[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」①(解答編)

[スポンサーリンク]

 

このコーナーでは、直面した困難を克服するべく編み出された、全合成における優れた問題解決とその発想をクイズ形式で紹介してみたいと思います。

第1回はDanishefskyらによるMyrocine Cの全合成を取り上げました(問題はこちら)。今回はその解答編になります。

Total Synthesis of (+/-)-Myrocin C
Chu-Moyer, M. Y.; Danishefsky, S. J.: Schulte, G. K. J. Am. Chem. Soc. 1994, 116, 11213. DOI: 10.1021/ja00104a002

解答例

何はともあれ、副反応のメカニズムを理解しないと、次の一手は打てません。

脱離基Lをさまざまに変えても同じものが得られることから、問題文でも述べているとおり有機リチウム試薬と脱離基Lの交換は起きていません。tBu基が結合している位置を考えると、末端ビニル基炭素へと反応し、共役系をはさんでSN2’型置換するという、以下の機構で進行していると考えるのが妥当でしょう。

next_move_3.gifここで試薬X=(適切な嵩のある)求核剤と考えてみます。おそらく同じ末端ビニル基でXは反応し、同様の化合物B’を与えるはずです。しかし目的物CにはXが含まれていません。二当量目でXが除去されなければ不合理です。

鍵となるのは「XがX自身を求核攻撃できれば、Cができるのでは?」という発想です。もしもC-X結合がある程度切れやすく、また副生するX-Xが十分安定であれば、合理的な反応経路に成りえるわけです。

next_move_5.gifそのような特性をもつ求核剤Xは実際いくつか知られています。Danishefskyらは本合成にてスズアニオン、とくに試薬の立体的かさ高さや、反応性などの観点でtBuLiと相似性を持つ、Me3SnLiを採用しています。

next_move_4.gifこのクイズは先端研究の一部なので、いくつもの合理的解が当然ながら考えられます。例えば他にも「チオラートアニオンの求核付加→ジスルフィドとして脱離」などが別解として考えられると思います。
確かに実際のところはやってみるまで分かりませんが、「困難に直面した時の最善手は何か?」「自分ならどうするか?」を考えるケーススタディとしてみれば、こういうクイズは良質な題材ではないでしょうか。

 

全合成にもケーススタディ集があれば良いのにな

全合成は斯くの如くパズル的で、将棋や囲碁に負けずとも劣らない、知的ゲームとしての側面を強く持ち合わせています。

そして将棋界には、特定局面での最適な意思決定を問うような実戦的問題集があります。「次の一手」などがそれですね。麻雀界にも「次に何を切る?」といった類似のクイズがあります。

しかし全合成界には、そのような実践的な問題集はありません。一つの化学反応を深く学ぶには、ご存知「演習から学ぶ有機反応機構」、また穴埋め形式の合成演習書は「Organic Synthesis Workbook」などが有用です。しかし合成スキームを俯瞰する形で「次の一手」「戦略と洞察」「新しい発想」を問う位置づけにある演習書というと、手頃なものがありません。ですから今回のような巧みな全合成事例を集めて、クイズ形式にすればケーススタディ集としても使えるのでは?と思うのですが・・・そんな問題集、誰か作ってくれません?(自分が作れば!?という声が聞こえてきそうですが・・・汗)

全合成に携わっている玄人好みな合成化学者の方々にしか響かない記事だったかもしれません。まぁ趣味的にやってるブログですし、たまにはこんなコアなのも悪くないでしょう。好評であれば、今後もぼちぼちと紹介していきたいなと考えています。

 

関連書籍

 

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 第99回日本化学会年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part…
  2. 室温で二酸化炭素をメタノールへ変換できる触媒の創製
  3. ここまで来たか、科学技術
  4. イボレノリドAの単離から全合成まで
  5. サムスン先端研恐るべし -大面積プリンタブルグラフェンの合成-
  6. 第一回ケムステVプレミアレクチャー「光化学のこれから ~ 未来を…
  7. 最近の有機化学論文2
  8. 【12月開催】第十四回 マツモトファインケミカル技術セミナー  …

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 元素検定にチャレンジせよ!
  2. ストラディバリウスの音色の秘密は「ニス」にあらず
  3. 技あり!マイルドにエーテルを切ってホウ素で結ぶ
  4. ブロッコリー由来成分「スルフォラファン」による抗肥満効果の分子機構の解明
  5. ギース ラジカル付加 Giese Radical Addition
  6. アハメド・ズウェイル Ahmed H. Zewail
  7. 生体分子と疾患のビッグデータから治療標的分子を高精度で予測するAIを開発
  8. 進化する電子顕微鏡(TEM)
  9. 製薬各社 2011年度 第2四半期決算
  10. 秋の褒章2009 -化学-

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2011年9月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

5/15(水)Zoom開催 【旭化成 人事担当者が語る!】2026年卒 化学系学生向け就活スタート講座

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。化学業界・研究職でのキャリ…

フローマイクロリアクターを活用した多置換アルケンの効率的な合成

第610回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)に在籍されていた江 迤源…

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP