[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

硫黄―炭素二重結合の直接ラジカル重合~さまざまなビニルポリマーに分解性などを付与~

[スポンサーリンク]

第535回のスポットライトリサーチは、名古屋大学工学研究科 有機・高分子化学専攻 上垣外研究室の渡邉 大展(わたなべ ひろのぶ)助教にお願いしました。

上垣外研究室では、反応の制御された新しい精密重合反応を開発し、構造の制御された高分子の精密合成を行うことで、性能や機能に優れた高分子材料の開発につながる研究を行っています。本プレスリリースの研究内容は新しいラジカル重合反応についてです。本研究グループでは、硫黄―炭素二重結合をもつチオアミドが、炭素―炭素二重結合をもつ広範囲のビニル化合物と直接ラジカル共重合することを見出し、さまざまなビニルポリマーへの分解性の付与に成功しました。

この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載されSupplementary Coverにも採用されました。またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Direct Radical Copolymerizations of Thioamides to Generate Vinyl Polymers with Degradable Thioether Bonds in the Backbones

Hironobu Watanabe* and Masami Kamigaito*

J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 20, 10948–10953

DOI:doi.org/10.1021/jacs.3c01796

研究室を主宰されている上垣外正己 教授より渡邉助教についてコメントを頂戴いたしました!

渡邉大展さんは、大阪大学大学院理学研究科の青島貞人先生の研究室で博士を取得されてすぐ、2021年4月から私の研究室に助教として来てくれました。学生の時はカチオン重合の研究をしていたので、こちらでは少し視点を変えてラジカル重合の研究に取り組みましょうということで一緒に研究を始めました。本研究は、最初のアイデアから、モノマー合成、重合、ポリマー解析、計算化学による反応解析など、すべて渡邉さんが忙しい中、時間を作って粘り強く取り組み、本成果発表にこぎ着けました。温厚ですが熱い研究者です。現在では、さらに学生さんと一緒に主鎖にヘテロ原子が導入されたさまざまなビニルポリマーの合成と開発に取り組んでいます。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

チオアミド類の硫黄―炭素二重結合(S=C)の直接ラジカル重合により、主鎖にS–C結合をもつポリマーを合成しました。このポリマーは、ビニルポリマーに類似の骨格をもちますが、主鎖の硫黄原子に由来した分解性を示すことを見出しました。

ラジカル重合は、簡便さと汎用性から、学術的・工業的にきわめて広く利用されます。しかし通常、ビニル(C=C)化合物をモノマーとして用いるため、生成ポリマーの主鎖はC–C単結合のみからなり、主鎖骨格の多様性に欠けます。とくに、このようなビニルポリマーは分解性に乏しいため、環境問題などの観点から、近年主鎖に分解性ユニットを導入する手法の開発が重要になっています。これまでは主に、ある種の環状モノマーへのラジカル付加後のβ開裂反応(ラジカル開環重合)を利用することで、主鎖にエステル結合などを導入する研究が行われてきました。この方法はラジカル重合で主鎖に様々なユニットを導入できる優れた方法ですが、モノマーが環状に限定され、かつ反応性や開環反応の起こりやすさが環状モノマーの構造に依存するため、モノマー構造や重合後のポリマー構造の設計が難しい面がありました。本研究では非環状のチオアミド類を用い、そのS=C結合とさまざまなビニルモノマーのC=C結合をシンプルに直接ラジカル共重合して高分子量のポリマーを合成できること、さらに生成ポリマーが分解性を示すことを見出しました。生成した共重合体の分子量・組成のコントロールも可能でした。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

S=C二重結合をもつチオカルボニル化合物は、ラジカル化学において、Barton-McCombie反応、RAFT重合、ラジカル開環重合など、非常によく利用されてきました。しかしこれらは主にラジカル付加後のβ開裂に着目した研究で、β開裂を含まない分子間反応の研究はとても少なかったです。高分子合成の観点から見た場合、むしろ開裂させないまま重合できると、ビニルモノマーの類縁体のような構造になるためモノマー骨格として面白く、分解性などの機能を付与できて広がりがあると思い研究をはじめました。シンプルなコンセプトを、シンプルな分子を用いて形にできたことが良かったと思います。上垣外研に着任させていただいて最初に始めた研究テーマでしたので、その点でも思い入れはあります。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

S=C結合は、炭素ラジカルの付加反応を受けやすいことが知られていますが、空気中で不安定なものや、付加するとβ開裂を起こしやすいものが多いです。そのためまず目的のモノマーが安定に単離でき、かつ十分な反応性をもつのかというところから手探りではありました。ビニルモノマーとは性質も反応性も違う中で、実験と計算化学を組み合わせ、モノマーの安定性、重合性などについて知見を得ながら、研究を進めました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

研究をしていると、本当に面白いなと思う一方、楽しいことばかりではありません。自分に向かって「このポンコツ!」と叫びたくなるときも多々ありますが、自分が面白いと思う研究を、とにかく前向きに展開していきたいと思います。いろいろ考え、新しいことも吸収しながら粘り強く(細く長く、ポリマーのように…?)取り組んでいきたいと思います。また、学生のみなさん自らがどんどん発案・挑戦して、化学と研究の面白さを感じていってもらえるようにサポートしたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

読んでいただきありがとうございました。本研究はまだ始まりの段階で、これから発展させていきたいと思っていますので、他の研究も含めて今後も見ていただけると幸いです。

最後に、本研究を進めるにあたり、穏やかな人柄で素晴らしい研究環境と的確なご指導をいただいた上垣外正己先生、貴重なアドバイスとサポートをいただいた内山峰人先生本間千裕先生・研究室のメンバーをはじめ、支えてくださっている皆さんにこの場を借りて深く感謝いたします。また、上垣外研での素晴らしい経験に加え、前所属の大阪大学青島研で積んだ経験も組み合わさり、今回の研究に結びついたと思います。ありがとうございます。

研究者の略歴

名前:渡邉 大展(わたなべ ひろのぶ)

所属:名古屋大学工学研究科 有機・高分子化学専攻 上垣外研究室 助教

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 近年の量子ドットディスプレイ業界の動向
  2. マテリアルズ・インフォマティクスに欠かせないデータ整理の進め方と…
  3. ジアゾニウム塩が開始剤と捕捉剤を“兼務”する
  4. 上村大輔教授追悼記念講演会
  5. Mgが実現する:芳香族アミンを使った鈴木―宮浦カップリング
  6. ハーバート・ブラウン―クロスカップリングを導いた師とその偉業
  7. 日本にあってアメリカにないガラス器具
  8. 化学工業で活躍する有機電解合成

注目情報

ピックアップ記事

  1. Eリリーの4-6月期は19%減益、通期見通し上方修正
  2. 小島 諒介 Ryosuke Kojima
  3. マイヤース 不斉アルキル化 Myers Asymmetric Alkylation
  4. ケムステスタッフ徹底紹介!
  5. 第86回―「化学実験データのオープン化を目指す」Jean-Claude Bradley教授
  6. 野崎・檜山・岸反応 Nozaki-Hiyama-Kishi (NHK) Reaction
  7. 有機溶媒吸収し数百倍に 新素材のゲル、九大が開発
  8. 光と水で還元的環化反応をリノベーション
  9. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑤
  10. マシュー・ゴーント Matthew J. Gaunt

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年7月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

アクリルアミド類のanti-Michael型付加反応の開発ーPd触媒による反応中間体の安定性が鍵―

第622回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院理学研究科(松田研究室)修士2年の茂呂 諒太…

エントロピーを表す記号はなぜSなのか

Tshozoです。エントロピーの後日談が8年経っても一向に進んでないのは私が熱力学に向いてないことの…

AI解析プラットフォーム Multi-Sigmaとは?

Multi-Sigmaは少ないデータからAIによる予測、要因分析、最適化まで解析可能なプラットフォー…

【11/20~22】第41回メディシナルケミストリーシンポジウム@京都

概要メディシナルケミストリーシンポジウムは、日本の創薬力の向上或いは関連研究分野…

有機電解合成のはなし ~アンモニア常温常圧合成のキー技術~

(出典:燃料アンモニアサプライチェーンの構築 | NEDO グリーンイノベーション基金)Ts…

光触媒でエステルを多電子還元する

第621回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域(魚住グループ)にて…

ケムステSlackが開設5周年を迎えました!

日本初の化学専用オープンコミュニティとして発足した「ケムステSlack」が、めで…

人事・DX推進のご担当者の方へ〜研究開発でDXを進めるには

開催日:2024/07/24 申込みはこちら■開催概要新たな技術が生まれ続けるVUCAな…

酵素を照らす新たな光!アミノ酸の酸化的クロスカップリング

酵素と可視光レドックス触媒を協働させる、アミノ酸の酸化的クロスカップリング反応が開発された。多様な非…

二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とするアレーンとカルボン酸の酸化的カップリング

第620回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院工学研究院(本倉研究室)の長谷川 慎吾 助教…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP