[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

多孔性材料の動的核偏極化【生体分子の高感度MRI観測への一歩】

[スポンサーリンク]

第177回目のスポットライトリサーチは九州大学大学院工学府の君塚研究室に所属する修士課程2年の藤原才也さんにお願いしました。

君塚研究室はかねてから分子凝縮系や自己組織化系におけるスピン励起状態間のエネルギー移動に基づいた分子システムの開発に取り組んでいらっしゃいます。今回ご紹介する研究は、これまでに培われた電子スピンに関する知見を核スピンを操作する技術へ応用したものです。本成果は J. Am. Chem. Soc. に掲載されるとともに、プレスリリースとして発表されております。

”Dynamic Nuclear Polarization of Metal–Organic Frameworks Using Photoexcited Triplet Electrons”

Fujiwara, S.; Hosoyamada, M.; Tateishi, K.; Uesaka, T.; Ideta, K.; Kimizuka, N.; Yanai, N. J. Am. Chem. Soc. 2018140, 15606–15610. DOI: 10.1021/jacs.8b10121

藤原さんを直接指導された楊井先生から、藤原さんの人物像について次のようなコメントをいただきました。

3年前、それまでフォトン・アップコンバージョンの研究で培ったトリプレットに関する知見・技術を基に超核偏極の分野に新たに参入することとし、その第一号である今回の研究テーマを選んだのが当時4年生で配属された藤原君でした。藤原君はとても優秀ですが良い意味でひねくれていて、「研究室のメインテーマではない新しいテーマ」ということで選んだと後日聞きました。新しいプロジェクトのため予想以上の苦難続きでしたが、藤原君は先輩の細山田君や共同研究者の立石さんと共に粘り強くやり遂げました。またこのテーマは化学者にとって非常に難解なスピン物理の理解も必要ですが、藤原君はこの点においてその才能を如何なく発揮しました。体を動かし、頭を使う、そして新たな挑戦にこそ意義を感じる、この全てを併せ持つ藤原君でなければこのテーマは結実しなかったと思います。藤原君が切り拓いたこのプロジェクトにはその後他のメンバーも加わり、我々のメインテーマの一つとなっています。
楊井伸浩

それでは、今回の研究成果とともに、論文やプレスリリースでは語られなかった研究の裏話もお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

NMRやMRIを室温で高感度化することができるtriplet-DNPと呼ばれる技術を、多孔性金属錯体(MOF)に応用した研究です。

triplet-DNPは、特定の有機分子を光励起し、項間交差により三重項電子に自然と出現するスピンの偏極(向きの偏り)を核スピンへと移行することで、NMRやMRIの感度を室温で向上させる技術です(下図)。

従来この手法は、高感度化したい分子を取り込むことが難しい有機結晶、もしくは構造が柔軟で偏極を室温で蓄積することが難しいガラス中でのみ行われており、高感度MRIへの応用は制限されていました。

本研究では、分子を包摂可能な多孔性かつ硬い結晶性の材料として知られるMOFを、triplet-DNPによって室温で高偏極化することに初めて成功し、MOF骨格の1H NMR信号を約50倍増感することが出来ました(下図)。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

特に変わった工夫ではないのですが、今回用いたMOFであるZIF-8の配位子2-methylimidazoleの運動性が高いメチル基を重水素化し、ZIF-8骨格における1H核の偏極状態を保持しやすくしたことです。

最終的にtriplet-DNP後のZIF-8のNMR信号増感が、重水素化していないものと比較してより明確になったことを確認できたときは、配位子の設計が上手く結果に結び付いたと感じられて、大変報われた気がした記憶があります。

triplet-DNPの実験は基本的に九大で作製した試料を埼玉の理研に直接持参して行っているのですが、試料条件の最適化のため、月に数回という謎の頻度で九大から理研に通った時期は、(たかだか3ステップですが)何度も大慌てでこの配位子を追合成する羽目になり、今ではすっかり合成したくない分子の一つになりました。

Q3. 本研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

研究内容と本質的にはあまり関係ない話なのですが、やはり試料を作る場所と、肝となる測定を行う場所が遠く離れていることは、実験を進める上で大きな障壁でした。

例えば、現地であの試料も持ってくるべきだったと後悔しないように、沢山の試料を準備するわけですが、要領が悪いためか決まって試料が完成するのが出発当日の明け方で、何故かいつも徹夜で大学から慌てて空港へ向かっていました。一方、理研で一緒に実験して下さる立石さんも、お忙しい中でのtriplet-DNP装置のメンテナンスのために徹夜していることが多く、初日から互いに最悪のコンディションで実験がスタートすることが多かったのは、今では笑い話ですが、当時は疲弊して全然笑えませんでした。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

質問されて改めて考えてみたのですが、具体的な回答が思いつきませんでした。将来の選択肢が広いと考え、取り敢えずこのまま博士課程に進学してみることにしたのですが、その少なくとも3年間ある猶予(?)の中で、将来化学とどのように関わるのか考えていこうと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

本研究に携わってきたこの3年で感じたのは、本当に実験は失敗することの方が遥かに多いということです。失敗して何かを学ぶことは大事だと頭では分かっていても、失敗し続けるとどうしても嫌になってしまう。失敗の連続の中でもモチベーションを保つ自分なりの方法をいくつか見つけておくことが、研究を続けて何かを掴む上で重要だと思います。何か良い方法があれば、最近また迷走気味の自分にぜひ教えて下さい。

【略歴】

藤原才也
九大工学府 君塚研究室 修士2年

(左)藤原 (右)楊井

(超核偏極の国際会議が開催された英国サウスハンプトンにて)

参考文献

  1. Fujiwara, S.; Hosoyamada, M.; Tateishi, K.; Uesaka, T.; Ideta, K.; Kimizuka, N.; Yanai, N. J. Am. Chem. Soc. 2018140, 15606–15610. DOI: 10.1021/jacs.8b10121

関連リンク

やぶ

投稿者の記事一覧

PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

関連記事

  1. 有機合成化学協会誌2019年6月号:不斉ヘテロDiels-Ald…
  2. 分取薄層クロマトグラフィー PTLC (Preparative …
  3. Ns基とNos基とDNs基
  4. 消光団分子の「ねじれ」の制御による新たな蛍光プローブの分子設計法…
  5. CV書いてみた:ポスドク編
  6. ケムステ主催バーチャルシンポジウム「最先端有機化学」を開催します…
  7. 次なる新興感染症に備える
  8. 第七回ケムステVプレミアレクチャー「触媒との『掛け算』で研究者を…

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 『元素周期 ~萌えて覚える化学の基本~』がドラマCD化!!!
  2. キムワイプをつくった会社 ~キンバリー・クラーク社について~
  3. 第25回 名古屋メダルセミナー The 25th Nagoya Medal of Organic Chemistry
  4. 第132回―「遷移金属触媒における超分子的アプローチ」Joost Reek教授
  5. 渡辺芳人 Yoshihito Watanabe
  6. 熱や力で真っ二つ!キラルセルフソーティングで構築されるクロミック二核錯体
  7. アザジラクチン あざじらくちん azadirachtin
  8. 有機合成化学協会誌2020年3月号:電子欠損性ホウ素化合物・不斉Diels-Alder反応・ホヤの精子活性化誘引物質・選択的グリコシル化反応・固定化二元金属ナノ粒子触媒・連続フロー反応
  9. 水素化ほう素ナトリウム : Sodium Borohydride
  10. 神戸製鋼所が特殊合金粉末を開発 金属以外の多様な材料にも抗菌性付加

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年2月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728  

注目情報

最新記事

“見た目はそっくり、中身は違う”C-グリコシド型擬糖鎖/複合糖質を開発

第598回のスポットライトリサーチは、九州大学大学院薬学府(平井研究室)博士後期課程3年の森山 貴博…

触媒化学との「掛け算」によって展開される広範な研究

前回の記事でご紹介したとおり、触媒化学融合研究センター(触媒センター)では「掛け…

【Q&Aシリーズ❸ 技術者・事業担当者向け】 マイクロ波プロセスのスケールアップについて

<内容>※本セミナーは、技術者および事業担当者向けです。今年に入って全3回に…

「産総研・触媒化学融合研究センター」ってどんな研究所?

2013年に産総研内に設立された触媒化学融合研究センターは、「触媒化学」を中心に据えつつ、他分野と「…

低い電位で多電子移動を引き起こす「ドミノレドックス反応」とは!?

第597回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院総合化学院 有機化学第一研究室(鈴木孝紀研)の…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

開催日:2024/03/06 申込みはこちら■開催概要マテリアルズ・インフォマティクスを…

フッ素の特性が織りなす分子変換・材料化学(CSJカレントレビュー:47)

(さらに…)…

日本薬学会第144回年会「有機合成化学の若い力」を開催します!

卒業論文などは落ち着いた所が多いでしょうか。入試シーズンも終盤に差し掛かり、残すところは春休…

ホウ酸団子のはなし

Tshozoです。暇を見つけては相変わらず毎日ツイッターでネタ探しをしているのですが、その中で下…

活性酸素を効率よく安定に生成できる分子光触媒 〜ポルフィリンと分子状タングステン酸化物を複合化〜

第596回のスポットライトリサーチは、東京大学 大学院工学系研究科(山口研究室)修士課程 2年の山口…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP