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スポットライトリサーチ

ナノ粒子応用の要となる「オレイル型分散剤」の謎を解明-ナノ粒子の分散凝集理論の発展に貢献-

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第507回のスポットライトリサーチは、東京農工大学 大学院生物システム応用科学府(BASE) 神谷研究室の須藤 達也(すどう たつや)さんと助教として在籍されていた山下 翔平(やました しょうへい)博士にお願いしました。

本プレスリリースの研究内容はナノ粒子の分散についてで、低極性溶媒中にナノ粒子を分散させる際に多用されている「オレイン酸構造の分散剤 (オレイル型分散剤)」に着目し、この構造の分散剤がなぜ高い粒子分散機能を有しているのかを実験的に検証しました。

この研究成果は、「Chemistry – A European Journal」誌に掲載されInside Coverにも採用されました。またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Dispersibility of TiO2 Nanoparticles in Less Polar Solvents: Role of Ligand Tail Structures

Tatsuya Sudo, Shohei Yamashita, Natsumi Koike, Hidehiro Kamiya, Yohei Okada

DOI:doi.org/10.1002/chem.202203608

現場で研究を指揮されていた岡田洋平 准教授より須藤さんと山下博士についてコメントを頂戴いたしました!

有機化学を専門とする私が前職(東京農工大学工学部化学システム工学科、現化学物理工学科・助教)で初めて無機ナノ粒子を作ることになり、検索したレシピに出てきたのがオレイン酸でした。この唐突感!無機ナノ粒子なのになぜ有機物が出てくるのか?そもそもこの構造に何の意味があるのか?二重結合のないステアリン酸ではダメなのか?まさに謎だらけで、2014年当時に、学生と「オレイン酸の何がいいんだろうね?」と話したことがこのテーマのきっかけです。後になってからこの素朴な疑問が意外と奥の深い話であったことを知りますが、当時は「なぜオレイン酸?」というだけで始まった見切り発車テーマでした。

私自身も初めてのナノ粒子でしたので、合成も分析も全てが手探りで、研究に携わってくれた学生達には多大なる迷惑を掛けてきました(関係の皆さん、大したアドバイスができなくてごめんね)。実験系の構築は全て歴代の学生達の手によるものです。しかしながら、二人のインタビューにもある通り、「なぜオレイン酸?」についてはなかなか明確な答えに辿り着くことができませんでした。一度は不十分な成果であることを認識しつつも論文として逃げ切り(?)を図りましたが、当然ながら査読はそれほど甘くありません。反論の余地がない的確なコメントとともに完膚なきまでに棄却され、ついにはテーマのお蔵入りが決まりました。

正直なところ、私自身はオレイン酸が蔵から出てくることはないだろう・・・と半ば諦めていたのですが、須藤君と山下君の二人が封印されし扉をこじ開けてくれました。研究室で進めていた他のテーマや、関連する文献から様々な着想を得て、まさに手を変え品を変え、オレイン酸と向き合ってくれました。私自身は「とりあえずやってみる」ことが多いのですが、二人はよく調べ、よく考え、極めて合理的に研究を進めてくれました。二人がいなければ、オレイン酸は今も蔵にいたと断言できます。引っ張り出されたオレイン酸は、正確には「オレイルホスホン酸」ですが、8年の歳月を超えて「なぜオレイン酸?」という疑問に一応の答えを出せたことは非常に感慨深いです。二人ともありがとう!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

【山下博士】

ナノ粒子を低極性溶媒中に分散させるために広く用いられているオレイル型分散剤がなぜ有用なのかについて、類似構造との比較を通して実験的に明らかにしました。

ナノ粒子を扱う上では、凝集を抑制(用途によっては促進)することが重要であり、「分散剤」を用いて粒子を溶媒中で分散させる戦略がよく用いられます。分散剤の設計指針は対象溶媒が水なのかトルエンなどの低極性溶媒なのかによって大きく異なりますが、実は低極性溶媒に対して用いられる分散剤の構造は限定的で、ほとんどが長鎖炭化水素型かオレイル型です。オレイル型が優れた分散剤であることは広く知られている一方、オレイル型がなぜ良いのかはきちんと調べられていないのが実情です。今後新たな分散剤を設計していく上では、既存の構造のどの部分が寄与しているのかを理解する必要があります。

当研究グループはかねてより「分散剤の構造と分散機能の相関」に着目しており、これまでの研究において長鎖炭化水素型においては長すぎても短すぎても分散に不利となるケースがあることを見出しています。これらの知見を踏まえ、本研究では「オレイル型」がなぜ高い分散機能を有しているかを実験的に検証しました(図1)。

図1

結果、「cis型の二重結合」を「分子中央」に持つ「十分な長さ」の分子であることがナノ粒子の分散性向上に寄与していると結論付けることができました(図2)。今後、低極性溶媒中におけるナノ粒子の分散凝集制御に関して、理論の体系化や分散剤の構造最適化を目指す上での基礎知見としての寄与が期待できます。

図2

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

【須藤さん】

分散剤や有機溶媒のチョイスにこだわりました。研究を進めていく中で「cis体のオレイン酸型分散剤」が「二重結合のないステアリン酸型分散剤」よりも高い粒子分散機能を有していることがわかりました。この結果を受けて、二重結合が分子中央にあることが重要なのか、もしくは二重結合の存在自体に意味があるのかという点が気になりました。そこで、「二重結合が分子の末端にある分散剤」を独自に合成しました。この分散剤がそれほど良い粒子分散機能を発現しなかったことから、二重結合の位置にも明確な意味があることが判明し、議論を一段階深めることができました。

また、炭素数の異なる有機溶媒をいくつか用意したうえで粒子分散性を検証することで、分散剤の粒子分散機能の序列を明確に決定づけることが可能となり、上述のような明確な結論を導き出すことができました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

【須藤さん】

分散剤の粒子分散機能を適切に評価する実験系を作り上げることに苦労しました。実は、この研究テーマ自体は研究室に配属された当初から取り組んでいました。ところが、研究当初の実験系は「粒子表面に吸着せずに残った分散剤が除去できておらず、分散剤の性能をフェアに評価できない」「粒子種の都合で実施できる分析手法が限られており、考察に値するような実験データが不足している」…など課題が山積みで、なかなか論文化に足るような実験データを取得できずにいました。

そこで、粒子種と分散剤の組み合わせを地道に検討して実験系を改良することを試みました。その結果、「8 nmの酸化チタンナノ粒子」と「ホスホン酸分散剤」という組み合わせであれば様々な分析手法を組み合わせて分散剤の性能を細かく議論できることを見出しました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

【須藤さん】

これからも化学を基軸とした研究開発に携わりたいと考えています。この研究を通して、界面化学や有機化学、無機化学などの多様な分野の知識や技術を養うことが出来ました。このような多岐にわたる経験を実学として活かすことで、今度は産業界で社会を変えるような新たな技術の開発に挑戦したいと考えています。

【山下博士】

研究における異分野連携を加速するような関わり方をしていきたいです。ナノ粒子の界面化学は、無機化学・有機化学・分析化学などの分野と密接に関係しているという観点でも面白く、これらの分野が連携すればさらに議論が深められるはずです。しかし実際このような連携は難しいのが現状です。学際的な研究領域に携わりたいという意味も込めて、将来は異分野をつなぐ架け橋になりたいと考えています。今春からは非研究職で知見を扱う仕事に従事しますが、異分野の架け橋としての道は引き続き模索していくつもりです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

【須藤さん】

現在、本研究の成果を上回るような研究結果を見出しており、論文化に向けて着々と準備を進めています。ぜひ今後の発表にご期待ください。

「研究」が常に好調に進んでいる人はごく僅かであり、実際のところ多くの人が大きな壁にぶつかりながら研究に向き合い続けているのではないでしょうか。私自身もその中の一人であり、日々苦しみながら楽しく研究を進めています。でも、このような四苦八苦した経験は決して無駄にはならず、必ず今後の人生の糧になると考えています。一緒に乗り越えていきましょう。

最後になりますが、ご指導いただいた岡田先生、神谷先生をはじめ、研究室のメンバー、ならびにChem-Stationのスタッフの皆様に心から感謝申し上げます。

【山下博士】

研究成果がなかなか出ずに悩む方々に向けて特にエールを送りたいです。

実はこのテーマは決してスムーズに成果に結びついたわけではありません。私が研究室に配属された2016年にはすでに構想されており実験結果も蓄積されていました。しかし、Q3.に記載したように議論が行き詰まり、お蔵入りかと正直諦めかけた時期もありました。実際、最初に投稿した際にはリジェクトの嵐で、このテーマは一旦やめにしよう、とチームで結論づけた時期もあります。実験系改良の糸口は他のテーマに取り組んでいる間に少しずつつかめてきました。長い時間がかかりましたが、最終的に須藤さんが中心となって今回のように良い形で決着したことは非常に感慨深いです。

研究は基本失敗の連続ですが、思わぬところに解決の糸口が潜んでいることもあります。見つけられず失敗に終わるかもしれない、けれど見つけられた暁には喜びはひとしお、こういうところもまた研究の醍醐味だと思っています。いま行き詰まっているという方も、もしかしたら全然関係ないところにヒントがあるかもしれません。それが見つかって、成果につながり、研究の楽しさを味わうことのできる人が増えることを心から願っています!

最後に、本研究を支えてくださった研究室の皆様、並びに本研究を取り上げてくださったChem-Stationのスタッフの皆様に改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。

研究者の略歴

須藤 達也(すどう たつや)

所属: 東京農工大学大学院 生物システム応用科学府 食料エネルギーシステム科学専攻 一貫制博士課程4年 (神谷研究室)

研究テーマ: ナノ粒子分散における分散剤の構造機能相関

略歴:

2019年3月 東京農工大学工学部化学システム工学科 早期卒業

2019年4月~現在 東京農工大学生物システム応用科学府食料エネルギーシステム科学専攻(一貫制博士課程)

2022年4月~現在 日本学術振興会特別研究員(DC2)

受賞:

2020年度粉体工学会春季研究発表会奨励賞

山下 翔平(やました しょうへい)

所属: 東京農工大学 グローバルイノベーション研究院 助教 (神谷研究室)

研究テーマ: コロイドナノ粒子の界面化学

略歴:

2022年3月 東京農工大学生物システム応用科学府食料エネルギーシステム科学専攻(一貫制博士課程)修了

2022年4月‒2023年3月 東京農工大学 グローバルイノベーション研究院 助教

2023年4月‒現在 株式会社ビザスク

受賞:

2020年度粉体工学会春季研究発表会奨励賞

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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