[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

「同時多発研究」再び!ラジカル反応を用いたタンパク質の翻訳後修飾

[スポンサーリンク]

タイトルで完全にネタバレですが、少し前にScience誌にラジカル反応を用いたタンパク質の翻訳後修飾についての論文が同時に2報発表されました。

A chemical biology route to site-specific authentic protein modifications

Yang, A.; Ha, S.; Ahn, J.; Kim, R.; Kim, S.; Lee, Y.; Kim, J.; Söll, D.; Lee, H.-Y.; Park, H.-S. Science, 2016, 354, 623. DOI: 10.1126/science.aah4428

Posttranslational mutagenesis: A chemical strategy for exploring protein side-chain diversity

Wright, T. H.; Bower, B. J.; Chalker, J. M.; Bernardes, G. J. J.; Wiewiora, R.; Ng, W.-L. L.; Raj, R.; Faulkner, S.; Vallée, M. R.; Phanumartwiwath, A.; Coleman, O. D.; Thézénas, M.-L. L.; Khan, M.; Galan, S. R. R.; Lercher, L.; Schombs, M. W.; Gerstberger, S.; Palm-Espling, M. E.; Baldwin, A. J.; Kessler, B. M.; Claridge, T. D.; Mohammed, S.; Davis, B. G. Science 2016, 354. DOI: 10.1126/science.aag1465

以前にもケムステでは同じような「同時多発研究」を紹介していますが(C-CN結合活性化を介したオレフィンへの触媒的不斉付加超一流化学者の真剣勝負が生み出した丸かぶり論文)、この手の話を聞くと毎回ぞっとしますね。さて早速ですが内容に移っていきましょう。

人工的なタンパク質の翻訳後修飾法

タンパク質はDNAからRNAへの転写、RNAからの翻訳により合成されます。その後合成されたタンパク質は、糖鎖付加やリン酸化、メチル化などの化学的な修飾が施されることで、タンパク質に機能を付与したり、活性調節を行ったりします。これを翻訳後修飾と言います。

このように生命現象に深く関与している翻訳後修飾の研究は盛んに行われており、とりわけ翻訳後修飾タンパク質の合成が、生化学的な手法、合成化学的な手法を用いて行われています1。しかしながら現在までに合成できる翻訳後修飾タンパク質は限定的です。

デヒドロアラニンを経由した化学的修飾法

例えば、翻訳後修飾タンパク質の合成法における一つの大きな流れとして、デヒドロアラニン(Dha)を経由したタンパク質への化学的修飾法が挙げられます。すなわちシステインやセリンなどをDhaに誘導後、種々の求核剤を作用させることで、人工的に翻訳後修飾されたタンパク質が合成できます。しかしながら問題点として、求核剤の多くがチオールであり、反応後には必ずチオエーテル部位が残ってしまいます。そのため、自然界で見られるようなnativeな翻訳後修飾を再現することができません。

デヒドロアラニンとチオールとのマイケル付加反応による翻訳後修飾タンパク質の合成 (ref 2の図より引用)

二つのグループが取った戦略-デヒドロアラニンに対するラジカル反応を用いたC–C結合形成!

従来法では合成困難であったnativeな翻訳後修飾を達成すべく立ち上がったのは、KAISTのProf. ParkとProf. Lee、そしてYale大学のProf. Söllがタッグを組んだグループと、デヒドロアラニンを経由したタンパク質の翻訳後修飾法の開発で著名なオックスフォード大学のDavisらのグループです。

そして奇しくも2グループともデヒドロアラニンに対するラジカル反応を用いたC–C結合形成というアプローチを採用しました。本手法を用いれば反応後に不要なチオエーテル結合が残りません。以下に今回の2グループが行った方法の全体像を示します。

二つのグループが行った方法の全体像。それぞれの条件は異なるものの戦略は全く同じ (ref 3の図より引用)

デヒドロアラニン合成に関してはDavisらは独自に開発した方法を、Parkら合同チームはホスホセリンに塩基を作用させる方法を採用しています。このデヒドロアラニン合成に関してはこれまでに種々の報告がなされているため、今回は説明をこちらの総説2に任せて、詳細は割愛させてもらいます。

さてラジカル反応の条件に関してです。Davisらはデヒドロアラニンに対してZnとヨウ化アルキルを作用させたところ、予想通りC–C結合形成反応が進行しました。しかしながら副生成物としてジアルキル化および酸素と反応して生成したと考えられる物が得られてしまいます(下図参照)。そこで種々検討した結果、ラジカル発生剤をZnからNaBH4に変更し、反応をグローブボックス内において行うことで綺麗に反応が進行することがわかりました。相当な条件検討があったことが伺い知れますね。それに対してParkら合同チームはNaBH4の代わりにZnと酢酸銅を合わせ用いることでラジカル反応が良好に進行することを見出しました。

Davisらの方法で得られた副生成物 (Supporting Informationより引用)

どちらの方法が有用なのか

さて、結局のところどちらの方法が優れているのでしょうか?Davisらは見出した方法で合計8種類の翻訳後修飾されたタンパク質の合成をおこなっており、一方、Parkら合同チームは3種類のタンパク質を合成しています。合成した数だけで言えばDavisらに軍配が上がりますが、それだけでどちらが優れているというのを判断するのは難しいですね。しかし一つ言えることは、これら二つの方法を用いることで、我々は10種類ものタンパク質に対して翻訳後修飾することが可能になったということです。

今回の手法で合成した翻訳後修飾タンパク質 (ref 3の図より引用)

 

おわりに

途中で気づいた方も多いかもしれませんが、今回の記事の図はBodeらによる解説記事3から多く引用させていただきました。より詳細な内容が気になる方はこのBodeらによる解説記事および原著論文を合わせて読んでみていただけたらと思います。

今回紹介した人工的なタンパク質の翻訳後修飾法を用いることで、さらなる生命現象の解明がなされることを期待したいです。と思うのと同時に、このような「同時多発研究」で競り負けないように実験がんばろう!と思いました。

という感じでこの記事を締めたいと思います。

 

参考文献

  1.  Genetic code expansion: Noren, C. J.; Anthony-Cahill, S. J.; Griffith, M. C.; Schultz, P. G. Science1989244, 182. DOI: 10.1126/science.2649980 Protein synthesis: Dawson, P. E.; Muir, T. W.; Clark-Lewis, I.; Kent, S. B. Science, 1994, 266, 776. DOI: 10.1126/science.7973629 Chemical mutagenesis: Simon, M. D.; Chu, F.; Racki, L. R.; de la Cruz, C. C.; Burlingame, A. L.; Panning, B.; Narlikar, G. J.; Shokat, K. M. Cell, 2007,128, 1003. DOI: 10.1016/j.cell.2006.12.041
  2. Chalker, J.; Gunnoo, S.; Boutureira, O.; Gerstberger, S.; Fernández-González, M.; Bernardes, G.; Griffin, L.; Hailu, H.; Schofield, C.; Davis, B. Chem Sci, 2011, 2, 1666. DOI: 10.1039/c1sc00185j
  3. Hofmann, R.; Bode, J. W. Science, 2016, 354, 553. DOI: 10.1126/science.aai8788

Avatar photo

goatfish

投稿者の記事一覧

専門は有機化学です。有機合成と運動さえできればもう何もいりません。

関連記事

  1. 顕微鏡で有機化合物のカタチを決める!
  2. 和製マスコミの科学報道へ不平不満が絶えないのはなぜか
  3. アルデヒドを分液操作で取り除く!
  4. エチレンをつかまえて
  5. 次世代の二次元物質 遷移金属ダイカルコゲナイド
  6. アジドの3つの窒素原子をすべて入れる
  7. 触媒量の金属錯体でリビング開環メタセシス重合を操る
  8. シクロデキストリンの「穴の中」で光るセンサー

注目情報

ピックアップ記事

  1. エッセイ「産業ポリマーと藝術ポリマーのあいだ」について
  2. チェーンウォーキングを活用し、ホウ素2つを離れた位置へ導入する!
  3. キャリー・マリス Kary Banks Mullis
  4. MSI.TOKYO「MULTUM-FAB」:TLC感覚でFAB-MS測定を!(1)
  5. 二酸化炭素をはきだして♪
  6. 多価不飽和脂肪酸による光合成の不活性化メカニズムの解明:脂肪酸を活用した光合成活性の制御技術開発の可能性
  7. たったひとつのたんぱく質分子のリン酸化を検出する新手法を開発
  8. 出張増の強い味方!「エクスプレス予約」
  9. 2007年文化勲章・文化功労者決定
  10. 【消臭リキ】マッチでトイレで消臭トライ 

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年2月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728  

注目情報

最新記事

第42回メディシナルケミストリーシンポジウム

テーマAI×創薬 無限能可能性!? ノーベル賞研究が拓く創薬の未来を探る…

山口 潤一郎 Junichiro Yamaguchi

山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう、1979年1月4日–)は日本の有機化学者である。早稲田大学教授 …

ナノグラフェンの高速水素化に成功!メカノケミカル法を用いた芳香環の水素化

第660回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院理学研究科(有機化学研究室)博士後期課程3年の…

第32回光学活性化合物シンポジウム

第32回光学活性化合物シンポジウムのご案内光学活性化合物の合成および機能創出に関する研究で顕著な…

位置・立体選択的に糖を重水素化するフロー合成法を確立 ― Ru/C触媒カートリッジで150時間以上の連続運転を実証 ―

第 659回のスポットライトリサーチは、岐阜薬科大学大学院 アドバンストケミストリー…

【JAICI Science Dictionary Pro (JSD Pro)】CAS SciFinder®と一緒に活用したいサイエンス辞書サービス

ケムステ読者の皆様には、CAS が提供する科学情報検索ツール CAS SciFind…

有機合成化学協会誌2025年5月号:特集号 有機合成化学の力量を活かした構造有機化学のフロンティア

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年5月号がオンラインで公開されています!…

ジョセップ・コルネラ Josep Cornella

ジョセップ・コルネラ(Josep Cornella、1985年2月2日–)はスペイン出身の有機・無機…

電気化学と数理モデルを活用して、複雑な酵素反応の解析に成功

第658回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 農学研究科(生体機能化学研究室)修士2年の市川…

ティム ニューハウス Timothy R. Newhouse

ティモシー・ニューハウス(Timothy R. Newhouse、19xx年xx月x日–)はアメリカ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP