[スポンサーリンク]

ケムステニュース

“加熱しない”短時間窒化プロセスの開発 -チタン合金の多機能化を目指して-

[スポンサーリンク]

静岡大学工学部の菊池将一准教授、東京電機大学の井尻政孝助教、ヤマハ発動機材料技術部からなる共同研究グループは6月30日、加熱することなくチタン合金表面に硬質な窒化層を短時間で形成させることに成功したと発表した。 (引用:6月30日Response)

金属材料によってはその表面を処理することで材料の性能が向上し、応用できる範囲を拡大することができます。今回紹介するのは表面処理の一つである窒化処理において、加熱が必要ない新しい方法を開発したというニュースです。

チタン合金は軽くて強くて錆びない材料として、自動車や航空機などいろいろな分野で使われています。

チタン合金が使われている航空機エンジンのファンブレード

しかし、摩擦摩耗特性に乏しい(金属同士の接触で表面が削れやすい)ため、表面を窒化処理してTiNを形成することが行われています。一般的な窒化処理は、チタン合金をアンモニアガス雰囲気下で900度に加熱して行われてますが、加熱することで結晶粒が粗大化するため強度が低下してしまう欠点がありました。温度を下げると窒素のチタン合金中での拡散速度も低下するため、低温でも効率よく窒化処理できるプロセスの開発が求められていました。

プラズマ窒化処理の一例

そこで本研究では、窒化処理した純チタン微粒子をチタン合金に高速投射することで室温でも窒化処理ができることを発見しました。具体的には、プラズマ窒化処理を施した25.6 µmのチタン微粒子を3mmのノズルから0.5 MPaの圧力で撃ち出し、Ti–6Al–4Vというタイプのチタン合金に衝突させました。結果、撃ち出す時間を長くするほど、チタン合金表面の窒素は増え、室温での窒化処理を確認しました。窒化処理された表面付近は、この処理をしていないチタン合金と比べてアルミニウムやバナジウムが少なく検出されたため、撃ち込んだチタン微粒子のTiNがチタン合金に移った推測されています。

(a)実験の模式図 (b)表面処理後の表面の窒素の分布 (c)10秒の撃ち出し前と後の断面の元素分布の比較(出典:原著論文

次に窒化処理の化学結合を調べるためにXPSを測定しました。撃ち出す時間を長くするほど、窒化物由来の窒素1s軌道のピークが大きくなったことから窒化処理をしたチタン微粒子の高速投射によって窒化処理が進んだことが確認されました。

撃ち出し時間別のXPSスペクトル (a)深さプロファイル (b)深さごとのN 1s付近のスペクトル (c)深さごとの Ti 2p付近のスペクトル(出典:原著論文

次に窒化効率をこの方法と従来の方法で比較するために、TiNの膜厚を処理時間で比較しました。

TiN層の厚さの比較、赤線が本研究の結果を元にした近似曲線で、オレンジ色の点線が従来の熱拡散での近似直線(出典:原著論文

従来の900度における窒素の拡散速度は、この系に合わせると0.19 µm s−1/2見積もられている一方、窒化処理した純チタン粒子の高速投射では、単調増加ではなくTiN層の成長速度がだんだん遅くなることが分かりました。この違いは、処理の違い、窒素の拡散か微粒子衝突処理に起因していると本文中では考察しています。またチタン粒子の微粒子衝突処理時間が長くなるとTiNの膜厚が増加しないことについて、チタン合金の表面がTiNに変化することでより硬くなり、チタン粒子の衝突に強くなったと主張しています。その裏付けとしてビッカース硬さ試験において、チタン粒子の高速投射で処理をするとより硬くなったと示しています。

最後に微細構造を調べるために電子線後方散乱回折法とSTEMによる観察を行いました。電子線後方散乱回折法のIPFとIQマップからは、表面において大きな結晶の証拠は確認されませんでした。STEMでは、表面処理の影響が少ないところでは結晶粒が粗い一方、表面処理付近では細かい結晶粒が確認され、これは再結晶かGrain subdivision機構と呼ばれる結晶が細かく分断されて行く過程で形成されたと推測しています。

電子線後方散乱回折法による(a) IPFマップ, (b) IQ map, (c) SEM画像,(d) 断面のSTEM画像(出典:原著論文

機械強度についても測定を行っており、従来の窒化処理や窒化処理をしていないサンプルよりも高い性能を示すことが確認されました。結論として窒化処理した純チタン粒子の高速投射によって室温での窒化処理に成功しました。特筆すべき点は窒化効率の高さであり、室温であっても窒化速度は、900度の熱拡散よりも早くそのため大きな結晶成長を抑え、チタン合金の強度を向上につながっているとしています。

室温で窒化処理ができるとなると研究の目的である強度の向上だけでなく、窒化処理の応用場面が広がると思いました。高温にする以上、温度に弱い加工・処理はこの窒化処理の後になっているわけであり、この開発された方法を使えば、チタン合金の組み立て後に窒化処理ができるようになり、製品の応用が広がるか製造プロセスにメリットができるかもしれません。窒化金属は他にもあり、クロムなども同様の方法で窒化すると何かメリットがあるのか気になるところです。研究チームにはヤマハ発動機材料技術部も入っているため、バイク部品などへの応用も検討されているかもしれません。

関連書籍

[amazonjs asin=”4339046140″ locale=”JP” title=”軽合金材料”] [amazonjs asin=”4816361561″ locale=”JP” title=”最新 熱処理のしくみと技術”]

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. CTCLS、製薬業界向けに医薬品の探索研究に特化した電子実験ノー…
  2. 新世代鎮痛剤の販売継続を 米政府諮問委が勧告
  3. 三菱化学:子会社と持ち株会社設立 敵対的買収を防ぐ狙い
  4. 情報守る“秘密の紙”開発
  5. 世界初の「窒化タンタル光触媒」、可視光で水分解
  6. 化学大手、原油高で原料多様化・ナフサ依存下げる
  7. つり革に つかまりアセる ワキ汗の夏
  8. 富士通、化合物分子設計統合支援ソフト「キャッシュ」新バージョンを…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 可視光を捕集しながら分子の結合を活性化するハイブリッド型ロジウム触媒
  2. 第138回―「不斉反応の速度論研究からホモキラリティの起源に挑む」Donna Blackmond教授
  3. 理化学研究所、植物の「硫黄代謝」を調節する転写因子を発見
  4. 保護基のお話
  5. エキモフ, アレクセイ イワノビッチ Екимов, Алексей Иванович
  6. グリニャール反応 Grignard Reaction
  7. DNAを人工的につくる-生体内での転写・翻訳に成功!
  8. 【第48回有機金属化学セミナー】講習会:ものづくりに使える触媒反応
  9. 銀ジャケを狂わせた材料 ~タイヤからの意外な犯人~
  10. ナノ粒子の機能と応用 ?コロイダルシリカを中心に?【終了】

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年7月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP