[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

酵素発現領域を染め分ける高感度ラマンプローブの開発

[スポンサーリンク]

第519回のスポットライトリサーチは東京工業大学 生命理工学院 神谷研究室の藤岡 礼任(ふじおか ひろよし)助教にお願いしました。

神谷研究室では、化学に基づき、新しい機能を持った光機能性分子を創出することを目指し、化学・生物の融合分野であるケミカルバイオロジーの研究を進めています。具体的には、細胞内の生体分子と反応して光学特性が変化する化学プローブ(蛍光プローブ、ラマンプローブなど)の開発と、その生物応用を行っています。

本プレスリリースの研究は、ラマン散乱により検出可能な特有の分子振動を有するラマンプローブについてです。本研究グループでは、標的酵素との反応後に凝集体を形成することによって標的酵素の発現領域と非発現領域を染め分け可能な新規activatable型ラマンプローブの開発に成功しました。この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Activatable Raman Probes Utilizing Enzyme-Induced Aggregate Formation for Selective Ex Vivo Imaging

Hiroyoshi Fujioka, Minoru Kawatani, Spencer John Spratt, Ayumi Komazawa, Yoshihiro Misawa, Jingwen Shou, Takaha Mizuguchi, Hina Kosakamoto, Ryosuke Kojima, Yasuteru Urano, Fumiaki Obata, Yasuyuki Ozeki and Mako Kamiya

J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 16, 8871–8881

DOI: doi.org/10.1021/jacs.2c12381

研究室を主宰されている神谷真子 教授より藤岡助教についてコメントを頂戴いたしました!

今回の論文は、藤岡さんの弛まぬ努力と慧眼の賜物です(藤岡さんの人となり・研究姿勢は前回記事をご参照いただければと思います)。実は、今回発表したラマンプローブは、テーマ設定当初はどこまで応用可能性があるかわかりませんでしたたまたま試した実験で予想外の結果となったことを見逃さなかったことが、凝集体形成による高い染め分け能力という単なる置換基変換以外の効果があるという発見につながり、大きく研究を展開することができました。幸運の女神には前髪しかないといいますが、これも藤岡さんの常に万全の準備をして臨む姿勢がつかんだ発見です。この4月から当教室の助教として着任し、アカデミア研究者としてのキャリアをスタートした藤岡さんですが、今後、研究者として、教育者として、さらに大きく成長し、活躍してくれることを期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

ラマンスペクトルは蛍光スペクトルと比べて線幅が50–100倍ほど狭いため,ラマン顕微法は蛍光法と比べて多重検出能に優れたイメージング手法として注目を浴びています。我々はこれまでに,生体内の加水分解酵素と反応してラマン信号がoffからonに変化するactivatable型ラマンプローブを世界に先駆けて開発してきましたが,開発したプローブから酵素反応後に生成する色素は細胞内滞留性が乏しいため,生体組織においては酵素反応後に標的細胞から漏れ出してしまうことで標的酵素と非標的細胞を染め分けることができない,という課題がありました。そのような中,我々はこれまでラマンプローブ母核として活用してきた9CN-pyroninのNH2基をOH基に置換した9CN-rhodolが中性水溶液中で高い凝集性を示すことを見出しました。さらに,OH基がプロトン化あるいはアルキル化されたカチオン型の9CN-rhodolではこのような凝集性が抑えられることが分かったことから,酵素反応によって凝集性をactivateできるのではないかと考えました。そこで,酵素反応後に凝集性の高い色素が生成することで細胞内滞留性を向上させる戦略を立て,凝集体形成によって標的細胞と非標的細胞の染め分けが可能となる新規ラマンプローブの開発に取り組みました(図1)。種々の誘導体展開を経て開発した9CN-rhodolプローブは,実際に酵素反応前のカチオン型では凝集性が低いのに対して酵素反応後の双性イオン型では凝集性が高くなることが確認された上,カチオン型から双性イオン型への変化で大きく長波長化する性質も有していたため,以前の9CN-pyroninプローブと同様に吸収波長変化に伴ってラマン信号をactivate可能なプローブであることが確認されました。開発した9CN-rhodolプローブは,9CN-pyroninプローブでは達成できなかったショウジョウバエ組織における標的酵素活性領域の特異的染色が可能であることが示され,凝集体形成による細胞内滞留性の改善戦略を実証することができました(図2)。

図1 酵素反応に伴う凝集体形成を利用した標的細胞の特異的検出 (a) 今回デザインしたプローブの特徴 (b) 標的細胞検出メカニズムのイメージ

図2 開発したラマンプローブとショウジョウバエ遺伝学を応用した標的酵素発現領域の特異的検出

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

実は本プローブがこのようにworkすることは,当初全く想定しておらずセレンディピティカルに得られたイメージング画像が本研究の取っ掛かりとなりました。細胞内滞留性の改善に向けて構造を模索している中で,とりあえず酵素反応部位を導入したプローブを作ってみたはいいものの,(これではうまくいかんだろうな・・・)と思っていたところ,神谷先生に「せっかくできたから組織にかけてみようよ!」と言われるがままにどうせ無理ですよ・・・と内心思いながらプローブをかけたら思いのほか綺麗に酵素発現領域を染め分けられた画像が得られたのです。その時はたまたま共同研究先の小関先生,小幡先生と一堂に会して実験を行った日でもあり,先生方が「おお!」と唸る中,(たしかに境界を染め分けられてはいるけど何でこんなことが起きているんだ・・・)と半信半疑で画像を覗き込んだのを覚えています。その後そういえばこの色素やたら溶けにくかったんだよなというところに思い当たり(むしろこの色素は溶けにくいから当初あまり好きじゃなかったです笑),凝集体形成によってうまくworkしているのではないかと考えました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

先述の通り,本プローブの設計戦略は初めから狙ったものではなかったため,得られた結果から立ち返ってその原因を分析・精査して理論を詰めていく,というような形で研究を進めました。このため,どのようなデータを用意したらこの現象を説得力持って皆さんに伝えられるだろうか,ということに特に気を配りました。ラボのスタッフの皆さんが非常に客観的かつクリティカルに自分の論理展開を評価・修正してくださったので,最終的には自分でも納得できる形で論文にまとめられたのではないかと思います。これまでこのようなアプローチで研究を進めたことはあまりなかったため大変な作業ではありましたが,一研究者としてはこのような形で論文を出せたのは非常に勉強になり,有意義な経験ができたと感じています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

本年度から東京工業大学の助教に着任させていただき,今後もアカデミアの研究者として化学に関わっていくことになります。これからも面白い研究を続けていきたいというのは勿論なのですが,せっかく教育の場にも携われることになったので,1人でも多くの学生さんに「化学って面白いな!やってみたいな」と思ってもらえるような研究ができればと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

セレンディピティカルという表現をしてみたものの,ただ偶然が訪れるのを待っているのではなく,その背景にはセレンディピティを掴みに行く姿勢があってこそなんだということを実感しました。あの時「やってみよう」と声をかけて下さった神谷先生はさすが数々の功績を残してきただけあるなと感服する一方で,どうせ無理だろうと諦めモードだった自分を猛省する出来事として私の胸に刻まれました。どうせ駄目ならやってみよう!

最後になりますが,本研究において大変にお世話になった東京大学先端研の小関泰之教授,理研BDRの小幡史明チームリーダーに,この場を借りて深く御礼申し上げます。

研究者の略歴

名前:藤岡 礼任(ふじおか ひろよし)

所属:東京工業大学 生命理工学院 神谷研究室 助教

研究テーマ:機能性ラマンプローブの開発

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. アカデミア有機化学研究でのクラウドファンディングが登場!
  2. ウレタンを選択的に分解する触媒の開発―カルボニル基を保持してウレ…
  3. スイスの博士課程ってどうなの?3〜面接と入学手続き〜
  4. 生きた細胞内でケイ素と炭素がはじめて結合!
  5. 農薬DDTが大好きな蜂
  6. 光で狙った細胞を選択的に死滅させる新技術の開発に成功~副作用のな…
  7. 大量合成も可能なシビれる1,2-ジアミン合成法
  8. C–C, C–F, C–Nを切ってC–N, C–Fを繋げるβ-フ…

注目情報

ピックアップ記事

  1. ナザロフ環化 Nazarov Cyclization
  2. 芳香環シラノール
  3. 有機合成にさようなら!“混ぜるだけ”蛍光プローブ3秒間クッキング
  4. 有機合成化学協会誌2021年8月号:ナノチューブカプセル・ナノグラフェン・芳香環C-H変換・メタルフリー複素環合成・スピロシクロプロパン
  5. 第2回エクソソーム学術セミナー 主催:同仁化学研究所
  6. SciFinder Future Leaders in Chemistry 2015に参加しよう!
  7. スティーヴン・バックワルド Stephen L. Buchwald
  8. 史上最強の塩基が合成される
  9. Ph.D.化学者が今年のセンター試験(化学)を解いてみた
  10. 2023年度 第23回グリーン・サステイナブル ケミストリー賞 候補業績 募集のご案内

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年5月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

より良い候補を、より速く。——研究者のためのAI解析環境「Multi-Sigma-Alchemy」正式リリース

「データはある。でもAIに渡せない」——その壁を壊す多くの研究現場に、こういう状況があります…

水分子のふしぎ — 四面体性が生む水の特異性 —

「水」はとても身近な液体ですが、化学の目で見ると驚くほど多くの「ふしぎ」をもっています。この記事では…

超微細孔 MOF 内の Cu(I) サイトによる強い水素吸着とその同位体効果の応用

Long らは、超微細孔質の金属–有機構造体 (MOF) に π 塩基性の配位不飽和金属サイトを導入…

【医農薬・合成香料・水素・バイオエタノール・バイオベース有機酸】 各アプリケーションに特化した膜分離ソリューションをご紹介 ~省エネ・CO2排出削減・品質改良~

■概要製造現場では、分離・濃縮工程が製造コストや品質を大きく左右します。蒸留や吸着など十…

求職者の「内定6社でも決めきれない理由」を深掘りし、密な連携でベストマッチングを支援

化学業界における転職の難しさは、「同じ職種であっても、分野が異なれば即戦力になりづらい点」にあります…

キョウチクトウ科植物に含有される多量体型アルカロイドの完全化学合成に成功―ビスロイコノチンAおよびボウシゴニンBの世界初の全合成―

第714回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府(天然物創薬化学研究室)博士課程後期3…

科学捜査! ― 見えない指紋を化学の力で光らせよ ―

近年、分子構造に起因した発光メカニズムの解明が進み、単一分子で複数の機能を有する分子の研究が活発化し…

光で結晶の傷が癒える!?光応答性分子を用いた自己修復への挑戦

第713回のスポットライトリサーチは、立教大学理学部(森本研究室)に所属されていた西村涼 助教にお願…

ウェビナー「化学的リン酸化試薬(モノリン酸化アミダイト)の開発とRNA合成への応用」アーカイブ配信中! 【富士フイルム和光純薬】

高純度RNA合成には、効率的な精製法の確立が不可欠です。そこで、名古屋大学大学院 理学研究科の阿部 …

有機合成化学協会誌2026年6月号:抗体・薬物複合体・機能性有機蛍光色素・速度論的反応機構解析・触媒的脱水型ベンジル化・植物由来モノマー

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2026年6月号がオンラインで公開されています(記事公…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP