[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

抽出精製型AJIPHASE法の開発

[スポンサーリンク]

2017年、味の素社の高橋大輔らは、ペプチド液相合成法であるAJIPHASE法にさらなる改良を加え、沈殿精製の代わりに、抽出精製を用いてone-potでペプチド合成を行える手法を開発した。

“AJIPHASE: A Highly Efficient Synthetic Method for One-Pot Peptide Elongation in the Solution Phase by an Fmoc Strategy”
Takahashi, D.*; Inomata, T.; Fukui, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 7803-7807. doi:10.1002/anie.201702931

問題設定

AJIPHASE法とは、ペプチドC末に長鎖アルキルアンカー分子を接続することで低極性有機溶媒中での縮合→脱保護後に極性溶媒添加による沈殿精製を可能とし、ペプチド鎖を液相で繰り返し伸長させる手法である[1-3]。手順が簡便である固相合成法のメリットと、試薬使用量が少なくてすむ液相合成法のメリットの両方を兼ね備えた特長を持つ。
以前のAJIPHASE法では、沈殿精製過程の溶媒にクロロホルムなど、環境負荷の高いハロゲン系溶媒を用いる必要があった。このため代替法として抽出精製法が検討されてきた。しかしながら伸長中のペプチド中間体の溶解度が悪い場合、抽出が不完全になる問題があり、実用的な手法にはなっていなかった。

汎用性の高い抽出精製型AJIPHASE法を開発するためには、以下の2点を解決する必要があった。

  1. 伸長中のペプチド中間体を完全に有機溶媒に溶解させる
  2. 副生成物を完全に水層に移動させ、取り除けるようにする

技術や手法の肝

著者らは本論文で上記①②の問題解決を成し遂げ、冒頭アイキャッチ画像のような改良型AJIPHASE法の開発に成功した。

問題①について

従来型AJIPHASE法では下図13のような直鎖アルキル型アンカー分子を用いていたが、長鎖ペプチドや疎水性ペプチドであれば有機溶媒に完全に溶解するものの、溶液の粘度が増すことによって抽出が不完全になる場合があった。そこで下図右に示すような新たなアンカー分子45を開発することで解決した。アンカー分子のアルキル鎖部位に枝分かれ構造を導入することで、疎水性を上げるとともに溶液粘度の上昇を防ぎ、抽出が容易になる。

問題②について

Fmoc基除去工程で生じるジベンゾフルベン(DBF)や、用いられる塩基が取り除けない場合、後続変換での副反応が懸念される。定法で用いられるピペリジンやジエチレントリアミンではDBFを完全に捕らえることができないため、有機層に多くのDBFが残ってしまう。また、酸性水溶液で洗浄した場合、ペプチドN末端がプロトン化されてエマルジョン化が引き起こされ、抽出が不完全になってしまう。そこでカルボン酸部分とチオールを併せもつ試薬(チオリンゴ酸・メルカプトプロピオン酸など)をDBFスカベンジャーとして用い、塩基性水溶液で洗浄を行なうプロトコルを確立することで解決した。

主張の有効性検証

①アンカー分子の有機溶媒への溶解性

直鎖アンカー12、分岐鎖アンカー45について、クロロホルム、酢酸エチル、シクロペンチルメチルエーテル、トルエンへの溶解性を比較したところ、45の溶解度のほうが数十倍~数千倍高いことが分かった。
さらに、アンカー14を用い、疎水性ペプチドFmoc-Val-Gly-Gly-Val-OHを抽出型AJIPHASE法でそれぞれ合成したところ、アンカー1を用いた場合は4残基目との縮合時に不溶物質が確認されたが、アンカー4を用いた場合は完全に均一な溶液のままであった。

②Fmoc脱保護における副生成物の除去

Fmocの脱保護に、DBUとMpaまたはチオリンゴ酸を用い、塩基性水溶液で洗浄したところ、DBFと塩基の付加体が容易に得られ、水層に除かれることが確認された。

③長鎖ペプチド合成への応用

10残基ペプチドであるDegarelixと、20残基ペプチドであるBivalirudinの合成を、本改良型AJIPHASE法を用いてone-potで達成している。Degarelixは収率85%・純度89%、Bivalirudinは収率73%・純度84%で得られた。また、溶媒として非ハロゲン系溶媒のシクロペンチルメチルエーテル(CPME)を用いても合成可能であり、従来の液相法の1/10の溶媒量で反応を行うことも可能であった。

 

議論すべき点

  • ハロゲン溶媒を使わずにペプチドが合成可能と論文中では述べられているが、DegarelixやBivalirudinの合成はクロロホルムを溶媒として用いて行われている。完全にハロゲン溶媒を回避することのは、収率や純度を考慮するとまだ難しいというのが実情かもしれない。

次に読むべき論文は?

  • 液相法でペプチド合成を行い抽出精製を行っている例として、フルオラス抽出型プロトコルを用いている事例がある[4]。

参考文献

  1. Takahashi, D.; Yamamoto, T. Tetrahedron Lett. 2012, 53, 1936. doi:10.1016/j.tetlet.2012.02.006
  2. Takahashi, D.; Inomata, T. J. Pept. Sci. 2012, 18, S35.
  3. Takahashi, D.; Yano, T.; Fukui, T. Org. Lett. 2012, 14, 4515. DOI: 10.1021/ol302002g
  4. Mizuno, M.; Miura, T.; Goto, K.; Hosaka, D.; Inazu, T. Chem. Commun. 2003, 972. doi: 10.1039/B300682D

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. ジンチョウゲ科アオガンピ属植物からの抗HIV活性ジテルペノイドの…
  2. 市民公開講座 ~驚きのかがく~
  3. 映画007シリーズで登場する毒たち
  4. 自宅での仕事に飽きたらプレゼン動画を見よう
  5. 【3/10開催】 高活性酸化触媒の可能性 第1回Wako有機合成…
  6. 大学入試のあれこれ ②
  7. 有機化学者のラブコメ&ミステリー!?:「ラブ・ケミスト…
  8. 社会に出てから大切さに気付いた教授の言葉

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 4-メルカプト安息香酸:4-Mercaptobenzoic Acid
  2. 中外製薬、抗悪性腫瘍剤「エルロチニブ塩酸塩」の製造販売承認を申請
  3. 可視光で働く新しい光触媒を創出 -常識を覆す複合アニオンの新材料を発見-
  4. 第72回―「タンパク質と融合させた高分子材料」Heather Maynard教授
  5. 新たな環状スズ化合物の合成とダブルカップリングへの応用
  6. 日本プロセス化学会2023ウィンターシンポジウム
  7. 素材・化学で「どう作るか」を高度化する共同研究拠点、産総研が3カ所で整備
  8. 表裏二面性をもつ「ヤヌス型分子」の合成
  9. 化学企業のグローバル・トップ50が発表【2021年版】
  10. in-situ放射光X線小角散実験から明らかにする牛乳のナノサイエンス

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年5月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

5/15(水)Zoom開催 【旭化成 人事担当者が語る!】2026年卒 化学系学生向け就活スタート講座

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。化学業界・研究職でのキャリ…

フローマイクロリアクターを活用した多置換アルケンの効率的な合成

第610回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)に在籍されていた江 迤源…

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP