[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

酸化反応を駆使した(-)-deoxoapodineの世界最短合成

[スポンサーリンク]

第294回のスポットライトリサーチは、吉田慶 博士にお願いしました。

今回取り上げる研究は有機合成化学の古典的王道でもある、アルカロイドの短工程合成です。吉田さんは東北大学大学院薬学研究科(徳山研究室)在籍時に、本研究に取り組みました。ご覧いただければ一目瞭然ですが、新たな反応開発をふんだんに盛り込み、極限まで経路を磨き上げたこだわりの逸品です。本成果は、Angew. Chem. Int. Ed.誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。

“A Concise Enantioselective Total Synthesis of (−)‐Deoxoapodine”
Yoshida, K.; Okada, K.; Ueda, H.; Tokuyama, H. Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 59, 23089. doi:10.1002/anie.202010759

研究を現場で指揮されました植田浩史 講師から、吉田さんについて以下のコメントを頂いています。企業勤務をこなしながらのお忙しい最中にご寄稿いただき、スタッフ一同感謝申し上げます。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

吉田君は、実直な人柄であり、また未知への強い探究心と運動部出身らしい瞬発力を兼ね備えた学生でした。何事にも前向きな彼なら、未知な研究においても臆することなく挑戦してくれるのではないかと期待し、配属当時、研究室にノウハウの全くない新たな研究テーマをアサインしました。記事の研究とは別になりますが、彼が進めてくれた萌芽的研究も今では徳山研究室の中心的な研究まで発展してきています。
徳山研究室を卒業され、現在、企業で創薬研究に取り組んでいます。現在の創薬ではモダリティが多様化していますが、持ち前の探究心と推進力で活躍してくれることを期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回の研究は、抗がん剤として臨床で利用されているビンクリスチンが含まれるアスピドスペルマアルカロイドの一種であるdeoxoapodineの短工程合成です。本化合物群の多くは医薬品あるいは医薬品シーズとなり得る可能性を有していますが、天然および化学合成による供給量が十分でないため詳細な創薬研究が行われてこなかったのが現状です。そのため、新たな創薬研究の推進には、化合物の量的供給を実現する化学合成法の開発が求められています。既存の合成では、酸化段階の調節やそれに伴う保護基の脱着などにより約 20 工程もの化学変換を要していました。さらに、25 g以上の原料から合成を開始しているにも関わらず、最終化合物の合成量もわずか 12 mg 程度にとどまっており、化合物供給の点でも問題がありました。今回の合成のポイントは、適切な工程で酸化段階を上げていくことで、保護基の脱着を最小限まで削減した無駄のない合成戦略です。以下の3つの合成上の課題を独自の合成戦略により解決し、deoxoapodineの世界最短工程数(わずか 10工程)での化学合成を達成しました。

  1. 第四級不斉炭素中心の構築:キラルなリン酸アニオン相間移動性触媒を用いる不斉ハロ環化反応を駆使した反応
  2. インドールを含む9員環の構築:パラジウム触媒を利用したC-Hアルキル化反応
  3. アミンの酸化を経るアスピドスペルマ骨格の形成:非ヘム型の鉄触媒を用いた新たなアミンの酸化反応

さらに、確立された合成法は工程数が少ないだけでなく量的供給にも耐えうる実用性の高いものであり、260 mg ものdeoxoapodineを供給することに成功しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

3つもの鍵反応を含みながらもわずか10工程の短工程を実現した合成ルートです。前述の通り、今回合成したdeoxoapodineには合成例がいくつか報告されており、かつ、アスピドスペルマアルカロイドについては半世紀も前からの膨大な研究の蓄積があります。その中で独自性を出すためには、ただ短工程で作るだけではなく、何かしらの付加価値が必要になると考えていました。私は徳山研に配属されてから一貫して新規酸化反応開発に従事していたため (当時の徳山研では異質な存在でした)、反応開発の目線から独自の合成ルートを構築することに拘りを持って取り組みました。当時助教だった植田さん(現徳山研講師)と何度も議論を重ねて、当時最新の不斉反応や酸化反応を駆使することで、既存の合成を凌駕する今の時代にしかできない合成ルートの開発を目指し、様々な検証を重ねました。この10工程には私の博士課程3年分の熱い思いが詰まっています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本テーマの難しかったところは9員環構築反応の確立です。研究開始当初、まずモデル基質を用いて9員環構築を検討しました。しかしながら、信頼性の高いマクロラクタム化を含め10種類以上ものアプローチを試みましたが、全く反応が進行しないか基質が分解するのみで苦しい日々を過ごしていました。ある日、ひずみの大きい9員環を直接構築するのが難かしければ、金属触媒を介した10員環のメタラサイクルを経由し還元的脱離により9員環とすれば、そのひずみを少しは解消できるのではないかと思い立ちました。そこで、金属触媒を利用した反応をいくつか検討した結果、Bachらのハロゲン化アルキルを用いたインドール2位選択的なC-Hアルキル化反応が有効なことを見出しました。望みの反応の収率は20%以下と極めて低かったのですが、収率を改善できないまま私は卒業してしまいました。その後、テーマを引き継いだ岡田君が、ハロゲン化物イオンのスカベンジャーとしてKNTf2を添加すると、C-Hアルキル化反応の収率が6割以上に改善できることを見出しました。この条件は、日ごろから様々な論文をよく読み、最新情報を常にキャッチアップしていた岡田君だからこそ見出すことができたと確信しています。新型コロナ感染対策の影響で、論文公表後には直接会っていないので、落ち着いたら一緒に喜びを分かち合いたいですね。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

現在、私は製薬会社で低分子医薬品の創薬研究に従事しています。月並みですが、自分で合成した化合物を上市まで持っていきたいというのが直近の目標です。会社に入社して数年たちますが、ケミストの強みはモノを作り出せることであると改めて実感しています。
長期的には、化学を一つの軸にして様々なことに関わっていきたいと考えています。最近よく世間で言われているT型人材をイメージしていて、特定の領域で専門性を持ちつつも、専門領域にとらわれない幅広い知識を増やしていきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最後まで読んでいただいた読者の皆様、本当にありがとうございます!憧れのケムステに載ることができて非常に光栄に思っております!
最近暗いニュースが多くて気が滅入りがちですが、一緒に日本のサイエンスを盛り上げていきましょう!
最後にこの場を借りて、徳山先生、植田さん、共著者の岡田さん、および徳山研のメンバーに感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:吉田 慶
前所属:東北大学大学院薬学研究科分子薬科学専攻・医薬製造化学分野
研究テーマ:アミン類の新規酸化的修飾法の開発と全合成への応用
経歴:
2013年3月 東北大学薬学部創薬科学科 卒業
2015年3月 東北大学大学院薬学研究科分子薬科学専攻 博士前期課程修了 (徳山英利教授)
2015年4月-2018年3月 JSPS特別研究員 (DC1)
2016年7-10月 Max Planck Institute of Molecular Physiology (Herbert Waldmann教授)に短期留学
2018年3月 東北大学大学院薬学研究科分子薬科学専攻 博士後期課程修了 (徳山英利教授)
2018年4月- 協和キリン株式会社研究開発本部研究機能ユニット低分子医薬研究所

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. スローン賞って知っていますか?
  2. “follow”は便利!
  3. 結晶スポンジ法から始まったミヤコシンの立体化学問題は意外な結末
  4. NHC銅錯体の塩基を使わない直接的合成
  5. 二窒素の配位モードと反応性の関係を調べる: Nature Rev…
  6. 2011年イグノーベル賞決定!「わさび警報装置」
  7. NBSでのブロモ化に、酢酸アンモニウムをひとつまみ
  8. 【28卒】太陽HD研究開発 1day仕事体験

注目情報

ピックアップ記事

  1. 【協和ファーマケミカル】“作れる”だけでは終わらない。原薬を安定供給へつなぐプロセス開発の研究
  2. 岩塩と蛍石ユニットを有する層状ビスマス酸塩化物の構造解析とトポケミカルフッ化反応によるその光触媒活性の向上
  3. 取り扱いやすく保存可能なオキシム試薬(O-ベンゼンスルホニルアセトヒドロキサム酸エチル)
  4. Comprehensive Organic Transformations: A Guide to Functional Group Preparations
  5. サリンを検出可能な有機化合物
  6. 大学発ベンチャー「アンジェスMG」イオン液体使った核酸医薬臨床試験開始
  7. アメリカ企業研究員の生活②:1〜2年目の様子
  8. 元素手帳2022
  9. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑯:骨伝導ヘッドホンの巻
  10. Z選択的ホルナー-エモンズ試薬:Z-selective Horner-Emmons Reagents

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年2月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728

注目情報

最新記事

条件の「前後」も実験条件である【プロセス化学者のつぶやき】

前回まで1. 設定温度と系内の実温度のお話2. 温度値をどう判断するか3. 反応操作をし…

そのpH、“本当にその場所”の値ですか?ニードル式pHセンサーを使ってみた!

突然ですが、「培養の再現性がなんか悪い」「同じ条件のはずなのに結果がズレる」といった経験はあ…

「骨格編集」×「ナノカーボン合成」〜ナノカーボン合成の新戦略を実証〜

第719回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科(忍久保研究室)博士後期課程2年の平…

【書評】立体化学 はじめの一歩

立体化学は,分子の三次元構造を理解するための重要な分野であり,有機化学や…

水のシミュレーション入門 — 水分子を計算機の中でどう”描く”か —

身近なのに、計算機にとって手強い"水"。本記事では、点電荷モデルから機械学習まで、その"描き方"の進…

◆◇◆◇ 第36回フォーラム・イン・ドージン開催のご案内 ◆◇◆◇

同仁化学研究所が熊本から世界へ情報発信するフォーラム・イン・ドージンの開催ご案内です。今年は『な…

『力』による円偏光発光のon/off制御を単一分子レベルで実現

第718回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 物質理工学院(相良研究室)博士後期課程2年の野中…

数日かかっていた反応機構解析を、わずか数分に!

機械学習ポテンシャルが変える計算化学の現在近年、DFT計算による反応機構解析は広く行われるよ…

海外ポスドクのオファーをもらう【アメリカで Ph.D. を取る: 進路編】

ポスドクとして海外に留学する場合、希望する研究室の教授に直接連絡を取り、面接などを通して適性を判断さ…

MDで観るトライボロジー 〜原子が擦れるその場をシミュレーション〜

軽くて強いのに摩耗に弱いチタン合金は、航空機や人工関節に広く使われています。原子が擦れ合うその場を分…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP