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化学者のつぶやき

ベンゼンの直接アルキル化

ベンゼンにアルキル基を導入したいとき、皆さんはどのような手法を用いますか?

ベンゼンの置換反応

1877年の報告以来、140年もの間利用されてきている代表的な方法として、Friedel-Craft(FC)反応がある。[1] FC反応においてベンゼンは求核剤として働き、ルイス酸によって活性化されたハロゲン化アルキルによる求電子置換反応が進行する。


FC反応の欠点として、
(1)置換されたアルキルベンゼンがベンゼンよりも求核性が高いため、多置換体を与え得ること
(2)活性化されたアルキル基はより安定なカルボカチオンへと転移する傾向があり、直鎖型アルカンの導入が容易でないこと
が挙げられる。

FC反応とは逆のアプローチ法として、芳香族求核置換反応(SNAr)がある。 この反応の場合、まず求核剤が芳香環に付加し、σ錯体と呼ばれる中間体が生成し、次にsp3炭素上から脱離基が解離することで置換ベンゼンが生成する。

ちなみに、求核試薬が酸素もしくは窒素求核剤の場合をMeisenheimerもしくはJackson-Meisenheimer、炭素求核剤の場合をJanovsky錯体と呼ぶ。[2]
6π系で電子が豊富かつ芳香族性を持つベンゼン環に対して求核剤を付加させるためには、事前にNO2基などの電子求引基 (EWG)を置換させておく必要がある。さらに、σ錯体中のsp3炭素上に適切な脱離基がなく、例えば、水素がついている場合には、適切な酸化剤の添加を要する場合もある。[3]

では、炭素6つ水素6つのみから成る純粋なベンゼン(C6H6)をアルキル置換することは不可能なのだろうか?

カルシウムグリニヤール

Bath大学のHillとToulouse大学のMaronらは、カルシウムのアルキルグリニヤール試薬等価体を単離し、求電子剤として用いることでベンゼン(C6H6)の直接置換反応を達成した。

Andrew S. S. Wilson, Michael S. Hill, Mary F. Mahon, Chiara Dinoi, Laurent Maron
Science 2017, 358, 1168-1171. doi:10.1126/science.aao5923

カルシウムヒドリド二量体は、単量体のカルシムアミドとフェニルシラン(PhSiH3)との反応から容易に合成でき、70%以上の収率で単離することができる。重ベンゼン中、室温下で化合物を様々な末端アルケン(エチレン、ブテン、ヘキセン)と反応させたところ、Ca-HがC=C部位に付加して生成した直鎖状のアルキルカルシウム種 2-4が得られた。X線構造解析の結果、生成物 234は二量体を形成していることがわかった。

(図は原著論文より引用)

実は、10年前の2007年、化合物のCa上にTHFが付加した錯体がHarderらによって既に報告されていて、スチレンとの反応からアルキルカルシウム誘導体が生成することがわかっていた。[4] 針状の濃赤色結晶まで得ていたものの、残念なことに、当時、その分子構造決定には至らなかった。また、100年以上も前から、グリニヤール試薬カルシウムバージョンの合成は検討されてきており、[5] これまでに、アリール、ベンジル、トリメチルシリルメチル置換カルシウム誘導体の構造が報告されているが、直鎖型のアルキル置換カルシウム化合物の分子構造が明らかにされたのは、今回が初めてである。

ベンゼンの直接アルキル化

筆者らは、エチルカルシウム誘導体の生成条件を最適化していた際、溶媒をC6D6からd12-シクロヘキサンに変えると、生成物の安定性が向上することが確認できた。C6D6を用いた反応では、は生成した矢先にさらに別の化合物へと変化している様子が確認され、同時にd5-エチルベンゼンが生成していることが分かった。


NMR解析の結果、Ca-D二量体1(D)が生成していることから、はC6D6と直接的に置換反応していることがわかった。さらに、化合物を用いても同様の反応が進行し、それぞれd5-ブチルベンゼン、d5-ヘキシルベンゼンが得られた。

反応機構はSN2型

理論計算の結果、置換反応は、σ結合メタセシスではなく、SN2型で進行していることが分かった。

また、反応の律速はアルキルカルシウム二量体から単量体二つを発生させる段階であり、求核置換反応段階にはほとんどバリアーがないことはとても興味深い。(下図は原著論文より引用)

Hillは、エネルギーがとても小さな丘を見つけたのだ。
即ち、アルキルカルシウム単量体は、よほど活性なのであろう。この二量体→単量体の挙動が本反応達成の鍵である。ならば、カルシウムヒドリドからアルキル体を生成させた際、どうしてアルキルカルシウム単量体がさらに末端オレフィンとは付加反応しなかったのか気になるところである。村井君風に言うと、”付加は不可だが置換に果敢”ということか。また、Caがベンゼン上の水素の引き抜きに関与している計算結果から、HarderらのCa(tfh)化合物ようにTHFなどの配位性溶媒がCa上についていなかったことが、本反応の発見に繋がったと考えられる。 置換反応後には、もとのカルシウムヒドリドが再生することから、(アルケンへのヒドロアリル化による)触媒的なベンゼンの直接アルキル化も可能であろう、と著者らは最後に述べている。

参考文献

  1. C. Friedel, J.-M. Crafts, Compt. Rend. 1877, 84, 1392. (link)
  2. M. Makosza, Chem. Soc. Rev., 2010, 39, 2855. doi: 10.1039/B822559C
  3. (a) I. S. Kovalev et al., Russ. Chem. Rev. 2015, 84, 1191. doi: org/10.1070/RCR4462 (b) O. N. Chupakhin, V. N. Charushin, Tetrahedron Lett. 2016, 57, 2665. doi: org/10.1016/j.tetlet.2016.04.084
  4. J. Spielmann, S. Harder, Chem. Eur. J. 2017, 13, 8928. doi:10.1002/chem.200701028
  5. (a) E. Beckmann, Chem. Ber. 1905, 38, 904. doi: 10.1002/cber.190503801160 (b) H. Gilman, F. Schulze, J. Am. Chem. Soc. 1926, 48, 2463. doi: 10.1021/ja01420a038

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