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化学者のつぶやき

唾液でHIV検査が可能に!? 1 attoモル以下の超高感度抗体検出法

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スタンフォード大学のCarolyn R. Bertozzi教授らは、抗体を高感度で検出する手法(Agglutination-PCR; 凝集PCR法)を開発し、唾液中にごく微量しか存在しないHIV抗体を高感度で検出することに成功しました。

“Antibody detection by agglutination–PCR (ADAP) enables early diagnosis of HIV infection by oral fluid analysis”

Tsai, C. T.; Robinson, P. V.; Cortez, F. J.; Elma, M. L. B.; Seftel, D.; Pourmandi, N.; Pandori, M. W.; Bertozzi, C. R. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 2018. DOI: 10.1073/pnas.1711004115

1. HIVとは?

(出典:アメリカ合衆国保健福祉省 AIDSinfoより。)

HIV(human immunodeficiency virusは、ヒトの免疫細胞に感染するウイルスです。HIVによる免疫系の破壊が進むと、普段は感染しない病原体への抵抗力がなくなり、さまざまな病気を発症してしまうエイズとよばれる状態になります。現在では治療薬の開発が進められ、昔のように「エイズ=死に至る病気」というわけではなくなってきていますが、潜伏期間が5〜10年と長いため、感染しているのに気づかず他人にうつしてしまうリスクがとても高いです。

では、HIV感染の有無をどうやって調べるかというと、現在の主流は血液検査です。HIVに感染すると、体の中で抗体が作られるため、血液サンプルに含まれるHIV抗体の量を調べることで、HIVに感染しているかどうかがわかります。ただ、一般人にとって、血液検査は皮膚パッチテストや唾液検査よりもハードルが高く、気軽に検査ができません。またアフリカ地域では、エイズは今でも主要な死亡原因の一つですが、衛生管理の行き届いていない環境では注射器を用いた血液検査はリスクを伴います。

もし、唾液中に含まれるHIV抗体を検出することができれば、もっと安全で簡便なHIV検査が可能になります。ただ、唾液中にはHIV抗体がごく微量しか存在しないので、酵素免疫測定(EIA)のような従来の手法では検出することが困難です。

そこで、Bertozzi教授らは、抗体の凝集反応とPCRによるDNAの増幅を組み合わせたAgglutination–PCR(凝集PCR[1] という手法を開発し、唾液中にわずかに存在するHIV抗体の検出を行いました。

2. Agglutination–PCR法の仕組み

測定手順は以下の通りです。(図1b, c)

  1. 抗原となるHIVタンパクに一本鎖DNAを結合させた抗原-DNA接合体を用意する(図1b)。
  2. 抗体量を測定したいサンプルと混ぜる。→ 抗原と抗体が反応。
  3. 架橋DNAとDNAリガーゼを添加する。→ 一つなぎのDNAができる。
  4. プライマーとDNAポリメラーゼを添加する。→ DNAの増幅
  5. 定量PCR法により、増幅されたDNAの量を測定。

図1. Agglutination–PCR法の仕組み。

この手法では、5’側と3’側の半分に分けられたDNA(図1b)が、架橋DNAとDNAリガーゼの働きによって修復されることで、増幅可能なフルサイズのDNAが形成されるようになっています。片側のDNAだけでは、プライマーの結合部位が片側しか存在しないため、DNAは増幅されません。測定サンプル中に存在する抗体の助けによって抗原-DNA接合体同士が架橋され、フルサイズのDNAが形成されることによってのみ、PCRでのDNA増幅が可能になります。

3. 臨床サンプルのHIV抗体測定

まず、精製済みのHIV抗体を様々な濃度に希釈し、測定を行ったところ、各種HIVタンパク(p24, gp41, gp160)に対する抗体を、それぞれ110, 880, 550 zeptomol (10-21モル)の感度で検出できることが確認されました。

そこで、彼女らは実際の唾液サンプルを用いてHIV抗体測定を行いました。図2は、各種のHIVタンパク(p24, gp41, gp120, gp160)を抗原として用いた場合の定量PCR(qPCR)の結果を示しています。qPCRにおいて、Ct値はDNAが一定の増幅量に達するのにかかったサイクル数を意味します。ここでのy軸は、ブランクと測定サンプルとのCtの差(ΔCt)を示しており、値が大きいほどHIV抗体の検出量が多いことになります。グラフから分かるように、いずれのHIVタンパクを用いた場合にも、HIV陽性・陰性のサンプルにはっきりとした違いが見られています(P < 0.05)。

図2. Agglutination–PCR による臨床サンプルのHIV抗体測定。白丸・黒丸はそれぞれEIA法によるHIV陽性・陰性のサンプルを示している。(論文より)

また、既存の手法(EIA法)でHIV陽性・陰性の判断が可能なサンプルだけでなく、従来の唾液検査では感染の有無が分からないサンプルについても、Agglutination–PCRによる測定を行いました。ここで用いられたサンプルは、EIA法による唾液検査で高めの値を示しつつも陽性の基準に達しなかったもので、HIV感染初期の抗体がまだ少ない段階である可能性があります。

Agglutination–PCR法で8サンプルを測定したところ、6サンプルが陽性と判断されました。さらに、そのうち血液サンプルが入手可能であった1つについて血中抗体測定を行うと、Agglutination–PCR法と同じようにHIV陽性という結果が出ました。このことから、彼女らの手法は従来の唾液検査では診断が難しい初期のHIV感染も検知できる可能性があると考えられます。

4. おわりに

今回紹介したAgglutination–PCR法では、たった1 µLのサンプルからzepto(10-21)〜atto(10-18)モルの抗体を検出することができます。抗体測定は、HIV感染だけでなく1型糖尿病や甲状腺ガンの診断においても重要なので、今後広く応用が進められることが期待されます。

関連リンク

参考文献

  1. Tsai, C.-t.; Robinson, P. V.; Spencer, C. A.; Bertozzi, C. R. ACS Cent. Sci. 2016, 2, 139.  DOI: 10.1021/acscentsci.5b00340

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kanako

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アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

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