[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

最近の有機化学注目論文1

[スポンサーリンク]

久々の投稿になります。これまで不定期で、有機化学に関する論文を1つ1つ紹介してきましたが、もう少し多く論文を紹介したいと考えました。そこで、しばらく最近の有機化学分野の注目論文を要点のみ、1つの記事でいくつか紹介する連載を始めることとしました。昨年のものが多いですが、興味が有りましたらぜひ原著論文をお読みください。

【有機反応】PCRT機構を利用した炭素ー炭素開裂反応

Catalytic Ring-Opening of Cyclic Alcohols Enabled by PCET Activation of Strong OH Bonds

Yayla, H. G.; Wang, H.; Tarantino, K. T.; Orbe, H. S.; Knowles, R. R. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 10794. DOI: 10.1021/jacs.6b06517

脱プロトン化を伴う一電子酸化プロセスには、一電子酸化によって生じるラジカルカチオンが脱プロトン化を経てラジカル種になる機構と、先に脱プロトン化を経て生じたアニオン種が一電子酸化されてラジカル種となる機構が存在する。これらに加えて脱プロトン化と一電子酸化が同時に進行するPCET(proton-coupled electron transfer)機構が知られている(Figure 1(a))[1]。一般にPCET 機構は脱プロトン化と一電子酸化が段階的に進行する他の機構よりも速度論的に有利であることが知られている(Figure 1(b))[2]。

2016-10-20_23-32-47

Figure 1. (a) PCET mechanism (b) Kinetic advents of PCET

一方で、アルコキシルラジカルは結合力が強く切断の難しい炭素-炭素結合を切断できることが知られていた(Scheme 1(a))[3]。アルコキシルラジカルは原理上、ヒドロキシ基の酸素-水素結合のホモリシス開裂によって発生させることができる。しかし、ヒドロキシ基の酸素-水素結合は強いため、酸素-水素結合をホモリシス開裂されることは難しく、一般にアルコキシルラジカルの誘起には過酸の利用が必要であった[3]。本論文でプリンストン大学のKnowles らはPCET を利用することでヒドロキシ基から直接アルコキシルラジカル種を発生させることに成功し、炭素-炭素結合の開裂反応へと応用した(Scheme 1(b))。

2016-10-20_23-36-57

Scheme 1. C–C bond cleavage reaction through alkoxy radical

関連論文

  1. Weinberg, D. R.; Gagliardi, C. J.; Hull, J. F.; Murphy, C. F.; Kent, C. A.; Westlake, B. C.; Paul, A.; Ess, D. H.; McCafferty, D. G.; Meyer, T. J. Chem. Rev. 2012, 112, 4016. DOI:10.1021/cr200177j
  2. (a) Mayer, J. M.; Rhile, I. J. Biochim. Biophys. Acta, Bioenerg. 2004, 51, 1655. (b)Tarantino, K. T.; Liu, P.; Knowles, R. R. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 10022. DOI:10.1021/ja404342j
  3.  Kochi, J. K. J. Am. Chem. Soc. 1962, 84, 1193. DOI: 10.1021/ja00866a026

【有機反応・有機金属反応・不斉反応】銅触媒によるエナンチオ選択的アリルーアリルカップリング反応

Copper-Catalyzed Enantioselective Allyl–Allyl Coupling between Allylic Boronates and Phosphates with a Phenol/N-Heterocyclic Carbene Chiral Ligand

Yasuda, Y.; Ohmiya, H.; Sawamura, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 10816. DOI: 10.1002/anie.201605125

1,5-ジエンは生理活性分子に頻繁にみられる骨格であり、他の官能基への変換が容易な合成中間体としても重宝される。1,5-ジエン骨格の直接的な構築法としてアリル求核剤とアリル求電子剤を用いるアリル–アリルカップリングが挙げられるが、2 つのアリルの反応位置および立体の制御には困難を伴う。

本論文で、北海道大学の澤村らは、アリルボロン酸エステルとZ-アリルリン酸エステルを基質に用いた銅触媒によるエナンチオ選択的なアリル-アリルカップリングを開発した。本反応では独自に合成したフェノール部位を有するN-ヘテロ環状カルベンを配位子に用いることで、γ 位選択的かつ高エナンチオ選択的なカップリングを実現している。これまでに報告されているエナンチオ選択的なアリル-アリルカップリングはE 体のアリル求電子剤を基質に用いており、本反応はZ 体のアリル求電子剤を用いることができる初めての報告例である。

2016-10-20_23-43-06

【高分子】チオイミダート触媒を利用した迅速かつ選択的な開環重合

“Fast and selective ring-opening polymerizations by alkoxides and thioureas”

Zhang, X.; Jones, G. O.; Hedrick, J. L.; Waymouth, R. M. Nature Chem. 2016, 8, 1047–1053. DOI: 10.1038/nchem.2574

乳酸のポリマーであるポリ乳酸は、フィルム、シート、不織布などの成形され、包装材料、衣料などに利用されている。ポリマー合成においては、ポリマーの伸張速度が速く、構造が制御され、分子量分布が狭いことが求められる。

ポリ乳酸の合成法として触媒を用いたラクトンの開環重合がある。従来の開環重合法では、ポリマー伸張速度の遅さや構造制御の不完全さによる分子量分布の広さが課題となっており、両者を同時に解決する反応の開発が求められている。そこで、スタンフォード大のWaymouthらは、これまで報告したチオウレアアミンを改良し、反応系中で発生させたチオイミダートを触媒に用いることでラクトンの開環重合におけるポリマー伸張速度と構造制御・分子量分布の狭さの両立を実現した。

ポリマー末端に存在するチオイミダートがモノマーのエステル交換反応やエピマー化を抑えてラクチドを活性化することで、分子量分布が1.2程度と狭くisotactic構造のポリ乳酸を迅速合成することを可能とした。

2016-10-20_23-48-46

 

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. JSRとはどんな会社?-2
  2. 2011年イグノーベル賞決定!「わさび警報装置」
  3. マテリアルズ・インフォマティクスの基礎知識とよくある誤解
  4. 2007年度ノーベル化学賞を予想!(2)
  5. 在宅となった化学者がすべきこと
  6. 少量の塩基だけでアルコールとアルキンをつなぐ
  7. 「超分子重合によるp-nヘテロ接合の構築」― インド国立学際科学…
  8. ルドルフ・クラウジウスのこと② エントロピー150周年を祝って

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. アカデミックから民間企業への転職について考えてみる 第2回
  2. ノーベル化学賞、米・イスラエルの3氏に授与
  3. Pfizer JAK阻害薬tofacitinib承認勧告
  4. 日化年会に参加しました:たまたま聞いたA講演より
  5. 渡邉 峻一郎 Shun Watanabe
  6. ちょっとした悩み
  7. こんなのアリ!?ギ酸でヒドロカルボキシル化
  8. 第45回―「ナノ材料の設計と合成、デバイスの医療応用」Younan Xia教授
  9. 水分子が見えた! ー原子間力顕微鏡を用いた水分子ネットワークの観察ー
  10. チャン転位(Chan Rearrangement)

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年2月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728  

注目情報

最新記事

5/15(水)Zoom開催 【旭化成 人事担当者が語る!】2026年卒 化学系学生向け就活スタート講座

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。化学業界・研究職でのキャリ…

フローマイクロリアクターを活用した多置換アルケンの効率的な合成

第610回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)に在籍されていた江 迤源…

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP