[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

PCET×三重項触媒により、不活性なカルボン酸の光誘起脱炭酸反応を促進

[スポンサーリンク]

 

第 688 回のスポットライトリサーチは、東京大学 大学院薬学系研究科 有機合成化学教室 (金井 求 研究室) 博士課程1年の 井上 丈司 (いのうえ たけし) さんにお願いしました!

井上さんの所属される金井研究室では、さまざまな触媒反応を巧みに活用した研究によってライフサイエンスへの多大な貢献をなされており、これまでに Chem-Station でも幾度となくご成果を紹介させていただいております。

今回、井上さんらの研究グループでは、身の回りに広く存在するカルボン酸化合物を高効率に脱炭酸できる新しい光触媒を開発しました。そして、この触媒により今まで用いることが難しかった芳香族カルボン酸やパーフルオロアルキルカルボン酸を原料とした複数のラジカル変換反応を実現しました。医薬品や機能性材料などの効率的合成に加え、近年環境問題として注目される PFAS 類のアップサイクリングへの応用が期待される本研究成果は高く評価され、J. Am. Chem. Soc, 誌に掲載されるとともに、東京大学よりプレスリリースも行われました。

Azaanthraquinone PCET Catalysis Enables Chemoselective Decarboxylative Functionalization of Diverse Carboxylic Acids

Takeshi Inoue, Daiki Tomiya, Masaaki Fuki, Yasuhiro Kobori, Masahiro Higashi, Kaito Uesaka, Akira Yamakata, Shigehiro A. Kawashima, Kenzo Yamatsugu, Harunobu Mitsunuma*, Motomu Kanai*
J. Am. Chem. Soc. 2025, 147, 40272–40281, DOI: 10.1021/jacs.5c10807,

本研究を現場で統括された、教授の 金井 求 先生より、井上さんへのコメントを頂戴しております!

井上君は、正統という言葉がぴったりの学生です。頭も手もよく動き、ハードワーカーでアイディア豊富で明るくコミュニケーションも円滑で、後輩への指導力もあり、他人に対して常に尊敬の念をもって接せられる人です。学部時代から始めた今回の研究も、触媒の分子設計から適用する反応の選択に至るまで、自分のアイディアで実施しました。ものすごいポテンシャルを持っているので、自分の能力に自信を持って、弱気な目標設定に甘んじないで目標を高く持って、広い分野に波及を及ぼせる基礎の研究者として大きく羽ばたいてほしいと心から願っています。

それでは、インタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

Proton-coupled electron transfer (PCET) 機構と三重項光触媒として知られるアントラキノン骨格を組み合わせることで、芳香族カルボン酸やTFAなどのカルボン酸の光誘起脱炭酸反応を効率的に進行させる触媒を開発しました。

光誘起脱炭酸反応は feedstock chemical であるカルボン酸から温和な条件下で合成的に有用な炭素ラジカルを生成する重要な変換として、さまざまな有機合成反応に応用されています。しかしながら、これまでのほとんどの反応系の基質適用範囲は、脂肪族カルボン酸に限定されていました。

従来の反応系で困難とされてきた基質として、芳香族カルボン酸と TFA などの電子不足カルボン酸が挙げられます。芳香族カルボン酸のラジカル脱炭酸では、脱炭酸後に生成する sp2 炭素ラジカルが不安定であるため、脱炭酸過程が著しく遅くなります。その結果、光触媒とカルボキシルラジカル間での逆電子移動 (BET) が優先して起こり、脱炭酸反応が非効率となります。1  一方、TFA などの電子不足カルボン酸では、カルボキシラートの酸化電位が 2.4 V (vs SCE)2 と極めて高いことから、一電子酸化過程に問題を抱えており、有機分子触媒による光脱炭酸例は報告がありませんでした。

以上の全く異なる問題を有する不活性なカルボン酸基質に対して、一般性高く光脱炭酸を促進する新規触媒としてアザアントラキノン触媒を設計しました。本触媒は、アントラキノン骨格に由来する高効率かつ高速な項間交差により、三重項励起状態を一電子酸化の活性種とします。その結果、一電子酸化により生成するラジカル対が三重項となり、溶媒ケージ内での逆電子移動が抑制されます。さらに、本触媒が有するピリジン部位は、一電子酸化の過程でブレンステッド塩基として機能し、カルボン酸からのプロトン移動と電子移動を協奏的に促進します。このような proton-coupled electron transfer (PCET) 機構により、一電子酸化の活性化障壁が低下し、反応のさらなる高効率化が実現されます。以上の設計をもとに最適化を重ねて、本 PCET 触媒の開発に至りました。また、本触媒を用いて、芳香族カルボン酸やTFAを原料としたカップリング反応やトリフルオロメチル化反応を開発しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本光触媒は、もともとケミカルバイオロジーを志向した別のテーマの中で検討していた分子です。その研究においても大きな課題となっていた逆電子移動を克服するためにアザアントラキノン触媒を設計・合成しました。しかしながら、当該テーマの文脈ではこれ以上の展開が難しく、当時は本触媒の応用範囲に限界を感じていました。一方で、この触媒が脂肪族カルボン酸の脱炭酸反応をわずか 10 分ほどで完結させるほどの高反応性を有することも分かっていました。これほどの高反応性であれば、報告例の少ない芳香族カルボン酸を基質としても少しは脱炭酸が進行するかもと、ダメ元で 3-phenylbenzoic acid を原料として反応を試みました。その結果、原料の full conversion という予想を大きく上回る反応性を見出しました。NMR 解析で目的物であるビフェニルのピークを確認した時の驚きと感動は、今でも忘れられません。

この発見をきっかけに、研究の方向性を大きく転換し、芳香族カルボン酸の脱炭酸反応として基質一般性の検討を進めました。並行して、銅触媒とのハイブリッド触媒系による、芳香族カルボン酸とアミンのカップリング反応や、TFA を原料とした不活性アルケンのトリフルオロメチル化反応への展開を行いました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

前述の通り、本研究を現在の方向性・問題設定のもとで形にまとめるまでには、かなりの遠回りをしてしまいました。その間はなかなか成果を挙げられず、苦労も少なくありませんでしたが、最終的に納得のいく形で研究をまとめることができたことを嬉しく思います。

また、本触媒の機構解析の面にも多くの時間を要しました。EPR測定では神戸大学の小堀康博教授、婦木正明特命助手、冨弥大暉さんに、DFT計算では名古屋大学の東雅大教授に、過渡吸収測定では岡山大学の山方啓教授、上阪海翔さんにご協力をいただきました。これらの共同研究で得られた実験データに基づき、最終的には本触媒の反応性を説明する機構を提示することができたと考えております。本成果は、上記の共同研究者の皆様のお力添えなくしては成し得なかったものであり、この場を借りて深く感謝申し上げます。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

今しばらくの間、現在の恵まれた環境にて研究を続けることができますので、化学を楽しみつつ、素晴らしい分子や反応を見出せるよう努力したいと考えております。

現時点では、本アザアントラキノン触媒に注目して下さっている化学者は、まだほとんどいないのではないかと思います。もう少し本触媒の検討を続け、その興味深い反応性をより広くアピールできるよう、面白い成果を挙げられればと考えております。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!

本研究の遂行にあたり、多大なるご指導とご鞭撻を賜りました金井求教授と三ツ沼治信助教に、心より深く御礼申し上げます。

本触媒の機構解析に際し、神戸大学 小堀康博教授、婦木正明特命助手、冨弥大暉さん、名古屋大学 東雅大教授、岡山大学 山方啓教授、上阪海翔さんに貴重なご協力とご助言を賜りました。また、本研究を開始した学部 4 年次に千葉大学 山次健三教授、東京大学金井研究室 川島茂裕准教授、藤吉浩平博士に実験・研究の基礎など手厚いご指導を賜りました。改めて、深く御礼申し上げます。

また同時に、学会等で本研究を発表する機会を通じて、多くの先生方および学生の皆様から貴重なご助言を頂き、新たな視点や可能性を得ることができました。この場を借りて、深く御礼申し上げます。今後も機会があれば積極的に自身の研究を発信していきたいと考えております。ご興味をお持ちいただけました際には、ぜひご意見を賜れますと幸いです。

最後になりましたが、平素より拝読しております本企画にて、本研究を紹介する貴重な機会を賜りました Chem-Station スタッフの皆様に、厚く御礼申し上げます。

引用

  1. (a) Kubosaki, S.; Takeuchi, H.; Iwata, Y.; Tanaka, Y.; Osaka, K.; Yamawaki, M.; Morita, T.; Yoshimi, Y. Org. Chem. 2020, 85, 5362–5369, DOI: 10.1021/acs.joc.0c00055. (b) Xu, P.; López-Rojas, P.; Ritter, T. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 5349–5354, DOI: 10.1021/jacs.1c02490.
  2. Depecker, C.; Marzouk, H.; Trevin, S.; Devynck, J. New J. Chem. 1999, 23, 739–742, DOI: 10.1039/A901305I.

研究者の略歴

名前: 井上 丈司
所属: 東京大学大学院 薬学系研究科 金井研究室 博士課程1年
研究テーマ: 光レドックス触媒を用いた化学反応開発
経歴:
2023年3月 東京大学薬学部薬科学科卒業
2023年4月 東京大学大学院薬学系研究科修士課程進学 (金井求教授)
2025年3月 東京大学大学院薬学系研究科修士課程卒業 (金井求教授)
2025年4月–現在 東京大学大学院薬学系研究科博士課程 (金井求教授)

左: 金井 求 教授、右: 井上 丈司 さん

 

井上さん、金井先生、インタビューにご協力いただき、誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!

関連記事 – 金井研スポットライトリサーチ

無保護糖を原料とするシアル酸誘導体の触媒的合成
アミロイド認識で活性を示す光触媒の開発:アルツハイマー病の新しい治療法へ
トリプトファン選択的なタンパク質修飾反応の開発
可視光エネルギーを使って単純アルケンを有用分子に変換するハイブリッド触媒系の開発
触媒と光で脳内のアミロイドβを酸素化
タンパク質機能をチロシン選択的な修飾で可逆的に制御する
保護基の使用を最小限に抑えたペプチド伸長反応の開発
細胞内で酵素のようにヒストンを修飾する化学触媒の開発
水素原子一個で強力な触媒をケージング ――アルツハイマー病関連のアミロイドを低分子で副作用を抑えて分解する――
難病「アミロイドーシス」に“光”を。 ――アミロイドの無毒化による治療効果を初めて実証――
狙ったタイミングで分子を変身させる ―オンデマンドでのイソシアネート生成反応を用いたタンパク質修飾法の開発―
ブテンを原料に天然物のコードを紡ぐ ―新触媒が拓く医薬リード分子の迅速プログラム合成―

関連書籍

 

Avatar photo

DAICHAN

投稿者の記事一覧

創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

関連記事

  1. ペロブスカイト太陽電池が直面する現実
  2. 論文執筆&出版を学ぶポータルサイト
  3. 試薬会社にみるノーベル化学賞2010
  4. 転職を成功させる「人たらし」から学ぶ3つのポイント
  5. 100兆分の1秒の極短パルスレーザー光で「化学結合誕生の瞬間」を…
  6. Micro Flow Reactor ~革新反応器の世界~ (入…
  7. 3日やったらやめられない:独自配位子開発と応用
  8. 「次世代医療を目指した細胞間コミュニケーションのエンジニアリング…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 従来製品の100 倍以上の光耐久性を持つペンタセン誘導体の開発に成功
  2. タミフルの新規合成法・その2
  3. 光触媒反応用途の青色LED光源を比較してみた【2020/8/11更新】
  4. 可視光増感型電子移動機構に基づく強還元触媒系の構築
  5. ケムステV年末ライブ2021開催報告! 〜今年の分子 and 人気記事 Top 10〜
  6. 結晶学分野に女性研究者が多いのは何故か?
  7. 世界で初めて一重項分裂光反応の静水圧制御を達成
  8. 知の市場:無料公開講座参加者募集のご案内
  9. 有機溶媒吸収し数百倍に 新素材のゲル、九大が開発
  10. トップリス ツリー Topliss Tree

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2026年1月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

付加重合でポリアミドを作る!?:多段階ラジカル異性化による新たなポリマー主鎖構築

第706回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)に所属されていた黒田啓太…

第33回光学活性化合物シンポジウム

第33回光学活性化合物シンポジウムのご案内光学活性化合物の合成および機能創出に関する研究で顕著な…

Carl Boschの人生 その13

Tshozoです。 少し唐突ですが最初に大事なお知らせを。世界トップの化学会社BASFがCarl…

ラングミュアの吸着等温式 Langmuir equation

ラングミュアの吸着等温式 (Langmuir equation) は、等価な吸着サイトが独立に振舞い…

【化学・食品業界向け】 蒸留による分離・濃縮をシンプルで省エネに ~無機分離膜が起こすイノベーション~

■概要ものづくりにおいて重要な分離操作。有機溶剤の混合物の分離リサイクル。水の分離(脱水…

濃硫酸の1000倍強い超酸の中でも蛍光を保ち続ける”超酸耐性BODIPY”

第705回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院総合化学院(反応有機化学研究室)博士後期課程2…

安田修祥・裕美子 若手化学者留学支援事業

大学院生時代の経験として、海外留学は本当に素晴らしいものです。かくいう私も、1か…

有機合成化学協会誌2026年5月号:特集号 有機合成化学の力で切り拓く次世代モダリティの地平

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2026年5月号がオンラインで公開されています。…

チームディレクター募集(理化学研究所研究室主宰者、無期雇用職)

募集研究室理化学研究所 環境資源科学研究センター募集の概要国立研究開発法人理化学研究所で…

<製品サンプル進呈>細胞増殖/毒性測定 はじめてを応援キャンペーン【同仁化学研究所】

Cell Counting Kit-8(CCK-8)は同仁化学研究所で開発され、世界中で細胞増殖や細…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP