[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

システインから無機硫黄を取り出す酵素反応の瞬間を捉える

[スポンサーリンク]

新年第一回目、第133回のスポットライトリサーチは、埼玉大学理工学研究科(高橋 康弘教授) 藤城 貴史 助教を紹介します。

藤城助教が研究をされている分子統御研究室(高橋研究室)では主に、鉄硫黄クラスターに関する研究が行われています。

鉄硫黄クラスターをもつタンパク質は、生体における酸化還元(電子伝達)反応に関与するのみでなくLewis酸やラジカル反応に関与するものとして働くなど、生命活動に極めて重要な役割を果たすことが知られています。その生合成機構を解明することは、生命活動の理解や生命化学の進展に大きく寄与すると考えられ、世界中で研究が行われています。

藤城助教らは今回、鉄硫黄クラスターの生合成系のひとつ『SUF-likeマシナリー』の理解への道を拓く研究成果を発表されました。

Fujishiro, T., Terahata, T., Kunichika, K., Yokoyama, N., Maruyama, C., Asai, K., Takahashi, Y.

”Zinc-ligand swapping mediated complex formation and sulfur transfer between SufS and SufU for iron-sulfur cluster biogenesis in Bacillus subtilis”

J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 18464  DOI: 10.1021/jacs.7b11307

本研究はプレスリリースとしても発表されています。そこで第一著者である藤城助教にインタビューを行わせていただきました。

高橋教授からのコメントおよび原著論文も合わせ、インタビューをお楽しみください。

藤城さんには3年前に、埼玉大学の私の研究室に、初の助教として参加していただきました。私とは研究のバックグラウンドは異なるものの、研究への興味や対象が共通しています。また、サイエンスに向かう姿勢や考え方、発想の柔軟さ、逆境にめげないタフさなどを持ち合わせており、異分野交流により生まれる新たな風を期待しました。今回の研究は、まさにそれが実を結んだ形で、私にとっては“目からウロコ”のすばらしい成果となりました。今後も、研究・教育に情熱を注ぎ、新たな道を切り拓いて行ってくれることを期待しています。

高橋 康弘

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?

 

必須金属補因子”鉄硫黄クラスター”の生合成系のひとつ「SUF-likeマシナリー」(図1)のシステイン脱硫酵素SufSと、硫黄運搬を担うZn含有タンパク質SufUが会合した「SufS-SufU複合体」(図2)、ならびに硫黄の授受における反応中間体のX線結晶構造解析に成功しました。SufU単独では、41番目のシステイン残基(Cys41)はZnの配位子のひとつですが、SufSと複合化することによって、SufSの342番目のヒスチジン残基(His342)とswapping(配位子置換)してフリーとなり(図2)、SufSからの無機硫黄をCys41-persulfide(SufU-SSH)の形で受け取ることが可能となります(図1、2、3)。本研究は、「Zn-CysからZn-Hisへの配位子交換を酵素反応開始のトリガー」とする非常にユニークな例であり、その生理学的な意味や、比較的安定なZn-Cys結合がHisと置換するdriving forceについてなど、生物学・化学のどちらの観点からも興味を引く内容となっています。

図1. SUF-likeマシナリーによる鉄硫黄クラスター生合成.太い矢印は、枯草菌ゲノム上のSUF-likeマシナリー成分をコードする遺伝子クラスター(sufCDSUB)を示す.またSUF-likeマシナリーによる鉄硫黄クラスター生合成では,SufSとSufUが無機硫黄の供給,SufBCDが鉄硫黄クラスター組み立てを担う.

図2. SufS-SufU複合体の全体構造と,SufS-SufU複合化におけるSufUのZnの配位子のswapping.SufUのCys41が外れ,代わりにSufSのHis342がZnに結合する.

図3. SufS-SufU複合体の境界面における無機硫黄の輸送ルート.SufSのPLP部位からSufSのCys361を経由して,SufUのCys41まで無機硫黄が渡される.

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

タンパク質の結晶化は、サンプルの鮮度が命ですので、SufS、SufU2つのタンパク質をそれぞれ別々に精製して複合化させたのち、結晶化スクリーニングまでの工程を1日以内にすべて終わらせるようにしました。また、反応中間体の構造解析のための結晶内酵素反応を行うときは、非常に脆いタンパク質の微小結晶を扱うため、丁寧に素早く操作を行いました。全体的に、集中力と体力、そして繊細さが、この種の実験では常に大事だと思います。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本研究は、生物学と化学のいわゆる”境界領域”ですので、論文にするときのストーリーが非常に大事になります。例えば、我々の分野の場合は、化学系では”too biological”、生物系では”artifact” または “not biologically relevant”とか言われてしまいます。今回は化学系の雑誌でしたので、タンパク質の構造の図(cartoonとribbonの図)だけでなく、酵素反応のデータを追加したり、ChemDrawで描くような反応機構の図を足したりして、対応しました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

現在、私は分子生物学科に所属し、研究・教育活動を行っています。「分子レベルで生命現象を理解する」のが当学科のコンセプトでありますが、そこに加えて「生物が生み出す分子自身の面白さ」もまた、学生たちに伝わるような教育・研究を目指していきたいです。また、生物と化学の境界領域でいつも感じるのが、生物は我々の想像を超えるような分子を利用し、ユニークな活動(反応)を行っているということです。近年のゲノムサイエンスなどの発展などにより、潜在的に有用なバイオリソースがまだまだ多く存在することが示唆されています。化学だけでなく生物学の手法も交えながら、それらを探索して分子レベルで仕組みを理解し、生命化学の発展に貢献していけたらと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

日本最大の化学ポータルサイトChem-Stationに我々の研究を取りあげていただき、大変嬉しく思っています。私は元々化学を専攻し、ポスドクで生物系の研究環境に移ったのがきっかけで、現在に至ります。学生時代には全く予期してなかった道を進んでいますが、そういう“縁”のようなものは不思議で、かつ、とても大事なものだと日々感じます。研究は結局のところ人間が行う活動である以上、(研究の結果にはもちろん厳しくですが)人と人との縁も忘れず、楽しんで研究に励みましょう。

最後に、本研究を進めるにあたり、多くのご指導ご助言をいただきました高橋康弘先生に、この場をお借りして深く感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:藤城貴史

所属:埼玉大学 理学部分子生物学科 分子統御研究室(高橋研究室) 助教
研究テーマ:金属タンパク質、金属コファクター生合成
専門:生物無機化学、構造生物学、酵素学、構造ゲノム学

めぐ

投稿者の記事一覧

博士(理学)。大学教員。娘の育児に奮闘しつつも、分子の世界に思いを馳せる日々。

関連記事

  1. 光で水素を放出する、軽量な水素キャリア材料の開発
  2. 有機色素の自己集合を利用したナノ粒子の配列
  3. 糖のC-2位アリール化は甘くない
  4. 「もはや有機ではない有機材料化学:フルオロカーボンに可溶な材料の…
  5. 特許にまつわる初歩的なあれこれ その2
  6. ナノ粒子応用の要となる「オレイル型分散剤」の謎を解明-ナノ粒子の…
  7. アミドをエステルに変化させる触媒
  8. 実験白衣を10種類試してみた

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 根岸 英一 Eiichi Negishi
  2. 二酸化炭素 (carbon dioxide)
  3. 触媒的不斉交差ピナコールカップリングの開発
  4. 第三級アミン酸化の従来型選択性を打破~Auナノ粒子触媒上での協奏的二電子一プロトン移動~
  5. 基礎有機化学討論会開催中
  6. 日本精化ってどんな会社?
  7. サイエンスアゴラ参加辞退のお知らせ
  8. サムスン先端研恐るべし -大面積プリンタブルグラフェンの合成-
  9. ヘル・フォルハルト・ゼリンスキー反応 Hell-Volhard-Zelinsky Reaction
  10. ケムステ記事ランキングまとめ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年1月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

フローマイクロリアクターを活用した多置換アルケンの効率的な合成

第610回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)に在籍されていた江 迤源…

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP