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スポットライトリサーチ

酵素合成と人工合成の両輪で実現するサフラマイシン類の効率的全合成

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第162回目のスポットライトリサーチは、東京農工大学工学府博士課程・谷藤 涼(たにふじ りょう)さんにお願いしました。

谷藤さんの所属する大栗研究室では、斬新な戦略に基づく多環性・多官能性天然物の全合成と、それを通じたケミカルバイオロジー研究を追究しています。今回は人工合成手法だけでなく、天然合成手法―すなわち「酵素」の力を上手く経路に組み込むことで、難関天然物であるサフラマイシン類の効率的合成を達成しています。本成果は先日J. Am. Chem. Soc.誌およびプレスリリースとして公開されています。

”Chemo-enzymatic Total Syntheses of Jorunnamycin A, Saframycin A, and N-Fmoc Saframycin Y3”
Tanifuji, R.; Koketsu, K.; Takakura, M.; Asano, R.; Minami, A.; Oikawa, H.; Oguri, H. J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 10705. DOI: 10.1021/jacs.8b07161

研究室を主催されている大栗博毅教授より、谷藤さんの人となりについてコメントを頂いています。難関テーマに粘り強く挑み、この度見事達成されたストーリーを是非ご覧下さい!

 谷藤なら突破できる!?当時の直感を信じ、難度の高いテーマを託しました。酵素反応は不確実な要素が多く、スケールアップも困難です。えり好みするナイーブな酵素、不安定な中間体に翻弄されっぱなしで、常人ならとっくに投げ出してしまう状況が数年間続きました。谷藤は合理的な仮説を立てては、粘り強く試行錯誤を積み重ねました。困難な局面を一つ一つ打開していく過程で、確かな観察眼と洞察力、持ち前のセンスに磨きをかけ、大きく成長しています。
農工大への異動により、北大及川研で検討した一連の生化学実験については、全面的に他研究室の設備を借用せざるを得ない状況に陥りました。他学科の先生方(下記)・学生諸氏のサポートを得て、暗中模索の末に突破口を開き、化学−酵素合成に新展開をもたらすことに成功しました。バランス感覚にも優れた谷藤ならではのキャラクターと活躍の御陰で、有為のラボメンバーが研究を楽しみつつ切磋琢磨する素地が醸成されてきました。最近、大津会議のチャンスを頂いて意気軒昂な谷藤は、自らのアイデアを随所に盛り込み、中分子アルカロイドと生体高分子との相互作用を変調・制御するケミカルバイオロジー研究に取り組んでいます。今後の更なる活躍が大変楽しみな若手研究者の一人として頼もしくなってきました。


Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

多環性骨格を一挙に構築する酵素合成と基質や中間体を自在に改変できる有機合成を融合させ、サフラマイシン類の化学−酵素ハイブリッド合成プロセスを開発しました[1]。本来酵素SfmCは、チロシン誘導体1とミリスチン酸が連結したジペプチジルアルデヒド2を天然型基質としてサフラマイシン類に共通する五環性骨格を合成します[2]。

本研究では、アルデヒド基質2を改変して三系統の非天然型基質3–5 を設計・合成し、酵素反応に不可欠な長鎖脂肪酸側鎖を骨格構築後に合成化学的に切断、官能基変換するアプローチに取り組みました。単純な非天然型基質3–5から、抗ガン活性を有するサフラマイシンA(6)とサフラマイシンY3のFmoc保護体7をそれぞれ5ポット、ジョルナマイシンA(8)を4ポットで系統的に合成することに成功しました。

本研究で活用している酵素SfmCは、7段階もの反応を連続的に触媒する大変ユニークな酵素です。高度に官能基化され、複雑で繊細な五環性骨格を一挙に組み上げる生合成機構[2]や基質1の合成[3]については、当研究グループの論文を是非併せてご覧下さい。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

酵素SfmCを用いて五環性骨格を構築するプロセスの収率・再現性の向上です。SfmCの失活が速く、また、非天然型の基質を変換する手ごわい系であったので、酵素反応の収率は当初5%にも届きませんでした。収率改善に向けて、まずは8時間ほどかけていたSfmCの精製工程を2時間にまで短縮し、不安定な酵素の失活を最小限にくい止めて手早く酵素反応に持ち込めるようにしました。また、酵素反応で生成する五環性骨格が2級アミンであることも収率低下の主な要因と考えて、2級アミン中間体を単離せずにN–メチル化してから精製してみました。これらの工夫を積み重ねた結果、目的の五環性骨格が再現性良く得られるようになり、収率を格段に向上することに成功しました。M1の冬、HPLC精製時に目的化合物のピークがそれまでと比べ物にならないくらいシャープに大きく出た瞬間は、研究生活で鮮明に記憶に残っているシーンの一つです。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

繊細な生合成酵素を用いた変換プロセスを、天然物合成が可能なレベルにまで引き上げることです。最終的な合成ルートはシンプルで簡単そうに見えますが、これを実現するまでには泥臭い作業をしぶとく繰り返す試行錯誤が不可欠でした。分子量16万を超える巨大な生合成酵素SfmCは失活が早いので、酵素反応の直前にその都度調製しています。酵素の失活を可能な限り抑えるため、4 ℃ の冷室に一人こもって、酵素を精製する毎日を過ごしたわけですが、北海道で培った寒冷地仕様の身体が大きな力になりました。
実際のところは、培養した大腸菌から自らの手で精製した生合成酵素酵素により、自分が合成した基質が複雑な化合物へと変換されていくのになんとも言えない喜ばしさを感じつつ、試行錯誤を経て天然物合成という目標へ少しずつ近付いていくのを純粋に楽しめたことが、山積していた課題を乗り越える力になったと思います。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

複数の分野を自在に行き来できる柔軟なスタイルで新しい分野を切り拓いていきたいです。微生物の二次代謝産物の生合成に関する研究は、その進化の巧妙さが垣間見えるようでとても興味深いです。また、このテーマを続ける中で、天然物の魅力にすっかり引き込まれてしまいました。最近では、合成したサフラマイシン類と生体分子との相互作用を検証する実験を通じて、微生物に限らず生物に興味をそそられる毎日です。これらの本質へ迫ろうとすると結局のところ有機化学がすべての根本にあると感じ、その奥深さ、懐の深さには魅了されっぱなしです。
まだまだどれも勉強不足ですが、自分の興味を大事にしながら化学の裾野を広げていきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最初の天然物が合成出来たのがM2の6月でしたが、実はM2の10月からD1の6月までのおよそ8ヶ月間、酵素反応の収率が10分の1程度まで低下した日々が続きました。酵素も問題なく発現している上に、基質の再合成やバッファーの再調製などやれることをやっても全く改善されない為、挫折しかけておりました。研究の途上では時に、このような事態が急に襲ってくるものだと思います。まさに今このとき、進展が見られない日々で研究に嫌気がさしている方もいるかと思います。しかしこれこそが、研究者としても人間としても成長できるチャンスではないかと考えます。私自身、研究が上手くいかない状況でもこのきつい日々を思い出して、まだやれると精神を持ち直し、冷静に次の一手を考えられるようになりました。適度な息抜きもしつつ、一緒に化学を盛り上げて行ければと思います。

最後になってしまいましたが、このような素晴らしい機会を与えてくださったChem-Stationスタッフの方々に深く感謝申し上げます。また、このテーマは本当に多くの方々に支えられて世に出すことが出来たものです。共著者の先生方はもちろんのこと、北海道大学工学部の大利徹教授、小笠原泰志助教、理学部の尾瀬豊之准教授、農学部の福士江里博士には多くのご助力を頂きました。また、現ノースカロライナ大学チャペルヒル校の早出広司教授を始めとする東京農工大学の池袋・津川・浅野研究室のスタッフ、学生の方々には研究の場を移してからの生化学に関する実験の実施に多大なお力添えをいただきました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

参考文献

  1. Tanifuji, R.; Koketsu, K.; Takakura, M.; Asano, R.; Minami, A.; Oikawa, H.; Oguri, H. J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 10705. DOI: 10.1021/jacs.8b07161
  2. Koketsu, K.; Watanabe, K.; Suda, H.; Oguri, H.; Oikawa, H. Nat. Chem. Biol. 2010, 6, 408. doi:10.1038/nchembio.365
  3. Tanifuji, R.; Oguri, H.; Koketsu, K.; Yoshinaga, Y.; Minami, A.; Oikawa, H. Tetrahedron Lett. 2016, 57, 623. doi:10.1016/j.tetlet.2015.12.110

研究者の略歴

名前:谷藤 涼(たにふじ りょう)
所属:東京農工大学 工学府 応用化学専攻 大栗研究室 博士後期過程2年 (日本学術振興会特別研究員 DC1)
研究テーマ:核酸–リガンド–タンパク質三成分複合体形成能を有する中分子化合物群の創製

経歴:
2011年3月 北海道立札幌西高校 卒業
2015年3月 北海道大学理学部 化学科(及川英秋研究室) 卒業
2017年3月 北海道大学大学院総合化学院総合化学専攻(及川英秋研究室) 修士課程修了
2017年4月―現在 東京農工大学 工学府 応用化学専攻(大栗博毅研究室) 博士課程
2017年4月―現在 日本学術振興会特別研究員 DC1

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。現在国立大学教員として勤務中。専門は有機合成化学、主に触媒開発研究。 関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。 素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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