[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

巻いている触媒を用いて環を巻く

[スポンサーリンク]

ペプチドフォルダマーを触媒に用いた大環状化合物構築法が報告された。フォルダマーのらせん構造およびアミノ酸残基の配列が、望まぬ分子間反応を抑制し、迅速に環を構築する。

大環状骨格(マクロサイクル)の構築

大環状化合物(マクロサイクル)は、医薬品、香料、生体内のイオン検知技術などに用いられている。一般的に大環状化合物は直鎖分子のマクロ環化により構築されるが、この過程はエントロピー的に不利であり、望まない分子間反応が競合するため困難とされてきた。これまで大環状骨格の構築では、クラウンエーテル合成や閉環メタセシスの例にみられるように、非共有結合性相互作用による配座の安定化によってこの問題を克服してきた(図 1A)(1)。いずれも優れた大環状骨格の構築法であるが、前駆体に非共有結合を形成可能な官能基を有する必要があった。

ウィスコンシン大学マディソン校のGellman教授らは以前に、αおよびβアミノ酸からなる螺旋状ペプチドが、ホルムアルデヒドとアルキルアルデヒドのアルドール反応を触媒することを明らかにした(図 1B)(2)。二つの二級アミン部位をもつペプチドフォルダマーが二機能性触媒として機能する。今回本手法を応用し、一級アミンと二級アミンを有するフォルダマー触媒1を用いた分子内アルドール反応による大環状化合物の合成法が開発された(図 1C)。1を用いることで、問題とされる分子間反応が抑制でき、非共有結合性相互作用を利用しない大環状骨格構築が可能になった。

図1. (A) これまでの大環状骨格構築法 (B) ペプチドフォルダマー触媒を用いた分子間アルドール反応 (C) 今回の報告

 

Foldamer-Templated Catalysis of Macrocycle Formation
Girvin, Z. C.; Andrews, M. K.; Liu, X.; Gellman, S. H. Science 2019, 366, 1528–1531.
DOI: 10.1126/science.aax7344

論文著者の紹介


研究者:Samuel H. Gellman
研究者の経歴:
1981 B.A., Harvard University, USA
1986 Ph.D., Columbia University, USA (Prof. Ronald Breslow)
1986-1987 Postdoc, California Institute of Technology, USA (Prof. Peter Dervan)
1987- University of Wisconsin-Madison, USA
研究内容:生物活性のあるポリマーの設計、ペプチドフォルダマーの研究

論文の概要

はじめに著者らは、フォルダマー触媒1を用いて構築可能な環サイズを調査した(図 2A)。以前報告したフォルダマー触媒を用いた交差アルドール反応の条件にて、炭素鎖の長さが異なる種々の対称ジアルデヒドD1D4を反応させた。その結果、全ての基質で中程度から高収率で目的の大環状構造を有するE体エナールE1E4が得られた。本手法は環歪みの大きい12員環形成にも適用できたものの、長時間を要し、さらに二量体の環化体が得られた。二級アミンとしてピロリジン、一級アミンとしてn-ブチルアミンを触媒として用いた対照実験ではE1E4の収率は大幅に低下した。また、11種類のペプチドフォルダマーの反応性を比較した結果から、本反応に適したペプチドフォルダマーの構造上の要件が明らかとなった(図 2B)。
次に、本反応の有用性を示すべく、大環状構造を有する天然物ロバストール(4)の全合成に本反応を応用した(図2C)。フェニルボロン酸誘導体より五工程で調製したビアリールエーテル2に対し、ペプチドフォルダマー触媒1を作用させた。その結果、目的の22員環を有するE体エナール3が位置異性体の混合物として得られた。その後数工程の官能基変換を経て4の全合成を達成した。

図2. (A) 基質適用範囲 (B) ペプチドフォルダマーの検討 (C) Robustolの全合成

 

以上、ペプチドフォルダマーを触媒として用いた大環状化合物の合成法が報告された。フォルダマー自体が極性官能基を有するため、広範な官能基耐性を示す可能性を秘めており、大環状部位を有する医薬品などへの応用が期待できる。

参考文献

  1. Marti-Centelles, V.; Pandey, M. D.; Burguete, M. I.; Luis, S. V. Macrocyclization Reactions: The Importance of Conformational, Configurational, and Template-Induced Preorganization. Chem. Rev. 2015, 115, 8736–8834. DOI: 10.1021/acs.chemrev.5b00056
  2. (a) Choi, S. H.; Guzei, I. A.; Spencer, L. C.; Gellman, S. H. Crystallographic Characterization of Helical Secondary Structures in 2:1 and 1:2 α/β-Peptides. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 2917–2924. DOI: 10.1021/ja808168y (b) Girvin, Z. C.; Gellman, S. H. Exploration of Diverse Reactive Diad Geometries for Bifunctional Catalysis via Foldamer Backbone Variation. J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 12476–12483. DOI: 10.1021/jacs.8b05869

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 留学せずに英語をマスターできるかやってみた(6年目)(留学後編)…
  2. 「大津会議」参加体験レポート
  3. マンガン触媒による飽和炭化水素の直接アジド化
  4. イミデートラジカルを経由するアルコールのβ位選択的C-Hアミノ化…
  5. 「糖鎖レセプターに着目したインフルエンザウイルスの進化の解明」ー…
  6. 産学それぞれの立場におけるマテリアルズ・インフォマティクス技術活…
  7. ナノスケールの虹が世界を変える
  8. 金属原子のみでできたサンドイッチ

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 角田試薬
  2. 工業生産モデルとなるフロー光オン・デマンド合成システムの開発に成功!:クロロホルムを”C1原料”として化学品を連続合成
  3. アルキンジッパー反応 Alkyne Zipper Reaciton
  4. マテリアルズ・インフォマティクスの基礎
  5. 新車の香りは「発がん性物質」の香り、1日20分嗅ぐだけで発がんリスクが高まる可能性
  6. 究極の二量体合成を追い求めて~抗生物質BE-43472Bの全合成
  7. 光で動くモーター 世界初、東工大教授ら開発
  8. 化学産業における規格の意義
  9. ガラス器具の洗浄にも働き方改革を!
  10. 岡本佳男 Yoshio Okamoto

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年2月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
242526272829  

注目情報

最新記事

マリンス有機化学(上)-学び手の視点から-

概要親しみやすい会話形式を用いた現代的な教育スタイルで有機化学の重要概念を学べる標準教科書.…

【大正製薬】キャリア採用情報(正社員)

<求める人物像>・自ら考えて行動できる・高い専門性を身につけている・…

国内初のナノボディ®製剤オゾラリズマブ

ナノゾラ®皮下注30mgシリンジ(一般名:オゾラリズマブ(遺伝子組換え))は、A…

大正製薬ってどんな会社?

大正製薬は病気の予防から治療まで、皆さまの健康に寄り添う事業を展開しています。こ…

一致団結ケトンでアレン合成!1,3-エンインのヒドロアルキル化

ケトンと1,3-エンインのヒドロアルキル化反応が開発された。独自の配位子とパラジウム/ホウ素/アミン…

ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研究者としてMIとの正しい向き合い方

開催日 2024/04/24 : 申込みはこちら■開催概要近年、少子高齢化、働き手の不足…

第11回 慶應有機化学若手シンポジウム

シンポジウム概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大…

薬学部ってどんなところ?

自己紹介Chemstationの新入りスタッフのねこたまと申します。現在は学部の4年生(薬学部)…

光と水で還元的環化反応をリノベーション

第609回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院(精密合成化学研究室)の中村顕斗 …

ブーゲ-ランベルト-ベールの法則(Bouguer-Lambert-Beer’s law)

概要分子が溶けた溶液に光を通したとき,そこから出てくる光の強さは,入る前の強さと比べて小さくなる…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP