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一般的な話題

研究者目線からの論文読解を促す抄録フォーマット

先日より、筆者の論文紹介記事がしばしば独特のフォーマットになっていることに、読者の皆さんはもうお気づきのことと思います(たとえばこちらの記事など)。

これは筆者のグループで行なっている「論文抄録会」の産物で、これをケムステに提供している形です。実際要項は以下の通り。

週一回一人ずつ持ち回りで、圧倒的水準にある合成化学系論文1報をピックアップして日本語要約を作り、それに基づき議論する。

学生に日頃から論文を読む習慣を付けさせることが主目的ですが、筆者自身も多忙になって新着文献に細かく目を通せなくなりつつあり、補完目的で始めたところもあります。

こういった会は、どこのラボでも定期でやっていることだと思います。とはいえ以前もコメントしたとおり、翻訳エンジンの台頭著しい現代にあっては、「論文を和訳要約すれば事足りる抄録会」の教育効果は薄くなってきています。論文1報にフォーカスする形式なら、深い考察を促す仕掛け・生産性を上げる仕組みを組み込まなければ成りません。

それが今回のテーマである、「抄録フォーマットの活用」です。

特定のフォーマットを使う利点とは?

フォーマットを固定して論文の要約文(抄録)を作ることは、具体的に何がよいのでしょうか?

見た目やレイアウトなど、表面的事柄に割く労力を少なくし、論文読解作業に専念できるのが最大の利点だと考えます。また、同一フォーマットで比較しやすくすることで、論文ごとの違いや着目すべき点を明確化することにも繋がります。文章化の工程を挟むことで理解内容の整理・記録にもなり、当然ながらアウトプットの訓練にも成ります。

会で採用しているフォーマットは、筆者のオリジナルではありません。筑波大で教鞭を執る、落合陽一氏が学生教育目的に課しているものをベースにしています(筆者は勝手に「落合フォーマット」と呼ばせていただいてます)。これに少しアレンジを加え、以下の項目に従って論文をまとめてもらっています。

1.論文の概要

アブストラクトを和文要約すれば必要十分。

2. 問題設定と解決した点(先行研究と比べてどこが凄い?)

学術的背景および研究文脈、そこから導かれる問題設定を要約する。問題解決がもたらすインパクト・学術的価値も端的にまとめる。

3. 技術や手法のキモ

研究戦略とそれを導き出した技術的強み・オリジナリティ・独創的発想などについて要約する。論文著者が過去に独自知見を持つケースが多い。

4. 主張の有効性検証

論文のクレーム内容をサポートするための戦術・方法論と、その妥当性について要約する。端的には仮説検証系(実験系)の組み方とキーポイント、得られたデータとその解釈をまとめればOK。Supporting Infoやプロトコル文などにも目を通して補足。

5. 議論すべき点

論文の主張やビジョンそのものに問題はないか?主張がデータによって過不足なくサポートされているか?詰めの甘い点や論理的陥穽はないか?報告時点のリミテーションはどこにあるか?・・・などなど、批判的視点に基づき読み取れる事柄をまとめる。
著者自身が気づいていない魅力や、優れた展開性などに触れられるなら、なお良い。

6. 次に読むべき論文は?

未解決問題へとアプローチするために必要 or 将来展開の想像を助ける論文を選んで提案する。準備時間の都合もあるので、詳細に読んでおく必要は無い。聴講者が情報選択するため指針になれば必要十分。

7. 参考文献

当該論文で引用されているキー文献の抜粋。

8. 補足(Appendix)

論文読解に必要とされる専門用語・概念・定義などを、簡単に付記・解説しておく。

全ての論文読解を自分の血肉づくりと考えるプロ研究者であれば、誰しもこのような目線で論文を読んでいると思われます。しかしながら研究者として駆け出しの学生は、そのような読み方を持ち合わせてはいません。

そこをどうやって上手く身につけさせればよいのか?となると、「とにかく沢山読め!」と投げっぱなして終わりな教員も、世の中には沢山居るのではないでしょうか?

その点「落合フォーマット」は、研究者ならではの情報取得様式を、骨格のみの「型」として学習者に示している点において、途轍もなく優れたものとなっています。

研究者養成に優れた仕掛けが満載!

筆者自身もこれで抄録を作ってみましたが、単なる和文要約よりも、様々な点で高い教育効果があると実感するに至りました。

  • 論文を字面通り要約するフォーマットではないため、斜め読みや丁寧な和訳だけでは各項目を埋めることができない。必然的に論文内容への一段踏み込んだ理解を強制する。
  • 実は学術論文の基本骨格を踏まえたフォーマットになっている。これに沿ってまとめ直す過程で、「研究活動のPDCAサイクル」(背景理解→問題設定→解決戦略立案→戦術選択→実施・解釈→未解決課題の洗い出し→独自解決法提案)を毎回トレースすることになり、この目線に従って研究を眺める癖をつけることができる。
  • 論文読解を単なる「お勉強・知識の蓄積」に終止させない。自身のテーマに学びを活かす思考、イシュードリブンな目線獲得、将来展望などを考える機会になる。
  • 本フォーマットでは技術的な枝葉末節は捨象される傾向にあり、論文が提示するキーコンセプト・コアバリューに着目した読み方が強制される。
  • 問題点や弱点・欠点も取りあげるが、貶める目的ではなく「解決すべき問題」として切り取るようにしている。強みや優れた点にも毎度フォーカスを当てるようにすれば、ポジティブな議論に結びつきやすくなる
  • 現時点での限界や疑問について、資料作成段階から整理がなされる。結果として抄録会のスタートラインが高くなり、新たな発想や解決法が生まれやすくなる。会の時間効率と生産性が非常に高くなる。
  • 優れた論文を選ぶようにしないと、まとめることが逆に難しくなり、かつ聴講側も理解しづらくなるフォーマット。これに沿った抄録作業を繰りかえすことで、構成明快かつ良質な論文とはどのようなものかが自然に学べる。良質な論文を取りあげるインセンティブにもなる。

このような特性を持つ抄録フォーマットを学生に繰り返し課すことで、研究者として生き抜くに必須となる論文読解スタイルの習得を、「意識せず加速させる」ことができます。「意識せず」というのが教育観点からはかなり重要なことに思えています。

いろんなレベルの学生達にやってもらった

「このフォーマットで抄録会やってみよう!」と学生達に提案したところ、

『重たそう・・・』

と躊躇の色を見せた学生が大半でした。うーんそんなもんか・・・。しかし適度に重くなくては訓練になりません。「ともかく一度やってみよう」と押し切り、いろいろな学年のメンバーにやらせてみました。観測結果は以下の通りです。

博士課程レベルの学生

誰でもまずまずこなせそうなことが分かりました。研究経験がそこそこあるため、フォーマットの教える目線で論文を読む習慣が身に着いているからでしょう。

修士課程レベルの学生

あら探しは頭の回る学生なら一通りできるようですが、論文に書かれる以上の美点を見つけたり、次なる展開を考えるのに苦しむケースが多いようでした。つまりは項目6を埋めることが難しいと感じるようです。良いところを”良い”と評価するのは存外難しく、先端研究に対する広めの背景理解に加え、ある程度の研究経験も必要になります。成長するための不足点に気づく機会に成ってくれればいいのだと思います。

学部レベルの学生

この形式はラボ配属直後の学部生にはハードで有り、論文読解経験が無いとまずこなせないと判断しました。そこで最初は、先輩の抄録を聞くだけに専念して貰います。何回か聴講した後、読んで欲しい論文を指定し、論文読解+抄録作業のみに取り組んでもらいます。さらに何回かこなして慣れた辺りで、好きな論文を自分で選んでやってもらいます。こうすることで、徐々に無理なく負荷を増やしていくことができます。

フォーマットは同じであっても、各人のレベルに応じた取り組ませ方ができるのも、この方式の優れた点だと思います。皆さんのラボでも、是非それぞれの環境に合わせて取り入れてみては如何でしょう?

関連スライド

先端技術とメディア表現1 #FTMA15 from Yoichi Ochiai

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cosine

cosine

博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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