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化学者のつぶやき

キラルアミンを一度に判別!高分子認識能を有するPd錯体

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みなさんご存知のように、1つの不斉炭素を有する分子は2種の鏡像関係にある異性体(エナンチオマー)が存在します。それらエナンチオマーは物理的性質が全く同じであるため、通常、NMRやTLCでは違いを検出することはできません。そこでエナンチオマーの不斉情報を得る手段として、NMRキラルシフト試薬を用いた手法が古くから知られています。代表的な例にMosher法[1]が挙げられます。

Mosher法はMTPA-Cl(α-Methoxy-α-(trifluoromethyl)phenylacetic chloride)をキラルシフト試薬として用い、アルコールやアミンと反応させ、ジアステレオマーとすることで分離、さらにフェニル基との磁気異方性効果により、1Hおよび19F NMR[2]により鏡像体過剰率の決定が可能です(図1)。

 

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図1.Mosher法

 

他にもNMRキラルシフト試薬としてキラル配位子を有するランタニド錯体や、キラル分子をNMR溶媒として用いる方法などにより鏡像体過剰率を決定してきました[3]。しかしながら、昨今ではキラルクロマトグラフィーによるHPLC分析による光学純度の決定が容易になり、NMRキラルシフト試薬は光学純度の決定という目的にはほとんど用いられなくなりました。(エナンチオマーの絶対立体配置の決定においては、Mosher法を改良した新Mosher法が、未だ信頼性の高い経験的手法として頻繁に用いられています)。

一方で、単分子でキラル認識を行い、光学純度や絶対配置の決定を行なうキラルセンシング技術は単純にそのサイエンスへの興味という点、キラルカラムが適用できない場合の代替法としてもまだまだ開発が行われています。

さて、前置きが長くなりましたが、先日、パラジウム錯体を用いたユニークなキラルセンシング技術がMITのSwagerらのグループより報告されていましたので紹介したいと思います。

“Simultaneous Chirality Sensing of Multiple Amines by 19F NMR”

Zhao, Y.; Swager, T. M. J. Am. Chem. Soc. 2015, ASAP. DOI: 10.1021/jacs.5b00556

Pd錯体でキラル認識

今回Swagerらは、NMRキラルシフト試薬として含フッ素キラルピンサー配位子を有するパラジウム錯体を考案し、キラル分子の配位により生じるジアステレオマー錯体間の19F- NMRの化学シフトの相違から不斉情報を得ようと試みました。共有結合の形成をともなわないMosher法と考えると分かりやすいと思います。また本手法を用いれば、Mosher法のような共有結合形成を伴う分子変換を行わなくて済み、サンプルの回収が容易です。

 

図2.本手法の概略図

図2.本手法の概略図

 

パラジウム錯体合成と評価

まず、トリフルオロメチル基を有するキラルピンサー配位子とパラジウムを用いて数種類のパラジウム錯体を合成しました。その後、各錯体に対しキラルアミンを配位させ、19F NMRを測定しました。ここでは錯体2aを用いたときの結果の一部を下に示します(図3)。

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図3.錯体2aにキラルアミンを配位させた後の19F NMRチャートの一例

 

 

全ての基質に対してシグナルの分離ができたわけではありませんが(原著論文参照)、多種類のキラルアミンに対してSwagerらの狙い通りジアステレオマーのシグナルを別々に観測することができました。錯体2aは分子内に12個の等価なフッ素原子を有するため、非常に感度がよく、少量のサンプル(実際50 μgのアミンでNMR測定を行っています)でも検出可能という利点があります。

続いてジアステレオマー間の19F NMRの化学シフト値の差が大きい、より優れた錯体を目指しました。配位子構造のチューニングを行った結果、最終的に錯体2cの発見に至っています。錯体2aと比較すると、ピンサー配位子の不斉点に結合したメチル基をトリフルオロメチル基に、アリール基上のトリフルオロメチル基をトリフルオロメトキシ基に変えています(図4)。パラジウム周りの空間をより嵩高くすることで、配位するアミンとピンサー配位子との立体的な相互作用が強くなり、フッ素シグナルに与える影響が大きくなると予想されます。

 

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図4.錯体2aの配位子構造のチューニング

 

実際にこの錯体2cを用いると、生じるジアステレオマー間の化学シフト値の差が先の2aを用いた時よりも大きくなりました。また、エナンチオマーを含む、構造が類似した12種類のアミンと錯体2cを同時に錯形成させたところ、ほぼ完璧に分離された12種類全てシグナルが検出されました(図5)。この結果からエナンチオマーの違いだけでなく、炭素原子一つ分の構造的違いを感知する錯体2cの分子認識力の高さが窺えます。さらに図5を見ていただければ気づく方もいらっしゃると思いますが、不斉中心の立体がSのアミンを用いた場合、Rのアミンを用いた場合より低磁場にピークが検出されています。筆者らはこの実験事実から、不斉点の絶対立体配置の予測が可能だと述べています(詳細は原著論文SI参照)。

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図5.錯体2cによる12種類のキラルアミンのキラリティーセンシング

 

さらに錯体2cは環境の異なる二種類のフッ素が導入されているため、オルソゴナルなフッ素シグナルの識別が可能です。これをうまく利用した例を図6に示します。図6aではトリフルオロメトキシ基由来のシグナルは重なっているものの、トリフルオロメチル基由来のシグナルははっきりと識別可能であり、図6bでは逆の現象が起きています。図6に示すような分子はキラルクロマトグラフィーによる光学分割も困難であり、本手法の良さを示す良い例だと言えます。

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図6.錯体2cを用いたオルソゴナルなフッ素シグナル解析

 

最後に、本手法が光学純度測定に応用可能かに調査しています。実験には事前に鏡像体過剰率を測定した(S)-α-methylbenzylamineと錯体2bを用いました。結果的に、いずれの場合も誤差は小さく、光学測定にも応用できることを示唆する結果を得ています(図7)。

 

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図7.ee測定が可能かを確認する検証実験

 

以上、キラルピンサー配位子を有するパラジウム錯体を用いた19F NMRによるユニークなキラルセンシング技術に関して紹介しました。

開発した錯体が有する、多数のアミンを同時に見分ける分子認識能は特筆すべき点です。またNMRによる光学純度測定法は比較的簡便であり、キラルカラムを用いたHPLC分析と相性の悪いキラル分子 (蛍光を発しない分子など)の場合活躍できる可能性があるのではないでしょうか。

 

参考文献・脚注

  1. Dale, J. A.; Mosher, H. S. J. Am. Chem. Soc. 1973, 95, 512. doi:10.1021/ja00783a034
  2. 通常有機分子に含まれるフッ素原子の数は水素や炭素と比較して非常に少ないため、19F NMRを用いた測定はシグナルの複雑化を回避できる。さらに19F NMRは感度が良く、かつ測定範囲が200 ppm以上と広いためシグナル分離が良好である。そのため、ジアステレオマー間の化学シフト値の差が現れやすい。
  3. Parker, D. Chem. Rev. 1991. 91 1441.

 

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