[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

新たな特殊ペプチド合成を切り拓く「コドンボックスの人工分割」

第51回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻・博士課程3年の岩根由彦さんにお願いしました。

岩根さんの所属する菅研究室では、特殊ペプチドと呼ばれる次世代医薬シーズ群の迅速合成・スクリーニングシステムの開発をもとに、これまで未踏だった創薬科学領域へ切り込む研究に取り組んでいます。この技術を元にペプチドリームという大学発ベンチャーが設立され、大成功を収めていることは、ご存じの方も多いと思われます。岩根さんの取り組まれたテーマは、この特殊ペプチド合成の枠を大きく広げる技術開発の一つです。

この成果は先日Nature Chemistry誌に原著論文として掲載され、またこの業績によって岩根さんは「独創性を開く先端技術大賞」文部科学大臣賞を受賞されています。

“Expanding the amino acid repertoire of ribosomal polypeptide synthesis via the artificial division of codon boxes.”
Iwane, Y.; Hitomi, A.; Murakami, H.; Katoh, T.; Goto, Y.; Suga, H.  Nat. Chem. 2016, 8, 317-325. DOI: 10.1038/nchem.2446

それではいつも通り、現場のお話を伺ってみましたのでご覧ください。

Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

生物はmRNAの塩基配列(コドン)に則してアミノ酸を連結させ、ポリペプチド(タンパク質やペプチド)を合成します。この反応はmRNAをポリペプチドへと変換する翻訳反応と呼ばれ、生物共通のルールである遺伝暗号に従って61種のコドンが20種のアミノ酸へと翻訳されます(図A)。遺伝暗号の対応関係は冗長なものであり、例えばGUU・GUC・GUA・GUGの4つのコドン(まとめてGUNコドンボックスと呼ばれます)は同一のアミノ酸「バリン」へと翻訳されます(図B)。本研究では、試験管内翻訳系においてこのコドンボックスを人工的に分割し、片方にもとの天然アミノ酸を保持したまま、他方に特殊アミノ酸を遺伝暗号として新たに追加することに成功しました(図B)。「コドンボックス人工分割」と名付けた本手法は、「翻訳反応は20種のアミノ酸を基質とする」という生物の常識を覆す新技術であり、23種以上(原理上31種まで)のアミノ酸からなる特殊ポリペプチドを翻訳合成することを可能とします(図C,D)。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究はいわば生物のポリペプチド合成系を騙し、非天然型ポリペプチドを合成させる試みです。コドンとアミノ酸の対応関係を規定するアダプター分子(tRNA)を全て人工物で代替するという荒業を行ったのみならず、複数の特殊アミノ酸を誤認識させてポリペプチド中に導入させるという、かなりの無茶難題を生物の翻訳反応に課しています。このような人工翻訳反応においても、最終的には十分な合成効率と正確性を維持したままアミノ酸の種類を23種まで拡大することができ、粘り勝ったという達成感を感じました。

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

上述の通り、本研究は生物の翻訳反応にかなりの無茶をさせており、研究当初には、予想通り翻訳反応の低効率化や不正確化が観察されました。これを最適化研究によって克服するのですが、試験管内翻訳反応は100種程度の分子(リボソーム、タンパク質33種、核酸34種、アミノ酸20種、その他金属イオンやエネルギー分子等)を含む複雑な酵素反応群です。その中でどこがボトルネックになっているか網羅的に調べる必要があり、答えを見つけるまで非常に苦労しました。結果的に5つの要因が見つかり、その基質濃度や反応時間等を最適化することによって克服できました。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

社会に新薬を提供する創薬研究に従事したいと考えています。チームワークで進む研究の中であっても、「自分らしさ」や「独自アイデア」を忘れない、いい意味で頑固な研究者でありたいと思います。また世界に負けない競争力を維持するため、最新の実験手法(最近ではCRISPR/Casによるゲノム編集やクライオ電子顕微鏡によるタンパク質立体構造解析など)にアンテナを張って、前向きに研究に取り入れるつもりです。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私は、菅研究室の最先端で挑戦的な研究内容に敬意を抱き、「特殊ペプチド創薬」技術に貢献したいと夢見ながら研究を進めてきました。その憧れと貢献したいという想いが、私にとって研究の推進力であったと感じます。最終的に「コドンボックス人工分割法」開発によって、既存技術に付加価値を追加できたことを大変嬉しく思います。最後になりましたが、本研究のために素晴らしい環境とご指導を与えてくださった菅裕明教授および研究室メンバーの方々に心より感謝申し上げます。

 

関連リンク

研究者の略歴

sr_Y_Iwane_2岩根 由彦 (いわね よしひこ)

所属:東京大学大学院理学系研究科化学専攻 菅研究室 博士課程3年

研究テーマ:非天然アミノ酸含有ペプチドの翻訳合成手法開発

The following two tabs change content below.
cosine

cosine

博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 安定な環状ケトンのC–C結合を組み替える
  2. ReadCubeを使い倒す!(2)~新着論文チェックにもRead…
  3. あなたの体の中の”毒ガス”
  4. Reaxys Prize 2012ファイナリスト45名発表!
  5. 落葉の化学~「コロ助の科学質問箱」に捧ぐ
  6. 階段状分子の作り方
  7. 磁性流体アートの世界
  8. 可視光レドックス触媒を用いた芳香環へのC-Hアミノ化反応

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. ウェルチ化学賞・受賞者一覧
  2. クネーフェナーゲル ピリジン合成 Knoevenagel Pyridine Synthesis
  3. ブラウザからの構造式検索で研究を加速しよう
  4. 武田薬の糖尿病治療薬、心臓発作を予防する効果も
  5. ODOOSをリニューアル!
  6. アクティブボロン酸~ヘテロ芳香環のクロスカップリングに~
  7. 最近の有機化学注目論文3
  8. マイクロ波とイオン性液体で単層グラフェン大量迅速合成
  9. 化学で何がわかるかーあなたの化学、西暦何年レベル?ー
  10. 稲垣伸二 Shinji Inagaki

関連商品

注目情報

注目情報

最新記事

ルミノール誘導体を用いるチロシン選択的タンパク質修飾法

2015年、東京工業大学・中村浩之らは、ルミノール誘導体と鉄-ポルフィリン複合体(ヘミン)を用い、チ…

酵素触媒によるアルケンのアンチマルコフニコフ酸化

酵素は、基質と複数点で相互作用することにより、化学反応を厳密にコントロールしています。通常のフラ…

イオンの出入りを制御するキャップ付き分子容器の開発

第124回のスポットライトリサーチは、金沢大学 理工研究域物質化学系錯体化学研究分野(錯体化学・超分…

リチウムイオン電池の課題のはなし-1

Tshozoです。以前リチウムイオン電池に関するトピックを2つほど紹介した(記事:リチウムイ…

アルコールをアルキル化剤に!ヘテロ芳香環のC-Hアルキル化

2015年、プリンストン大学・D. W. C. MacMillanらは、水素移動触媒(HAT)および…

三種類の分子が自発的に整列した構造をもつ超分子共重合ポリマーの開発

第123回のスポットライトリサーチは、テキサス大学オースティン校博士研究員(Jonathan L. …

Chem-Station Twitter

PAGE TOP