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化学者のつぶやき

アメリカで Ph.D. を取る -Visiting Weekend 参加報告 (後編)-

前回に引き続き、アメリカの大学院の受験の合格者を対象にした学校説明会の参加報告です。今回はUC Berkeley Caltech を紹介して、visiting weekend を終えた後の私の決断についてお話しします。

自他共に認める超一流校 UC Berkeley

スタンフォード大学からサンフランシスコ方面へ向かい、更に橋を一つ越えたところにあるのがカリフォルニア大学バークレー校です。その地理的な近さからスタンフォード大学と連携してvisiting を開催しています。どういうことかというと、両方の大学からオファーをもらっていればスタンフォード大学の visiting の終了後の翌日 (の早朝 6:30 に出発して)、シャトルでバークレーまで送ってくれます。このような連携があるものの、表向きは両校が仲良しというわけではありません。スタンフォード大学がベイエリアの私立の超名門校であれば、バークレーは公立の超名門校というライバル関係にあります。

(上段) UC Berkeley のキャンパス. どの角度から撮っても写真映えするタワーはセイザータワーという大学のシンボル. (左下) 化学科の Latimar Hall に設置された ノーベル化学賞受賞者のパネル. (右下) あとで説明する丘の上にあるラボ LBL から見渡した景色. (Visiting で LBL を見学したわけではありません)

バークレーを一言で言うならば 自他共に認める超一流校です。何を隠そう化学の部門別の大学院のランキングを見ると、有機化学, 無機化学, 物理化学, 生化学, 理論化学の5部門で1だからです。くわえてPhDやポスドクをバークレーで過ごした人のうちノーベル賞化学賞受賞者が14もいます。もちろん大学ランキングなんてただの指標です。世間的には1-10位くらいは実質大差ないと認識されています。しかし、5部門で1位という圧倒的事実は何かの秘密に裏付けされているわけです。

部門別の大学ランキング. UC Berkeley による圧倒的首位独走状態です.

UC Berkeley の秘密 1

バークレーの化学科の一番の特徴は規模の大きさです。まず研究室の数は50近く?あると思います。さらにそれぞれの研究室の規模も大きいので、必然的に学生も多いです。バークレーのVisiting 3回開催されたのですが、私が参加した回には70人近くが参加しました。アリゾナ州立大学の参加者が20人弱(しかも一回きり)、スタンフォード大学で40人弱(3回のうちの1)とくらべるとその巨大さが分かります。この規模の大きさが意味することは、色んな研究のトップランナー達が集まっているため、共同研究の仲間の幅が広く、質もいいということでしょう。

UC Berkeley の秘密2

UC Berkeley のもう一つの秘密は、大学からバスで数分ところに併設された国立研究機関 Lawrence Berkeley National Laboratory (LBL) です。LBL Ernst Lawrence が荷電粒子を電場と磁場の力で加速させる装置であるサイクロトロンをバークレーで開発したことにちなんで名付けられた研究所です。第103番元素 ローレンシウム Lr と第 97 番元素 バークリウム Bk など計16種の元素がLBLによって発見されているのだから、LBL はまさに化学史に残る研究所です。LBL には高い輝度をもつX 線が得られる加速器をはじめとして最先端の科学技術が結集しているため、材料科学、生化学、物理学など様々な分野の研究者が利用しています。そんな LBL の設備を身近に利用できるのが UC Berkeley の強みです。

 オレンジ色で示した計16種の元素がLBLによって発見されました.

Berkeley の思い出: John Hartwig 邸にてホームパーティー風の懇親会

バークレーの Visiting の思い出話は、懇親会でしょうか。他の学校では懇親会をレストランで行ったのに対して、バークレーでは伝統的に学科内の先生の家で行います。私が参加した回は、金属有機化学の大家 John Hartwig 先生の大豪邸で行われました。在校生と進学希望者と教授陣を合わせて 100 人以上が Hartwig 邸のリビングやお庭でひしめき合う、てんやわんやのパーティでした。「だからなんなんだ」って話なんですが、こういったホームパーティが開催されるというのはアメリカの文化らしくて新鮮でした。また先生方のプライベートな一面も観れるという意味で、教授陣との親交を深めるにはいい機会なのかもしれません。

研究室ピックアップ

Hartwig Group

有機遷移金属化学の教科書でおなじみのハートウィグ先生です。数多くのカップリング反応を開発されています。最近は人工酵素に関する研究も行なっているそうです。

Hartwig 研の研究概要. 図は研究室のホームページから引用.

Yaghi Group

金属と有機化合物が無限につながった構造を持つ多孔性材料である金属-有機構造体 (Metal-organic framework: MOF) の研究の第一人者です。幾何学的に美しい構造体を数々合成して来ました。最近では、分子が機織りのように編まれた構造や分子を輪で無限に引っ掛けた構造 (インターロック構造) を作ることに凝っているそうです。

Yaghi 研の研究の概要. (上段) MOF の様々な構造. 配位子を変えることで金属のつなぎ方が変わるので, 様々な構造を作ることができる. (下段) インターロックされた共有結合性構造体 (COF).

Long Group

ガス分離や貯蔵の応用に向けてMOF の研究をしています。具体的には、一分子目のガスの吸着が二分子目、三分子目の吸着を促進する機構 (協働的吸着) の開発に取り組んでいます。MOF のほかにも単分子磁石の合成なども行なっています。メンバーは40 人近くいて、バークレーで一番大きい研究室ではないかと噂されています。

Long 研の研究の一部. (上段) ジアミンを装填した MOF による協同的な二酸化炭素吸着. ジアミンの種類によって、二酸化炭素の急激な取り込みが起こる温度や圧力を調整できる. 3(下段) σ供与性が弱い配位子を持つ直線状錯体. 極端に弱い配位子場のため, 驚くことに基底状態の電子配置が構成原理に従わない. 4

小っさくても理系最高峰 Caltech

最後に紹介するのは、ロサンゼルス国際空港から車で1 時間ほどのところにある California Institute of Technology (通称 Caltech カルテック) です。Insititute of Technology という名前が表すように、理系に特化した学校です。学校全体の規模は小さいながらも、カルテックの化学は一流です。教科書で見たことあるレベルの教授陣を擁しています。たとえばオレフィンメタシスでノーベル化学賞を受賞した Robert Grubbs 先生や Marcus 理論でおなじみの Rudy Marcus 先生, そして2018 年のノーベル化学賞受賞者である Frances Arnold 先生などなど。カルテックのもう一つの特徴は、学部生よりも大学院生の方が多いことです。このことは TA をする際に、小規模なクラスで教えることを意味します。

カルテックのキャンパス. 

研究室ピックアップ

Robb Group

メカノケミストリーを利用し、機械刺激を記憶するポリマーの研究に取り組んでいます。私が訪れた際 (2019年3月) の時点では着任2年目の若い研究室です。研究室訪問をした際に印象的だったのは、研究テーマだけでなくこの研究室での研究の進め方についてもお話しされていたことです。具体的には、まず候補となる化合物の計算を行って、望み通りの機能が得られるかどうか予想できるまで、実際の合成には取り掛からないそうです。

メカノケミストリーを応用した機械刺激記憶材料. メカノケミストリーによって逆ディールズアルダー反応が促進され、ジアリールエテン (右上) が形成される. このジアリールエテンは, 紫外光により有色の化合物へと変化する. 一方, 力を加える前の化合物は UV で反応しない. 力の有無を示すセンサーへの応用が期待される. 5

See Group

リチウムイオン電池はスマートフォンの電池として利用されている充電池ですが、その理論容量はリチウムイオンのホストになる層状化合物によって制限されます。.リチウム電池の理論容量を超える充電池を開発するべく、新しい電池の開発に取り組んでいます。See 研究室も若い研究室で Robb 研究室と同時にカルテックで研究をスタートされています。

二価のイオンが移動できる固体電解質. イオンが結晶格子中をどのように移動するかを明らかにした. 6

4 校訪問後の振り返り

私は今バークレーにいます。そしてバークレー (と今の研究室) は化学を研究する世界最高の場所であると信じていたので、当然のように大学院もそのままバークレーに残るつもりでした。今回 visiting に参加したのは、100% 観光のつもりでした。

が、今回の visiting で私の考えがいかに盲目的だったかを知りました。それは、単に「アメリカにはたくさんの素晴らしい学校があることを知った」だけでなくて、「どの学校 (研究室) が自分を1番成長させてくれるのだろうか」を考えるいい機会なったからです。以前に出願する前に個人で研究室訪問を行ったことがありましたが、今回の visiting はその時とは立場が全く違います。前回の個人の研究室訪問は、ある意味では自分を売り込むことに必死でした。今回は立場が逆転します。大学教員側が自ら勧誘してくださるのです。

本当に今のデカいラボが最適だろうかという葛藤

私が今いる研究室を選んだ理由は研究内容と実績 (評判?) が最優先でした。世界的に有名なラボに忍び込んで、その科学に貢献したいという浅はかな考えしかありませんでした。しかし実際にここで何が学べるあるいは何を得られるのだろうかと深く深ーく考えるようになったのはこの visiting weekend がきっかけです。「なにが学べる」というのは、例えば合成のスキルだったり、特定の分野の深い専門知識であったり、はたまた研究室の運営や人との繋がりだったりです。

例えばPhD取得後に企業に就職する予定だというPhD在学生から聞いた話が興味深かったです。彼女は「企業就職するにしても、なんらかの装置の専門技術を身に付ける方がよかろう」と考えて、いわゆるテクニシャン (装置の専門家) に頼ることなく、ラボの自前の装置で分析を行なっている研究室をわざわざ選んだそうです。

一方で、アカデミックな進路を希望する場合、違う選択基準も考えられます。アメリカには立ち上がったばかりの若い先生の研究室がちらほらと存在するので、そういったところに行けばラボが発展し行く様子に立ち会えるメリットがあるのです。さらに、そういった若い研究室の先生方はエネルギッシュです。その若い先生方や初期メンバーの学生から熱烈に勧誘していただくとと、「大きいラボで埋もれてしまうよりも、若いラボの主力メンバーになって活躍する方がエキサイティングではないかなあ」と妄想してしまいます (こちらの記事で紹介されている奥村さんがいい例です: 「脱芳香族的二重官能基修飾化反応の研究」ーイリノイ大学David Sarlah 研より)。そういった色々な誘惑が襲い、ラボを変えることも堅実な選択肢として考えるわけです。

同世代の研究者の卵たちとの出会い

Visiting をしてよかったと思えるもう一つの点は、同世代の学生たちに出会えたことです。驚くべきことに、日程的に最後だったカルテックの visiting では、30人弱の参加者のうち1/3くらい見覚えがあり、実際に数人は面識がありました。詳しく話を聞いてみると、ほとんどのみなが、MIT, ハーバード大学、ノースウェスタン大学、シカゴ大学しかりのトップ校を訪問しているのです。そして、彼らや彼女らの現状の進学希望先やその理由を聞いて見ると、様々な意見を聞くことができました。なかには「バークレーの化学は素晴らしいけど、大学院生として行くなら断然カルテックだなー」と話す学生も。それはバークレーでは規模が大きすぎて先生も手放しになりがちなので、研究をしていて自分を見失ってしまうかもしれない、ということでした。それぞれの学校の特徴を理解して、みんな自分に見合った学校を選んでいるのだなーとこちらの学生を感心します。

「自分はまだ英語で苦しんだりしているダメダメ留学生なのに、こんなエリートたちに混じっていいのか」という負い目を感じながら、こういった集団に紛れ込めた状況に感謝するばかりです。アメリカに来て満足していないでもっと頑張ろーっと刺激を受けました。

最終的な結論

いろいろと考えを巡らしましたが、結局は、今の研究室の残る予定です。しかしこの決断は、visiting をしないで決めた浅はかな決断よりも重いものになりました。複数の学校と研究室を見て回った上で、選んだ選択肢です。やっぱりあのラボに寝返っていた方がよかったとか後悔することは許されません。今回の決断が正解だったと思えるように、責任をもってこれからも努力し続けなければならなそうです。

まとめ

Visiting weekend は自分にとって最適な研究室を真剣に考えるという意味で、これから PhD 課程へ進学するための心の準備をさせてくれました。

客観的に考えると、私のように複数のトップ校からオファーをいただけたのはとっても、とーってもレアです。これは感謝してもしきれない状況です なのでやや自慢がましいかもしれないと思いながら、ぜひこの経験を共有しておこうと思いこの記事の投稿に至りました。この記事をマニアックな旅行記として楽しんでくださったり、留学先を考えるための情報源として読んでいただければ幸いです。

関連リンク

参考文献

  1. Diercks, C. S.;  Kalmutzki, M. J.;  Diercks, N. J.; Yaghi,O. M.;  ACS Cent. Sci.20184, 1457-1464. DOI: 10.1021/acscentsci.8b00677
  2. Siegelman, R. L.; McDonald, T. M.; Gonzalez, M. I.; Martell, J. D.; Milner, P. J.; Mason, J. A.; Berger, A. H.; Bhown, A. S.; Long, J. R. J. Am. Chem. Soc. 2017139, 10526-10538. DOI: 10.1021/jacs.7b05858
  3. Liu, Y.; Diercks, C. S.; Ma, Y.; Lyu,H.;   Zhu, C.; Alshmimri, S. A.; Alshihri, S.; Yaghi, O. M.’; J. Am. Chem. Soc.2019141, 677-683. DOI:  10.1126/science.aad0832
  4. Bunting, P. C.; Atanasov, M.; Damgaard-Møller, E.; Perfetti, M.; Crassee, I.; Orlita, M.; Overgaard, J.; van Slageren, J.; Neese, F.; Long, J. R. Science 2018362. DOI: 10.1126/science.aat7319
  5.  Hu, X.; McFadden, M. E.; Barber, R. W.; Robb, M. J.; J. Am. Chem. Soc.2018140, 14073–14077. DOI: 10.1021/jacs.8b0962
  6. Martinolich, A. J.; Lee, C.-W.; Lu, I-Te.; Bevilacqua, S. C.; Preefer, M. B.; Bernardi, M.;  Schleife, A.; Kimberly A. See, K. A.Chem. Mater. 2019, AcceptedDOI: 10.1021/acs.chemmater.9b00207
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やぶ

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学部と大学院の間にギャップイヤーをとり、PhD候補生の候補生としてアメリカで無機材料を研究しています。Chem-Station を見て育った学生として、このコミュニティをより盛り上げていきたいです。高専出身。

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