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スポットライトリサーチ

芳香環にフッ素を導入しながら変形する: 有機フッ素化合物の新規合成法の開発に成功

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第361回のスポットライトリサーチは、早稲田大学大学院先進理工学研究科(山口潤一郎研究室小松田 雅晃 さんにお願いしました。

小松田さんの所属する山口研では「分子をつなぐ」「分子をぶっ壊す」「役立つものをつくる」をテーマに掲げ、これまでにもたくさんの反応を報告されています。今回ご紹介する研究は、芳香環にフッ素を導入する新規合成法です。特に医薬品の分野で含フッ素化合物は注目されていますが、芳香環にフッ素を入れようと思うと置換反応をイメージする方が多いのではないでしょうか。置換反応ではない、芳香環の形を変えながらフッ素入れていくこの新たなアプローチは、Chemical Science誌 原著論文とプレスリリースに公開されています。

“Ring-Opening Fluorination of Bicyclic Azaarenes”

Komatsuda, M.; Suto, A.; Kondo, H.; Takada, H.; Kato, K.; Saito, B.; Yamaguchi, J., Chem. Sci., 2022, 13, 665-670. doi:10.1039/D1SC06273E

研究室を主宰されている山口 潤一郎 教授から、小松田さんについて以下のコメントを頂いています。

小松田くんは弊研究室の1期生の学生(正確に言うと修士からなので2期生かも)です。元々研究していた脱芳香族的官能基化反応から、同じ「芳香環を壊す」というだけで、今回の開環型フッ素化反応にガラッとテーマを強制変更されたにも関わらず、きれいにまとめてくれました。これまで指導した中ではもっとも実務的能力の高い優秀な学生だと思います。彼の唯一の欠点は「運の悪さ」で、そのせい?で論文投稿から査読すらしてもらえず、苦しみましたが、Chemical Scienceでようやく査読がされ、賞賛つきで即座に受理されました。本研究は武田薬品工業との共同研究テーマで、日頃からお世話になっている、齊藤文内さんと論文を出せたことも大変うれしく思います。

小松田くんは4月から製薬会社の研究職ですが、しっかりと実務経験を積んで、2年以内ぐらいに大学教員として戻ってきてくれるのではと期待しています。彼に興味のある方がいればぜひ声をかけて下さい。

山口潤一郎

今回はスポットライトリサーチムービーも撮影していただきました。ムービーもインタビューもご覧ください。

スポットライトリサーチムービー

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回、芳香族化合物にフッ素を導入しながら環を開き、その形を変える「芳香環開環型フッ素化反応」を開発しました。

分子にフッ素原子を導入すると、化学的・物理的性質を変化させることができることから、その導入法が盛んに研究されています。中でも有機化合物の代表格である芳香環にフッ素を導入する手法は、精力的に研究されています。しかし、既存の手法では芳香環の水素や置換基をフッ素に置き換えるものが多く、芳香環自体の形を変えるようなフッ素導入反応はほとんど知られていませんでした。もし、フッ素導入と同時に芳香環の形を変えることができれば、膨大に存在する芳香環から、より多様な有機フッ素化合物を創出することができます。

今回、私たちは二環式アザアレーンという芳香環に求電子的フッ素化剤を作用させることで、フッ素化に続き、窒素―窒素結合が切断され芳香環が開環する「芳香環開環型フッ素化反応」の開発に成功しました。本反応は、芳香環を求核剤とした求電子的フッ素化反応に分類されるものの、生成物として第三級フッ素化合物を与える新形式の反応です。簡便かつ穏和な条件で反応が進行するため、複雑化合物の合成終盤での適用も可能であり、創薬化学研究における新規医薬品候補化合物の合成などへの応用が期待できます。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

思い入れがあるところは、反応の機構解明です。研究開始当初、反応終了後の1H NMR測定では生成物しか見えないのに低収率ということがよくありました。最初は、あまり気にしていませんでしたが、よく考えていくと反応が安定な中間体で止まり、それが重クロロホルムに難溶であることに気がつきました。フッ素が入った後の中間体がまさかそこまで安定だとは思っていませんでした。この発見をきっかけに、中間体の単離やフッ素化剤の役割の解明など機構に関する様々な知見を得ることができました。NMRスペクトルが綺麗だからといって油断せず、マスバランスや化合物の溶解性に着目していたのが幸いしました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

実はこの研究は、反応の不斉化に労力と時間の半分以上をかけました。ありとあらゆる手法を試みましたが、来る日も来る日も0%eeでした。しかし、不斉が発現しない理由を考えたことで、この反応の機構や化合物の特性など様々なことがわかりました。反応が進行しないときには、必ず理由を考えるという大切なことを学びました。最終的には(DHQD)2PHALから調製したキラルフッ素化剤を用いることで、中程度のエナンチオ過剰率ではあるものの反応の不斉化に成功しました。完全に満足な結果ではありませんが、論文に苦労の跡を残せてよかったです。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

今年度で博士の学位を取得見込みで、その後は製薬企業の研究職に就く予定です。異なる場所で新たなチャレンジをしていくことになりますが、これまでと変わらず化学(研究)を楽しむという姿勢を一番大切にしていきたいと思います。また、今回の武田薬品との共同研究を通して、産学の協働にも非常に興味をもちました。今後は、企業側からアカデミアとの共同研究を牽引できるような人材にもなっていきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

「実験結果を骨の髄までしゃぶり尽くそう!」

実はこれは、東工大の鷹谷先生の受け売りで、最近うちの研究室で流行っている言葉です。笑 同じ研究結果が目の前にあっても実験者が異なれば、様々な見方や考え、研究の色が出てくると思います。見逃している宝(現象)がないか、それを見つけられるのは自分だ!くらいの気概で徹底的に結果を見つめましょう。(今回のスポットライトリサーチがその励ましになれば幸いです。) またその根本には、研究を楽しむ気持ちとサイエンスが好きだという気持ちがあると思います。ぜひ、その気持ちを大切にしていきましょう。

最後になりますが、本研究に限らず日々様々なことをご指導いただいている潤さん、カトケンさん、共同研究者として本研究に取り組んでいただいた山口研究室の須藤さん、近藤くん、武田薬品工業の高田博士、齊藤博士に感謝申し上げます。また、本研究成果を取り上げてくださったケムステーションのスタッフの皆様にも感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:小松田 雅晃(こまつだ まさあき)
所属:早稲田大学大学院先進理工学研究科応用化学専攻 山口潤一郎研究室 博士後期課程三年 (日本学術振興会特別研究員DC2)
研究テーマ:芳香族化合物の骨格変換を伴う官能基化の開発
経歴:
2017年 早稲田大学先進理工学部応用化学科 卒業 (細川誠二郎准教授)
2019年 早稲田大学大学院先進理工学研究科応用化学専攻 博士前期課程 修了 (山口潤一郎教授)
2019年〜現在 早稲田大学大学院先進理工学研究科応用化学専攻 博士前期課程 (山口潤一郎教授)
2019年11月〜2020年1月 中国科学院上海有機化学研究所 短期留学 (You Shu-Li教授)
2020年〜現在 日本学術振興会特別研究員(DC2)

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大学院生です。ケモインフォマティクス→触媒

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