[スポンサーリンク]

化学書籍レビュー

書籍「腐食抑制剤の基礎と応用」

[スポンサーリンク]

Tshozoです。今回はコロナ社よりこのほど出版された、水処理技術分野に関係が深い書籍「腐食抑制剤の基礎と応用」をご紹介します。

書籍表紙 コロナ社HPより引用(リンク)

腐食抑制剤の基礎と応用: 高分子化合物を中心に

腐食抑制剤の基礎と応用: 高分子化合物を中心に

湯浅真
¥3,300(as of 09/14 16:52)
Amazon product information

まえがき

英語文で”Fundamentals and Applications of Inhibitor“と書いてありますように、インヒビター(inhibitor:抑制剤/今回の場合特に金属腐食抑制剤)と呼ばれる成分がどのようなものでどの使用されるか、それに関わるリクツと考え方、適用範囲や分析方法などが1冊にまとまっています。本書は具体的にはオルガノ、クリタ、クラレ、キレスト化学といった水処理製品に関わられているor扱われている方に非常に参考になる中身ではなかろうかと思われます。

しかしこの水処理という分野、電気化学、表面化学、界面活性剤を中心とした有機化学、錯体化学、無機化学といった広範な知識が必要になることを今回読んでいくうえで初めて知りました。また化学プラントや熱交換プラント、食品関係プラント(潅水・高濃度の塩水を扱ったりする)、はては温泉を引く・回すような生活に関わる水配管では必ず問題になる案件であり、現場の状況に精通した方々が何が起きているかを科学的に判断するための一助になるのではないでしょうか。もちろん直接こうした分野に関わらなくても本書に載っている考え方は、たとえば電気化学であれば最近色々なところで検討が進んでいるフロー電池や濃厚塩系電池の化学、それにかかわる表面の現象の理解や添加剤等の発案などの参考になるのではないかと考えられます。

ただ上記のように、かなり幅広い知識(と経験)がセットでないと理解しにくいかもしれず、正直に記載いたしますと初学者にはとっつきにくい可能性があります。特に筆者の性癖に、詳細な学術的・産業的歴史的発展経緯が冒頭にない書籍を頭の中に入れるのに非常に時間がかかるという特徴があるので(本件も割いて頂いてはいるものの頁数の関係でやや少なかったため)そのあたりを別途調べながら読むということになりました。個人的にはそうした分野の知識を広げる機会になったのですが、本書を手に取られる場合はこれを中心として関連知見を積んでいかれることをぜひお勧めいたします。

【概要】

本書では冷却水系,ボイラー系のような水誘導装置系で多く用いられている腐食抑制剤(腐食インヒビター)について,高分子化合物類を中心に,その作用機構も含めて解説している。具体的に
2章では従来からの腐食抑制剤としてモリブデン酸塩,リグニンスルホン酸などについて
3章では天然ポリフェノール系(高分子)腐食抑制剤(タンニン酸,没食子酸など)について,
4章では合成ポリフェノール系高分子腐食抑制剤について,
5章では合成アニオン系高分子腐食抑制剤について,
6章では合成ポリカフェ酸+合成ポリアクリル酸の複合系の高分子腐食抑制剤について,
7章では高分子間コンプレックス系腐食抑制剤について解説している。
また,環境問題の観点から水質と金属腐食の関係についても触れる。

【対象者】

プラントエンジニア 特に排水処理、循環水処理、熱交換処理、海水処理、高濃度塩処理等の水処理関係、中でも腐食抑制とスケール抑制に関わる方々 

【読むのに知っているとよい知識】

基礎化学、有機化学、表面・界面化学、無機化学、電気化学、分析化学

【著者ご紹介】

湯浅 真 博士 東京理科大学 理工学部 先端化学科 教授  同大学研究者情報サイト・・・リンク

【本書の特徴】

基本的にはサビがどういう現象であるか、またどう防止するか、を分析手法と分析データを交えて説明を進められていて、各章で取り上げられている腐食抑制剤に対し金属表面の電子のやりとりと酸化の反応を見ることの出来る手法=電気化学的測定のデータ、及び結果としての表面観察(SEM)、混在するイオンの濃度やスケール(湯垢)がどうやって腐食に影響を与えているか、の腐食速度を中心としたデータが扱われています。特に昨今は環境・コスト面から少量で厳しい状況でも有効に使える腐食抑制剤(の組み合わせ)が求められてきており、最終8章にそれをどう科学的にとらえていけばいいのかという「水の安定度指数」についても言及されていて、対象となる水系がどのようなイオンや無機物を含むのかを把握したうえで腐食傾向をつかむための一助となると考えられます。

【所感など】

繰り返しになりますが本書は”Fundamentals and Applications of Inhibitor”がタイトルで、水に接するパイプなどの表面金属のCorrosion Inhibitor=金属の腐食抑制剤(つまりは「さび止め」)の作用機構が主題です。ただ読んでいくと、水中に存在するスケール(≒無機or有機の”湯垢”のようなデポ物質)を抑制したり制御したりすること、また液中の酸素濃度が副次的に金属表面の腐食の制御や進行につながる、という例があることがわかりますので、単純な液中のさび止め、という話ではない点は注意しましょう。金属表面の腐食メカニズムに適した反応制御剤、と言った方がいいかもしれません。あと、読んでいかれるとわかりますがいわゆる万能の抑制剤「銀の弾丸」は存在せず、水質や原因物質の濃度、温度、圧力など状況に応じたものを選んでいく必要があります。

また時代の変遷とともにリン酸塩が使えた→水質の富リン化が進み使用不可→ではクロムを使用→水質汚染が進みダメ→では、、、という形で使用できるものがどんどん変化している点も記載されており、使用については結構な制限があったりする点は注意が必要です。じっさい木材から採れるリグニンスルホン酸塩、ポリフェノール系材料、また比較的生分解しやすいアクリル系の材料が本書の結構な部分を占めておりここらへんは時代を感じるところです(ちょっと気になったのはアミノフェノール等、アミン系構造を含む処理剤の名前があちこちに存在した点。合成ゴムの老化防止剤などにも使われているのですが、以前の記事でも書いたように魚を含む水生生物に結構なダメージを与える可能性が指摘されており今後規制の対象になっていくのでは、という個人的な予想を立てています)。

ただ、関わったご経験のある方なら理解できると思うのですがこのサビというやつは工業的に非常に厄介で、なんらかの見落としや欠陥、不手際があった場合、現象が明らかになるのに非常に時間がかかる! 本書で示されているような配管内(特に工業的によく使用される廉価なSS400のような軟鋼管類・これらを表面処理する手段などもあるが、高額になるので特殊なケースを除き適用は見送られる)のサビとか、発生しても目視でなかなかわからず、漏れた時点でしかわからないケースが多数でしょう(注:最近はファイバースコープカメラなどの手法も発達しています)。また溶液中でなくても数年たったらサビてた、とかは普通に起こり得るわけでその場合追跡が非常に難しく、現象を再現できなかったりする。こうした場合はいきおい経験や勘や総当たり手法に頼ったりするわけですよ。

しかし本書に記載してある通り「金属」「金属酸化物」「有機物」「酸素」「水」そして「回路」がその腐食現象にどのように関わっているかが大事なわけで、科学的・化学的にどういうデータが必要か、何の分析をしなくてはいけないのか、そもそも腐食速度をどうやって見積もって観察すればいいのか。そうしたヒントがあちこちに書かれています。実際筆者も、相当長期の腐食という現象をどう見積ればいいのかということで少し悩んでいたのですが、本書を読んで電気化学的な加速試験をどういう条件でどう行えばいいのかについて頭を整理して組み立てることが出来たことを記載しておきます。インヒビターが大量に使えるような環境ではなので色々と制限はありますが、カン・コツ・読経に頼りがちな認識を改めるのに重要な示唆を得た次第で。

それでは今回はこんなところで。

Avatar photo

Tshozo

投稿者の記事一覧

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

関連記事

  1. 毎年恒例のマニアックなスケジュール帳:元素手帳2023
  2. はじめての研究生活マニュアル
  3. 桝太一が聞く 科学の伝え方
  4. DNA origami入門 ―基礎から学ぶDNAナノ構造体の設計…
  5. 天然物化学
  6. 【書評】きちんと単位を書きましょう 国際単位系 (SI) に基づ…
  7. Cooking for Geeks 第2版 ――料理の科学と実践…
  8. 【書籍】合成化学の新潮流を学ぶ:不活性結合・不活性分子の活性化

注目情報

ピックアップ記事

  1. 二つのCO2を使ってアジピン酸を作る
  2. 研究費総額100万円!2050年のミライをつくる若手研究者を募集します【academist】
  3. レーザー光で実現する新たな多結晶形成法
  4. メソポーラスシリカ(1)
  5. 経営戦略を成功に導く知財戦略【実践事例集】
  6. ダニエル レオノリ Daniele Leonori
  7. Innovative Drug Synthesis
  8. ガスマン インドール合成 Gassman Indole Synthesis
  9. (-)-Calycanthine, (+)-Chimonanthine,(+)-Folicanthineの全合成
  10. 第2回国際ナノカーレースにてNIMS-MANAチームが優勝

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2024年1月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

第6回鈴木章賞授賞式&第10回ICReDD国際シンポジウム開催のお知らせ

計算科学、情報科学、実験科学の3分野融合による新たな化学反応開発に興味のある方はぜひご参加ください!…

条件の「前後」も実験条件である【プロセス化学者のつぶやき】

前回まで1. 設定温度と系内の実温度のお話2. 温度値をどう判断するか3. 反応操作をし…

そのpH、“本当にその場所”の値ですか?ニードル式pHセンサーを使ってみた!

突然ですが、「培養の再現性がなんか悪い」「同じ条件のはずなのに結果がズレる」といった経験はあ…

「骨格編集」×「ナノカーボン合成」〜ナノカーボン合成の新戦略を実証〜

第719回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科(忍久保研究室)博士後期課程2年の平…

【書評】立体化学 はじめの一歩

立体化学は,分子の三次元構造を理解するための重要な分野であり,有機化学や…

水のシミュレーション入門 — 水分子を計算機の中でどう”描く”か —

身近なのに、計算機にとって手強い"水"。本記事では、点電荷モデルから機械学習まで、その"描き方"の進…

◆◇◆◇ 第36回フォーラム・イン・ドージン開催のご案内 ◆◇◆◇

同仁化学研究所が熊本から世界へ情報発信するフォーラム・イン・ドージンの開催ご案内です。今年は『な…

『力』による円偏光発光のon/off制御を単一分子レベルで実現

第718回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 物質理工学院(相良研究室)博士後期課程2年の野中…

数日かかっていた反応機構解析を、わずか数分に!

機械学習ポテンシャルが変える計算化学の現在近年、DFT計算による反応機構解析は広く行われるよ…

海外ポスドクのオファーをもらう【アメリカで Ph.D. を取る: 進路編】

ポスドクとして海外に留学する場合、希望する研究室の教授に直接連絡を取り、面接などを通して適性を判断さ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP