[スポンサーリンク]

身のまわりの分子

マツタケオール mushroom alcohol

[スポンサーリンク]

(慣用名)マツタケオール、IUPAC名:1-オクテン-3-オール(1-octen-3-ol)は松茸の香気成分の中で最も多く存在する成分である。マツタケオールはその他のキノコにも多く含まれ、マツタケオールのみが松茸の香りの要素ではない。松茸の香りを特徴付けるものは桂皮酸メチルであることも明らかとなっており、桂皮酸メチルは松茸の香気成分の中で二番目に多く存在する成分である。
松茸中に含まれるマツタケオールのエナンチオマー比はおおよそR= 9:1である。主にR体が松茸の香気の元であり、S体はほこりっぽい草の様な青臭さがある。

マツタケオールの歴史

1-オクテン-3-オール(マツタケオール)は1931年に加福、野副らによりヒノキの葉から初めて単離されたが、この段階では物性のみが明らかとなっており、構造はわからなかった。
また同年、Leven、Waltiらが1-オクテン-3-オールとフタル酸無水物を反応させ、フタル酸モノエステルを合成し、生じたカルボン酸とストリキニーネとの塩を形成させることで、光学分割を行い、光学活性な1-オクテン-3-オールを合成した(※加福、野副らにより単離された化合物と同一であることはここでは述べられていない)。
その後、1936年に村橋俊介、岩出亥之介がそれぞれ独立してマツタケからマツタケオールを単離したことを報告している6,9。その際、村橋はマツタケオールと記述し、岩出はマツタケを「まつだけ」と呼称していることから「マツダケオール」とそれぞれ名付けた。現在では、マツタケオールが慣用名として用いられている。さらに翌年の1937年に両者それぞれがその構造を1-オクテン-3-オールであると推定した10。村橋はさらにこの化合物を合成し、マツタケオールが1-オクテン-3-オールであると同定するとともに、加福、野副らが単離した化合物と同一の化合物であることを示した7

マツタケオールの化学合成

マツタケオールの合成法はその構造の簡易さから多く報告されているが、最初に合成を報告したLeven、Waltiらの合成経路を代表例として以下に示す。

マツタケオールの生合成

マツタケオールの生合成には2010年までに大きく分けて3つの生合成仮説が提唱されている。なお、全ての生合成仮説に統一して言えることはマツタケオールがリノレン酸から生成していると主張していることである。
Tresselらの生合成仮説
1981年にTresselらはリノレン酸がリポキシゲナーゼ(LOX)により酸化されて13-ヒドロペルオキシ-9Z-11E-オクタデカジエノン酸(13-HPOD)が生成し、これが1-オクテン-3-オンへと分解、還元酵素によりマツタケオールへと変換されると提唱した。
Groschらの生合成仮説
1986年にGrosch、Wurzenburgerらははリノレン酸からLOXにより酸化され10-ヒドロペルオキシ-8E-12Z-オクタジエノン酸(10-HPOD)が生成することを明らかとしている。これがヒドロペルオキシドリアーゼ(HPL)によって結合を切断することでマツタケオールが得られてくると提唱した。
Combetらの生合成仮説
2006年にCombetらはヘムジオキシゲナーゼとHPLによって10-HPODを経由してリノレン酸から生成する仮説を提唱した。また一方で、アラキドン酸から二元機能性のLOX(bifunctional LOX、またはPpLOX1)によってアラキドン酸12-ヒドロペルオキシド体を経由してマツタケオールが得られることも報告している。

2013年城斗志夫、田﨑裕二らはマツタケオールの生合成の解明を目的として、ヒラタケ由来のLOXを用いてリノレン酸の酸化を試みたところ、13-HPODを経由してマツタケオールが得られたことを報告している12。しかしながら城、田﨑ら含め、上の仮説もLOXがリノレン酸を酸化し、HPODを経由してHPLによってマツタケオールが生成することを指示するもののその決定的な証拠はまだ掴めていない。このように、マツタケオールの生合成は多くの研究者が今も盛んに研究するテーマと言える。

マツタケの香りの持続性

マツタケの香りの持続性に関しては、収穫後保存することにより減少・消失することが知られている。2015年に田﨑らはマツタケの香の持続性は桂皮酸メチルよりもマツタケオールの方が大きく寄与していることが考えられることを明らかにするとともに、マツタケの香りを特徴づける桂皮酸メチルの生合成仮説も提唱した。

参考文献

  1. TCI 1-octen-3-ol 販売ページ
  2. Aldrich社 1-octen-3-ol 販売ページ
  3. http://www.wako-chem.co.jp/siyaku/journal/jiho/pdf/jiho743.pdf
  4. Y. Takashima, Japanese Journal of Sensory Evoluation19971, 10. DOI: 10.9763/jjsse.1.10
  5. 株式会社 岩出菌学研究所 HP
  6. S. Murahashi, Sci. Pap. Inst. Phys. Chem. Res.193630, 263.
  7. S. Murahashi, Sci. Pap. Inst. Phys. Chem. Res.193834, 155.
  8. 岩出亥之助, 日本林學會誌, 193416, 757.
  9. 岩出亥之助, 日本林學會誌, 193618, 528.
  10. 岩出亥之助, 日本林學會誌, 193719, 414.
  11. Y. Tasaki, H. Miyakawa, Mycoscience201556, 503. DOI: 10.1016/j.myc.2015.03.001
  12. Y. Tasaki, S. Toyama, T. Kuribayashi, T. Joh, Biosci. Biotechnol. Bioichem.201377, 38. DOI: 10.1271/bbb.120484
  13. M. Wurzenberger, W. Grosch, Lipids1986, 21, 261. DOI: 10.1007/BF02536408
  14. E. Combet, J. Henderson, DC. Eastwood, KS. Burton, Myvoscience200647, 317. DOI: 10.1007/S10267-006-0318-4
  15. 庶民の食材が「高嶺の花」に上り詰めた理由 マツタケ、人工栽培への道(前編)
The following two tabs change content below.

gladsaxe

スタッフで有りながらケムステのファンの一人。薬理化合物の合成・天然物の全合成・反応開発・計算化学を扱っているしがないポスドクです。

関連記事

  1. テトロドトキシン てとろどときしん tetrodotoxin(T…
  2. アルファリポ酸 /α-lipoic acid
  3. ヘキサン (hexane)
  4. フタロシアニン phthalocyanine
  5. バイアグラ /viagra
  6. ジンクピリチオン (zinc pyrithione)
  7. キニーネ きにーね quinine
  8. リコペン / Lycopene

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. クメン法 Cumene Process
  2. 次世代の放射光施設で何が出来るでしょうか?
  3. ブラウンヒドロホウ素化反応 Brown Hydroboration
  4. 宇部興産、MCPTや京大と共同でスワン酸化反応を室温で反応させる技術を開発
  5. リッター反応 Ritter Reaction
  6. ダイセル化学、筑波研をアステラス製薬に売却
  7. ヒト胚研究、ついに未知領域へ
  8. “クモの糸”が「ザ・ノース・フェイス」のジャケットになった
  9. 不安定化合物ヒドロシランをうまくつくる方法
  10. ソープ・チーグラー反応 Thorpe-Ziegler Reaction

関連商品

注目情報

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2019年11月号:英文版特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2019年11月号がオンライン公開されました。…

製品開発職を検討する上でおさえたい3つのポイント

基礎研究と製品開発は、目的や役割がそれぞれ異なります。しかし、求人情報の応募要件を見てみると「〇〇の…

二刀流のホスフィン触媒によるアトロプ選択的合成法

不斉付加環化反応による新奇アリールナフトキノン合成法が報告された。2つの機能を有する不斉ホスフィン触…

ヒドロゲルの新たな力学強度・温度応答性制御法

第230回のスポットライトリサーチは、東京農工大学大学院工学府(村岡研究室)・石田敦也さんにお願い致…

光誘導アシルラジカルのミニスキ型ヒドロキシアルキル化反応

可視光照射条件下でのアジン類のミニスキ型ヒドロキシアルキル化反応が開発された。官能基許容性が高いため…

イオン交換が分子間電荷移動を駆動する協奏的現象の発見

第229回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 新領域創成科学研究科(竹谷・岡本研究室)・山下…

Chem-Station Twitter

PAGE TOP