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スポットライトリサーチ

「幻のイオン」、テトラフェニルアンモニウムの合成を達成!

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第 385 回のスポットライトリサーチは、金沢大学 医薬保健研究域薬学系 生物有機化学研究室 (国嶋研究室) 助教の 藤田 光 (ふじた・ひかる) 先生と博士後期課程 3 年の 笹本 大空 (ささもと・おおぞら) さんの両名にお願いしました。

国嶋研究室では、ライフサイエンスに有用な新規分子・特異な電荷特性を有する機能性分子などの開発に取り組まれています。国嶋先生らの開発された縮合剤の DMT-MM やベンジル化剤の TriBOT は便利な市販試薬であり、使用経験のある方も多いのではないでしょうか。

今回、藤田先生らのグループは構造有機化学研究の一環としてこれまで合成例の無かった「幻のイオンテトラフェニルアンモニウムの合成にチャレンジし、見事合成を達成、その成果を Nature Communications 誌に発表するとともに、金沢大学よりプレスリリースされました。

Synthesis and characterization of tetraphenylammonium salts

Hikaru Fujita, Ozora Sasamoto, Shiori Kobayashi, Masanori Kitamura & Munetaka Kunishima

The phenyl (Ph) group is a representative substituent in the field of organic chemistry as benzene (the parent molecule) is of fundamental importance. Simple Ph-substituted compounds of common chemical elements are well known. However, extensive structural characterization of tetraphenylammonium (Ph4N+) salts has not been reported. Herein, the synthesis of Ph4N+ salts and their characterization data including the 1H and 13C nuclear magnetic resonance (NMR) spectra and the single-crystal X-ray structure have been presented. An intermolecular radical coupling reaction between an aryl radical and a triarylammoniumyl radical cation was conducted to synthesize the target moieties. The Ph4N+ salts described herein are the simplest tetraarylammonium (Ar4N+) salts known. The results reported herein can potentially help access the otherwise inaccessible non-bridged Ar4N+ salts, a new class of rigid and sterically hindered organic cations.

 

金沢大学医薬保健研究域薬学系の藤田光助教,国嶋崇隆教授らの研究グループは,ごく基本的な化学構造を持ちながらも実在が確認されていなかったテトラフェニルアンモニウムの合成に世界で初めて成功し,その存在を実証しました。

(中略)

本研究により,テトラフェニルアンモニウムが安定に存在できることが実証されました。今後,このイオンやその誘導体の大量合成が実現すれば,安定性の高い有用な有機イオンとして幅広い活用が期待されます。さらに本研究で用いた合成戦略は,構造的新規性の高い様々な類縁アンモニウムの合成にも応用できる可能性があります。

本研究成果は,2022年5月9日18時(日本時間)に国際学術誌『Nature Communications』のオンライン版に掲載されました。

金沢大学プレスリリース、2022年5月13日

研究室を主宰されている教授の国嶋崇隆先生より、藤田先生と笹本さんの人となりについてコメントを頂戴しました!

国嶋先生より藤田先生へ

藤田君はもともと、私が金沢大学で研究室を立ち上げた際の初年度に配属された学生でした。穏やかで人当たりが良く、誰からも好かれる人柄で、楽しんで研究に取り組んでいることがよく伝わってきます。学位を取得した後は、ノースカロライナ州立大学の博士研究員として年半を過ごし、一回り成長して金沢大学へ戻ってきました。年前に助教に着任してからは、学生たちの良き模範となりながら研究室を盛り上げてくれており、今後の活躍が非常に楽しみです。今回のプレスリリースとなった研究には、藤田君と笹本君の夢と熱意が込められていますので、ぜひご覧いただきたいと思います。

国嶋先生より笹本さんへ

笹本君は私が大学 年生の講義を担当していた時から印象に残る学生でした。彼はとてもアクティブな人物です。学部時代にはボランティア活動を積極的に行っており、災害時のボランティアへの参加や派遣自体を企画/運営するなど自分の思いを行動に移すことのできる学生です。また、新しいことに臆することなくチャレンジする精神を持ち合わせており、研究室の中でも知的好奇心は人一倍強いです。将来何か大きなことを成し遂げてくれるのではないかと期待しています。

気合いの入ったスポットライトリサーチムービーもご提供いただきました!

それでは、インタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

テトラフェニルアンモニウム (以下 Ph4N+ と表記) は、窒素原子と つのベンゼン環のみで構成される有機陽イオンです。その化学構造はごく単純であり、たとえ有機化学の初学者でも構造式を想像することは難しくないでしょう。しかし、思い描くことの容易さとは裏腹に、Ph4Nの化学合成は大変難しく、その存在は長らく未確認のまま残されていました。本研究では、この「幻のイオン」とも言うべき Ph4Nの合成を初めて達成し、その存在の実証に成功しました。この成果により、周期表 13 ~ 15 族の代表的な元素を中心とするテトラフェニル型構造のシリーズ (1) において、Ph4Nという最後のピースを埋めることができました。

1 周期表 13 ~ 15 族の代表的な元素を中心に持つテトラフェニル型構造。括弧内には合成が達成された年が示されている。

本合成における鍵反応は、ラジカルカチオン 1 とフェニルラジカル の ラジカルカップリングによるN–C結合の形成です (図2) 。芳香環上で起こり得る副反応をかさ高さにより抑制する保護基を用いることで、0.1% という低収率ながら目的の変換に成功し、続く脱保護により Ph4Nへと導きました。X線結晶構造解析を行うと、Ph4Nの化学構造がはっきりと確認されました (図3)。さらに、本研究を通して Ph4Nが高い化学的安定性を示すことも明らかになりました。将来的に Ph4Nやその類縁アンモニウムの大量合成が実現すれば、安定な有機陽イオンとして様々な分野に応用できる可能性があります。

図2 ラジカルカップリングを利用した Ph4Nの合成戦略

3  Ph4Nの X線結晶構造

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

(藤田)
合成の最終段階で、ベンゼン環上にある計 つの tertブチル基を除去し、Ph4Nへ変換できたところに一番思い入れがあります。不活性な置換基である tert-ブチル基の「脱保護」には困難が予想された上に、研究当時、前駆体となる化合物は頑張っても数 mg しか用意できないという状況下にありました。それでも、美しい化学構造を持つ Ph4Nを何としてでも作り上げたいという気持ちから、一か八かの賭けではありましたが、その貴重な前駆体化合物を消費して条件検討を行う決断をしました。「この変換を行うには強酸を作用させるしかない」と信じて検討を進め、最終的には、超強酸と呼ばれるトリフルオロメタンスルホン酸中で 150 ℃ に煮込み続けるという常識外の方法を使って解決に至りました。Ph4Nへの変換をマススペクトルで観察できたときに噛み締めた感動の味は、今では忘れられないものとなりました。

(笹本)
アンモニウム塩の単離精製には特に思い入れがあります。合成収率が 0.1% と一つ操作を誤ると無くなってしまいそうな生成量なので、ロスの無いように精製操作の一つ一つに細心の注意を払いました。目的物がイオン性の化合物なので、通常のカラムや PTLC での精製はブローディングしてしまい上手く分離ができません。そこで使用するシリカゲルにはカウンターアニオンを統一するために NaBF飽和メタノール溶液により前処理を施しました。こうすることでブローディングを抑えることができ、アンモニウム塩を綺麗に単離することができました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

(藤田)
Ph4N+が合成されていないことの確認」がとにかく大変でした。化合物データベースには Ph4Nを含む塩が多数登録されてしまっているため、一見すると既知化合物であるかのように思わされます。しかし丁寧に調査を進めると、実際にはデータベース側の登録ミスが多数を占めており、登録されている出典文献中に登場するのは R4Nや Ph4Pなどの類似の塩であることが分かりました。中には Ph4N塩の使用を主張している文献もありますが、内容を精査すると、明確な構造同定を伴う Ph4N塩の合成・入手法はどこにも記されていませんでした。このような特殊なケースであることを受けて、論文投稿時には、Ph4+塩の合成例が無いことを信じてもらうため、文献調査に関する資料を同時に提出するという工夫を行いました。

(笹本)
藤田先生もおっしゃるように、文献調査がとても大変でした。”存在しないことの証明” は難しく、地道に一つずつ確認する必要がありました。検索でヒットしたすべての論文、特許、書籍や学会要旨に至るまで目を通し、書かれている内容は勿論、登録ミスであれば一体何と間違えてしまったのかをリスト化しました。また、それらの文献の中には私にとって馴染みのない国の言語 (ドイツ、フランス、ロシア、韓国や中国) で書かれており、文字認識のできないものは手作業で翻訳ツールに打ち込んでいました。最終的には翻訳せずとも何となく内容が分かるようになっていました (笑)。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

(藤田)
この研究で作り上げた Ph4Nは、ただ構造的に美しいだけではなく、有機陽イオンの新規骨格として応用され得る高いポテンシャルを持っています。私は薬学の分野で研究を行っている身ですので、今回の成果をいつか何らかの形で薬の開発に役立てることを目指して、今後も研究を継続したいと考えています (もちろん、現時点では「これに使える!」とはっきり言える段階にはありませんが…)。基礎研究は社会貢献に至るまでの道のりが長いですが、その分影響を及ぼす範囲が広く、研究分野の根底に革新をもたらす可能性があるので、とてもやり甲斐を感じています。

(笹本)
この研究を通じて、化学の世界には現代の有機合成技術を駆使しても作ることが難しい分子がまだまだ存在しているという事が身に染みて分かりました。どんなに新しい薬も材料も 1 つの分子からなります。思い描いた分子を自在に作ることができなければ、そもそも何も始められません。これからも新たな価値を生み出すことを目標に研究を行っていきたいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!

(藤田)
この記事を読んで、「有機化学って面白いかも!」と感じてくれる人がいれば嬉しいです。Ph4N+の研究論文は無料で公開されていますので、もし興味があれば pdf もダウンロードしてみて下さい。思い返せば私は、高校生だった頃に「有機化学美術館」という Web サイトを見たことをきっかけとして、有機化学や分子に興味を持ち始めました。その後、金沢大学で国嶋先生から有機化学研究の素晴らしさを学んだことで、自分もこの分野の研究者になりたいと考えるようになりました。今ではこの道を選んで本当に良かったと思っています。自分にとって良いきっかけ、そして良き師に巡り会えることが重要だったと、改めてそう感じます。

(笹本)
ケムステは有機化学を学び始めた頃からずっとお世話になっています。そんなケムステに記事を投稿できる日が来るとは思いもしませんでしたし、とても嬉しく思います。Ph4Nは非常に多くの人の支えで合成することができました。特に共著者で国嶋研の後輩である小林栞さんには多くの実験を手伝ってもらいました。この場をお借りして感謝申し上げます。この記事を通じて、少しでも皆さんの刺激になれば幸いです。

研究者の略歴

名前:藤田 光 (ふじた ひかる)
所属・職名: 金沢大学 医薬保健研究域薬学系 生物有機化学研究室 (国嶋研究室) ・助教
研究テーマ: 創薬・生命科学への応用を目指した新反応、新反応剤、機能性分子の開発
研究室Webサイト: http://bioorg.w3.kanazawa-u.ac.jp/
略歴:
1988 年生まれ 石川県金沢市出身
2012 年 金沢大学 薬学部 薬学科 卒業
2016 年 金沢大学大学院 医薬保健学総合研究科 博士課程薬学専攻 修了
2013~2016 年 日本学術振興会 特別研究員 (DC1)
2016~2019 年 ノースカロライナ州立大学 化学科 博士研究員
2019~2020 年 金沢大学先端科学・社会共創推進機構 ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー 博士研究員
2020年より現職
顔写真: トップ画像右

名前:笹本大空 (ささもと おおぞら)
所属:金沢大学 医薬保健学総合研究科 創薬科学専攻 博士後期課程3年 生物有機化学研究室 (国嶋研究室)
顔写真:トップ画像左

 

テトラフェニルアンモニウム、物性や生物活性などまだまだ気になる点がたくさんありますね!ますますのご研究の発展を祈念します。
藤田先生、笹本さん、国嶋先生、インタビューにご協力いただき誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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