[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

素粒子と遊ぼう!

[スポンサーリンク]

化学者たるもの、各元素の性質については詳しいことと思います。
どんな研究であれ、基本的には元素の性質を活かして合成・構造・反応などへ展開しているものだと思います。ところが原子よりも小さい粒子の性質についてとなると、一気にお手上げとなる化学者は多いのではないでしょうか。

今回は素粒子を使った研究の論文を紹介します。

原子の構成はと聞かれれば、陽子、中性子、電子、でとりあえず正解ですよね。もっと細かく見ていくと、陽子、中性子はクオークという素粒子から構成されており、電子はレプトンという素粒子の一種であります
(注;素粒子は、物質を構成する最小単位=内部構造を持たない粒子を意味します)。

まず簡単に整理するため、せっかくなので化学者の皆さんも、素粒子の種類を覚えちゃいましょう!
上述しましたが素粒子は大まかに、それぞれ6種類ずつでグループを構成する、クオークとレプトンに分類されます[1]。

1111今回の論文に登場する素粒子は、レプトンの一種で負電荷とスピン1/2を持つミューオン

さて、Wisconsin大学のR.Westらは、このミューオンをシリレンに付加させるという内容の論文をAngew誌に報告しております[2]。

A Silyl Radical formed by Muonium Addition to a Silylene Mitra, A.; Brodovitch, J.-C.; Krempner, C.; Percival, W. P.; Vyas, P.: West R. Angew. Chem. Int. Ed. 2010, ASAP DOI: 10.1002/anie.201000166

ミューオンは平均寿命が2.2μsなので、発生→シリレンへ付加→観測を一気に行います。(ちなみに測定方法は、μSR(ミューオンスピン回転)というNMRに似た原理の測定法とμLCR(ミューオン準位交差共鳴)だそうです。)

簡単に結果をまとめると、以下のような感じ。

200置換基の嵩高さによって、二量化したジシラニルラジカル-ミューオン付加体 2、もしくは単量体のシリレン-ミューオン付加体 3が得られるというもの。ちなみにR = Mes基の場合は、23も観測されておらず、これは二量化の速度が2を観測できないほど早いが、3を観測するには遅いためである、と説明されております。うむ。また理論計算では、Muの代わりにHを用いています。

ところで、実は2003年に、カルベンへのミューオン付加反応がJACSに報告されており[3]、論文中では、カップリング定数等の比較についても議論されています。また、2008年にはR Westと東北大の吉良・岩本教授らの共著により、シレンへのミューオン付加反応が報告されています[4]。
この論文では、前例が無い為に、カップリング定数から実験的にどのラジカル種が生成しているのかさえ推測できず苦労が伺えます。

300正直、どのようなモチベーションからこのような実験を行ったのか筆者には検討もつきませんでしたし、一連の論文を読んだ時の感想は、「へぇー」程度でしかありませんでした。論文中のスペクトルも理解するに時間がかかった割には、(前例が無い(少ない)ので当然ですが)数値の表す意味が今ひとつピンときません(というか、グラフ中のでっかいピークがモノを表しているのかと途中まで思っていました。。)。

しかし、
1897年、J.J.トムソンは真空管を通る陰極線が電子であることを発見し、この発見が素粒子発見の第一号です。当時、物理学者の興味の対象でしかなかった電子が、100年の後、エレクトロニクス技術の基礎となり、テレビ、パーソナルコンピュータを始めとする今日の高度情報化社会を生み出しました。[5]」とあるように、
研究者が持ちがちな「分野という固定概念」を越えていろいろ挑戦していくことも、次世代科学技術の発展に繋がることと思います。頭で理解していても、なかなか行動に移す研究者は少ないのではないでしょうか。そういう意味で、今後の可能性に積極的に挑戦したパイオニア的研究として評価するべき内容かと思います。

余談ですが、筆者は何度かWest教授とお話したことがありますが、エネルギッシュな印象で常に新しい領域を開こうという開拓精神を感じさせる人物です。

どうでしょう、皆さんの手元にあるそのオリジナル化合物に、素粒子を当ててみませんか???

 

 関連文献

  1.  (a) ミューオン(wikipedia) (b) R Westによるrev.
  2.  Amitabha Mitra, Jean-Claude Brodovitch, Clemens Krempner, Paul W. Percival, Pooja Vyas,and Robert West* Angew. Chem. Int. Ed. ASAP
  3. Iain McKenzie, Jean-Claude Brodovitch, Paul W. Percival,* Taramatee Ramnial, and Jason A. C. Clyburne, J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 11565-11570.
  4. Brett M. McCollum, Takashi Abe, Jean-Claude Brodovitch, Jason A. C. Clyburne,
    Takeaki Iwamoto, Mitsuo Kira, Paul W. Percival,* and Robert West. Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 9772 -9774
  5. KEK キッズサイエンティストより

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4774136247″ locale=”JP” title=”こんなにわかってきた素粒子の世界 ‾知って面白い素粒子の不思議‾ (知りたい!サイエンス)”]

関連記事

  1. 無限の可能性を合成コンセプトで絞り込むーリアノドールの全合成ー
  2. 2020年の人気記事執筆者からのコメント全文を紹介
  3. ペプチドの特定部位を狙って変換する -N-クロロアミドを経由する…
  4. iBooksで有機合成化学を学ぶ:The Portable Ch…
  5. 水素移動を制御する精密な分子設計によるNHC触媒の高活性化
  6. ポケットにいれて持ち運べる高分子型水素キャリアの開発
  7. 金属ナトリウム分散体(SD Super Fine ™…
  8. 超分子化学と機能性材料に関する国際シンポジウム2018

注目情報

ピックアップ記事

  1. マテリアルズ・インフォマティクスの基礎知識とよくある誤解
  2. トム・メイヤー Thomas J. Meyer
  3. 2018年1月20日:ケムステ主催「化学業界 企業研究セミナー」
  4. 分子研 大学院説明会・体験入学説明会 参加登録受付中!
  5. 犬の「肥満治療薬」を認可=米食品医薬品局
  6. 日本薬学会第144年会付設展示会ケムステキャンペーン
  7. 大麻から作られる医薬品がアメリカでオーファンドラッグとして認証へ
  8. 100年前のノーベル化学賞ーフリッツ・ハーバーー
  9. エノラートのα-アルキル化反応 α-Alkylation of Enolate
  10. オリーブ油の苦み成分に鎮痛薬に似た薬理作用

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2010年3月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP