[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

配位子で保護された金クラスターの結合階層性の解明

[スポンサーリンク]

第25回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻(佃研究室) 助教の山添 誠司先生にお願いしました。

佃研究室では、金属クラスターの精密合成とその触媒応用を目指した機能開拓を主軸テーマとして行っています。とりわけそのサイズ制御が機能に劇的な影響を及ぼすことが理解される背景にあって、チオラートなどの適切な配位子でクラスターを安定化する手法は有望視されています。

山添先生はそのような流れの根底を成す基礎研究に取り組み、先日論文とプレスリリースを公開されました。

“Hierarchy of bond stiffnesses within icosahedral-based gold clusters protected by thiolates”
Yamazoe, S.; Takano, S.; Kurashige, W.; Yokoyama, T.; Nitta, K,; Negishi, Y.; Tsukuda, T.
Nat. Commun. 20157, 10414. doi:10.1038/ncomms10414

研究室を主宰されている佃達哉 教授からは、今回の成果を受けて以下の様なコメントを頂いています。

山添さんからこのテーマの提案を受けた当初は、正直なところこれほどの情報が得られるとは思っていませんでした。今回の測定と解析は大変骨の折れる作業で、これが好きでたまらないという人でないとできません。山添さんの情熱と実行力のおかげで、私としても愛着のある成果につながったことを喜んでいます。

合成と解析は両輪を成すものですが、どちらも粘り強さと地道な取り組み姿勢が欠かせません。そこから得られてきたのはどのような成果でしょうか、ご覧ください!

Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本研究では、「配位子で保護された金クラスターの結合階層性の解明」を行いました。

チオラート配位子で表面を保護された金クラスターは、100個程度以下の金原子でできた超微粒子(金クラスター)の表面を硫黄(S)を含むチオラート(RS)と呼ばれる配位子が表面を保護している化合物で、例えばAu25(SR)18は正二十面体のAu13コア表面に6つのAu2(SR)3錯体が覆った構造をしています。

これまでに、Au25(SR)18のように金原子とチオラートの数が精密に決まった化合物が沢山合成され、触媒やナノデバイスへの応用が期待されています。今回は、高輝度X線を用いたX線吸収分光法により、チオラート配位子で表面が修飾された金クラスター(Au25(SR)18、Au38(SR)24、Au144(SR)60)の結合の堅さに序列があることを実験的にはじめて明らかにしました。正二十面体構造の金コアが、長さに応じて堅さの異なる2種類の金-金結合で構成されていて、一般的な金-金属結合よりも柔らかく長い金-金結合が主に法線方向に分布しているのに対して、一般的な金-金属結合よりも堅く短い金-金結合が主に動径方向に分布していることがわかりました。さらに、堅い金-金結合と金-チオラート結合を結ぶと、剛直な環状ネットワークが形成されていることがわかりました。チオラート保護金クラスターの高い熱安定性は、このネットワークが骨格構造として働くためだろうと思っています。本研究の成果は、有機配位子で保護された金属クラスターの構造安定性を理解する上で基礎的な知見を与えるものと期待しています。

sr_S_Yamazoe_1

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

一般的にX線吸収分光測定は室温で行います。私も最初は室温で配位子保護金クラスターのX線吸収分光測定を東京理科大学の根岸先生藏重先生と共同で行っていました。しかし、金の集合体であるにもかかわらず、金-金結合はほとんど観測されず、金-チオラート結合のみが際立って観測されました(勿論,構造を正確に解析することもできませんでした)。先行論文でも同じ結果が報告されていたので、配位子保護金クラスターは金-チオラート結合が際立って観測されてしまうものだと思っていました。

ちょうどその頃、X線吸収分光測定を行っていたSPring-8のBL01B1で新しいクライオスタッド(液体ヘリウムを使って試料を低温まで冷やす装置)を開発していました。開発担当の新田さんが、「サンプル冷やせますよ」と言ってくれた時に、「もしかしたら金-金結合の熱振動が大きいから室温では正確に測れなかったのでは」と気づきました。実際に冷やして測定してみると非常に綺麗なX線吸収スペクトルが得られただけでなく、金-金結合に由来するピークが強く観察されました。構造も正確に解析できるようになり、本研究を最後まで遂行することが出来ました。

sr_S_Yamazoe_2

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

低温で測定することで構造を正確に解析できるようになったのですが、その分,多くの構造パラメータを同時に動かす必要が出てきます。何も考えずに解析を行うと間違った答えにたどり着いてしまう可能性があり、解析の妥当性を評価するのに苦労しました。解析に用いる理論式(EXAFSの式)の意味を理解して少しずつパラメータを動かすことで解析を進めるとともに、X線吸収分光法の専門家である横山先生と議論しながら解析を進めることで、この問題点をクリアしました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

これまで幾つか異なる分野で材料開発の研究を行ってきましたが、いずれの分野においてもその根本には“構造”と“機能”がありました。機能を明らかにするためには、原子レベルでの構造解明と機能発現時における構造の動的挙動の解明が必要不可欠であると考えています。現在、大型放射光施設の高輝度X線を用いればピコ秒オーダーの時間分解能で構造を追跡することが可能になってきています。このような最新の測定技術を駆使して構造と機能の関係を化学の視点から明らかにし、新しい機能性材料をデザイン・開発していきたいと思っています。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

化学の研究は基本的に手を動かさなければ成果はでません。研究をデザインし,実験を考えながら進めることは大切ですが、遊び心をもって研究をして欲しいです。思わぬところから新しい発見や発想がうまれてくることが多いです。 ほんのちょっとしたアイディア実験、無駄かもしれないが面白そうな実験を積極的にやってください。化学を楽しみましょう。

関連リンク

研究者の略歴

sr_S_Yamazoe_3山添 誠司 (やまぞえ せいじ)

所属:東京大学大学院・理学系研究科化学専攻・佃研究室・助教

研究テーマ:金属クラスター・金属酸化物クラスター触媒の開発、放射光を用いた機能性材料の構造解析

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. Chemical Science誌 創刊!
  2. 学会会場でiPadを活用する①~手書きの講演ノートを取ろう!~
  3. 再生医療関連技術ーChemical Times特集より
  4. 事故を未然に防ごう~確認しておきたい心構えと対策~
  5. ポンコツ博士の海外奮闘録 ケムステ異色連載記
  6. 化学者のためのエレクトロニクス講座~無電解卑金属めっきの各論編~…
  7. 【第11回Vシンポ特別企画】講師紹介①:東原 知哉 先生
  8. Wiiで育てる科学の心

注目情報

ピックアップ記事

  1. 【無料ウェビナー】粒子分散の最前線~評価法から処理技術まで徹底解説~(三洋貿易株式会社)
  2. ベンジジン転位 Benzidine Rearrangement
  3. 単純なアリルアミンから複雑なアリルアミンをつくる
  4. 理研も一般公開するよ!!
  5. 2009年ノーベル化学賞『リボソームの構造と機能の解明』
  6. リチウムイオン電池の課題のはなし-1
  7. SciFinder Future Leaders 2017: プログラム参加のススメ
  8. “秒”で分析 をあたりまえに―利便性が高まるSFC
  9. ADC薬基礎編: 着想の歴史的背景と小分子薬・抗体薬との比較
  10. 有機機能性色素におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用とは?

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年3月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

ジョセップ・コルネラ Josep Cornella

ジョセップ・コルネラ(Josep Cornella、1985年2月2日–)はスペイン出身の有機・無機…

電気化学と数理モデルを活用して、複雑な酵素反応の解析に成功

第658回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 農学研究科(生体機能化学研究室)修士2年の市川…

ティム ニューハウス Timothy R. Newhouse

ティモシー・ニューハウス(Timothy R. Newhouse、19xx年xx月x日–)はアメリカ…

熊谷 直哉 Naoya Kumagai

熊谷 直哉 (くまがいなおや、1978年1月11日–)は日本の有機化学者である。慶應義塾大学教授…

マシンラーニングを用いて光スイッチング分子をデザイン!

第657 回のスポットライトリサーチは、北海道大学 化学反応創成研究拠点 (IC…

分子分光学の基礎

こんにちは、Spectol21です!分子分光学研究室出身の筆者としては今回の本を見逃…

ファンデルワールス力で分子を接着して三次元の構造体を組み上げる

第 656 回のスポットライトリサーチは、京都大学 物質-細胞統合システム拠点 (iCeMS) 古川…

第54回複素環化学討論会 @ 東京大学

開催概要第54回複素環化学討論会日時:2025年10月9日(木)~10月11日(土)会場…

クソニンジンのはなし ~草餅の邪魔者~

Tshozoです。昔住んでいた社宅近くの空き地の斜面に結構な数の野草があって、中でもヨモギは春に…

ジアリールエテン縮環二量体の二閉環体の合成に成功

第 655回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院松田研究室の 佐竹 来実さ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP