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一般的な話題

中分子創薬に挑む中外製薬

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読者の皆さんも「創薬モダリティ」という言葉を耳にする機会が多くなっているのではないでしょうか?

この言葉は、伝統的な低分子医薬だけでなく、抗体医薬や核酸医薬、遺伝子治療薬など、多岐にわたる創薬技術や手法を包括的に表す言葉として、医薬品開発の最前線で使われています。

ペプチド医薬をはじめとする「中分子医薬」も新たな創薬モダリティの一つですが、このところ中外製薬から立て続けに中分子化合物群、特に環状ペプチドの創薬技術に関する論文が発表されています。

Broadly Applicable and Comprehensive Synthetic Method for N-Alkyl-Rich Drug-like Cyclic Peptides
Kenichi Nomura,* Satoshi Hashimoto, Ryuuichi Takeyama, Minoru Tamiya, Tatsuya Kato, Terushige Muraoka, Mirai Kage, Keiji Nii, Kenichiro Kotake, Satomi Iida, Takashi Emura, Mikimasa Tanada, and Hitoshi Iikura*

J. Med. Chem. 2022, 65, 13401−13412. DOI: 10.1021/acs.jmedchem.2c01296

“Development of Orally Bioavailable Peptides Targeting an Intracellular Protein: From a Hit to a Clinical KRAS Inhibitor”
Mikimasa Tanada,* Minoru Tamiya, Atsushi Matsuo, Aya Chiyoda, Koji Takano, Toshiya Ito, Machiko Irie, Tomoya Kotake, Ryuuichi Takeyama, Hatsuo Kawada, Ryuji Hayashi, Shiho Ishikawa, Kenichi Nomura, Noriyuki Furuichi, Yuya Morita, Mirai Kage, Satoshi Hashimoto, Keiji Nii, Hitoshi Sase, Kazuhiro Ohara, Atsushi Ohta, Shino Kuramoto, Yoshikazu Nishimura, Hitoshi Iikura,* and Takuya Shiraishi*

J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 16610−16620. DOI: 10.1021/jacs.3c03886

“Validation of a New Methodology to Create Oral Drugs beyond the Rule of 5 for Intracellular Tough Targets”
Atsushi Ohta,* Mikimasa Tanada, Shojiro Shinohara, Yuya Morita, Kazuhiko Nakano, Yusuke Yamagishi, Ryusuke Takano, Shiori Kariyuki, Takeo Iida, Atsushi Matsuo, Kazuhisa Ozeki, Takashi Emura, Yuuji Sakurai, Koji Takano, Atsuko Higashida, Miki Kojima, Terushige Muraoka, Ryuuichi Takeyama, Tatsuya Kato, Kaori Kimura, Kotaro Ogawa, Kazuhiro Ohara, Shota Tanaka, Yasufumi Kikuchi, Nozomi Hisada, Ryuji Hayashi, Yoshikazu Nishimura, Kenichi Nomura, Tatsuhiko Tachibana, Machiko Irie, Hatsuo Kawada, Takuya Torizawa, Naoaki Murao, Tomoya Kotake, Masahiko Tanaka, Shiho Ishikawa, Taiji Miyake, Minoru Tamiya, Masako Arai, Aya Chiyoda, Sho Akai, Hitoshi Sase, Shino Kuramoto, Toshiya Ito, Takuya Shiraishi, Tetsuo Kojima, and Hitoshi Iikura*

J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 24035−24051. DOI: 10.1021/jacs.3c07145

中外製薬が注力している環状ペプチドですが、分子量の大きさや側鎖の複雑さからヒット化合物の特定や類縁体合成の難易度が高いことは容易に予想されます。

上記の論文では非天然アミノ酸を含むペプチドの合成技術、臨床KRAS阻害剤の開発、そして環状ペプチド創薬の方法論について報告されています。

とても読み応えのある論文なのですが、誌面からだけでなくやはり現場の開発者の方々からお話を聞いてみたい!ということで無理は承知でインタビューのお願いをしてみました。

その結果なんと3名の研究者(棚田 幹將 博士、野村 研一 博士、田宮 実 博士)からお話を伺うことができました!!

Q1 今回論文化された一連の創薬研究について概要をお教えください。

【棚田】1997年にリピンスキーにより提唱された、経口医薬品に適した化学特性の経験則(Rule of 5/ルール・オブ・ファイブ/Ro5)は低分子創薬の指針となっています。弊社は15年位前より、一般的にタフターゲットと言われる膜タンパク質などを標的とした創薬研究において、Ro5の範囲内の創薬では限界を感じたことを背景に、Ro5外の領域(Beyond Ro5)での創薬に挑んできました。その過程でいくつかの化合物を臨床試験に進めることができましたが、Beyond Ro5においてはRo5に対応するような指針が無いため、大きなリソース(時間、人、金)を要する創薬研究となりました。このBeyond Ro5における創薬研究の非効率性を改善すべく、我々は中分子環状ペプチドに着目し、経口剤に適する膜透過性と代謝安定性を兼ね揃えるためのクライテリアを設定し、そのクライテリアに適合するヒット化合物の創出技術を構築しました。そこから得られたヒット化合物の構造最適化を経て、経口投与可能な中分子ペプチド(KRAS阻害剤, Phase 1)の創製に至りました(図1, J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 16610−16620. DOI: 10.1021/jacs.3c03886)。

図1. ヒット化合物(左)と臨床KRAS阻害剤(右)

Q2 低分子医薬におけるRo5のような法則が無いなかでの中分子創薬の研究ということですが、ご苦労された点やそれを解決したブレイクスルーを教えてください。

【棚田】我々は”中分子版のRo5”を確立するために、薬理活性を持たないモデル化合物を数多く合成し、評価してきました(J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 24035−24051. DOI: 10.1021/jacs.3c07145)。製薬企業における化学創薬研究は薬理活性の追求が柱となることがほとんどであるため、それとは異なる我々の研究において、最速で創薬に向かうためには何をすべきか、研究のバックグラウンドが異なるチーム員と活発に議論しながら研究を進めてきました。我々のモデルペプチドが初めて経口吸収性を示した時、創薬プロジェクトを開始して最初に細胞内薬理活性が確認できた時、初めてin vivo薬効が確認できた時、それぞれが不安と苦労を乗り越えてのものでしたが、信頼できる基礎データを積み重ねることにこだわり続け、しっかりとした研究の土台を作っていたため大きく道を外すことなく創薬に向かうことができました。

Q3 非天然アミノ酸を多数含む環状ペプチドを高純度かつ高いスループットで合成する必要があると思いますが、どのような技術や工夫で達成されたのですか?

【野村】N-Hアミノ酸からなる従来のペプチド合成はよく確立された分野ですが、我々が評価したいペプチドは、N-アルキルアミノ酸が「数多く」かつ「ランダムに」含まれている配列群です。具体的には11残基中、5~8残基のN-アルキルアミノ酸がランダムに含まれています。この場合、従来のペプチド合成法では欲しいペプチドをまともに合成供給できる状況ではありませんでした。例えば、ペプチドの酸安定性についてはまさに千差万別で、世間的には温和と言われている数% TFA/DCMに対しても不安定な配列がいくつも存在することが分かりました。我々は、脱Fmoc、ペプチド伸長、固相からの切り出し条件、側鎖保護基の脱保護といった反応ひとつひとつを最適化することで、作りたいペプチド群をほぼ100%、パラレル合成にて合成供給が可能な条件とすることができました(J. Med. Chem. 2022, 65, 13401−13412. DOI: 10.1021/acs.jmedchem.2c01296)。

この合成法を立てることが出来た今、あらためて大切だったと思えることが二点あります。

一つは、反応の結果を現象の理解に留めず、なぜその結果になるのか反応のメカニズムを理解しようと試み続けたことです。いわずもがな仮説はいつも正しいとは限りませんが、現象の裏のメカニズムを正しく理解する試みによって素早く精度高く妥当解に至ると思いますし、正しく理解できていれば「標準プロトコル」に盲目に従うのではなく応用が利くものです。

もう一つは、「先入観なく取り組むことの大切さ」です。私を含めた多くの仲間は、学生時代にペプチド合成の経験が皆無でした。そのため、ペプチド合成において「定石」とされている手法がどのような背景により設定されたのか学ぶところからスタートし、更に我々が作りたいペプチドに対して最適な条件となっているか反応メカニズムに立ち返って考えることを徹底しました。論文に記載した3つの課題の解決法の数々は反応メカニズムから考えれば妥当と思えたからこそ試したわけですが、その結果、我々が薬らしいと考えるペプチド合成法の「新定石」を作ることができたと考えています。

Q4 分子が複雑であり構造最適化や構造解析を含めた分析も低分子医薬とは難度が異なるように思います。難しかった点や、それをどのように解決されたかお教えください。

【田宮】一般論としてシクロスポリンに代表される環状ペプチドは溶液中で様々な配座が生じそれらが交換しているため、NMRによる構造解析の難易度が上がります。そのため困難が想定されましたが、想像以上にしっかりと構造解析ができました。これは化合物の特性に依存する部分も大きいのですが、適切な測定条件(溶媒、温度、緩和時間等)を選びながら丁寧に読み解いた結果と考えています。ですので、必要以上に難しく考える事無く、基本に立ち戻り最適な測定条件を設定することで得られる”質の高いデータ”を諦めずに丁寧に解析をすることが重要だと改めて思いました。そうした丁寧な構造解析によって、たとえ、溶媒中に2つ以上の配座異性体があったとしても、それぞれの異性体の主鎖構造を特定できるようになりました。さらに、すこし特殊な測定をすることでそれらの交換速度も求められ、分子の固さと膜透過性の関連性を見出すことができましたが、それらはすべて丁寧な構造解析が基となっています。

Q5 最後に、創薬への思いや読者の皆さんへのメッセージをお願いします。

【棚田】我々は“創薬プラットフォーム”を確立したと考えており、連続的創薬を実現すべく日々研究活動を行っています。中外製薬というと抗体創薬をイメージされる方が多いかとは思いますが、本インタビューを通じて、一人でも多くの方に中外製薬の”化学創薬”にご興味を持っていただけましたら大変嬉しく思います。

【野村】革新的な医薬品を連続創出し患者さんへ貢献していくには、連続創出につながる「必然性」が必要だと思っています。必然性につながる答えのひとつが、「創薬プラットフォームを確立すること」だと、この中分子技術の確立から深く学びました。

そしてその確立のためには、コンセプトを創出し洗練化していくことに加えて、それを立証していく「泥臭さ」も大切であることも強く実感しています。世の中にあるどんなに素晴らしい業績もその裏の努力はとても「泥臭い」ものだと考えているのですが、中外中分子においてそれをやり切ることのできる仲間たちにも恵まれました。中外の化学創薬としては、今回の中分子ペプチドの合成技術に加えて、低分子創薬における化合物創出効率を飛躍的に向上させる新規技術にも取り組んでいます。

中外は抗体技術の高さゆえに「バイオの中外」と社外から言っていただいておりましたが、低中分子創薬技術を駆使した医薬品を世に送り出すことで「低中分子も中外」と言っていただけることを個人的に目標にしています。今回のインタビューを通して、中外の取り組みに少しでも興味を持っていただければ幸いです。

【田宮】予期せぬ事象に対して、”ナゼ?”という純粋な興味、”ナゼ?”を追求する情熱、その興味・情熱を応援する風土が中外製薬の化学創薬を支えてきております。すなわち、研究者がサイエンスを大切にし、いつもサイエンスベースでの議論を進める姿勢が今回の中分子創薬戦略へと発展したと思っております。読者の皆様が我々がパブリッシュした今回の論文を通じて中外製薬の化学創薬で培ってきたサイエンスを楽しんで下さったら嬉しいです。

 

研究者の略歴


名前:棚田 幹將(たなだ みきまさ)
所属:中外製薬(株) 研究本部 創薬化学研究部 統括マネジャー(中分子創薬化学担当)
2001年3月、九州大学薬学部 卒業
2003年3月、九州大学大学院薬学府 博士前期課程修了
2006年3月、九州大学大学院薬学府 博士後期課程修了
2006年4月、中外製薬(株)入社、現在に至る


名前:野村 研一(のむら けんいち)
所属:中外製薬(株) 研究本部 創薬化学研究部 新規技術G グループマネジャー
2004年3月、京都大学工学部工業化学科 卒業
2006年3月、京都大学大学院工学研究科材料化学専攻 修士課程修了
2006年4月~2007年9月、ファイザー株式会社 中央研究所 研究員
2010年3月、京都大学大学院工学研究科材料化学専攻 博士課程修了
2010年4月、中外製薬(株)入社、現在に至る


名前:田宮 実(たみや みのる)
所属:中外製薬(株) 研究本部 創薬化学研究部 分析化学G グループマネジャー
2002年3月、東京工業大学理学部化学科 卒業
2004年3月、東京工業大学理工学研究科化学専攻 修士課程修了
2007年3月、東京工業大学理工学研究科化学専攻 博士後期課程修了
2007年4月~9月、マックスプランク石炭研究所 博士研究員
2007年10月~2015年10月、新潟薬科大学応用生命科学部 助教
2015年11月、中外製薬(株)入社、現在に至る

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大学教員→企業研究者。自分の知らない化学に触れ、学び、楽しみ続けたいです。

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