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メリフィールド ペプチド固相合成法/Merrifield Solid-Phase Peptide Synthesis

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概要

メリフィールド ペプチド固相合成法(Merrifield Solid-Phase Peptide Synthesis, SPPS)は、不溶性の高分子担体(レジン)上にアミノ酸を一残基ずつ縮合・脱保護のサイクルで連結し、ペプチド鎖を伸長する手法。1963年に Robert Bruce Merrifield が報告し[1]、この業績により Merrifield は1984年のノーベル化学賞を受賞した。

ペプチド固相合成法(SPPS)は、ペプチドおよびタンパク質を化学合成する代表的手法である。C末端側を不溶性の高分子担体(一般に架橋ポリスチレン系のレジンビーズ)へリンカーを介して固定し、(i) N末端保護基の除去(脱保護)、(ii) 次のNα-保護アミノ酸のカルボキシ基を活性化してのアミド結合形成(カップリング)、という2工程を繰り返して鎖を一残基ずつ伸長する。バクテリア中で合成させることの難しいリボソームペプチドの合成や、D-アミノ酸、重原子置換体などの非天然アミノ酸の導入、ペプチド及びタンパク質主鎖の修飾なども可能である。各サイクルでは過剰の試薬を用いて反応を完全に近づけ、余剰試薬・副生物は洗浄(濾過)だけで除去できる。この「過剰試薬+洗浄」という単純な操作の反復が固相法の本質で、液相合成法(LPPS)で各段階に必要だった中間体の単離・精製を省けるため、迅速化・自動化に適する[1][34]

保護基戦略により Boc法(Nα-Boc/側鎖ベンジル系、除去は酸)と Fmoc法(Nα-Fmoc/側鎖 tBu・Trt・Boc など、Fmocは塩基、側鎖はTFAで除去)に大別され、危険な無水フッ化水素(HF)を最終切り出しに要しない Fmoc法が今日の標準となっている[2][3][10][35]。SPPSはインスリンやユビキチン、エリスロポエチンといった長鎖ペプチド・タンパク質の化学合成(多くはネイティブ・ケミカル・ライゲーションとの併用)や[26][27][28]、多くのペプチド医薬の製造プロセスの基盤技術として広く使われている[24][25]

反応機構

SPPSは「カップリング」と「脱保護」の2つの素反応の反復である。以下、現在標準の Fmoc法を中心に、各段階の機構的要点を述べる。

(1) カップリング(アミド結合形成)

 Nα-保護アミノ酸のカルボキシ基を活性化し、樹脂上ペプチドのN末端アミンと反応させてアミド(ペプチド)結合をつくる。活性化法は大きく次のように整理される[5][6]縮合剤の項目も参照されたい。

  • カルボジイミド法(DCC/DIC):カルボジイミドがカルボキシ基と反応して高反応性の O-アシルイソ尿素を生じる。Merrifield の原報は DCC を用いた[1][30]O-アシルイソ尿素は反応性が高い反面、分子内転位で不活性な N-アシル尿素へ失活したり、ラセミ化を促したりするため、通常は下記の求核性添加剤と併用する[5][6]
  • 添加剤(HOBt/HOAt/Oxyma)O-アシルイソ尿素を捕捉して安定な活性エステル(OBt/OAt/Oxymaエステル)に変換し、N-アシル尿素への失活とラセミ化を抑える。とくに HOAt はベンゾトリアゾール骨格7位のアザ窒素による近接塩基効果で反応を加速し低ラセミ化を与えるとされる[7]。Oxyma はベンゾトリアゾール類の爆発性リスクを避ける代替添加剤として提案された[8]
  • ウロニウム/アミニウム型(HBTU・HATU・TBTU・COMU)およびホスホニウム型(PyBOP・PyAOP):添加剤アニオンをあらかじめ組み込んだ「事前活性化」試薬で、塩基(DIPEA等)存在下でその場で活性エステルを生成する。HATU は HOAt を、COMU は Oxyma を骨格に持つ[5][9]。ウロニウム型は遊離アミンを過剰・長時間曝すとグアニジル化(キャッピング)する副反応がありうるため、活性化剤はカルボン酸に対し等量以下にとどめるのが定石とされる[5]
(2) 脱保護

Fmoc基塩基(標準は20%ピペリジン/DMF)で除去される。ピペリジンがフルオレン9位の酸性プロトンを引き抜き、E1cb型のβ脱離を経てカルバマートアニオン→脱炭酸によりN末端アミンを遊離するとともに、ジベンゾフルベン(DBF)を副生する[2][4]。DBFは求電子的でアミンを再アルキル化しうるため、過剰のピペリジンがMichael型付加でDBF–ピペリジン付加体として捕捉・不活性化する(脱保護に塩基を大過剰で用いる機構的理由の一つ)[4]

固相上でペプチドを伸長させることの意義

 伸長中のペプチド鎖が架橋高分子上に希釈・固定されることで、鎖間・鎖内の会合による反応性低下を避けやすく、擬似的な高希釈条件が実現される。この点は大環状ペプチドの合成にも有利に働く[14][15]。一方で、疎水性・β-シート傾向の高い配列では、樹脂内で鎖どうしが水素結合で凝集して膨潤が落ち、試薬アクセスが阻害されてカップリング/脱保護効率が急落する「困難配列(difficult sequence)」の問題が現れる[14][15]

ラセミ化(エピメリ化)の機構

ペプチド合成のラセミ化は主として、活性化されたカルボニルに対し隣接アシルアミノのカルボニル酸素が分子内攻撃して5(4H)-オキサゾロン(アズラクトン)を生じ、その4位が脱プロトンして進む経路で説明される[6]。Nα-Fmoc のようなカルバマート型保護はアズラクトン化を起こしにくいため、Fmoc逐次伸長での単一残基カップリングのラセミ化は一般に小さい。ただしフラグメント(セグメント)縮合ではC末端がアシルアミノ環境となりリスクが上がる[4][6]。このため、ペプチド合成法ではN-末端から伸長させていくのが定法である。C-末端から伸長させると、アズラクトン経由でα位のラセミ化が起こりやすく、好ましくない。

特徴・適用範囲・類似反応との比較

強み: 固相化により過剰試薬・洗浄で各段階を駆動でき、単離・精製を伴わず高速・自動化できる[1][34]。マイクロ波加熱[18][19]や連続フロー化により大幅な時間短縮が可能で、全自動フロー化学合成では1残基あたり数十秒〜数分での鎖伸長と、~150残基級タンパク質の数時間合成まで実証されている[20][21]。擬似高希釈環境は大環状ペプチド合成にも向く[14]

弱み・注意点: 反応の完結度をレジン上で直接評価できないため、各カップリング/脱保護の不完全さは欠損配列(deletion sequence)として蓄積する[15]。反復する塩基処理はアスパルトイミド化(Asp配列、とくにAsp–Gly)を招きやすく、α/β異性化やラセミ化の原因となる[4][11]。Cys・Hisはラセミ化しやすく[16][17]、Xaa–Pro配列などではジケトピペラジン生成による鎖切断も起こりうる。困難配列での凝集も本質的課題である[14][15]。加えて、大量のDMF/NMPを消費する点は環境負荷(高いPMI)として近年強く問題視されている[31][32]

手法 概要 長所 短所・注意 使いどころ
SPPS(Fmoc法) 不溶性樹脂上で逐次伸長 高速・自動化・過剰試薬で高変換 欠損配列・凝集・溶媒多消費、長鎖で純度低下 〜50残基程度までの標準的ペプチド、医薬原薬の骨格構築[24]
SPPS(Boc法) Nα-Boc/最終HF切り出し 困難配列・凝集に強い場合がある HF等の強酸を要し設備・安全面の制約 Boc特有の利点が要る配列、チオエステル合成
液相法(LPPS)/ハイブリッド(例:AJIPHASE 可溶性タグ支援の溶液合成 大スケール・中間体解析が容易 各段階の設計・精製が必要 工業スケール製造、短〜中鎖フラグメント[22][23]
ネイティブ・ケミカル・ライゲーション(NCL)+SPPS SPPS断片を化学選択的に連結 タンパク質サイズまで到達可能 N末Cys等の設計・チオエステル調製が必要 タンパク質・長鎖の全合成[26][27][28][29]
KAHAライゲーション/酵素的ライゲーション α-ケト酸–ヒドロキシルアミン反応、またはligase酵素 直交的・特定条件で温和 適用範囲・基質設計に制約 NCLが使いにくい連結部位の補完[36][37]

反応例

SPPSを鍵段階として複雑分子を構築した代表的実例
  • タンパク質の化学全合成(NCL併用): NCL は、保護基を外したペプチド–チオエステル断片(SPPSで調製)と、N末端システインを持つ別断片とを中性水溶液中で化学選択的に連結する反応で、SPPS単独では届かない長さのタンパク質合成を可能にした[26]。これを用い、糖タンパク質エリスロポエチン(166残基)の均一体全合成[28]や、各種修飾タンパク質の合成が達成されている[27]。ペプチドヒドラジド法は、SPPSで容易に得られるヒドラジドをその場でチオエステルへ変換してC→N方向に逐次NCLを行う実用的な改良で、長鎖合成を簡便化した[29]
  • インスリン・ユビキチンなど: システイン化学やイソアシル法による凝集回避と多段NCLを組み合わせ、インスリンやポリユビキチン鎖などの化学合成が報告されている[27]
  • 全自動フロー化学によるタンパク質合成: 高速フローSPPS(1残基あたり数分)を基盤に[21]、加熱フロー条件での全自動合成により、酵素活性を持つタンパク質を含む長鎖ポリペプチドが数時間で合成できることが示された[20]
  • ペプチド医薬の製造: 多くのペプチド医薬の製造がSPPSまたはSPPS/LPPSハイブリッドに立脚している[24][25]。たとえばGIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチドのキログラムスケールGMP製造は、SPPSとLPPSを組み合わせたハイブリッド型連続製造プロセスとして報告されている[24]

実験手順

標準的なFmoc-SPPSサイクル[4][15][34]
  1. 樹脂の膨潤: レジン(Wang、Rinkアミド、2-クロロトリチル等)をDMF/DCMで十分膨潤させる。
  2. Fmoc除去: 20%ピペリジン/DMFで処理し、DMFで十分洗浄する。脱保護の完結はDBF由来のUV吸収(310 nm付近)でモニタリングできる[4]
  3. カップリング: Nα-Fmoc-アミノ酸(多くは3〜5当量程度)を DIC/Oxyma、または HBTU/HATU+DIPEA などで活性化し、樹脂上アミンと反応させる。完結はカイザー試験等で確認する。困難な残基では二重カップリングや加熱を行う[14][18]
  4. 2〜3の反復: 目的配列まで一残基ずつ伸長する。
  5. 切り出し・側鎖脱保護: TFAを主体とするカクテル(スカベンジャーとしてTIS、水、含Cys時はEDT等を配合)で処理し、側鎖保護基の除去と樹脂からの切断を同時に行う。
  6. 精製: 逆相HPLCで精製し、質量分析で確認する。

実験のコツ・テクニック

  • Fmocの脱保護条件:通常20%ピペリジン/DMFで行う。これで完結しない場合はDBU(1〜5%)/ピペリジン(20%)/DMFが有効なことがあるが、この条件はAsp・Asn含有ペプチドには用いない(アスパルトイミド化が進行するため)[11]
  • アミンフリー溶媒の使用:DMFやNMPが広く用いられるが、両溶媒は経時的に分解して二級アミン不純物(ジメチルアミン等)を生じ、意図しない脱保護の原因になりうる。AldraAmineパケット等のトラップ剤で除去してアミンフリー溶媒として用いるとよい。
  • Cys/Hisのラセミ化抑制:システインおよびヒスチジンの導入時にはラセミ化のリスクを伴う。Cysの場合は硫黄原子のd軌道と脱プロトン化によって生じるカルバニオンが相互作用して安定化を受け、ラセミ化が促進されると考えられている。強塩基(DIPEA過剰)や過度の活性化・長時間・高温を避け、弱めの塩基・低温・穏和な活性化条件を用いるとラセミ化を抑えやすいとされる[16][17]。Hisの場合は遊離π窒素が塩基として働くことが問題となることから、その保護(MBom基・Dpm基・NAPom基など)も有効との報告がある[17]

  • 樹脂・ローディングの選択: 目的C末端構造(酸/アミド)や切り出し条件に応じてWang・Rinkアミド・2-クロロトリチルを使い分ける。低ローディング樹脂の使用がon-resin凝集の低減に役立つ。
  • グリーン溶媒への代替: REACH等の規制と高PMIを背景に、DMF/NMPをNBP・GVL・2-MeTHF/EtOAc・水系ミセルなどへ置き換える検討が進んでいる[31][32]

参考文献

  1. Merrifield, R. B. J. Am. Chem. Soc. 1963, 85, 2149–2154. DOI:10.1021/ja00897a025 (基本文献:SPPS原著)
  2. Carpino, L. A.; Han, G. Y. J. Org. Chem. 1972, 37, 3404–3409. DOI: 10.1021/jo00795a005 (Fmoc保護基)
  3. Chang, C.-D.; Meienhofer, J. Int. J. Pept. Protein Res. 1978, 11, 246–249. DOI: 10.1111/j.1399-3011.1978.tb02845.x (Fmoc-SPPS)
  4. Behrendt, R.; White, P.; Offer, J. J. Pept. Sci. 2016, 22, 4–27. DOI: 10.1002/psc.2836 (Fmoc-SPPS総説:脱保護・副反応)
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  6. Valeur, E.; Bradley, M. Chem. Soc. Rev. 2009, 38, 606–631. DOI: 10.1039/b701677h (アミド結合形成・ラセミ化)
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  8. Subirós-Funosas, R.; Prohens, R.; Barbas, R.; El-Faham, A.; Albericio, F. Chem. Eur. J. 2009, 15, 9394–9403. DOI: 10.1002/chem.200900614 (Oxyma)
  9. El-Faham, A.; Subirós Funosas, R.; Prohens, R.; Albericio, F. Chem. Eur. J. 2009, 15, 9404–9416. DOI: 10.1002/chem.200900615 (COMU)
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  13. Wöhr, T.; Wahl, F.; Nefzi, A.; Rohwedder, B.; Sato, T.; Sun, X.; Mutter, M. J. Am. Chem. Soc. 1996, 118, 9218–9227. DOI: 10.1021/ja961509q (擬プロリン)
  14. Paradís-Bas, M.; Tulla-Puche, J.; Albericio, F. Chem. Soc. Rev. 2016, 45, 631–654. DOI: 10.1039/c5cs00680e (困難配列総説)
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  18. Palasek, S. A.; Cox, Z. J.; Collins, J. M. J. Pept. Sci. 2007, 13, 143–148. DOI: 10.1002/psc.804 (マイクロ波支援SPPS)
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  20. Hartrampf, N.; Saebi, A.; Poskus, M.; Gates, Z. P.; Callahan, A. J.; Cowfer, A. E.; Hanna, S.; Antilla, S.; Schissel, C. K.; Quartararo, A. J.; Ye, X.; Mijalis, A. J.; Simon, M. D.; Loas, A.; Liu, S.; Jessen, C.; Nielsen, T. E.; Pentelute, B. L. Science 2020, 368, 980–987. DOI: 10.1126/science.abb2491 (全自動フロー化学タンパク質合成)
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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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