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マルコフニコフ則/Markovnikov’s Rule

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概要

マルコフニコフ則(Markovnikov’s rule)とは、ロシアの化学者ウラジーミル・マルコフニコフ(Vladimir Vasilyevich Markovnikov)が1870年に報告した経験則に由来する。[1]

アルケン(炭素–炭素二重結合)へハロゲン化水素(HX)などの非対称な試薬を 求電子付加させると、生成物の配向に偏りが生じる。マルコフニコフ則は この配向を予測する経験則で、古典的には「HXの付加において、水素(H)は もともと水素原子を多くもつ側の炭素に結合し、ハロゲンなど電気陰性な原子団(X)は 置換基の多い側(水素の少ない側)の炭素に結合する」とまとめられる。[2]水素原子or置換数を指して“富めるものはますます富める(the rich get richer)”とすれば覚えやすい。

現代的には、反応中間体として生じるカルボカチオンの安定性によって 統一的に説明され、「より安定なカルボカチオン(一般に、より置換基の多い炭素上の カチオン)を経由する経路が優先する」として理解される。[2][3] この一般化により、酸触媒による水和、ハロゲン化水素の付加、オキシ水銀化など、 カルボカチオン(ないしそれに準じる正電荷中間体)を経る多くの求電子付加反応の 配向をまとめて説明できる。

なお、ラジカル機構が働く条件下(過酸化物存在下のHBr付加など)や、 近年の光レドックス触媒などでは、あえて逆の配向(反マルコフニコフ)を 与える反応が知られており、「マルコフニコフ則=常に成り立つ法則」ではなく、 「イオン的な求電子付加における配向の経験則」と位置づけるのが正確である。[4][5][6]

反応機構

イオン的な求電子付加(例:アルケンへのHBr付加)は、およそ次の二段階で進行すると 考えられている。

  1. プロトン化(律速段階):アルケンのπ電子が求電子剤(H⁺)を攻撃し、 炭素–水素結合が形成されると同時にカルボカチオンが生成する。このとき、 二つの可能なカチオンのうちより安定なカチオンを与える向きにプロトンが付加する。
  2. 求核種の捕捉:生成したカルボカチオンを、対アニオン(Br⁻など)や 溶媒などの求核種が捕捉して生成物を与える。

カルボカチオンの安定性は、置換基(アルキル基)による超共役に加え、 アルキル基の電子供与的な誘起効果によって高まると説明される。したがって、 第三級 > 第二級 > 第一級の順に安定となり、より置換基の多い炭素上に正電荷を もつ中間体が優先的に生成する。その結果、電気陰性な原子団(X)は置換基の多い 炭素に、水素は置換基の少ない炭素に結合し、マルコフニコフ配向の生成物が主生成物となる。

反応例

代表的なマルコフニコフ付加の例を挙げる。

  • ハロゲン化水素の付加:プロペン + HBr → 2-ブロモプロパン(主生成物、 マルコフニコフ配向)。第二級カルボカチオンを経由する。対照として、 過酸化物存在下では 1-ブロモプロパン(反マルコフニコフ)が優先する。[4]
  • 酸触媒水和:2-メチルプロペン(イソブチレン)+ H₂O(酸触媒)→ tert-ブチルアルコール。第三級カルボカチオンを経由するマルコフニコフ水和。
  • オキシ水銀化・脱水銀化:アルケンの位置選択的マルコフニコフ水和。 カルボカチオンの転位を伴わずにマルコフニコフ生成物を与える点が特徴。

実験のコツ・テクニック

  • カルボカチオンの転位に注意:イオン的HX付加や酸触媒水和では、生成した カルボカチオンがより安定なカチオンへとヒドリド移動・アルキル移動で転位し、 予想と異なる位置に置換基が入った生成物を与えることがある。転位を避けたい マルコフニコフ水和では、環状中間体を経るオキシ水銀化が有効な方策になり得る。
  • HBrの「過酸化物効果」:過酸化物やラジカル開始条件が混入すると、HBrの付加は ラジカル連鎖機構に切り替わり、反マルコフニコフ配向(Brが末端炭素へ)に なるという報告がある。[4] マルコフニコフ生成物を狙う場合は過酸化物の排除が重要である。

参考文献

  1. Markownikoff, W. Justus Liebigs Ann. Chem. 1870, 153, 228–259. DOI: 10.1002/jlac.18701530204
  2. Hughes, P. J. Chem. Educ. 2006, 83, 1152. DOI:10.1021/ed083p1152
  3. Lewis, D. E. Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 4412–4421. DOI: 10.1002/anie.202008228
  4. Kharasch, M. S.; Mayo, F. R. J. Am. Chem. Soc. 1933, 55, 2468–2496. DOI: 10.1021/ja01333a041
  5. Nguyen, T. M.; Nicewicz, D. A. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 9588–9591. DOI: 10.1021/ja4031616
  6. Romero, N. A.; Nicewicz, D. A. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 17024–17035. DOI: 10.1021/ja506228u

関連反応

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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