概要
ベンゼンとプロペン(プロピレン)を出発物として、フェノールとアセトンを同時に併産する工業的合成法。現在、世界のフェノール生産の大部分がこの方法によるとされる。2つの有用な基幹化学品を1プロセスで併産できる点が最大の特徴である。
反応機構
全体は大きく3段階からなる。 律速・鍵となるのは第3段階の酸触媒開裂(Hock転位)である。段階ごとに整理すると以下のように考えられる。
第1段階(アルキル化):固体酸などの酸触媒存在下、プロペンがプロトン化して二級カルボカチオン(イソプロピルカチオン)を生じ、ベンゼンへの求電子芳香族置換によりクメンが生成する(Friedel-Craftsアルキル化)。
第2段階(自動酸化):ラジカル連鎖機構による自動酸化と考えられている。開始段階でクメンのベンジル位三級水素が引き抜かれて三級ベンジルラジカルが生じ、これが酸素分子と結合してペルオキシルラジカルとなる。ペルオキシルラジカルが別のクメン分子のベンジル位水素を引き抜くことで、クメンヒドロペルオキシド(CHP)が生成すると同時に新たなクメンラジカルが再生し、連鎖が進行する。三級ベンジル位が選択的に酸化されるのは、生じるラジカルが共鳴・超共役で安定化されるためと説明される。
第3段階(Hock転位=酸触媒開裂):以下の素過程からなると考えられている。[3]
- CHP末端(遠位)のヒドロキシ酸素がプロトン化され、良好な脱離基(水)が形成される。
- フェニル基がベンジル炭素から隣接する酸素上へ1,2-転位し、同時に水が脱離して、酸素で安定化された三級カルボカチオン(オキソカルベニウムイオン)を生じる。アルキル基ではなくアリール基が優先的に転位する点が本転位の特徴である。
- このカチオンに水が付加し、ヘミケタール様の中間体(2-フェノキシ-2-プロパノールに相当)が生成する。
- プロトン移動を経て中間体がC–O開裂し、フェノールとアセトンに分解する。
特徴・適用範囲・類似反応との比較
強み:ベンゼンとプロペンという安価な基幹原料から、フェノールとアセトンという2つの有用製品を高い原子効率で併産できる。副生する塩や大量の廃酸が比較的少なく、旧来のフェノール合成法(ベンゼンスルホン化—アルカリ融解法、クロロベンゼンのアルカリ加水分解=Dow法など)に比べて経済性・環境負荷の面で優れるとされ、現在の工業的フェノール製造の主流となっている。[1]
弱み・留意点:フェノールとアセトンが化学量論的に併産されるため、両製品の需給バランスに収益が左右される(アセトン需要が伸び悩むと採算が悪化しうる)。また中間体のCHPは濃縮すると衝撃・熱に敏感で爆発性を示すため、酸化工程の転化率管理と開裂工程の除熱が安全上きわめて重要である。[4] 副生物としてα-メチルスチレンやアセトフェノンが生じることも知られる。[1]
適用範囲の広がり:同型のヒドロペルオキシドHock開裂は、他のアルキルベンゼンにも一般化されている。例えば sec-ブチルベンゼンを経由すればフェノールとメチルエチルケトン(2-ブタノン)を、シメン(p-イソプロピルトルエン)を経由すればクレゾールを併産できるとされ、併産ケトンを変えられる点が本法の柔軟性として指摘される。[3]
| 方法 | 原料・鍵反応 | 併産物 | 主な長所 | 主な短所 |
|---|---|---|---|---|
| クメン法(本法) | ベンゼン+プロペン→クメン→CHP→酸開裂 | アセトン | 安価原料、2製品併産、廃棄物少 | アセトン需給に依存、CHPの爆発性 |
| スルホン化—アルカリ融解法 | ベンゼンスルホン酸のNaOH融解 | 亜硫酸塩等 | 古典的で確立 | 高温・多量の塩副生、廃棄物多 |
| クロロベンゼン加水分解(Dow法) | クロロベンゼン+NaOH高温高圧 | NaCl | 実績あり | 高温高圧、塩副生 |
| トルエン酸化(安息香酸経由) | トルエン→安息香酸→酸化的脱炭酸 | - | ベンゼン不要 | 工程が長い |
| ベンゼン直接酸化 | ベンゼン+酸化剤(N2O等)による直接ヒドロキシ化 | - | 工程が短い理想形 | 触媒・選択性が課題、研究段階の要素 |
「フェノールとアセトンを同時に得たい大規模製造」ではクメン法が第一選択となる一方、「アセトン併産を避けたい」「特定のケトンを併産したい」といった要件では上表の他法や、原料アルキルベンゼンを変えたHock開裂の変法が検討される。
実験のコツ・テクニック
- クメンヒドロペルオキシド(CHP)は濃縮すると衝撃・加熱に敏感で、条件によっては爆発的に分解しうるとされる。酸化工程では転化率を抑えてCHPを高濃度に蓄積させないこと、過度の加熱・局所的な酸の混入を避けることが安全上重要と指摘されている。[4]
- CHPの酸開裂は強い発熱反応であり、除熱不足や酸の過剰添加は暴走反応につながりうると報告されている。触媒酸量・希釈・温度・滞留時間の管理が要点とされる。[4]
- 硫酸に代わる固体酸触媒(イオン交換樹脂、ゼオライト、粘土、ヘテロポリ酸)を用いると、装置腐食の低減や生成物分離の簡便化が期待できる一方、樹脂の機械的強度不足やナトリウムイオンによる失活、ゼオライトの細孔拡散律速やコーキング失活、ヘテロポリ酸の溶出などの課題も指摘されている。[2][3]
- 反応蒸留やマイクロチャネル反応器などの反応工学的な工夫を触媒開発と組み合わせる方向性が総説で提案されている。[3]
参考文献
- Hock, H.; Lang, S. Autoxydation von Kohlenwasserstoffen, IX. Mitteil.: Über Peroxyde von Benzol-Derivaten. Ber. Dtsch. Chem. Ges. A/B 1944, 77, 257–264. DOI: 10.1002/cber.19440770321
- Drönner, J.; Hausoul, P. J. C.; Palkovits, R.; Eisenacher, M. Solid Acid Catalysts for the Hock Cleavage of Hydroperoxides. Catalysts 2022, 12, 91. DOI: 10.3390/catal12010091
- Yang, K.; Shi, F.; Yang, G. Heterogeneous Solid Acid Catalysts for the Hock Cleavage of Cumene Hydroperoxide: Mechanism, Catalyst Design, and Industrial Perspectives. Catalysts 2026, 16, 329. DOI: 10.3390/catal16040329
- Weber, M.; Hoffmann, R.; Weber, M. Some Safety Aspects on the Cleavage of Cumene Hydroperoxide in the Phenol Process. Process Saf. Prog. 2019, 38, e12034. DOI: 10.1002/prs.12034
- Streitwieser, A.; Heathcock, C. H.; Kosower, E. M. Introduction to Organic Chemistry, 4th ed.; Macmillan: New York, 1992; p 1018. ISBN 0-02-418170-6.
- Vollhardt, K. P. C.; Schore, N. E. Organic Chemistry: Structure and Function, 4th ed.; Freeman: New York, 2003; p 988. ISBN 0-7167-4374-4.
関連反応
関連書籍
Introduction to Organic Chemistry
Organic Chemistry: Structure and Function

































