[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

タミフルをどう作る?~インフルエンザ治療薬の合成~

[スポンサーリンク]

日本では終息に向かっているインフルエンザ。とはいえ鳥インフルエンザは、今なお世界中で感染例が相次いでいます、 変異してできる新型インフルエンザが猛威を振るって人間に蔓延する可能性は捨てきれないものがあります。

昨年度、広く一般にも認知されたインフルエンザ治療薬タミフル。この薬の製造法は効率的なものですが、欠点もいくつかあり、画期的な合成法の開発が求められています。

そんななかごく最近、著名な有機化学者2名の手によってタミフルの新たな不斉合成経路が 同時に報告されました。今回は簡単に紹介したいと思います。

タミフルとは??

その前に、まずタミフルとはなんぞや?というところを簡単にご紹介します。

タミフル(tamiflu:リン酸オセルタミビル)は、スイスロシュ社によって製造されている抗インフルエンザウイルス薬 です。作用機序は、ノイラミニダーゼの阻害です。インフルエンザウイルスは、その表面に増殖に欠かせないタンパク質(赤血球凝集素とノイラミニダーゼ)を有しています。そのうちのノイラミニダーゼを阻害することで、インフルエンザウィルスの増殖が防げるというわけです。インフルエンザは良く「HXNX型」という分類で呼ばれますが、HとNがそれぞれ赤血球凝集素(H)、ノイラミニダーゼ(N)のタイプに対応しています。

タミフルは最近、鳥インフルエンザウィルスが変異して発生する新型インフルエンザに対しても有効であることが報告され、これを契機に各国でタミフルの備蓄がはじまりました。

日本で認可されている他のインフルエンザ薬としては、ノバルティス ファーマのシンメトレル(塩酸アマンタジン)、グラクソ・スミスクライン社のリレンザ(ザナミビル)があります。リレンザはタミフルと同じくノイラミニダーゼ阻害剤ですが、専用の吸入器を使いて摂取しなければなりません。飲み薬であるタミフルは、患者にとっても使いやすい薬なのです。

tamiflusynth_2tamiflusynth_3

タミフルの合成法~ロシュ社の経路~

現在タミフルは植物トウシキミの果実「八角」から得られるシキミ酸(Shikimic acid)を原料として合成、供給されています。

tamiflusynth_4

アジドを使用しない合成法を以下に説明します。

シキミ酸のカルボン酸・ジオールを保護してエチルエステル1とします。1の水酸基をメシル化、ケタールの還元(位置選択性>10:1、分離可能)、生じた水酸基のSN2反応により、エポキシド2を合成します。2にルイス酸存在下アリルアミンを作用させ、位置選択的なエポキシドの開環反応によってアミノアルコール3を得ます。アリル基を除去した後、生じた1級アミンをベンズアルデヒドでイミン形成させることで保護、水酸基のメシル化、さらにもう一度アリルアミンを作用させることで、イミンの除去とアジリジン形成が連続的に進行します。そこにアリルアミンが攻撃することでアジリジンがSN2開環され、5へ導かれます。最後にアリル基を除去してリン酸塩とすることで、タミフルの大量合成に成功しています。

 

ロシュ社の合成法

ロシュ社の合成法

 

この合成経路は11工程と比較的長めのプロセスながらも効率が高く、十分量のタミフルを供給することができます。しかし原料である八角入手経路の独占がもたらす価格高騰や、植物原料の本質として天候や産地情勢に供給量が左右されてしまうなどの問題もあります。(※シキミ酸を大腸菌培養で作らせる方法も検討されています。)

この合成法に対して、今回報告された不斉合成法とは、一体どのようなものなのでしょうか。

 

タミフルの合成法~柴崎・金井らによる経路~

東京大学の柴崎・金井らは、シキミ酸を使わずに、自ら開発した触媒的不斉反応でタミフルを不斉合成しました[1]。

1,4シクロヘキサンジエンから誘導できるアジリジン7からアジドを不斉置換させてキラルtransジアミン骨格を得るべく、不斉配位子として6を用いる反応を行っています。[2] これにより、8のアジドを91%eeで得ました。再結晶により光学的純品とし、アミドの保護、ジニトロベンゾイル基の除去、アジドの還元、再びアミンをBoc保護することでジアミン9を合成しました。続いて、Dess-Martin試薬共存下にSeO2を作用させることでケトンへとアリル酸化し、シアニドの付加を経て、エノン10へと誘導しました。 LiAl(OtBu)3Hを用いた立体選択的還元、光延反応でアジリジン環を形成させ、3-ペンタノールの位置選択的付加反応により11を得ました。得られた11のBoc基の除去、選択的なBoc保護、アセチル化、シアノ基の加溶媒分解、最後にリン酸を作用させることで、タミフルの全合成を達成しています。([訂正] X=6)

柴崎・金井らによる合成経路

柴崎・金井らによる合成経路

tamiflusynth_6

 

コーリーらの合成法

これとは別に、ハーバード大のコーリーらも、自身で開発した不斉反応を鍵にタミフルの不斉合成に成功しています[3]。不斉触媒は以下の12のものを用いています。

1,4-ジエンと活性エステルとの触媒的不斉Diels-Alder反応により、シクロヘキセン誘導体13を97%以上のエナンチオ過剰率で合成しました。続いて、アミド化、ヨードラクタム化、アミドのBoc保護により14を得ました。14にDBUを作用させ脱ヨウ素化、アリル位のブロモ化、Cs2CO3処理により、脱ブロモ化とラクタムの加溶媒分解を同時に進行させエチルエステル15へと誘導しました。SnBr4を触媒としたブロモアセトアミド化、続くアジリジン化によりアジリジン16を得ました。このブロモアセトアミド化は一挙にアミノアセチル基と臭素脱離基を導入できる有用な手法だと思います。最後に触媒量のCuOTfを用いて、3-ペンタノールの導入、リン酸塩にすることでタミフルの全合成を達成しました。

コーリーらの合成経路

コーリーらの合成経路

tamiflusynth_8

終わりに

以上、2つの最新型不斉合成経路を概観してきました。これらの合成法が実際に使われるようになるかはわかりません。既存の合成経路が完全に取って代わるとは思えませんが、一部の工程が使われるなどの例はこれまでにも多数あります。

理想はやはり、効率的に何万トンでも大量合成できる手法です。今よりも短段階で保護/脱保護を伴わず、ほとんど定量的に進行する合成法を見出してく必要があるわけです。

みなさんもぜひタミフルの合成法を考えてみてください。

(2005.4.30ブレビ)
(※本記事は以前より公開されていたものに加筆し、「つぶやき」に移行したものです)

参考文献

[1] Fukuta, Y.; Mita, T; Fukuda, N.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc.2006, 128, 6312. DOI: 10.1021/ja061696k

[2] Mita, T.; Fujimori, I.; Wada, R.; Wen, J.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 11252. DOI: 10.1021/ja053486y

[3] Yeung, Y-Y.; Hong, S.; Corey,  E. J. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 6310. DOI: 10.1021/ja0616433

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4860260406″ locale=”JP” title=”最新 創薬化学 -探索研究から開発まで- 上巻 改訂第2版”]

 

関連リンク

Oserlamivir Total Synthesis – Wikipedia

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 有機合成化学協会誌2017年7月号:有機ヘテロ化合物・タンパク質…
  2. 2007年度ノーベル化学賞を予想!(4)
  3. 45 mミリ波電波望遠鏡(筆者撮影) 化学系必見!博物館特集 野辺山天文台編~HC11Nってどんな分子…
  4. オープンアクセスジャーナルの光と影
  5. MI conference 2025開催のお知らせ
  6. “follow”は便利!
  7. 実験でよくある失敗集30選|第2回「有機合成実験テクニック」(リ…
  8. 銀の殺菌効果がない?銀耐性を獲得するバシラス属菌

注目情報

ピックアップ記事

  1. 鉄カルベン活性種を用いるsp3 C-Hアルキル化
  2. C&EN コラム記事 ~Bench & Cubicle~
  3. MI×データ科学|オンライン|コース
  4. サイエンスアゴラの魅力を聞くー「生活環境化学の部屋」本間先生
  5. ヴィンス・ロテロ Vincent M. Rotello
  6. 電子実験ノートSignals Notebookを紹介します③
  7. 2008年10大化学ニュース2
  8. 有機ナノチューブの新規合成法の開発
  9. キラルオキサゾリジノン
  10. 天才プログラマー タンメイが教えるJulia超入門

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2005年4月
月 火 水 木 金 土 日
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2026年10月号:医薬品プロセス開発・σ芳香族性・含窒素複素環・メロテルペノイド二量体・高歪み化合物

有機合成化学協会が発行する「有機合成化学協会誌」2026年10月号がオンラインで公開されています。…

時代は水だ! セメントのように水と混ぜるだけで成形・硬化できる「水硬性」高分子

第724回のスポットライトリサーチは、東京科学大学物質理工学院(大塚研究室)博士前期課程2年の徳満玲…

複雑さを設計して、結晶の動きをプログラムする

第723回のスポットライトリサーチは、高知工科大学大学院工学研究科(林研究室) 博士後期課程3年の樋…

ハロゲンの力で強力な結合を切断!天然物クマリンから医薬品・機能性材料原料のクマラノン類へ

第 722 回のスポットライトリサーチは、立命館大学大学院薬学研究科薬学専攻 精密合…

観察を写真で残す!カメラ内蔵リアクタ EasyMax 102i を使ってみた

反応の温度も、攪拌(かくはん)も、滴下も、サンプリングもいまや自動で記録される時代になりました。とこ…

ケムステ人気新着記事 トップ 5【2026年9月版】

2026年9月にケムステでは21本の新しい記事を公開しました。この記事では、その新着記事の中から、ペ…

2026ノーベル化学賞をOBが解説 –分子にも「右手」と「左手」がある? 10/31(土)14:00~15:30 県民センター(横浜駅3分) 【硤合教授ノーベル賞受賞記念】一般の方・中学生・高校生も対象に解説イベントを開催します(10/31)

bergです。2026年のノーベル化学賞が「不斉有機合成における非線形効果および自己触媒作用の発見」…

【味の素ファインテクノ】新卒採用情報(2028卒)

当社は入社時研修を経て、先輩指導のもと、実践(※)の場でご活躍いただきます。…

MEDCHEM NEWS 35-3 号「2024年度 MCS 優秀賞」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、オープンアクセ…

【速報】2026年のノーベル化学賞は「不斉有機合成における非線形効果および自己触媒作用の発見」へ

2026年のノーベル化学賞は、アンリ・カガン (Henri B. Kagan、フランス・パリ=サクレ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP