわかりません。すべての合成が取って代わるとは思いませんが、全合成の一部の工程が使われている例は多数あります。理想はやはり、効率的かつ何万トンでも合成できる手法です。つまり短段階で保護脱保護を伴わず、さらに定量的に進行する合成法を見出す必要があります。
このような化合物を5段階以下で合成できるような時代が来るとするならば、有機合成は学問でなく技術になると思います。みなさんもぜひタミフルの合成法を考えてみてください。 ▼参考文献/関連書籍
[1] Fukuta, Y.; Mita, T; Fukuda, N.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, ASAP. [2] Mita, T.; Fujimori, I.; Wada, R.; Wen, J.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 11252. [3] Yeung, Y-Y.; Hong, S.; Corey, E. J. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, ASAP.
医薬品開発に携わる多くの研究者にメディシナルケミストリーの本質と全体像を明らかにした本書は、この改訂第2版でポストゲノムからさらに次なる局面に進展しつつある創薬研究に新たな展望を指し示します。
▼関連リンク
・E. J. Corey [Nobelprize.org] ・Oseltamivir[Wikipedia English] ▼関連ニュース
【タミフルについて】
・タミフル、化学的製造法を開発…スイス社と話し合いへ(2006.2.25)
・製薬大手のロシュ、「タミフル」効果で05年売上高20%増(2006.2.2)
・英グラクソスミスクライン、抗ウイルス薬を大幅値引きへ(2005.11.3)
・スイス医薬大手のロシュ、「タミフル」の生産能力を増強へ(2005.10.20)
・スイス・ロシュの1―6月期、純利益4%増(2005.7.20)
【他のインフルエンザウィルス剤について】
・英グラクソスミスクライン、抗ウイルス薬を大幅値引き(2005.11.3)
【柴崎先生について】
・不斉触媒研究論文引用回数、東大柴崎教授が世界1位(2006.2.1)
・学士院賞:数論幾何学の加藤和也京大大学院教授ら10人に(2005.3.15) |
【用語ミニ解説】
■全合成
全合成とは、最小単位の原料から天然生理活性物質(天然物)を合成することを意味します。英語ではTotal Synthesis。
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■SN2反応
二分子求核置換反応。求核剤が炭素に対して、脱離基の背面から衝突することで反応が始まる。
■E.J.Corey
(写真:nobelprize.org)
Elias James Corey。ハーバード大教授。合成化学の権威。1990年「有機合成の理論および方法論の開発」でノーベル化学賞を受賞。Corey-Bakshi-Shibata還元、向山-Corey法、Corey-Winter法 、Corey-Kim酸化、Corey-Fuchsアセチレン合成と多数の人名反応を開発し、これらの反応を用いて多くの天然物の全合成を行った。
Dess-Martinペルヨージナン(DMP)を用いる第1級アルコールの酸化。反応は室温付近で穏やかな条件下に速やかに進行し、アルデヒドが高収率で生成する。酸や塩基に不安定なアルコールもアルデヒド、ケトンに収率よく変換できる。
もっとも代表的な[4+2]環状付加反応で、いろいろなジエン(diene)と求ジエン(dienophile)からシクロヘキセン骨格が立体特異的、かつ位置選択的に得られる。
原薬の工業生産を検討するプロセス化学について、初心者を対象にやさしく紹介。プロセス化学の概略と基礎的な重要事項について述べ、それぞれの医薬品あるいは中間体の工業生産の実際、将来の展望などを論じる。
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