[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

印象に残った天然物合成 2

[スポンサーリンク]

 

7月になり、どんどん蒸し暑くなってきましたが、いかがお過ごしでしょうか?

大学院生時代に先生方によく言われたのは、

<晴れの日の場合>

「今日は『実験日和』だ。バリバリ実験しなさい」

<雨の日の場合>

「雨でどうせ遊びに行けないんだから、バリバリ実験しなさい」

……蒸し暑いですが、とりあえず皆様元気よくやっていきましょう。

今回はWoodwardらによるErythromycinの全合成 1-3)を紹介します。

Erythromycinは、10個の不斉点を持つ14員環ラクトンと2つのデオキシ糖から構成されているマクロライドです。 合成する上で不斉点の構築は大きな見せ場の1つになるでしょう。

Woodwardらの合成ルートは下図に示すように、マクロラクトン化と2回のグリコシル化を最後に行う計画です。ラクトン化の前駆体は類似構造の繰り返し(図の水色枠部)であるため、化合物2を合成すればよいと考えられ、その等価体として環状ジチオアセタール3を調製することとしました。環状ジチオアセタール3は、ラネーニッケルを用いて脱硫すれば化合物2へ変換することができます。鎖状の分子を環状化合物として取り扱うことによって立体化学を制御しやすくする、というのがWoodwardのやり方なのです。

fs1.1
実際、エノン4の1,2-還元、およびオレフィン部位のジオール化を(基質コントロールで)立体選択的に行うことができ、化合物3を合成することに成功しています。Erythromycinの構造と改めて見比べてみると、この化合物3の設計は実に巧妙です。本全合成において、この設計が一番の見どころと言っても過言ではないかもしれません。

fs1.2

続いて、環化前駆体8の合成です。まず、得られた環状ジチオアセタール3をケトン5およびアルデヒド6へと変換します。ケトン5はMOM基をTFAで除去したのちに、アルコールを酸化することによって、アルデヒド6はラネーニッケルで脱硫とベンジル基の除去を行ったのち、脱水、オゾン分解を行うことによって合成しました。ケトン5はアルドール反応によってアルデヒド6と連結し、脱硫などの官能基変換によりセコ酸8へと導かれます。

fs1.3.1
さて、ここからマクロラクトン化の挑戦です。天然物からの減成も駆使して、17種類もの環化前駆体を用意し、検討を行っています。詳細は割愛しますが、下に示す3つの化合物のみが望むラクトンを生成する結果となっています。そのうち、基質AおよびBに関しては20%にも満たない苦しい収率です。しかしながら、どうやらジオールを環状の保護基で抑えることでラクトン化しやすいという知見を得て、基質Cに辿り着きました(収率70%!!)。
fs1.4.1

さらにいくつかの検討を重ね、環状カーバメート構造を有する環化前駆体9を用いてマクロラクトン化を行い、ラクトン10を収率70%で合成しています。

2015-11-16_14-10-34

 

最後に2回のグリコシル化です。溶解性の問題などがあり、環状カーバメートは先に除去しなければならなかったようです。そのため、はじめにペンタオール11を用いたグリコシル化を行うことになりました。なんとなく3位のアルコールの反応性が一番高そうですが……まずは5位から反応するようです。なかなか読み切るのが難しいところです。論文 3)で考察されていますので参考にしてみてください。2回目のグリコシル化は3位から進行し、化合物13を合成することに成功しています。

fs1.6

 

以下、保護基の除去とアミノ基の酸化によってerythromycinの不斉全合成を達成しています。最後のペンタオールのグリコシル化については、また別の記事で書いてみたいと思っています。

さて、少し話が変わりますが、「エリスロマイシン」の「エリスロ」って一体何なのでしょうか?

まず思いつくのは、ジアステレオマーを区別する際の「エリスロ」「スレオ」です。「エリトロ」「トレオ」とも言いますね。

語源は単糖の「エリトロース」「トレオース」だそうですが……

確かにエリスロマイシンはエリトロースの部分構造を有しています。でも、エリスロマイシンに特有の構造というわけでもなさそうですよね。

エリスロ」は「」の意味を持っているそうで、例えば、赤血球=erythrocyteで、他にも接頭辞「erythro」が付く英単語はいくつもあります。

ですが……あまりエリスロマイシンとは関係がない気がします。

語源というのはなかなか難しいですね。

ちなみに「マクロライド」の名付け親はWoodwardだそうですね。

Woodwardはまさに本天然物エリスロマイシンの合成研究中に亡くなられたとのことで、論文にも

“Deceased July 8, 1979.”

と記載されています。34年前のちょうど今頃ということになりますね。

本論文は、亡くなった恩師の他、様々な方々への感謝が比較的丁寧に述べられています。

文章も大変読みやすく、検討結果や考察も詳細に書かれていますのでぜひぜひ参考にして頂ければと思います。

 

参考文献

  1.  Woodward, R. B.;  Logusch, E.; Nambiar, K. P.; Sakan, K.; Ward, D. E.; Au-Yeung, B.-W.; Balaram, P.; Browne, L. J.; Card, P. J.; Chen, C. H.; Chenevert, R. B.; Fliri, A.; Frobel, K.; Gais, H.-J.; Garratt, D. G.; Hayakawa, K.; Heggie, W.; Hesson, D. P.; Hoppe, D.; Hoppe, I.; Hyatt, J. A.; Ikeda, D.; Jacobi, P. A.; Kim, K. S.; Kobuke, Y.; Kojima, K.; Krowicki, K.; Lee, V. J.; Leutert, T.; Malchenko, S.; Martens, J.; Matthews, R. S.; Ong, B. S.; Press, J. B.; Rajan Babu, T. V.; Rousseau, G.; Sauter, H. M.; Suzuki, M.; Tatsuta, K.; Tolbert, L. M.; Truesdale, E. A.; Uchida, I.; Ueda, Y.; Uyehara, T.; Vasella, A. T.; Vladuchick, W. C.; Wade, P. A.; Williams, R. M.; Wong, H. N.-C. J. Am. Chem. Soc. 1981, 103, 3210. DOI: 10.1021/ja00401a049
  2. Woodward, R. B.;  Logusch, E.; Nambiar, K. P.; Sakan, K.; Ward, D. E.; Au-Yeung, B.-W.; Balaram, P.; Browne, L. J.; Card, P. J.; Chen, C. H.; Chenevert, R. B.; Fliri, A.; Frobel, K.; Gais, H.-J.; Garratt, D. G.; Hayakawa, K.; Heggie, W.; Hesson, D. P.; Hoppe, D.; Hoppe, I.; Hyatt, J. A.; Ikeda, D.; Jacobi, P. A.; Kim, K. S.; Kobuke, Y.; Kojima, K.; Krowicki, K.; Lee, V. J.; Leutert, T.; Malchenko, S.; Martens, J.; Matthews, R. S.; Ong, B. S.; Press, J. B.; Rajan Babu, T. V.; Rousseau, G.; Sauter, H. M.; Suzuki, M.; Tatsuta, K.; Tolbert, L. M.; Truesdale, E. A.; Uchida, I.; Ueda, Y.; Uyehara, T.; Vasella, A. T.; Vladuchick, W. C.; Wade, P. A.; Williams, R. M.; Wong, H. N.-C. J. Am. Chem. Soc. 1981, 103, 3213. DOI: 10.1021/ja00401a050
  3. Woodward, R. B.;  Logusch, E.; Nambiar, K. P.; Sakan, K.; Ward, D. E.; Au-Yeung, B.-W.; Balaram, P.; Browne, L. J.; Card, P. J.; Chen, C. H.; Chenevert, R. B.; Fliri, A.; Frobel, K.; Gais, H.-J.; Garratt, D. G.; Hayakawa, K.; Heggie, W.; Hesson, D. P.; Hoppe, D.; Hoppe, I.; Hyatt, J. A.; Ikeda, D.; Jacobi, P. A.; Kim, K. S.; Kobuke, Y.; Kojima, K.; Krowicki, K.; Lee, V. J.; Leutert, T.; Malchenko, S.; Martens, J.; Matthews, R. S.; Ong, B. S.; Press, J. B.; Rajan Babu, T. V.; Rousseau, G.; Sauter, H. M.; Suzuki, M.; Tatsuta, K.; Tolbert, L. M.; Truesdale, E. A.; Uchida, I.; Ueda, Y.; Uyehara, T.; Vasella, A. T.; Vladuchick, W. C.; Wade, P. A.; Williams, R. M.; Wong, H. N.-C. J. Am. Chem. Soc. 1981, 103, 3215. DOI: 10.1021/ja00401a051

 

関連書籍

[amazonjs asin=”4759812776″ locale=”JP” title=”天然物の全合成―2000‐2008(日本)”]

 

Avatar photo

らぱ

投稿者の記事一覧

現在、博士課程にて有機合成化学を学んでいます。 特に、生体分子を模倣した超分子化合物に興味があります。よろしくお願いします。

関連記事

  1. マイクロプラスチックの諸問題
  2. ツルツルアミノ酸にオレフィンを!脂肪族アミノ酸の脱水素化反応
  3. 「あの人は仕事ができる」と評判の人がしている3つのこと
  4. 電気ウナギに学ぶ:柔らかい電池の開発
  5. Utilization of Spectral Data for…
  6. 有機反応を俯瞰する ー芳香族求電子置換反応 その 2
  7. ドーパミンで音楽にシビれる
  8. ナノってなんナノ?~日本発の極小材料を集めてみました~

注目情報

ピックアップ記事

  1. とある難病の薬 ~アザシチジンとその仲間~
  2. リコペン / Lycopene
  3. サイコロを作ろう!
  4. 千葉大など「シナモンマスク」を商品化 インフル予防効果に期待
  5. 複数酵素活性の同時検出を可能とするactivatable型ラマンプローブの開発
  6. タウリン捕まえた!カゴの中の鳥にパイ電子雲がタッチ
  7. 極性表面積 polar surface area
  8. クルクミン /curcumin
  9. 第63回野依フォーラム例会「データ駆動型化学が拓く新たな世界」特別配信
  10. 新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2013年7月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

第42回メディシナルケミストリーシンポジウム

テーマAI×創薬 無限能可能性!? ノーベル賞研究が拓く創薬の未来を探る…

山口 潤一郎 Junichiro Yamaguchi

山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう、1979年1月4日–)は日本の有機化学者である。早稲田大学教授 …

ナノグラフェンの高速水素化に成功!メカノケミカル法を用いた芳香環の水素化

第660回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院理学研究科(有機化学研究室)博士後期課程3年の…

第32回光学活性化合物シンポジウム

第32回光学活性化合物シンポジウムのご案内光学活性化合物の合成および機能創出に関する研究で顕著な…

位置・立体選択的に糖を重水素化するフロー合成法を確立 ― Ru/C触媒カートリッジで150時間以上の連続運転を実証 ―

第 659回のスポットライトリサーチは、岐阜薬科大学大学院 アドバンストケミストリー…

【JAICI Science Dictionary Pro (JSD Pro)】CAS SciFinder®と一緒に活用したいサイエンス辞書サービス

ケムステ読者の皆様には、CAS が提供する科学情報検索ツール CAS SciFind…

有機合成化学協会誌2025年5月号:特集号 有機合成化学の力量を活かした構造有機化学のフロンティア

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年5月号がオンラインで公開されています!…

ジョセップ・コルネラ Josep Cornella

ジョセップ・コルネラ(Josep Cornella、1985年2月2日–)はスペイン出身の有機・無機…

電気化学と数理モデルを活用して、複雑な酵素反応の解析に成功

第658回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 農学研究科(生体機能化学研究室)修士2年の市川…

ティム ニューハウス Timothy R. Newhouse

ティモシー・ニューハウス(Timothy R. Newhouse、19xx年xx月x日–)はアメリカ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP