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MOFを用いることでポリアセンの合成に成功!

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第529回の東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 植村研究室の三浦匠(みうらたくみ)さんにお願いしました。

植村研究室では、多孔性⾦属錯体 (MOF) や共有結合性有機構造体 (COF) などの分⼦性ナノ空間材料を合理的に作り出し、これらの物質が持つ空間情報を超精細に解読・転写する新しい化学システムの開拓を⾏なっています。

本プレスリリースは、ベンゼン環が直線状に連結したアセンについてです。本研究グループでは、MOFを反応場とすることで無数のベンゼン環が直線状に連結したポリアセンを、世界で初めて合成することに成功しました。この研究成果は、「Nature Synthesis」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Synthesis of polyacene by using a metal–organic framework

Takashi Kitao, Takumi Miura, Ryo Nakayama, Yusuke Tsutsui, Yee Seng Chan, Hironobu Hayashi, Hiroko Yamada, Shu Seki, Taro Hitosugi, Takashi Uemura*

Nat. Synth. 2023, doi:10.1038/s44160-023-00310-w

本研究を現場で指揮された北尾 岳史 助教より三浦さんについてコメントを頂戴いたしました!

三浦君が学部4年生の時に開始したこのテーマは、かなりチャレンジングなものの一つで、非常に不安定とされているポリアセンが本当に合成できるのか、なかなか半信半疑な状態で研究をスタートしました。しかし、実際に実験をやってみると、最初の一年で前駆体高分子の合成に成功し、ポリアセンの糸口をつかむのにそれほど時間はかかりませんでした。しかし、三浦君も述べているように、不溶性であることから、その後のポリアセンの構造評価はとても大変だったと記憶しています。そんな中、三浦君は、マラソンで培った持ち前の持久力、基本に立ち返った深い考察、そして様々な共同研究者との議論を通じて、なんとか論文アクセプトまで完走してくれました。彼の人生に影響を与えたポリアセンですが、未解明な部分は多く残されています。今後、ポリアセンの物性解明に向けて、また走り出してくれることを大いに期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

多孔性金属錯体(MOF)内での制御重合によって、ベンゼン環が直線状に縮環した構造の、ポリアセンの合成に成功しました。

多環芳香族炭化水素の一種であるアセンは、ベンゼン環の個数の増加に従って発光・電導性などの物理化学的特性が顕著に変化します。しかしながら、長くなるほど溶解性・溶液中での安定性が低下するため、現在でもベンゼン環12個のドデカセンが最長でした。多くの化学者の努力をもってしても、100年でたった7個しか伸びておらず、ましてやアセンのポリマーといえる、「ポリアセン」は全く実現されていませんでした。

本研究では、アセン誘導体をモノマーとして重合することによってポリアセンの合成を目指しました。モノマー分子を単にバルク重合しただけでは反応位置を制御できず架橋してしまいます。そこで、多孔性金属錯体(MOF)が有する1次元のナノ細孔をモノマー分子の「重合場」として用いることで、位置選択的な重合を達成しました(図)。MOFを除去し、得られたポリアセンの前駆体ポリマーを加熱することで脱水素芳香化し、平均でベンゼン環19個からなるポリアセンを得ることに成功しました。

図:MOFを用いたポリアセンの合成戦略。モノマー分子はジグザグエッジの反応性が高いため、バルク重合では枝分かれ反応によって架橋生成物となってしまう。一方、MOFの1次元細孔内では、配列したモノマー分子が直線的に重合するため、固体状態で大量にアセンの前駆体高分子が得られる。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

このテーマは学部4年で研究室に配属されて以来4年近くメインとして取り組んできた、私の今までの研究の全てです。

B4当時は修士で卒業するつもりだったので、どうせやるなら失敗してもいいからすごそうなテーマをやってみようというくらいの気持ちで始めました。ベンゼン環をひたすら繋げていったらどうなるのか、という素朴な疑問だけでなぜか博士課程まで進学してしまったので、このテーマに人生を変えられてしまったといっても過言ではありません。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

重合して得られたポリマーの構造評価です。前駆体高分子・ポリアセンともに溶媒には全く溶けないため、固体状態で測定できたスペクトルとにらめっこする日々が続きました。さらには高分子ゆえの分子量分布によって解析はさらに困難を極めました。基本に立ち返って教科書を参照しつつ、オリゴマー・類似化合物のスペクトルや量子化学計算も併せることで統一的に解釈できました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

小さいころにサイエンスショーを見た時に実験が面白そうだなと思ったこと、そして大学で量子化学を学んだ時に数式で化学を理解できる凄さにゾクゾクしたこと、この2つがあって私は化学の道に進みました。今でも研究しながら日々実感している実験の楽しさや、化学という学問の面白さを広く伝えていけるような化学者になりたいです。研究が本業の先生たちの代わりに、大学の講義とかやってみたいですね(笑)。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

近年化学科の人気低迷や、科学技術研究の予算縮小など、化学界には逆風が吹いています。しかし、セントラルサイエンスたる化学は他の学問にも、私たちの暮らしにも必要不可欠です。今化学に携わる私たちが、化学界を盛り上げ、異分野と協同し、中高生をはじめ社会にまで化学を分かりやすく伝えていくことが大事なのではないでしょうか。

最後になりましたが、本研究を進めるうえでご指導いただきました植村卓史教授・北尾岳史助教、及び多くの助けをいただきました共同研究者の皆様方にこの場をお借りして深く御礼申し上げます。

研究者の略歴

名前:三浦匠(みうらたくみ)
所属:東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 植村研究室
研究テーマ:MOFナノ空間を用いた未踏π共役材料の創製
略歴:1997年東京都青梅生まれ、山梨県上野原市出身。2020年3月東京大学工学部応用化学科卒。2022年3月東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻修士課程修了。2022年4月に同博士課程進学。2023年4月より日本学術振興会特別研究員(DC2)。

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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