[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

gem-ジフルオロアルケンの新奇合成法

[スポンサーリンク]

トリフロンにグリニャール試薬を作用させるだけで多置換gem-ジフルオロアルケンの合成に成功した。フッ素を脱離基としたランバーグ・バックランド反応であり、グリニャール試薬が脱プロトン化とC–F結合の活性化の両役割を果たす。

ランバーグ・バックランド反応とgem-ジフルオロアルケン

α-ハロアルキルスルホンに塩基を作用させると、スルホニル基のa位が脱プロトン化を受け、分子内SN2反応によりハロゲンが脱離してエピスルホンとなる。続く二酸化硫黄の放出によりアルケンが生成する。この反応はランバーグ・バックランド反応と呼ばれ、入手が容易なa-ハロアルキルスルホンからのアルケンの合成法であり、天然物や生物活性物質の全合成に用いられてきた(図1A)[1,2]。これまでに、分子内SN2反応の脱離基として塩素や臭素、ヨウ素は報告されているが、フッ素は高い結合解離エネルギーかつ低い脱離能をもち、本反応に適用例はなかった。
一方、gem-ジフルオロアルケンは、容易に他の含フッ素化合物に変換できる他、カルボニルの生物学的等価体として知られており、医薬品化学において注目を浴びている[3]。代表的な合成法として、カルボニル化合物やジアゾ化合物のジフルオロオレフィン化、求核剤を用いたトリフルオロメチルアルケンの付加脱離反応などが挙げられる(図1B)[4]。
CF3基を有するスルホンであるトリフロンをランバーグ・バックランド反応に適用できれば、新たなgem-ジフルオロアルケンの合成法となりうる。今回名古屋大学の南保とクイーンズ大学のクラッデンらは、グリニャール試薬を作用させることでトリフロンからgem-ジフルオロアルケンの合成に成功した(図1C)。

図 1. (A) ランバーグ・バックランド反応、(B) gem-ジフルオロアルケンの合成例、(C) 今回の反応

 

“Alkyltriflones in the Ramberg–Bäcklund Reaction: An Efficient and Modular Synthesis of gem-Difluoroalkenes”
Maekawa, Y.; Nambo, M.; Yokogawa, D.; Crudden, C. M. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 15667–15672.
DOI: 10.1021/jacs.0c07924

論文著者の紹介

研究者:Masakazu Nambo (トランスフォーマティブ生命分子研究所HP)
研究者の経歴:
2011 Ph.D., Nagoya University (Prof. Kenichiro Itami)
2011–2013 Asahi Kasei Corporation
2013–2018 Designated Assistant Professor, Institute of Transformative Bio-Molecules in Nagoya University (ITbM)
2018–present Designated Junior Associate Professor, ITbM
研究内容:パラジウム触媒を用いたトリアリールメタン類の効率的合成法の開発、植物の細胞分裂を急速に止める新規化合物の発見

研究者:Cathleen M. Crudden (研究室HP)
研究者の経歴:
1994 Ph.D., NSERC Postgraduate scholar, University of Ottawa, Canada (Prof. Howard Alper)
1995-1996 NSERC Postdoctoral Fellow, University of Illinois at Urbana-Champaign, USA (Prof. Scott E. Denmark)
1996-2000 Assistant Professor, University of New Brunswick, Canada
2000 Associate Professor, University of New Brunswick, Canada
2001–2002 University Research Professor, University of New Brunswick, Canada
2002–2009 Associate Professor, Queen’s University, Canada
2009–present Professor, Queen’s University, Canada
2013–present Principal Investigator, ITbM
研究内容:有機ホウ素化合物を用いた不斉触媒反応、キラルメソポーラス材料の開発、N-ヘテロ環状カルベン錯体による触媒反応、NHC配位子を用いた自己組織化単分子層の開発

論文の概要

筆者らはまず、二級アルキルトリフロン1aを用いて塩基を検討した(図2A)。その結果、グリニャール試薬を用いると反応が進行し、望みの2aが得られることを見いだし、CyMgBrが最も良い結果を与えた。一方で、ランバーグ・バックランド反応において一般的に用いられるリチウム試薬やジエチル亜鉛を用いると反応はほとんど進行しなかった。しかし、リチウム試薬にMgI2を添加すると2aが中程度の収率で得られた。以上の結果から、本反応ではマグネシウムカチオンが塩基としてのみならず、ルイス酸としてC–F結合を活性化しSN2反応を促進させていることが示唆された。
反応経路のエネルギーを計算したところ、生じたマグネシウムカチオンは脱プロトン化を受けた基質の炭素部位(TS-1)ではなく、酸素部位と相互作用した遷移状態TS-2を経由することが明らかになった(図2B、詳しくは論文を参照)。また、MeLiを塩基として用いた場合、有機マグネシウム試薬と比較し活性化エネルギーが高くなった。このことは、リチウム試薬では反応が進行しない実験結果と一致し、本反応におけるマグネシウムカチオンの重要性が示唆された。

次に基質適用範囲を調査した(図2C)。アセタール(1b)やシリル基(1c)、アミノ基(1d)をもつ基質を用いても中程度から高収率で対応する2を与えた。また、ベンジルトリフロン(1e)を用いても反応は進行する。さらに、ペルフルオロアルキルスルホン(1f)にも適用することもでき、従来の手法では合成できなかったポリフルオロアルケン2fを高収率で与えた。

図 2. (A) 反応条件の検討、(B) 遷移状態、(C) 基質適用範囲

 

以上、ランバーグ・バックランド反応による新奇gem-ジフルオロアルケンの合成法が開発された。容易に入手可能なトリフロンを用いる本手法は、含フッ素化合物の迅速な合成において有用な手法となることが期待される。

参考文献

  1. Taylor, R. J. K. Recent Developments in Ramberg–Bäcklund and Episulfone Chemistry. Chem. Commun. 1999, 217–227. DOI: 10.1039/A806615I
  2. (a) Snyder, S. A.; Zografos, A. L.; Lin, Y. Total Synthesis of Resveratrol-Based Natural Products: A Chemoselective Solution. Angew. Chem., Int. Ed. 2007, 46, 8186–8191. DOI: 10.1002/anie.200703333 (b) Snyder, S. A.; Breazzano, S. P.; Ross, A. G.; Lin, Y.; Zografos, A. L. Total Synthesis of Diverse Carbogenic Complexity within the Resveratrol Class from a Common Building Block. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 1753–1765. DOI: 10.1021/ja806183r (c) Zhang, X.-M.; Tu, Y.-Q.; Zhang, F.-M.; Chen, Z.-H.; Wang, S.-H. Recent Applications of the 1,2-Carbon Atom Migration Strategy in Complex Natural Product Total Synthesis. Chem. Soc. Rev. 2017, 46, 2272–2305. DOI: 10.1039/C6CS00935B
  3. Meanwell, N. A. J. Med. Chem. 2011, 54, 2529–2591. DOI: 10.1021/jm1013693
  4. (a) Chelucci, G. Synthesis and Metal-Catalyzed Reactions of gem-Dihalovinyl Systems. Chem. Rev. 2012, 112, 1344–1462. DOI: 10.1021/cr200165q(b) Zhang, X.; Cao, S. Recent Advances in the Synthesis and C–F Functionalization of gem-Difluoroalkenes. Tetrahedron Lett. 2017, 58, 375–392. DOI:10.1016/j.tetlet.2016.12.054 (c) Hu, M. Y.; Ni, C. F.; Li, L. C.; Han, Y. X.; Hu, J. B. gem-Difluoroolefination of Diazo Compounds with TMSCF3 or TMSCF2Br: Transition-Metal-Free Cross-Coupling of Two Carbene Precursors. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 14496–14501. DOI: 10.1021/jacs.5b09888
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. アンモニウム構造によりラジカル種の発生位置を完全に制御!
  2. 2007年度ノーベル化学賞を予想!(2)
  3. 第15回ケムステVシンポジウム「複合アニオン」を開催します!
  4. オープンアクセス論文が半数突破か
  5. 在宅となった化学者がすべきこと
  6. 第29回光学活性化合物シンポジウム
  7. 50代で初めての転職。面接対策から退職交渉までフォローし、マッチ…
  8. 自由研究にいかが?1:ルミノール反応実験キット

注目情報

ピックアップ記事

  1. 「コミュニケーションスキル推し」のパラドックス?
  2. アカデミアケミストがパパ育休を取得しました!
  3. プレプリントサーバー:ジャーナルごとの対応差にご注意を【更新版】
  4. 超臨界流体 Supercritical Fluid
  5. ラリー・オーヴァーマン Larry E. Overman
  6. 第61回「セラミックス粉体の合成から評価解析に至るまでのハイスループット化を目指す」藤本 憲次郎 教授
  7. ルドルフ・クラウジウスのこと② エントロピー150周年を祝って
  8. 100 ns以下の超高速でスピン反転を起こす純有機発光材料の設計
  9. ナノ孔に吸い込まれていく分子の様子をスナップショット撮影!
  10. ハイフン(-)の使い方

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年10月
月 火 水 木 金 土 日
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

光前駆体法の活用によって、ヘプタセンで初の一重項分裂を観測!

第725回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 理学研究科化学専攻 有機元素化学研究室(山田研…

【スタッフ・寄稿募集】Chem-Stationで、化学を「伝える側」になりませんか?

Chem-Station(ケムステ)は2000年に開設された国内最大の化学ポータルサイトです。大学・…

第17回大津会議―とある参加者の記録―

2026年9月28日~29日に開催された第17回大津会議についての、とある参加者の記録です。この記事…

第17回大津会議 -Otsu Conference- 2026 開催報告 ~新体制で紡ぐ「有機合成の夢」~

第17回大津会議が2026年9月28日(月)〜9月29日(火)びわ湖大津プリンスホテルにて開催されま…

有機合成化学協会誌2026年10月号:医薬品プロセス開発・σ芳香族性・含窒素複素環・メロテルペノイド二量体・高歪み化合物

有機合成化学協会が発行する「有機合成化学協会誌」2026年10月号がオンラインで公開されています。…

時代は水だ! セメントのように水と混ぜるだけで成形・硬化できる「水硬性」高分子

第724回のスポットライトリサーチは、東京科学大学物質理工学院(大塚研究室)博士前期課程2年の徳満玲…

複雑さを設計して、結晶の動きをプログラムする

第723回のスポットライトリサーチは、高知工科大学大学院工学研究科(林研究室) 博士後期課程3年の樋…

ハロゲンの力で強力な結合を切断!天然物クマリンから医薬品・機能性材料原料のクマラノン類へ

第 722 回のスポットライトリサーチは、立命館大学大学院薬学研究科薬学専攻 精密合…

観察を写真で残す!カメラ内蔵リアクタ EasyMax 102i を使ってみた

反応の温度も、攪拌(かくはん)も、滴下も、サンプリングもいまや自動で記録される時代になりました。とこ…

ケムステ人気新着記事 トップ 5【2026年9月版】

2026年9月にケムステでは21本の新しい記事を公開しました。この記事では、その新着記事の中から、ペ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP