[スポンサーリンク]

一般的な話題

スポンジシリーズがアップデートされました。

[スポンサーリンク]

ケムステ読者の方々の多くはプロトンスポンジ®(メルクアルドリッチの商標)(Wikipediaにリンク)なるものを聞いたことがあると思います。1,8‐ビス(ジメチルアミノ)ナフタレンは、近接した2つのアミノ基によってプロトンを強く捕捉する能力をもっています。このような効果から『プロトンスポンジ』と呼ばれています。同様のコンセプトをもとに、『ヒドリドスポンジ』なる1,8-ナフタレンジイルビス(ジメチルボラン)も開発されております。こちらは、近接した2つのボリル基がヒドリドを強く捕捉できる能力をもった分子になります。

さて、今回はそのスポンジシリーズに新たなものが加わりました。その名も『シアニドスポンジ』、そして『ヒドラジンスポンジ』です。その名の通りシアニド(CN)もしくはヒドラジン(N2H4)を強く補足する能力をもった分子です。少し前の論文にはなりますが、以下に詳細を述べたいと思います。

”Large-bite diboranes for the μ(1,2) complexation of hydrazine and cyanide”

Chena C.-H.; Gabbaï, F. P. Chem. Sci. 2018, 9, 6210-6218 , DOI: 10.1039/c8sc01877d

論文の概要

テキサスA&M大学のGabbaï教授らは、シアニドもしくはヒドラジンを強く捕捉する分子である『シアニドスポンジ』もしくは『ヒドラジンスポンジ』を合成した。具体的には図1に示した2つの構造をもった化合物である。

  1. ビフェニレンの1,8位に2つのジメスチルボランを持った構造のホスト性化合物1
  2. トリプチセンの1,8位に2つのジメスチルボランを持った構造のホスト性化合物2

図1. プロトンスポンジ、ヒドリドスポンジ、および本論文にて合成されたスポンジ分子

これらの化合物は、ゲスト分子としてシアニドアニオンもしくはヒドラジンを強く捕捉する能力をもったホスト性分子である。また、この捕捉現象は選択性に富み、炭酸水素アニオン, 硫酸水素アニオン,リン酸二水素アニオン、酢酸アニオン、ハロゲン化物アニオン、アジ化物アニオンに対する捕捉は全く起きない。これらの捕捉状態をNMRスペクトル、UV-vis吸収スペクトル、FLスペクトル、IRスペクトルおよび単結晶X線構造解析などによって解析した。

本研究の技術的なキモ

図2. ホスト分子1および2の構造と、2の単結晶X線構造解析の結果

  1. 電子親和性の高いホウ素原子を適切な距離(4.566 ~ 5.559 Å)に配置したこと
  2. 剛直な骨格(ビフェニレン、トリプチセン)を持つこと

図3. 1および2のヒドラジン(A)もしくはシアニド(B)との反応

上記の特徴を持つ結果、ホスト分子1もしくは2は、シアニドもしくはヒドラジンを選択的かつ1:1で捕捉できる。

有効性の検証

著者らは『ホスト分子1もしくは2が、シアニドもしくはヒドラジンを選択的かつ1:1で捕捉できること』について、固体状態での捕捉現象をIRスペクトルおよび単結晶X構造解析によって解析した。例えば[2-CN]が生成する場合には:

  • IRスペクトルによって、[2-CN]でνCN = 2184 cm-1の振動を観測した。KCN(νCN = 2158 cm-1)と比較して、シアニドの振動エネルギーが大きくなった。これはシアノボラン錯体に典型的な変化であり、錯形成によるπ軌道の安定化が寄与している。(詳しくは論文中引用を参照)
  • 単結晶X線構造解析によれば、シアニドをμ(1,2)型キレート構造で捕捉しており、かつ1:1錯体をつくっていることがわかった。シアニドの向きは左右でディスオーダーしていた。

図4. 捕捉した錯体の単結晶X線構造解析の結果

著者らはNMRスペクトル、UV-vis吸収スペクトルもしくはFLスペクトルを用いて、溶液状態での捕捉現象を解析している。例えば1とヒドラジンが反応し、12-N2H4が生成する場合には:

  • 1H NMRスペクトルにおいて、メシチレンのメチル基が6本観測され、かつB-NH2-NH2-BのシグナルがAA’BB’パターンを示すことから、C2対称型の錯体が生成していることを帰属した。
  • 吸収スペクトルから波形の変化を観測した。特に長波長側での新たなピークを観測した。
  • 蛍光スペクトルから錯形成に伴った蛍光発光の消光を観測した。1では528 nm 、φF = 0.05の発光を示すが、12-N2H4では完全に消光し、蛍光発光を観測できなかった。

その他のアニオンでの捕捉を各種スペクトルにて解析したが、炭酸水素アニオン, 硫酸水素アニオン,リン酸二水素アニオン、酢酸アニオン、ハロゲン化物アニオン、アジ化物アニオンに対する捕捉は全く起きなかった。すなわち、ホスト性分子1もしくは2は選択性良くシアニドもしくはヒドラジンを補足する。

先行研究との比較

ホスト分子1もしくはホスト分子2『ある程度長いホウ素-ホウ素間距離(>4.50 Å)をもち、かつ剛直な構造をもつこと』が、先行研究とのもっとも大きな差である。

先行研究においても、いくらかのヒドリド、シアニドもしくはヒドラジンを捕捉するジボラン型ホスト化合物(もしくは二核金属錯体など)が合成されてきた。先行技術と比較すると、ホウ素-ホウ素間の距離と構造の剛直さに大きな差があり、その結果として捕捉できる分子とその様式には差があった。先行研究におけるホスト分子は以下の2種類に分類できる:

  1. 比較的短いホウ素-ホウ素間の距離(3.00 ~ 3.38 Å程度)をもち、かつ剛直な骨格を持つ場合には、単原子(ヒドリドなど)~小さい二原子分子までを補足することができる。
  2. 比較的長いホウ素-ホウ素間の距離を持つ場合、剛直でない構造が共存しており、ホウ素-ホウ素間(もしくは金属−金属間)の距離が規定できないものが多い。比較的大きい二原子分子を捕捉できるが、ホスト:ゲストが1:1にならない場合も多い。

これらの2点を克服した長いホウ素-ホウ素間距離と剛直な骨格の両立が、既存技術と本研究の最大の差異であり、その結果としてヒドラジンのような2原子以上の分子を強固に捕捉できるものができた。

議論の余地

シアニドやヒドラジンを捕捉した化合物郡([12-CN]、[2-CN]12-N2H4および2-N2H4)の反応性に関する議論が不十分である。補足したシアニドもしくはヒドラジンがどのような反応性を持っているのかという点の議論がまだ発展途上である。これらの点が明らかになれば、より汎用性の高いシアン化、アミド化もしくはジアゾ化などの試薬となるかもしれない。

本論文中では、12-N2H4もしくは2-N2H4が空気や水に安定であることが検証されている。さらには加熱した場合に、ヒドラジンの放出を確認しており、ベンズアルデヒドと反応を起こすことが述べられている。今後、汎用性の高い試薬への昇華を期待する。

著者の紹介

研究者:François Gabbaï (テキサスA&M大学)

経歴:

1994年:Ph. D., University of Texas at Austin
1994-1996年:Alexander von Humboldt Postdoctoral Fellow, Technical University of Munich
1996-1998年:European Community Research Fellow (Habilitation),Technical University of Munich

受賞歴など:

2016年:F. Albert Cotton Award in Synthetic Inorganic Chemistry
2016年から現在まで:Editorial Board Member of Chemistry Select
2016年から現在まで:Editorial Board Member of Chem
2013年から現在まで:Member of the Inorganic Syntheses board
2013年:Fellow of the Royal Society of Chemistry
2011年から現在まで:Associate Editor for Organometallics
2011年:Fellows of the American Chemical Society
2009年:Dalton Transactions North American Lectureship
2001年:NSF CAREER Award
1996年:TMR European Commission Research Fellow
1994年:Alexander von Humbodlt Fellow
研究内容:

ルイス酸‐塩基相互作用を巧みに利用した研究を展開している。新たなルイス酸もしくはルイス塩基性化合物の開発、フラストレイテッド・ルイスペアの開発、アンチモン含有配位子の開発などをおこなっている。

関連書籍

[amazonjs asin=”3038429279″ locale=”JP” title=”Fluorescence Probes for Sensing Various Analytes”] [amazonjs asin=”B01EWEMT44″ locale=”JP” title=”The Encapsulation Phenomenon: Synthesis, Reactivity and Applications of Caged Ions and Molecules”]

関連リンク

 

Avatar photo

Trogery12

投稿者の記事一覧

博士(工学)。九州でポスドク中。専門は有機金属化学、超分子合成、反応開発。趣味は散策。興味は散漫。つれづれなるままにつらつらと書いていきます。よろしくお願いします。

関連記事

  1. クラリベイト・アナリティクスが「引用栄誉賞2020」を発表!
  2. アルキルアミンをボロン酸エステルに変換する
  3. 有機合成化学協会誌2023年11月号:英文特別号
  4. 豚骨が高性能な有害金属吸着剤に
  5. PdとTiがVECsの反応性をひっくり返す?!
  6. 量子の力で生体分析!?シングレット・フィッションを用いたNMR感…
  7. 「サイエンスアワードエレクトロケミストリー賞」が気になったので調…
  8. 有機合成化学協会誌2022年10月号:トリフルオロメチル基・気体…

注目情報

ピックアップ記事

  1. メガネが不要になる目薬「Nanodrops(ナノドロップス)」
  2. 反応探索にDNAナノテクノロジーが挑む
  3. サイエンスアゴラ2014総括
  4. 橋頭位二重結合を有するケイ素化合物の合成と性質解明
  5. 第23回 医療、工業、軍事、広がるスマートマテリアル活躍の場ーPavel Anzenbacher教授
  6. 分子を見分けるプラスチック「分子刷り込み高分子」(基礎編)
  7. 四置換アルケンのエナンチオ選択的ヒドロホウ素化反応
  8. クラレが防湿フィルム開発の米ベンチャー企業と戦略的パートナーシップ
  9. 第35回 生物への応用を志向した新しいナノマテリアル合成― Mark Green教授
  10. ヘテロ原子を組み込んだ歪シクロアルキン簡便合成法の開発

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年10月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

【産総研・触媒化学研究部門】新卒・既卒採用情報

触媒部門では、「個の力」でもある触媒化学を基盤としつつも、異分野に積極的に関わる…

触媒化学を基盤に展開される広範な研究

前回の記事でご紹介したとおり、触媒化学研究部門(触媒部門)では、触媒化学を基盤に…

「産総研・触媒化学研究部門」ってどんな研究所?

触媒化学融合研究センターの後継として、2025年に産総研内に設立された触媒化学研究部門は、「触媒化学…

Cell Press “Chem” 編集者 × 研究者トークセッション ~日本発のハイクオリティな化学研究を世界に~

ケムステでも以前取り上げた、Cell PressのChem。今回はChemの編集…

光励起で芳香族性を獲得する分子の構造ダイナミクスを解明!

第 654 回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 協奏分子システム研究セ…

藤多哲朗 Tetsuro Fujita

藤多 哲朗(ふじた てつろう、1931年1月4日 - 2017年1月1日)は日本の薬学者・天然物化学…

MI conference 2025開催のお知らせ

開催概要昨年エントリー1,400名超!MIに特化したカンファレンスを今年も開催近年、研究開発…

【ユシロ】新卒採用情報(2026卒)

ユシロは、創業以来80年間、“油”で「ものづくり」と「人々の暮らし」を支え続けている化学メーカーです…

Host-Guest相互作用を利用した世界初の自己修復材料”WIZARDシリーズ”

昨今、脱炭素社会への実現に向け、石油原料を主に使用している樹脂に対し、メンテナンス性の軽減や材料の長…

有機合成化学協会誌2025年4月号:リングサイズ発散・プベルル酸・イナミド・第5族遷移金属アルキリデン錯体・強発光性白金錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年4月号がオンラインで公開されています!…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP