[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

V字型分子が実現した固体状態の優れた光物性

[スポンサーリンク]

 

固体状態での蛍光の効率化への取り組み

多環芳香族化合物は一般に固体状態において溶液状態よりも低い蛍光強度を示します。主な理由は芳香環同士の分子間π-π相互作用により無輻射過程が促進されているためであり、それを解決するためにこれまで数多くの研究がなされてきました。

その中でも嵩高い置換基によって芳香環同士の分子間π–π相互作用を阻害し、固体状態において90%以上の蛍光量子収率を達成した例があります。2009年山口らは嵩高い置換基をもつフェニル基を導入したアントラセン誘導体を合成し、結晶中での高い蛍光強度を実現しています(図 1左)。[1]また2013年小林らは2つのアルキレン鎖でアントラセンの上下を覆った分子を合成しており、粉末状態での高い蛍光量子収率を達成しています[2]

2016-08-06_17-08-30

図1. 固体状態での蛍光の効率化

 

また一方でこれまでの分子間π–π相互作用を阻害する手法とは異なり、ごく最近になってYangらはアントラセン誘導体1が結晶状態でエキシマー発光することで、蛍光量子収率80%を達成したことを報告しています[3] (図 2)。

1のアントラセン部位の面間距離は3.46 Åであり、アントラセン同士が57%重なっている状態で二量体が形成されています。

最近、東京工業大学の吉沢准教授らは、合成したV字型分子2が同様に結晶中で二量体を形成することを見出し、固体状態での高い蛍光量子収率を達成しました。またV字型分子2と蛍光色素を混合させ、2から蛍光色素へのFRETを効率よく起こすことで、固体状態での蛍光色素の蛍光量子収率を数十倍高くすることに成功したので今回紹介したいと思います。

“Engineering Stacks of V-Shaped Polyaromatic Compounds with Alkyl Chains for Enhanced Emission in the Solid State”

Sekiguchi, S.; Kondo, K.; Sei, Y.; Akita, M.; Yoshizawa, M.;Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 6906. DOI: 10.1002/anie.201602502

2016-08-06_17-13-11

図2.

 

3つのブトキシ基を有するジアントリルベンゼン誘導体2の固体状態での構造および光物性

彼らは、3つのブトキシ基を有するV字型のジアントリルベンゼン誘導体分子2を合成しました (図 3)。X線結晶構造解析より、2が再結晶溶媒の違いによって2種類のパッキング構造をとることを見出しています。

ジクロロメタンもしくはクロロホルムを溶媒として結晶化させた場合はmono-2の構造をとり、アセトニトリルもしくはメタノールの場合はortho-2の構造をとります。mono-2の構造はhead to head 型でアントラセン同士が向かい合い二量体を1つのユニットとして積層するのに対し、ortho-2の構造はhead to tail型でアントラセンは向かい合わず単量体の状態で積層しています。

 

2016-08-06_17-20-26

図3

 

V字型分子2のジクロロメタン溶液ではアントラセンの一般的なπ-π*遷移が観測され、368 nmに極大吸収波長をもっています。

興味深いことにortho-2の吸収および蛍光スペクトルは2のジクロロメタン溶液のものよりも長波長シフトし、mono-2はさらに長波長シフトしていました (図 4)。またmono-2は蛍光量子収率72%を示し、溶液中の場合と比較し1.7倍高く、蛍光寿命は92.2 nsであり溶液中での8.8 nsよりも長い。mono-2の状態ではアントラセン部位の面間距離は3.4 Åであり、アントラセン部位同士が27%重なっていることからもπ–π相互作用が存在していることが示唆されます。

筆者らは特に言及していないが、今回のmono-2はYangらの分子1の二量体構造と比較してアントラセン同士の面間距離や重なりが良く似ており、蛍光スペクトルの形状も似ていることからmono-2の発光もエキシマー発光が関与していると考えられます。これらの例から、分子間のπ–π相互作用により二量体構造を固体状態で形成することで、エキシマー由来の長波長の蛍光を効率よく起こすことができると分かりました。

2016-08-06_17-50-42

図4

 

2を用いた固体状態での蛍光色素へのFRET

ルブレン(Rub)やナイルレッド(NR)、テトラセン(Tet)といった蛍光色素は溶液中において強い蛍光を示しますが、固体状態での蛍光は弱く蛍光量子収率は10%未満です。

著者らはV字型分子2を用いたFluorescence resonance energy transfer (FRET)によって、蛍光色素の固体状態での蛍光を誘起できるのではないかと考えました (図5)。彼らはまず2のTHF溶液に対し0.01当量程度の色素を混合し固体化させることで混合アモルファスを得ています。NRの例では、NRは固体状態において蛍光量子収率が1%程度であるのに対し、2・(NR)の混合アモルファスの蛍光量子収率は45%となり飛躍的に向上しました。これは2・(NR)の状態において90%以上の効率で2からNRへのFRETが起きたことに相当します。彼らは他の蛍光色素でも同様に蛍光量子収率の向上を達成しているため、2は様々な蛍光色素の固体状態での利用に貢献できると考えられます。

2016-08-06_17-54-30

図5

 

終わりに

彼らはV字型分子2が固体状態において二量体の積層構造を示すことを見出し、固体状態での高い蛍光量子収率を実現しました。また蛍光色素と混合させることで、色素のみの時と比べて蛍光量子収率を著しく上昇させることに成功しています。二量体構造を固体状態で形成することで蛍光強度の向上に繋がることを見出した彼らの研究はこれまでに例が少なく新たな分子設計指針の1つになると考えられます。今後、今回のような手法を用いて新たな機能性分子が作られることを期待したいと思います。

 

参考文献

  1. Iida, A.; Yamaguchi, S. Chem. Commun. 2009, 3002. DOI: 10.1039/B901794A
  2. Fujiwara, Y.; Ozawa, R.; Onuma, D.; Suzuki, K.; Yoza, K.; Kobayashi, K. J. Org. Chem. 2013, 78, 2206. DOI: 10.1021/jo302621k
  3. Liu, H.; Yao, L.; Chen, X.; Gao, Y.; Zhang, S.; Li, W.; Lu, P.; Yang, B.; Ma, Y. Chem. Commun. 2016, 52, 7356. DOI: 10.1039/c6cc01993e

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 知られざる有機合成のレアテク集
  2. 酸化反応条件で抗酸化物質を効率的につくる
  3. アニリン版クメン法
  4. 環サイズを選択できるジアミノ化
  5. カスケード反応で難関天然物をまとめて攻略!
  6. 水が決め手!構造が変わる超分子ケージ
  7. 生合成を模倣しない(–)-jorunnamycin A, (–)…
  8. 実験化学のピアレビューブログ: Blog Syn

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. CAS番号の登録が1億個突破!
  2. 風力で作る燃料電池
  3. ガッターマン・コッホ反応 Gattermann-Koch Reaction
  4. 極薄のプラチナナノシート
  5. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑧:ネオジム磁石の巻
  6. 英会話とプログラミングの話
  7. ケミストリ・ソングス【Part 2】
  8. 分子標的薬、手探り続く
  9. ダン・シェヒトマン Daniel Shechtman
  10. 『夏休み子ども化学実験ショー2019』8月3日(土)~4日(日)、科学技術館にて開催

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年8月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

活性酸素種はどれでしょう? 〜三重項酸素と一重項酸素、そのほか〜

第109回薬剤師国家試験 (2024年実施) にて、以下のような問題が出題されま…

産総研がすごい!〜修士卒研究職の新育成制度を開始〜

2023年より全研究領域で修士卒研究職の採用を開始した産業技術総合研究所(以下 産総研)ですが、20…

有機合成化学協会誌2024年4月号:ミロガバリン・クロロププケアナニン・メロテルペノイド・サリチル酸誘導体・光励起ホウ素アート錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年4月号がオンライン公開されています。…

日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました

3月28日から31日にかけて開催された,日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました.筆者自…

キシリトールのはなし

Tshozoです。 35年くらい前、ある食品メーカが「虫歯になりにくい糖分」を使ったお菓子を…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP