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スポットライトリサーチ

求電子的インドール:極性転換を利用したインドールの新たな反応性!

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第 377回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院 工学研究科 有機・高分子化学専攻 博士後期課程 (研究当時) の 田中 啓貴 (たなか・ひろき) さんにお願いしました。田中さんの出身研究室である有機化学講座 触媒有機合成学研究グループ (石原研究室は、入手容易な元素を活用した酸塩基複合触媒の開発と応用を中心に注目すべき成果を数多く発表されており、近年は特にヨウ素を利用したクリーンな触媒反応の開発に注力されています。

田中さんらのグループは、創薬化学などで重要な化学骨格であるインドールの触媒的極性転換法を新たに開発し、その成果を J. Am. Chem. Soc 誌に発表されるとともに、プレスリリースされました。
含窒素複合複素環であるインドールは化学的も生物学的にも非常に興味深い性質を有しており、その効率的な誘導体化法の創出は有機合成化学における課題の一つとして長年精力的な研究が展開されています。インドールの反応といえば電子豊富な五員環の性質を活かした求核的反応が一般的で、その対局である求電子反応はほとんど実用化されていません。田中さんらはヨウ素の性質を巧みに活用することでインドールの 3 位を求電子剤として利用することを可能にし、その応用の幅を広く拡充することに成功しました。

Hypoiodite-Catalyzed Oxidative Umpolung of Indoles for Enantioselective Dearomatization

Hiroki TanakaNaoya UkegawaMuhammet Uyanik*, and Kazuaki Ishihara*

J. Am. Chem. Soc, 2022, 144(13), 5756–5761, doi: 10.1021/jacs.2c01852

Here we report the oxidative umpolung of 2,3-disubstituted indoles toward enantioselective dearomative aza-spirocyclization to give the corresponding spiroindolenines using chiral quaternary ammonium hypoiodite catalysis. Mechanistic studies revealed the umpolung reactivity of C3 of indoles by iodination of the indole nitrogen atom. Moreover, the introduction of pyrazole as an electron-withdrawing auxiliary group at C2 suppressed a competitive dissociative racemic pathway, and enantioselective spirocyclization proceeded to give not only spiropyrrolidines but also four-membered spiroazetidines that are otherwise difficult to access.

本研究を指導された、触媒有機合成学研究グループ准教授の ウヤヌク・ムハメット准教授ならびに石原一彰教授より、田中さんの研究に対する姿勢や人となりについてコメントを頂戴しております。

ウヤヌク ムハメット准教授より

田中君と 6 年間一緒に研究して、最も強い印象は、研究に対するその姿勢の真摯さ、丁寧さ、そして情熱でしょう。今回の研究成果もここまでに仕上げることができたのは、彼の最後まで粘り強くやり尽くすその努力の賜物であると言っても過言ではありません。彼は、本研究を通して苦労も多くあったでしょうが、数多くの発見やセレンディピティーを引き当てた経験を活かし、これからも素晴らしいサイエンスを展開していくことでしょう。今後の活躍をとても楽しみにしています!

 

石原一彰教授より

本研究は請川君 (2017年3月修士課程修了) の学士・修士研究として 2014 年にスタートし、その後、田中君 (2022 年 3 月博士課程修了、プロフィールはコチラ)が修士・博士研究として引き継ぐことで、大きな成果として論文発表するに至りました。実に 8 年の歳月を費やしたことになります。この論文はいくつものブレイクスルーを積み上げた構成になっており、なかでも大きな発見は I(III) によってインドールが活性化される反応機構を明らかにした点にあります。田中君のモットーは「為せば成る」であり、その強靭な信念と弛まぬ努力が開花した成果と言えます。これからは企業研究者として次のステージでのさらなる活躍を期待しています。

研究室配属前からの長年にわたるテーマを、見事華咲かせるまで成長させた、その集大成ですね! それでは、インタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

インドールは電子豊富な芳香族化合物であり、特にインドール 3 位は求電子剤に対する高い反応性を示します。従って、フリーデル・クラフツ型反応など “求核的インドール” を利用した反応が数多く開発されてきました。一方、“求電子的インドール“ は、従来とは対照的な反応性を示すため、新たな分子変換反応への展開が期待できます。しかし、インドール 3 位での求電子付加が優先してしまうためか、その極性転換は困難でありました。今回、我々はヨウ化物を触媒として用いることでインドール窒素上のヨウ素化に伴い、通常 “求核的なインドール “を “求電子的インドール“ へと極性転換することに成功しました。キラルアンモニウムヨウ化物を用いることでインドールの不斉脱芳香族化反応を開発し、また、得られた生成物は様々なインドール誘導体へと効率的に変換できることも見出しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究テーマで工夫したところは、ピラゾールというユニークな置換基をインドールに導入したところです。“求電子的インドール“だからこそできたという反応を探し求めた結果、ピラゾールを補助基として用いることで、インドール3位への求核付加を促進できることを見出しました。その結果、トリプタミンの脱芳香族的環化反応では従来とは対照的にスピロ環化反応が進行し、形成困難なスピロアゼチジン骨格を不斉構築することにも成功しました。

また、思い入れがあるところは反応速度論解析です。本文中の Hammett plot のグラフはたった数個のプロットですが、それらを導き出すために数百回にも及ぶ簡易分液操作とNMR測定を行いました。大変な実験でしたが、きれいな相関関係が得られたときは目で見ることができない世界にも関わらず有機化学の美しさを肌で感じることができました

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

やはり反応機構解析です。今回の論文は、“求電子的インドール“ というキーワードで研究の新規性をアピールしているため、インドールの極性転換に関する数多くの実験的根拠が求められます。数ヶ月間うまくいかない測定を毎日のように続けていたこともありましたが、諦めずに理論解析、対照実験、機器分析を駆使することで今回の結果に繋げることができました。また、不斉収率向上のため多くの触媒合成が行われました。不斉触媒検討では、共著者である請川先輩に多大なるご尽力を頂きました。この場をお借りして感謝申し上げます。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は見えないものを追い・操り・理解する有機化学に魅了され、博士後期課程まで有機化学を専攻してきました。そんな有機化学を軸に、今後は生体現象なども理解していきたいです。また、学んだ知識と新たな分子を創造できる有機化学を武器に、世界中の人々を健康にできるような新薬の創出に貢献したいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

当記事をご覧くださりありがとうございます。研究の裏話を当時のありのままの言葉でお伝えしたかったのですが、新入社員ビジネスマナー研修を丸一日みっちり受講した後に記事の執筆に取り掛かったため随分と言葉を選んでしまいました (内容に変わりはありません)。研究室生活を通して “自分らしさを活かした研究” の大切さ学びました。結果だけを求めるのではなく、例えば、持ち前の粘り強さで困難なテーマに挑み続けたというような自分らしさを発揮した過程を大切にすることで、どんな結果であれその研究に誇りを持てるのではないかと思います。それが自分だからこそできたと誇りをもてる研究に繋げられるのではないかと思います。

最後に、このような機会を与えてくださりました Chem-Station スタッフの方々に感謝申し上げます。権威のある魅力的な Chem-Station に本研究を取り上げていただくことができ大変光栄です。

また、普段から手厚いご指導をくださりました石原先生、ウヤヌク先生、そして私の研究室生活を支えてくださりました石原研究室のメンバーの皆様に厚く御礼申し上げます。

研究者の略歴

名前:田中 啓貴 (たなか ひろき)

経歴:
2017 年 3 月 名古屋大学 工学部 化学・生物工学科 (生物機能工学コース) 修了(指導教員:石原一彰 教授、UYANIK Muhammet 助教)
2019 年 3 月 名古屋大学 大学院工学研究科 有機・高分子化学専攻 博士前期課程修了(指導教員:石原一彰 教授、UYANIK Muhammet 助教)
2022 年 3 月 名古屋大学 大学院工学研究科 有機・高分子化学専攻 博士後期課程修了(指導教員:石原一彰 教授、UYANIK Muhammet 准教授)

研究テーマ: 次亜ヨウ素酸塩触媒によるインドールの極性転換を鍵とする環化反応の開拓

(左) ウヤヌク先生  (中) 田中さん  (右) 石原先生

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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