[スポンサーリンク]

海外化学者インタビュー

第122回―「分子軌道反応論の教科書を綴る」Ian Fleming教授

[スポンサーリンク]

第122回の海外化学者インタビューは、イアン・フレミング教授です。ケンブリッジ大学の名誉教授であり、有機合成化学全般の様々なテーマに取り組んできました。彼は、有機ケイ素化学を応用して、様々な有機反応の立体化学的制御を行った先駆者として最もよく知られています。それではインタビューをどうぞ。

Q. あなたが化学者になった理由は?

端的な答え:明らかに面白かったからです。しかし、なぜそう感じたのかを見極めるのはもっと困難です。11歳かそこらの時、学校の近くの化学屋さんで買ったブンゼンバーナー、円錐形のフラスコ、ガラス管、漏斗などと、父が金属技師として働いていた時に持って帰ってきた硫酸銅、濃塩酸、硫酸など、いくつかから構成される化学セットを持っていました。ほとんど役に立たないものでしたが。

学校での最初の数年間、化学の授業は当たり前のことばかりに思えました。化学の先生であるTimbrell先生が、学校の公式シラバスが書かれた素晴らしい本を書いており、私はそれを読んで理解し、覚えていました。家ではそれを繰り返し読み、学校ではクラスの後ろに座って、先生が延々と話している間にチェスをしていました。

化学が本当に生き生きとして見えてきたのは、6年生で有機化学の授業をStan Featherstone先生が教えてくれたときでした。放課後に残ってMannとSaundersの教科書にある実験をする許可をくれました。下校してからの時間で約50種類の有機化合物を作りましたが、これは大学の学部生の時に作ったものよりも多いです。早くから実践的な化学者としての経験を積んでいたことになります。

[amazonjs asin=”0582444071″ locale=”JP” title=”Practical Organic Chemistry”]

もう一つ好きだったのは生物学で、自分のキャリアの一部になると十分に期待していたのですが、ケンブリッジで生化学に出会ってすぐ、自分が面白いと思ったのは代謝経路、つまり化学の部分だけだったことに気がつきました。同時に2年目には、まずピーター・サイクスから、続いてマルコム・クラークから有機反応機構を学びました。そしてクリストファー・ロンゲ=ヒギンズからは、分子軌道理論について学びました。化学という科目は満足いく知的構造を持ち始め、私は夢中になりました。

それ以来、特にそれから 4~5 年の間に、自分が持つすべての有機化学の知識を首尾一貫した枠組みに整理できるようになり、これまでにも常に知識を追加してきました。つまり、二つ目の端的な答えは次のようなものです。スタン・フェザーストーン、マルコム・クラーク、クリストファー・ロンゲ=ヒギンズがいたからです。

Q. もし化学者でなかったら、何になりたいですか?またその理由は?

現実的な話をするなら、もちろん化学者に近い職業、つまり生化学者、あるいは医師になりたいと思っていましたが、それでは面白くありません。科学から離れて、自分の能力の範囲内で何かを選ぶなら、フォトジャーナリストになりたいと答えるかもしれません。もし質問の中の「できる」という言葉を、魔法じみた才能を与えられたという意味に取ってよいなら、映画監督と答えるかもしれません。

Q. 現在取り組んでいることは何ですか?そしてそれをどう展開させたいですか?

教科書を書き直しています。ダッドリー・ウィリアムズと共著で書いた「分光法」第6版を完成させて出版しました。今や33 年前に出版した「フロンティア軌道法入門」に代わる 2つの書籍の仕上げをしています(訳注:現在は既に出版されています)。「フロンティア軌道法入門」と同レベルの「学生向け」版・300ページと、より深く学びたい人のために全ての参考文献ともっと多くの素材を盛り込んだ「図書館向け」版・550ページがあります。以前の書籍と同様、数学的な適性はほとんどないが、物理的な方法でこのテーマを理解したいと考える私のような有機化学者のために、数学なしでこのテーマを扱っています。新刊は「Molecular Orbitals and Organic Chemical Reactions」というタイトルであり、フロンティア軌道法はあまり強調されていません。その次の課題は、おそらく自分の書いたさらに古い本「Selected Organic Syntheses」をもう一度見直すことになるでしょう。

[amazonjs asin=”0471263915″ locale=”JP” title=”Selected Organic Syntheses: A Guidebook for Organic Chemists”] [amazonjs asin=”B0842J3D2R” locale=”JP” title=”Spectroscopic Methods in Organic Chemistry (English Edition)”] [amazonjs asin=”4061392506″ locale=”JP” title=”フロンティア軌道法入門 有機化学への応用 (KS化学専門書)”] [amazonjs asin=”0470746599″ locale=”JP” title=”Molecular Orbitals and Organic Chemical Reactions – Student Edition”]

Q.あなたがもし歴史上の人物と夕食を共にすることができたら誰と?またその理由は?

サミュエル・ジョンソンは間違いなく史上最も賢明な人物であり、良い話し相手になるでしょう。とはいえ、他にも多くの名前が思い浮かびます。エリザベス1世ヘンリー・ジェームズヴァージニア・ウルフオーソン・ウェルズシェイクスピアビリー・ワイルダー?なんて凄いディナー・パーティーでしょう!

Q. あなたが最後に研究室で実験を行ったのはいつですか?また、その内容は?

研究後期の同僚の何人かは、私が教えた結晶化法を覚えているかもしれません。失われた芸術のようなものですが、実験とはいえないようにも思います。覚えている最後の実験は、マイク・ウーリアスが開発したインドール合成法が機能することを確認するための予備的作業です。遷移金属を使わずアリールハライドをアミノ基へと置換する過程を含んでいました。バックワルド・ハートウィグ反応よりもずっと前のことです。1973年7月にOxford Synthetic Meetingに行ったとき、エタノール中のベンジルアミンによるエポキシド開環反応を加熱還流したままにしていました。戻ってきてから、エポキシド開環が進行していただけでなく、オルト臭化物の分子内置換も進行していたことを発見しました。

Q.もしあなたが砂漠の島に取り残されたら、どんな本や音楽が必要ですか?1つだけ答えてください。

希望を一つに絞るのはいつも難しいです。長編でなければダメですね。「戦争と平和」とか、シェイクスピアの全集ならいいでしょうか?音楽なら、ベートーベンの四重奏曲がいいですね。

[amazonjs asin=”4334754171″ locale=”JP” title=”戦争と平和1 (光文社古典新訳文庫)”]

Q.「Reactions」でインタビューしてほしい化学者と、その理由を教えてください。

ハーバードのデビッド・エヴァンスです。教育や研究にインスピレーションを与える思考をしているからです。

 

原文:Reactions – Ian Fleming

※このインタビューは2009年7月3日に公開されました。

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 第28回 錯体合成から人工イオンチャンネルへ – P…
  2. 第102回―「有機薄膜エレクトロニクスと太陽電池の研究」Lynn…
  3. 第74回―「生体模倣型化学の追究」Ronald Breslow教…
  4. 第23回「化学結合の自在切断 ・自在構築を夢見て」侯 召民 教授…
  5. 第110回―「動的配座を制御する化学」Jonathan Clay…
  6. 第79回―「高分子材料と流体の理論モデリング」Anna Bala…
  7. 第14回 有機合成「力」でケミカルバイオロジーへ斬り込む - J…
  8. 第27回 生命活動の鍵、細胞間の相互作用を解明する –…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 武田薬品、糖尿病薬「アクトス」に抗炎症作用報告
  2. 光触媒が可能にする新規C-H/N-Hカップリング
  3. タミフルをどう作る?~インフルエンザ治療薬の合成~
  4. クルクミン /curcumin
  5. 有機合成化学協会誌2020年12月号:2H-アジリン・配糖体天然物・リガンド-タンパク質間結合・キラルホスフィンオキシド・トリペプチド触媒・連続フロー水素移動反応
  6. バーチ還元 Birch Reduction
  7. 第99回日本化学会年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part II
  8. 君はPHOZONを知っているか?
  9. 留学せずに英語をマスターできるかやってみた(3年目)
  10. 3Mとはどんな会社? 2021年版

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年10月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP